秋津皇国興亡記

三笠 陣

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幕間 姫君たちの皇都

1 変わりゆく日常

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【史料】「結城宵日記」皇暦八三五年
  九月一日
例刻起床。本日より九月。なお日差しは夏の如し。
本日も政府会議の為、公〔結城景忠〕参内す。
学士院第二学期開始に付、朝、やゑ〔浦部八重〕屋敷に来たる。鉄〔葛葉鉄之介〕共々登校。仲睦間敷まじき様子。
午前、道場にて薙刀稽古等。正午、号外の鈴かしまし。すはや大事も起こりきたれるかと思ふに、宣戦の詔書下したまはれるとの由。
大本営、豊島成歓の大捷を報す。
午后、北ノ方〔結城久〕の誘ひにより神宮参拝。また本日より景〔結城景紀〕様のかげ膳を供ゑむと云ふ。やや篤信に過ぐるきらいありし人なるを感ず。
よひ〔宵。自身のこと〕は景様の無事を祈念す。
市中興奮の色濃し。東亜新秩序建設の為の聖戦なりとの声あり。不気味なる心地す。なんぞ斃れたる人のなきいくさのあらむや。
夕、公御帰宅被遊あそばさる。広間にて家臣集合させ御国御家の為忠勤せよとの訓示を与ふ。
夜、景様のことを想ふ。去冬の婚儀に臨みてより早一ヶ年が過ぎむとするに、斯く心地を抱くは当時夢想せざりしことなり。武家の娘なれは覚悟すへきことヽ思へと納得は出来す。

  あまの原 わたれる月の かげにても あはれと見えず われひとりにて

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 皇暦八三五年八月十五日の皇国政府声明発表、そして動員令の発動と共に、皇国は戦時体制へと急速に転換していった。
 結城家皇都屋敷に住まう宵の周囲でも、動員令の発動は目に見える変化として現れていた。
 まず、屋敷の馬と馬車がすべて結城家領軍に供出されたのである。
 軍輜重部隊は、大量の馬と馬車を必要とする。そのため、将家の者たちが移動のために使う馬車と、それを曳く馬はすべて輜重部隊のために供出されることとなったのだ。
 もともと戦国時代に総力戦体制的な制度を領内に敷き、家臣や領民たちに節制を呼びかけていた戦国大名の末裔が六家を始めとする将家である。
 戦時に率先してこうしたことを行うのは、ある意味で当然といえた。
 皇都内の辻馬車(後世でいうところのタクシー)も、その多くが軍のために御者ごと徴発された。国内の兵員・物資の輸送などに充てるためである。
 ただし、国内の生産力の維持のために労働者の移動手段ともなっている馬鉄の馬、乗合馬車(後世でいうところのバス)の馬は徴発の対象から外されている。
 全国的に見れば、農家の生産力維持のために農耕馬、そして次世代の馬を産むために必要な種馬なども徴発の対象から外された。
 馬車を供出してしまったため、結城家当主・景忠が大本営政府連絡会議に出席するための移動手段は人力車となったが、人力車夫の年齢も上がっていた。若い人間たちが、軍に動員されてしまったからである。

「なんというか、こういうところ、あんたの家って武士の家なんだって実感するわね」

「正確には俺の家じゃないけどな」

 と、浦部八重も結城家皇都屋敷の変化は敏感に感じ取っていたようであった。
ここのところ、彼女は鉄之介と共に学校の夏期課題をこなすために結城家皇都屋敷に頻繁に訪れていた。二学期が始まるまで、あと十日もない。
 宵も八重に課題を手伝って欲しいと言われたため、同席することが多かった。
 八重は特に茶道や華道といった女性として身に付けておくべき教養・作法に関する講座を苦手としているらしく、同年代であり華族の女性としてその辺りを完璧に身に付けている宵に頼っているというわけである。
 何でも、学期始めにそうした作法についての試験があるらしい。
 もっとも、この陰陽師の少女が礼儀作法講座を苦手としているのは事実のようだが、そこに自分への気遣いも含まれているのではないかと宵は思っている。
 今、宵の側には景紀も冬花もいない。
 少しでもこちらの寂しさを紛らわせようとして、八重はあえて自分に課題の助けを求めてきたのではないか。そんなふうに、宵は受け止めていた。

「でもまあ、倭館のあの戦いを経験していると、この屋敷は随分と平穏に感じてくる」

「ああ、それはそうね」

 陰陽師の少年少女は、揃ってしみじみとして頷いていた。
 そしてそれは、宵も感じるところではあった。皇都の屋敷に流れる空気は、緊張感はあるが戦地のそれではない。硝煙の臭いも、死体の腐臭もしない。
 というよりも、景紀に嫁いで一年と経たぬ内に二度も拐かされ、修羅場を潜り抜けた将家の姫など、戦国時代が終わって以来、自分が始めてではないかとも思えてくる。
 まあ、それはそれとして―――。

「八重さん、この生け方はよろしくないです」

 夏期休暇明けに試験があるという華道の講座。
 宵は練習のために八重が生けた花を、ばっさりと酷評した。八重が気まずそうに自身の生けた花から顔を逸らし、鉄之介が小さく吹き出した。

「姫様、あんたほんと容赦ないな」

「鉄之介、あんた後で覚えておきなさいよ」

 ドスの利いた声で、八重は恨みがましげに言う。鉄之介の顔が若干引き攣る中、宵はぱんぱんと手を打った。

「私がちょっとやって見せますから、八重さんは見ていて下さい。鉄之介さんはその間にご自身の課題を進めておいて下さい」

 この二人は仲が良いのだろうが、呪術師としての対抗意識が先に来るのか、すぐに術比べという方向に流れがちだ。
 自分が時々方向修正をしないと、一向に課題がはかどらない。
 まあ、そんな時間を楽しんでいる自分がいることも確かだが。
 宵は花鋏を手に取りながら、同年代の者たちと学び合うということはこういうことなのかと新鮮な感慨を抱いていた。

  ◇◇◇

 学びという点では、もう一つあった。
 景忠公正室の久(景紀の実母)の誘いにより、宵は篤志看護婦人会の講習を受けることにしたのだ。
 この団体は皇族・華族・士族の女性たちで構成される慈善団体であり、もともとは将家反乱によって傷付いた敵味方の兵士や民たちを分け隔てなく救護することを目的とした「博愛舎」という慈善団体が起源となっている。
 宵は帯城倭館を巡る戦いでは兵士たちへの給食を担当していたが、これは将家の姫としてかなり稀な事例であった。戦時における将家の女性の役割、特に正室の役割は出征した当主やその嫡男に代わって家内を統制することであり、また「仁政」を統治の基本理念(あくまでも建前だが)とする将家にとって、それを体現するために傷病兵や戦死者遺族への慰問なども行うことであった。
 宵は何かと溝が生じつつある結城家当主・景忠およびその側近と重臣の間を取り持つことで結城家内における自身の影響力を拡大することを目指しているが、それでもやはり民草のために何か出来ないかという思いは依然として彼女の根底に存在していた。
 だから、宵は看護講習を受けることにしたのである。

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 屋敷内の様子や自身の日常生活などに戦争の足音を感じ取る日々が続いている宵であったが、人間関係にもいくつかの変化があった。
 まず一つ目は、失脚し爵位剥奪の上、日高州へ追放となった父・佐薙成親の側室である定子と二人の間に生まれた佐薙伯爵家嫡男(現在、伯爵位は空位のまま)・大寿丸が母・定子、妹・こう姫と共に嶺州から皇都にやって来たことである。
 これは完全に人質としての扱いであり、佐薙家皇都屋敷の三人の側には常に結城家の監視が付くことになった。嶺州軍の出撃によって手薄となった嶺州領内で、未だ成親やその嫡男・大寿丸に忠誠を誓う士族たちによる反乱を防ぐためである。
 陽鮮に行く前に嶺州の行政に携わっていた宵にとってみれば、士族反乱によって領内が荒廃すればこれまでの自身や景紀の努力が水の泡となりかねないので、半分だけ血の繋がった弟や妹といえど特に同情は覚えなかった。

「出来るだけ、生活面での不自由はさせぬように配慮はいたします」

 宵を気遣ったのか、結城家筆頭家老・益永忠胤は佐薙家皇都屋敷に三人が到着した日に、そう報告してきた。
 宵は鷹前にいた頃から定子にまったく好かれていないので、あえて挨拶に出向くこともないと思って定子や異母弟の大寿丸や異母妹の紅姫とは会っていない。
 定子の方も、父・成親の寵愛を受けられていなかった正室の娘と蔑んでいた相手が今更やって来ても疎ましいだけだろう。今では鷹前とは完全に立場が逆転しているとなれば、なおさらである。

「それについては、益永様たちにお任せいたします」

 宵は別に、今まで受けた仕打ちの復讐をしたいとは思っていない。父のように、自分と景紀の障害とならないのであれば特に関心も抱かなかった。
 最早、自分にとって佐薙家とはその程度の存在なのだ。

「また、定子様たちのことで私への配慮は不要です。私は景紀様に嫁いだ身ですから」

 今の自分は、結城家の人間である。実家とはいえ、政治的には完全に生命を絶たれた佐薙家のために便宜を図るつもりはなかった。
 気に掛けるとしたら、故郷である嶺州の民たちのことである。

「御意、ではこの件は我ら執政、参与の間で処理させて頂きます」

 益永はそう言ったものの、定子ら三人の様子について宵に報告した方が良いと思われる案件については、たびたび知らせてきた。
 佐薙家皇都屋敷には、結城家隠密衆の者たちを張り付けてあるという。
 その隠密衆からの報告によると、定子は景紀と宵の間に生まれた子が佐薙伯爵家を継ぐのではないかと警戒しているらしく、しきりに宵の体調を気にしているらしい。
 確かに、血筋的に見れば景紀と自分の間に生まれた長男には結城家を継がせ、次男には佐薙家を継がせるということも出来る。大寿丸が嶺州の統治を行えるようになるまで結城家が領国統治を代行することになっているが、大寿丸に統治能力がないと見なされればそうなる可能性はあるだろう。
 もっとも、南部の花岡県化によって領地が縮小し、その分の税収も少なくなっているから、佐薙家として独立した領国統治を行うことは相当に厳しいだろう。誰が佐薙家を継ぐことになろうと、恐らくは皇主に統治権の返上を申し出ることになるに違いない。
 あまり将来性のない地位に自分の子供を就けようとは、宵は思わない。
 とはいえ、そこまで物事が見えていない人間にとってみれば、あるいは母親の情としては、佐薙家の次期当主というのは魅力的に見えるのかもしれない。
 自分も景紀の子を授かれば、もしかしたら今とは違う考えが出てくるのかもしれないと、宵は漠然と思っていた。
 二つ目は、結城家の分家筆頭にあたる小山おやま子爵家嫡男・朝康ともやすという青年との邂逅であった。
 八月の下旬のことである。

「朝康殿、何卒、お引き取り下さいますよう!」

 半ば宵の定位置のようになっている書庫に向かおうと廊下を歩いていると、益永の険しい声が聞こえてきたのだ。宵は家臣団や分家を始めとする結城家の構成を頭に入れていたので、その「朝康」という人物が結城家の有力な分家である小山子爵家の嫡男であることにすぐに気付けた。
 彼は景紀より二歳年上のはずだから、今年で二十歳となる青年のはずだ。

「これから戦が始まるっていうのに、将家の人間が戦場に出ないでどうするんだ! 俺たち武士は、そのためにいるんだろうが!」

 どうやらこの分家の嫡男は、戦場に出て武功を上げる機会を与えられなかったことに憤っているらしい。
 小山朝康は陸軍騎兵少佐として騎兵第二旅団の大隊長を務めているが、その騎兵第二旅団は戦略予備(第三国による干渉に備えるために国内に控置しておく戦力)として国内に留め置かれることが決定していた。だから、現状では彼が戦場に出ることはない。

「内地に留まり、情勢の変化に即座に対応出来るように待機しておくこともまた、軍人の役目ですぞ!」

「何であんな妖みたいな女に入れ込んでいる野郎が戦に出られて、あいつよりも軍歴の長い俺が出られないんだ!?」

「朝康殿、言葉が過ぎますぞ!」

 最初は気にしないでおこうと思った宵であったが、冬花と景紀を侮辱する内容が聞こえてきたので、足を声の方に向けた。

「……いったい、何を騒がしくしているのですか?」

 自分でも意外なほどに冷たい声が出た。

「ああ? 何だこのちんちくりんは?」

 突然会話に割り込んできた宵に苛立ちを覚えたのか、益永と言い争っていた青年が睨むような目を向けてきた。おおかた、屋敷の奥勤めの侍女見習いか何かと思ったのだろう。自分でも、年齢の割に小柄なことは自覚している。
 景紀よりも高身長の青年に上から睨まれる格好となったが、宵はまったく怯まなかった。いつも通りの無表情を維持したまま、冷然とその視線を見返す。
 慌てたのは、益永であった。

「朝康殿! 宵姫様に何と言う口の利き方か!」

 廊下に、結城家筆頭家老の叱責が飛ぶ。

「こいつが、あの野郎の正室だってのか?」

 だが、当の朝康は胡乱げな視線を宵に向けるだけだった。
 「ちんちくりん」だの「こいつ」だのと随分な言いようである。とはいえ、別に自分が蔑まれることには慣れている。だが、景紀や冬花を侮辱されたままなのは宵には何だか我慢がならなかった。

「結城景紀が室、宵である。以後、見知りおけ」

 武家の姫としての格式張った、そして出来るだけ威圧感を込めた口調で、宵は挑むように青年に名乗りを上げた。

「朝康殿!」

 宗家次期当主の正室に対する礼を欠いた態度をとり続ける青年に、益永がもう一度鋭い声を上げる。
「正室ったって、こいつは所詮、嶺州の連中を大人しくさせるための人質だろ? 何で俺がそんな奴にへりくだらなきゃならねぇんだ」

 だが、朝康は苛々とした口調のままそう言った。
 確かに、宵が景紀の正室であることについて、一面的にはこの青年のような見方も出来るだろう。だが、だからといって宵が景紀の正室であるという事実が覆るわけでもない。
 宗家次期当主の正室に対して、家格の劣る分家が取っていい態度ではなかった(さらに、家格で言うならば伯爵家出身の宵にすら劣っている)。
 とはいえ、そうした態度を彼に取らせてしまうだけの要因が、今の結城家内にあるのも事実であった。景忠公の子が景紀を除いて夭折したため、もし景紀の身に万が一があった際には、景忠公の弟やその子らの他、この青年も結城家を継ぐ可能性が存在しているのだ。
 実質的に結城家次期当主の有力候補ともいえる立場にあることが、朝康という青年をしてこうした態度を取らせているのだろう。
 ただ、冬花が結城家の内偵を行った際の資料にも書かれていたことなのだが、朝康の父・朝綱ともつな子爵は宗家に成り代わる野心などまったく抱いておらず、逆にそうした野心を抱いていると景忠公や重臣を中心とした家臣団に疑われることを恐れて慎重な態度を取っているという。
 自身の嫡男・朝康の婚姻についても、すでに婚約者が内定しているにもかかわらず、景紀と宵の間に子が出来るまで控えているとのことであった。
 逆にそうした父親の態度が息子の朝康からは軟弱に見えてひどく不満らしく、彼らの親子関係は上手くいっていないらしい。宵に苛立ちをぶつけてしまうのも、そうした父親への不満と己の婚姻が宗家に邪魔されているという意識から来るものなのかもしれない。
 とはいえ、暴言を看過していては、結城家内の統制を乱すことにも繋がりかねない。
 ただでさえ、里見善光を始めとする景忠公の側近と結城家重臣の間で溝が深まっているのだ。ここで宗家と分家の争いまで起こっては堪らない。

「なるほど、相手を大人しくさせるには、人質を取ればよろしいというわけですね?」

「は?」

 何を言い出しているのか判らない顔の朝康を無視して、宵は続けた。

「では、あなたの婚約者である嘉弥かや殿を人質に取ったらあなたが大人しくなるのか、試してみましょうか?」

 宵にはこういう威圧的な態度を取ってくる朝康であったが、意外にも婚約者の女性との関係は良好だと冬花の資料にはあった。

「てめぇ、嘉弥は関係ないだろうが!?」

 案の定、朝康の苛立った声の中に焦燥が混じっていた。

「関係ありますよ。宗家に対する不忠とも取れる言動を弄する分家の者を、結城家次期当主の妻として見過ごすことは出来ませんから」

「ぐっ……」

 宵が威圧したところでどうにかなる少女でないことに、今更ながらに気付いたのだろう。分家の青年は、完全に言葉に詰まっていた。
 そこに、宵はさらにたたみ掛ける。

「別に、分家が一つ、消えたところで私は構わないのですよ? 結城家の後継者など、私が産めば良いだけですから」

 結城家の直系が断絶した時のために分家が存在しているが、何も分家は小山子爵家だけではないし、景紀の正室である宵の第一の役割は後継者を産むことだ。
 自分自身すら結城家存続のための道具としてしか見ていないような醒め切った宵の発言に、朝康は怯んでしまったようだ。
 宵は一歩、青年に近付いてその顔を見上げた。そして、何でもないことのように告げるのだ。

「覚えておいて下さいね。私は、実の父を破滅させた女なのですよ?」





「お見苦しいところをお見せいたしました」

 朝康が去っていくと、益永はその場に片膝をついて頭を下げた。

「お館様に会わせろとおっしゃって、なかなか聞かなかったものですから」

「どうやら、結城家内も乱れ始めているようですね」

「まこと、臣らの不徳の致すところです」

「いえ、益永殿を責めているわけではありません。これはむしろ、景忠公や久様、私の問題でしょうから」

「……」

 主家への批判となることを恐れているのか、益永は何も言わなかった。
 実際、家内の統制は当主やその正室の役割である。しかし、景忠公の統率力に陰りが見え、久もまたそれほど政治力を発揮しない人間であるから、景紀不在の今、事実上、家内の統制は宵が取るしかないのだ。

「……これは、なかなかの難題となりそうです」

 宵はそう呟き、結城家筆頭家老の前を後にした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  あとがき

 今話より、一旦本編を離れて戦時下の皇都を宵の視点を中心に描いていく幕間を始めさせて頂きます。
 冒頭の宵日記については、参考となりそうな女性の日記史料が非常に少ないのでほとんど筆者の想像で書いております。
 唯一、参考といたしましたのが小田部雄次『梨本宮伊都子妃の日記』(小学館、2008年。原本は同社より1991年に発刊)です。この書籍に載っております伊都子妃の日記の画像を見ますと、基本的には漢字と平仮名で書かれており、拙作の宵日記の記述もそれに倣いました。
 当時の男性の日記などは漢字カナ混じり文、時には漢文調で書かれていたりするのとは対照的です。

 宵日記に掲載している和歌については、岩波文庫版の『万葉集』、『古今和歌集』、『新古今和歌集』、『新勅撰和歌集』、『山家集』、『金槐和歌集』を読み込んだほか、『明治天皇御集』、『昭憲皇太后御集』も参考とさせて頂きました。
 一応、歌の意味としては、自分の名前「宵」と和歌の題材である夜を掛けて、ひとりぼっちであること、そして和歌の中に「かげ」の言葉を入れて景紀を想う気持ちを強調しているということにしています。

 なお以前、宵日記と同じく冬花日記も一時、作中に掲載する史料として創作しようとしていました。
 冬花日記は彼女が景紀と共に政務に関わっている関係上、当時の公文書や男性の日記の文体に合せて漢字カナ混じり文で書いて宵日記との差異を出そうとしました。
 結局お蔵入りしてしまったので、ここにその一部を載せさせて頂きます。
 抜粋部分は、本編では詳細に語られていない景忠公が病に倒れて景紀が領政全般を引き継ぐことになった場面のつもりです。

【史料】「葛葉冬花日記」皇暦八三四年
四月二十二日 晴朗
五時起床。
身支度ヲ整ヘ若ノ寝所ヘ向フ。寝所ニテ暫シ閑談。若、新設部隊ノ構想等ニ就テ述ブ。冬ハ兵学ノ事等詳カナラズ。唯若ノ言ニ従フノミ。
七時、官舎ヲ出、浅霞衛戍地ニ向フ。若、本日モ又部隊ノ編成事務ヲ執ル。貴通ナル兵学寮同期ヲ参謀ニ欲スル旨、愚痴ヲ述ブ。冬、内心ニテ自ラノ軍才無キヲ恥ヅ。
昼過、河越ヨリ至急電到来。曰ク、御館様倒レラレタリト。若、冷静ニシテ動ル処ナシ。直ニ列車ニテ河越ニ向フ。
城内ハ騒然タリ。重臣会議ニ若参加。冬ハ同席スルヲ得ズ。自室ニテ会議ヲ聴ク。忌ムベキ妖狐ノ血モ此時許リハ重宝セリ。

四月二十二日 晴朗
五時起床。
昨日ノ重臣会議、深夜ニ迄及ベリ。若、御館様ニ代ハリテ政務ヲ代行スル事ニ決定。引継ニ多忙。
若ヨリ冬ヲ補佐官トスル旨御言葉アリ。非才ノ身ナレド粉骨砕身其ノ任ヲ全フスル事ヲ誓フ。
里見〔善光。結城景忠側用人〕ヨリ事務引継。冬又多忙。
里見ニ不満ノ色ヲ見ル。御館様ニ続キ若ノ側用人タルヲ狙ヒシカ。
彼、冬ヲ不吉ト言ヒタル者ノ一人ナリ。若、彼ノ者ヲ好マズ。冬ハ補佐官タルノ実ヲ挙ゲ見返スベシ。

四月二十三日 花曇
五時起床。若ノ寝所ニテ暫シ閑談。朝食会議ノ構想ヲ聞ク。
午前接見ニテ多忙。見舞ノ者多数。領内選出代議士連中モ多数登城。
午后政務。若、益永執政〔忠胤。結城家筆頭家老〕ニ朝食会議ノ構想ヲ述ブ。執政困惑ノ色アリタルモ趣旨ニハ賛成。明日ヨリ重臣ヲ集メテ朝食ヲ採ルコトヽナル。冬ハ同席ヲ辞退。若モ其ノ積リナリ。
鉄〔葛葉鉄之介。冬花の弟〕ヨリ手紙アリ。見舞ノ為帰省スベキヤトノ事ナリ。若ヨリ学業ニ集中サセヨトノ御言葉アリ。返信。

四月二十四日 晴朗
五時起床。
本日ヨリ朝食会議。冬、自室ニテ様子ヲ聞ク。結城家ノ綱紀粛正、人事刷新ノ事等。
本日モ見舞客多数。見舞代議士ノ若ニ活動費乞フ者アリ。此ノ機ニ若ニ取入ラムトスル魂胆ラシ。不快ヲ催ス。
若ヨリ冬ニ結城家内偵ノ事命ゼラル。新八〔朝比奈新八。結城景紀の雇っていた密偵〕モ又領内内偵ノ事命ゼラル。
南興〔南海興発〕ニ新鉱開発費トシテ五万円支出ノ事ニ決定。新南嶺島ハ金ノ宝庫ナリ。近年デハガタパァチャノ輸出モ増大トノ事。
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