秋津皇国興亡記

三笠 陣

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第七章 対斉戦役編

121 勝利の蹉跌

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 皇暦八三五年十一月十日、結城公爵家次期当主・景紀と彼の補佐官である葛葉冬花、幕僚を務める穂積貴通の姿は、大斉帝国盛京省南部にある海城県の都城・海城にあった。

「はぁ……」

 海城県庁舎の中華式回廊の欄干に両肘をついて、景紀は悩ましげな溜息を漏らした。すでに吐く息は白く立ち上るほどに気温が低下する時期となっている。
 景紀は、先ほどまでこの県庁舎で行っていた有馬貞朋公爵との会見の内容を思い出していた。

「今んなって、しくじったなと思う羽目になるとはなぁ……」

 力ない声で呟いて、景紀は海城の楼閣を見上げる。そこには、皇国旗が寒空の下にありながら勇壮にはためき、この都市が皇国軍の占領下にあることを如実に物語っていた。

「結局、僕らは敵ではなく味方を見誤っていたということなのでしょう」

 貴通もまた、気疲れした声で応じた。

「来春の直隷決戦に備えて冬営するはずが、軍の兵力や物資に余裕があるから冬の間に斉軍の兵力を漸減するための攻勢作戦に出るとか、完全に軍監本部の作戦計画を無視しているだろ。長尾公も一色公も、何を考えていやがる……」

 恨み言のように景紀は呟き、回廊から虚空を睨む。

「結局、僕らが想定より早く海城を攻略出来てしまったことが拙かったのでしょう。盛京省南部における交通の要衝を抑えて斉軍の反撃を封じ込めようとしたはずが、逆に交通の要衝を抑えた所為で我が軍の作戦行動の自由度を増す結果となって、冬季攻勢なんて案が出てくることに繋がったのだと思います」

「ったく、こんなことなら海城なんて攻略するんじゃなかったな」

 過去の自分を呪うように、景紀は言った。
 ことは、彼ら独立混成第一旅団が金州城を攻略した直後に遡る。



◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 金州城攻略後、結城家領軍ともいえる独立混成第一旅団および騎兵第一旅団の進撃は、順調すぎるほどに順調であった。
 十月二日、揚陸を完了した騎兵第一旅団との合流を果たした独立混成第一旅団は、遼東半島主要都市の攻略を目指して金州街道沿いに北上を開始した。幸運なことに金州城内には斉軍の遺棄した馬糧が大量に残されており、結果としてそれが騎兵の割合の多いこの二つの部隊の迅速な進撃を可能とさせていた。また、景紀が事前に入念な龍兵偵察を行っていたことも大きい(陽鮮での時と同様、冬花も偵察に参加して上空から呪術映像を撮っている)。
 一方、金州街道から分かれた復州街道を北に向かって進んでいた歩兵第二十八旅団を中心とするかつての嶺州軍は、金州より敗走した斉軍を追撃しつつ十月一日、普蘭店を占領、さらに四日には復州の攻略にも成功していた。
 結果として、二つの街道が再び交わる遼東半島北岸の街・熊岳城ゆうがくじょうにて三部隊は合流することとなった。
 独立混成第一旅団、騎兵第一旅団は金州―熊岳城間のおよそ一〇〇キロの道のりをわずか三日で駆け抜けた。十月五日には熊岳城に拠る斉軍への攻撃を開始し、その日の陽が暮れる前に斉軍は熊岳城を放棄してさらに北方へ逃れた。
 流石に夜間、敵情に不明な部分がある状況での追撃は危険が大きいと判断されたため、独混第一、騎兵第一の両旅団は熊岳城外に野営地を築いてその日の夜を過ごしている。
 翌六日には復州街道を北上していた第二十八旅団も合流し、三個旅団約一万八〇〇〇の兵力はさらなる追撃に移った。その日の内に熊岳城北方十キロの地点にある蓋平を攻略し、八日には斉軍や住民が避難してもぬけの殻となった大石橋を無血占領している。
 この大石橋は、複数の街道の合流地点となっている交通の要衝・海城へとわずか三十五キロの地点にあった。





「このまま海城まで進んでしまいましょう」

 臨時司令部となっている大石橋の役所で、騎兵第一旅団長・島田富造少将が言った。
 司令部には、彼の他に独混第一旅団を率いる景紀、歩兵第二十八旅団を率いる久慈旅団長の三名の少将がいるが、島田が一番の先任であった。逆に、六家次期当主でありながら景紀の立場が一番低かった。
 とはいえ、近代的な軍事制度の中に封建体制を残している皇国陸軍の特質上、景紀にも一定程度の発言権があり、さらにいえば結城家家臣団出身の島田少将は一定程度、景紀に配慮しなければならないという難しい立場にある。
 最先任の彼の口調が丁寧であるのも、それが影響していた。
 そのため、本来であれば最先任指揮官である島田少将が三部隊の指揮をとるべきなのであるが、現状では実質的な合議制がとられている。

「結城少将の龍兵偵察の結果、海城の守備隊はおよそ二〇〇〇名程度。さらに捕虜からの情報によって、遼東半島周辺の兵力はほとんどが陽鮮方面に派遣されていることが判明しています。斉軍が海城の守備を強化する前に、迅速に占領する必要があります」

 島田少将は三十四歳と将官としてはまだ若いが、十五で兵学寮を卒業して以来、二〇年近い軍歴がある。尉官時代には広南出兵に参加し、匪賊討伐の経験もある。さらには南洋群島の要塞守備隊に配属されたこともあり、その任期中に陣地戦・攻城戦の研究も行うなど、騎兵将校としては幅広い知見を持った軍人であった。

「しかし、補給はどうするのですかな?」

 一方、島田少将の発言に疑問を呈したのは、元佐薙家家臣団出身の久慈少将であった。彼は佐薙成親の長尾家への敵対姿勢を疑問視したがために予備役に追いやられていた将官の一人で、景紀によって現役復帰し、元嶺州軍の統率を任されている。
 ただ、主家の長尾家への強硬姿勢に批判的であったことなどからも判るように、軍人としてはどちらかといえば常識派な面があり、堅実な指揮をする一方で果断な判断は苦手としている面が見受けられた。

「海城は盛京省南部における交通の要衝、これまでのように斉軍があっさり手放すとは思えず、攻略作戦は時間を要するものとなりましょう。ここまですでに金州より一五〇キロ。手持ちの糧食と敵の遺棄した糧秣で部隊は持っておりますが、これ以上の進撃は徒に兵を疲弊させ、また兵站に負荷をかけるものとなります。さらには直隷平野には十万人規模の斉軍が控えているとか。攻城戦の最中に側面から襲いかかられますと、指揮系統が統一されていない我ら一万強の兵力では、苦戦を免れないでしょう」

 長々と反対理由を述べているが、これは島田に聞かせるというよりも、景紀に聞かせているのだろう。若い六家次期当主が血気に逸って軽率な判断を下さないよう、結城家家臣団でないが故に婉曲的な形で苦言を呈したというわけか。
 景紀はそう判断した。

「むしろ、海城の防備が整っていない今こそが好機です」島田少将は、海城攻略に拘っていた。「海城は我が大陸作戦における支撐点しとうてんたるべき緊要地です。ここを早期に奪取することで、以後の我が軍全体の安全が図れます」

 支撐点とは、戦闘において攻撃ないしは防御の基点となるべき重要地点のことである。
 海城は盛京省首府・盛京(奉天)、盛京省南西部の重要都市・錦州、遼東半島の金州、そして陽鮮半島へ至る街道が集結する地点であり、まさしく盛京省南部における交通の要衝であった。
 ここを攻略出来れば、以後の皇国軍の遼東半島防衛と直隷決戦までの冬営は、非常に容易となる。

「いえ、ここは第三軍主力と合流するまで攻略を控えるべきかと」

 だが、一方の久慈第二十八旅団長は、あくまで慎重な姿勢を崩していなかった。

「いや、島田少将のおっしゃる通り、今が海城攻略の好機でしょう」

 どうもこのままでは議論が膠着状態に陥りそうなため、景紀は口を開いた。あまり時間を浪費するわけにもいかない。

「我が旅団の龍兵偵察によって、地形および敵陣地の位置は概ね把握出来ています。今ならばまだ、斉軍の守備は強化されていません。この好機を逃すべきではないでしょう」

「……」

 結城家次期当主の言葉により、久慈少将は黙り込んだ。佐薙成親に引き続いて、諫めても聞かない将家の人間を目にしたためか、その目にはいささかやるせない感情が浮かんでいる。
 だが、景紀はそれを無視した。彼の幕僚たる貴通が綿密な計算の元に手持ちの物資の管理を行い、あと一度の戦闘ならば部隊の弾薬と糧秣は持つと聞かされていたからだ。
 景紀は同期生の言葉を信じた。
 それにもう一つ、景紀には海城攻略戦を短期間で終結させられるであろう作戦があった。

「とはいえ、攻略作戦は斉軍による直隷方面からの反撃を受けないよう、迅速に行うべきでしょう。そこで島田少将、俺から攻略作戦について、一つ、提案があるのですが?」

「ええ、伺いましょう」

 気分の良さそうな声で、島田少将は応じた。
 ここまでの迅速な進撃は、斉軍の弱体ぶりもあったが、この騎兵旅団長と景紀が共に果断な決断を好んでとっていたことも影響している。
 景紀も島田も騎兵科将校ということもあり、主君と家臣という枠組みを超えて、前線指揮官という連帯感で繋がっていた。
 この海城攻略戦は、電光石火の勢いで遼東半島の主要都市を占領してきた自分たちの最後の総仕上げとなるだろう。
二人は、その思いと共に海城攻略作戦に着手したのであった。

  ◇◇◇

 十月十日二二三〇時、独立混成第一旅団は行動を開始した。
 皇国軍は昼間の内に海城まで十キロの地点にまで迫っていた。昼間の龍兵偵察により、斉軍が海城郊外の高地に陣地を築いていることが判明。
 海城は金州のような城塞都市ではなく、都城であった。都城とは、街全体を塀で囲っただけの都市のことであり、塀そのものに城壁としての役割はない。
 あくまでも、東西南北に設けられた門で通行人を管理し、都市への自由な出入り(当然、匪賊などの野盗を警戒してのことである)を防ぐために塀を設けているだけなのである。
 そのため籠城戦には適さない構造であり、斉軍としても都市郊外で皇国軍を迎え撃たねばならなかった。
 ただし、斉軍にとっては防御上、有利な地形も存在していた。
 海城のすぐ南を沙河という河川が東西に流れ、海城に対する天然の掘の役割を果たしていたのである。
 この沙河の南西側二キロにある高地に斉軍は陣地を築いており、さらに海城東側・沙河北側のちょうど渡河しようとする部隊を迎撃出来る位置に存在する高地にも陣地を構築していた。
 そのため、沙河北岸高地を突破するには渡河中の無防備な態勢を斉軍に晒さなければならないことから、皇国軍は沙河南岸高地を突破してその後方に存在する海城南門に通ずる橋を無傷で確保することを作戦の最重要目標とした。
 三指揮官による作戦会議の結果、海城南正面からの攻撃は、景紀率いる独立混成第一旅団が担当することとなった。六家次期当主である景紀の配慮というよりも、この部隊が海城を短期で攻略するために最も必要な訓練が施され、また必要な装備を保有しているからというのが、その理由であった。
 実際、独立混成第一旅団は景紀の目指す機動戦に適応するように訓練された部隊である。こうした任務には適任といえた。
 旅団の中でまず始めに行動を起こしたのは、騎兵第十八連隊を中心とする部隊であった。景紀はこの連隊に歩兵と工兵を付けて、騎兵の突撃を妨げる街道上や斉軍陣地に設置された障害物を除去する役目を負わせている。
 細見為雄大佐率いる騎兵部隊は、蹄鉄の音を響かせないよう、ゆっくりとした速度で進撃を開始した。夜の暗がりの中で、歩兵が先行して騎兵を誘導する。
 予定では十一日〇三三〇時までに工兵隊が爆薬によって街道上や敵陣地周辺に設置された馬防柵や地面に斜めに打ち込まれた杭などを破壊することになっていたが、隠密行動をしながらの作業であったため、一時間以上遅延してしまった。
 しかしそれでも、先行した工兵隊は斉兵の妨害を受けることなく爆破に成功、〇四三五時、青色の信号弾を打ち上げて障害物の除去に成功したことを後続の騎兵部隊に伝えた。
 まだ陽も昇らない時刻、しかも一個連隊規模の兵力による夜襲は、これまでの軍事的常識に照らし合わせれば危険が伴うものであった。夜襲の難しさは、暗闇によって指揮官が部隊を掌握することが困難となることが最大の原因である。特にそれは戦闘突入以前、部隊の移動・展開、そして地形によって引き起こされることが多い。
 だが、景紀の部隊は内地で部隊を分散させての訓練を頻繁に行っていた。それが、この連隊規模の騎兵戦力による夜襲作戦を決行させるに十分な自信を将兵に与える結果をもたらしていたのである。
 そして、青色信号弾が打ち上がると同時に、景紀たちもまた行動を開始していた。





「工兵隊が上手いことやってくれたみたいだな」

 未だ暗い空に打ち上がった青色の光を見て、景紀は呟いた。

「こちらも行動を開始するぞ」

「はっ!」

 彼らがいるのは、空の上であった。
 旅団司令部直属の気球班、それが保有している気球に乗り込んで海城城内への降下を試みようとしているのである。
 翼龍に曳かれた気球は、熱気球ではなく飛行船形式のものであった。気嚢に下げられたゴンドラに、三十人の兵士が搭乗している。
 その気球が四隻、空に浮いていた。

「……気球による兵員輸送、その初陣が敵中ど真ん中への降下作戦になるとはな」

 気球によって兵員を輸送するという戦術は、何も景紀が初めて考案したものではない。それこそ気球が発明された当初から、敵要塞内に気球によって兵士を送り込むことは考えられていた。
 しかし、一度に送れる兵員が限られ、敵中で孤立する危険性が極めて高いことから、これまで演習で試験的に実施される程度の戦術でしかなかった。
 景紀が旅団の装備に気球を導入したのも、あくまでも迅速な進撃を行うための輸送手段を得るために過ぎなかった。騎兵によって突破した戦線を、歩兵部隊を載せた気球を降下させて制圧する。つまりは、気球に乗った兵員が騎兵部隊に先行することは、そもそも考えていなかったのだ。
 だが、短期間で海城を制圧するには、気球による敵中降下しかなかった。
 そして景紀は、敵中で孤立する可能性のある危険な任務を部下任せにするほど無責任ではなかった。もちろん、新戦術を自ら試してみたいというある意味で少年らしい冒険心もあることは否定しない。
 加えて、景紀がいれば当然ながら冬花も付いてくる。帯城倭館の時と同じく、爆裂術式を使える彼女を擬似的な火砲として扱うことが出来た。
 やがて、先行する翼龍が気球の降下地点を示すために照明弾を投下した。夜空の下に、坊条制のとられた海城の市街地が浮かび上がる。

「旅団長閣下、降下準備に入ります!」

「おう、やれ!」

 気球の御者が牽引役の翼龍の搭乗員に合図を送り、翼龍の降下に合わせて御者が昇降舵を操作して気球も高度を下げていく。
 四隻の気球は、斉軍に発見されることを避けるため、大きく東回りで海城北方に進出し、工兵隊の青色信号弾が打ち上がるのを待っていたのだ。

「さて諸君」

 景紀は、同じ籠に乗る降下要員たちを見回した。照明弾の明かりの中で、互いの顔はしっかりと確認出来た。

「改めて確認するが、我々の任務は海城南門を制圧し、橋の確保に当たる騎兵連隊を城内から妨害しようとする敵兵を排除することだ。降下地点到達後、直ちに籠を降りてその場に円陣を形成、別命あるまで後続のために降下地点を確保する役目を負う」

「はっ!」

「よろしい」

 兵士たちの声が重なると、景紀は満足げに頷いた。内心では緊張と興奮が渦巻いているが、こうした場面では鷹揚な指揮官ぶりを発揮しなければならない。

「冬花の方も準備はいいか?」

「はい、問題ありません」

 陽鮮の時と同じく、陰陽師の少女は着物の上に胸当てを付けて矢筒を背負っていた。

「地上まであと三メートルです!」

 御者の叫びが、籠の中に響く。

「用意―――」

 景紀はすでに着剣された三十年式歩兵銃を抱えながら、籠の淵に足を掛けた。
 照明弾に照らされた地面が、徐々に近付いてくる。

「降下! かかれぇ!」

 景紀が真っ先に籠から飛び出し、冬花がそれに続く。
 未明の海城城内に、無数の軍靴が着地する音が鳴り響いたのだった。
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