秋津皇国興亡記

三笠 陣

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第三章 列侯会議編

59 雷娘来襲

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 夜、寝所にて景紀と宵はその日にあったことを報告し合っていた。

「……何だか、これが最近の日課になっている気がするな」

 結城家次期当主とその正室の関係として、これはどうなのだろうと疑問に景紀は思わないこともないのだが、何となく続けてしまっているのだ。

「私としては、色々と学べて良いのですが」

「まあ、宵がそれで良いなら俺は別に構わんが」

 正室自身がそう言っているのならば問題ないか、と景紀はとりあえず納得しておいた。

「しかし、今日はよくやったな」にやり、と次期当主たる少年は笑みを浮かべる。「益永も感心していたぞ」

「いえ、景紀様の不在中に家を守るのが、将家の妻たる者の役目ですから」

 宵は自らを誇ることなく、あくまでも景紀を立てようとする。

「ただまあ、政敵を失脚させてはい終わり、といかないところが面倒なところだな。そいつが消えたあとの跡始末までしなきゃならんとは」

「しかし、これで景紀様が自儘に嶺州経営に乗り出せることになりましょう」

「まっ、お前の願いだものな。そこはまあ、手を抜かずにやるさ」

「ありがとうございます」

「とはいえ、外側の問題に区切りが付いたと思ったら、今度は内側の問題か」

 ぼやくように、景紀は言う。

「やはり、結城家が割れる可能性を懸念しておられるので?」

「父上の病状がこのまま順調に回復すれば、な」苦り切った声で、景紀は言う。「まったく、俺は兄弟がいないから、兄弟同士で跡目争いが起こるよりはまだマシなんだろうが、それにしたって厄介な問題であることには変わりない」

「景紀様のお父上に対して失礼な言い方になってしまいますが、景忠様が側近の統制を取れなくなる可能性はどれほどあるのですか?」

「それもやっぱり、病状次第だろうな。結城家という単位で考えて、一番良いのは父上がこのままポックリ逝ってくれることだ。次は、父上が全快すること。だが、病状からしてそうはなりそうにない。一番厄介なのは、父上が重篤になって周囲と意思疎通が出来なくなることだ。そういう状況に付け込んだ側近たちが勝手に“御館様のご意向はこうこうこうである”とか言い出したら、もう完全に収拾がつかなくなる」

「完全に佞臣・奸臣ではないですか」呆れを込めて、宵は言う。「そのような人間を、景忠様はお側に侍らせているのですか」

「そうじゃないと思いたいが、一度権力を得た人間ってのは意地汚くそこにしがみつこうとするものだからな。父上の側にいる用人連中が、これまでの従順な態度を豹変させてもおかしくはない」

「現に、結城家居城の方では景紀様に対する不満が出ているようですしね」

「最悪、冬花に命じて始末させる」

 ぞっとするような声音で紡がれた言葉に、宵は不覚にもぞくりとした興奮を覚えてしまった。
 近しいものに甘いこの少年。
 そんな彼が冷酷に徹しようとした時、どのような手腕を見せてくれるのか。
 それを想像してしまったのだ。

「病に見せかけた呪詛にかけるでも、呪術で精神を病ませるでも、どうとでも処置が出来る」

「万が一の場合は、それがよろしいかと」

 宵もまた、酷薄な表情で少年の言葉に同意する。

「しかしまあ、あんまりそうした手段はとらないに越したことはないんだがな」

「冬花様のために、ですか?」

「いや、あいつは俺のシキガミとして生きていく覚悟を決めているんだ。冬花は、とっくに俺のために両手を汚す覚悟を決めてくれている。俺が変に気遣うのは、あいつの覚悟を蔑ろにすることになるからな」

 景紀の声には、ほんのわずかに冬花に手を汚させている自分自身への嫌悪感が滲んでいた。

「単純に、粛清も過ぎると残りの家臣団からの支持も失いかねないってことだ。主君も家臣も、互いが互いに対して猜疑心を抱けば、早晩、破滅するだろうからな。俺は、人生破滅は御免なんだ」

「そういえば、以前にもそうしたことをおっしゃっていましたね」

 ほんの一ヶ月と数週間しか経っていないというのに、随分と昔のことのように宵は言う。彼女の中では、景紀に嫁いでからの時間は、自分の人生の中で最も濃密な時間であったのだ。あるいは、北の城で停滞していた時間が、この少年に出逢うことで動き出したといったところか。

「まっ、今すぐどうこう出来るわけでもない問題に頭悩ますだけ時間の無駄だ」

 景紀はさばさばとした言葉とともに、手を振った。

「とりあえず、俺は寝る。寝てる間は馬鹿馬鹿しい政争に煩わされずに済むからな」

 ごろん、と景紀は布団の上に体を倒した。
 その様子がどこか不貞寝しようとする子供のように思えて、宵は小さく笑う。そして、彼女も寝るべく行燈の明かりを消した。
 真っ暗になった寝所で、宵自身も布団に潜り込む。

「おやすみなさいませ、景紀様」

「ああ、おやすみ、宵」

  ◇◇◇

 翌朝五時半、景紀は自然と目が覚めた。
 この辺りは兵学寮時代の習慣だな、と思う。
 隣を見れば、宵はまだ静かに寝息を立てている。起こすわけにもいかないので、しばらく布団に入ったままぼうっとしている。
 そのうち、時間になれば冬花が起こしにくるだろう。
 宵が嫁いでくる前であれば起こしに来た冬花と他愛ない会話に興じていたのだが、今はそれもない。
 それを懐かしいと思う気持ちもあるが、それだけで自分と冬花の関係が完結しているわけでもない。名残惜しくはあるが、諦めはつく。
 それに、何より宵に対して不義理であるようにも感じるのだ。
 冬花のことを重んずるあまり、この少女を蔑ろにしたくはない。どちらも、自分にとって大切な少女である。
 そこで小さく、景紀は笑みを浮かべた。
 頼朋翁に言われたことでもあるが、自分は随分と宵にほだされてしまったらしい。
 景紀は寝返りを打って、宵の方に体を向けた。
 まだ幾分、幼さの残る整った顔立ち。それなのに、故郷の民のために自分の身を捧げる覚悟を決めていた少女。
 十五歳にしては小柄な少女にそれだけの覚悟をさせてしまうくらい、東北の問題は深刻だ。
 農業問題とそれに伴う貧困問題。なかなか進まない工業化。そして、未確定のままの領地境界線。
 自分で面倒を背負い込んでしまったようなものではあるが、それでも、この少女のためだと思えば悪くはない。
 少しずつ笑顔を見せるようになってきた宵ではあるが、それでも満面の笑みというものを景紀は見たことがない。きっと、宵自身も自分のそんな表情を知らないだろう。
 だからいつか、この少女をそんな表情にさせてみたいと思うのだ。
 そんなことをつらつらと考えていた、刹那のことであった。
 屋敷に凄まじい轟音が鳴り響いた。
 砲弾が炸裂したような、雷が直撃したような、鋭い音である。

「-――っ!?」

 ほとんど反射的な動作で、景紀は枕元の拳銃と刀を手に取った。刀は、冬花の霊力を宿した白い鞘に収まった霊刀である。
 景紀は部屋の入り口から宵を庇うような位置を取る。

「……景紀様?」

 今の轟音で、宵も目を覚ましてしまったらしい。ちらりと彼女の方を見れば、彼女もまた咄嗟の動作で枕元の小刀を握りしめていた。

「安心しろ、この屋敷には冬花が守護の結界を張っている。この寝所にもだ」

 最初の轟音に続いて、何度か激しい音が寝所にまで届いてくる。景紀は刀を寝巻の帯に差し込み、そっと寝所の入り口へと近寄った。
 慎重な動作で襖を開け、左右を確認する。
 と、廊下をこちらへ駆けてくる足音が聞こえた。冬花の足音ではない。
 咄嗟に景紀はそちらに銃口を向けた。

「僕です、僕!」

 廊下を駆けてきたのは、白い寝巻姿の貴通であった。

「何があったんだ?」

 構えた拳銃を下ろし、景紀は問う。

「僕も何が何やら」慌てつつも、貴通は困惑気味であった。「とにかく景くん、あれを止めて下さい」

「は?」

「冬花さんが戦っているんです」

 その一言で、景紀は飛び出していた。





 正直、それを見た時、景紀も状況を把握するのに苦しんだ。
 貴通に言われて来てみれば、野次馬のように家令や女中が集まっており、その先で二人の少女が対峙していたのである。
 場所は屋敷の表門を入った、車寄せとして使われている開けた空間であった。
 少女の一方は、白髪赤眼。つまりは冬花である。
 そしてもう一方は、黒髪の見知らぬ少女であった。歳は十二、三程度であろうか。
 冬花は急いで駆けつけたらしく、白い寝巻姿のままであった。足も裸足である。もう一方の少女は、水干姿であった。明らかに、術者の格好であった。
 そして、冬花の着流しの両袖は無くなっていた。肩口の布に焦げた跡が見えることから、恐らく水干の少女の術を防ごうとした時にでも燃えたのだろう。
 裾に関しては、膝上で乱雑に切り裂かれていた。動きにくいので、自分で切り裂いたのだろう。すらりとした色白の足が、太腿のあたりから剥き出しになっている。
 冬花は、鋭い表情で水干の少女を睨んでいた。
 一方の術者らしき少女は、ギラついた好戦的な視線を冬花に向けている。

「あなた、全然本気出してないでしょ!」

 どこか獰猛な口調で、水干少女は言う。早朝だというのに、随分と元気が有り余っている様子だった。

「妖狐の血を引く人間の力がどれくらいか、一度術比べしてみたかったのよね!」

 溌剌とした調子で発せられた言葉は、まるっきり道場破りを行う者のそれであった。

「……」

 だが、冬花は無言のまま刀印を作った手を構えるだけだ。

「いいわ、私が、本気を出させてやるんだから!」

 バチバチと空気の爆ぜる音とともに、水干少女の周囲に小さな雷が舞う。あの轟音の正体はこれか、と景紀は理解した。

「じゃあ、行くわよ!」

「……」

 冬花の表情が、いっそう険しくなる。誰もが、一触即発の気配を感じ取っていた。

「……おい」

 だが、不意に流れた低い声が、その場を凍らせる。

「誰に断って、俺のシキガミに手を出している?」

 裸足のまま地面に降りた景紀は、一歩一歩、二人の少女が対峙している場所へと近付いていく。
 途端、悪戯のばれてしまった子供のようなギクリとした表情で、水干少女が景紀を見た。

「景紀……」

 限界まで張り詰めていた空気が消え、どこかほっとした調子で冬花は構えを解いた。

「つか、てめぇ誰だよ。この雷娘」

 剣呑な視線で、景紀は雷少女を睨む。一瞬だけ彼女は怯んだような表情を浮かべたが、即座に強気な表情に変る。
 そして、少し足を開いて腕を組んだ格好で、傲然と胸を反らした。

「雷娘じゃないわ! 私は浦部伊任の娘、浦部八重よ! 覚えておきなさい!」

 あの凶相の御霊部長の面影はあまり感じられないが、きりりと吊り上がり気味の眦は幼いながらも苛烈な印象を与え、龍王の末裔であることを納得させた。
 雷系統の術を放とうとしていたことも、龍王の血を引いていることと無関係ではあるまい。
 とはいえ、まだ幼さを残した容姿のためか、父親ほどの威圧感はない。

「そうかい。俺は結城景紀。てめぇが喧嘩を売ったシキガミの主だよ」

「ふん、あんたが結城家の若君ってわけね。お父様に比べたら、随分となよっちそうな顔ね」

 お前の父親と比べたら世の中の大半の男の顔は軟弱そうに見えるだろうよ。景紀は内心で毒づいた。

「八重殿、若様に対して無礼にも程があります」

 一方、怒気を発しているのは冬花だ。自身の主君が侮られることが、相変わらず我慢ならないらしい。

「何よ、あたしは事実を言ったまでよ」

 ふん、と鼻を鳴らして八重と名乗る水干の少女はそっぽを向く。余計に苛立ったのか、冬花の爪がわずかに鋭さを増した。

「で、その御霊部長の娘が、朝っぱらから何の用だよ」

「ふん、お父様が私の婚約者を勝手に決めたもんだから、そいつがどんな奴か見極めに来てやったのよ。まあ、そこの妖狐の娘と手合わせしてみたいってのもあったけど」

 それでこの騒ぎか。景紀は辟易しつつも納得した。

「冬花、鉄之介は?」

 そもそも、それならばこの娘の相手は鉄之介がすればいいわけで、わざわざ冬花が出張ってくる必要はない。

「家の結界の補強を頼んだわ。この子が無理矢理侵入した所為で、私の張った結界に亀裂が出来ちゃったから」

 つまり、冬花は結界を割って侵入した術者が強敵だと判断して自ら対応し、鉄之介の方には結界の維持を任せたということか。
 うんざりした調子で、景紀は溜息をついた。
 そして、体を野次馬と化している家の者たちに向ける。

「とりあえず、散った散った」

 自分のシキガミは、見世物ではない。そんな苛立ちとともに、景紀は手で追い払う仕草をした。家令や女中たちも、冬花の件で屋敷の主の勘気に触れたくはないため、三々五々と散っていく。

「冬花様」

 と、去っていく人の流れに逆らうように宵が野次馬の間から飛び出してきた。

「こちらを」

 宵は、冬花に赤い羽織を差し出した。火鼠の毛で織った、冬花の呪術師としての霊衣である。

「ありがとうございます」

 袖も裾も失った着流し姿では寒かろうと思って、宵は冬花の部屋からこの羽織を持ち出してきたのだろう。

「それで、その鉄之介って奴はどこにいるのよ」

 八重は景紀よりも頭一つ分は低いが、それでもその態度は身長差を感じさせないものであった。
 と、不意に景紀、冬花、宵の視線が水干少女の背後に向かい―――。

「このじゃじゃ馬娘がっ!」

 途端に怪訝そうな表情になる八重の頭に、怒声とともに拳骨が落ちた。
 開け放たれたままになっていた門から、一人の青年が飛び込んできたのだ。
 あまりにも痛かったのか、水干少女は頭を抱えてうずくまってしまった。目には薄らと涙が溜まっている。

「我が愚妹がご迷惑をおかけしたことをお詫びする。俺は浦部伊任が嫡男、伊季これすえだ」

 痛みにうずくまる妹の横で、伊季と名乗る青年は片膝をつく形の礼をとる。
 景紀はもう一度溜息をつくと、冬花や宵と顔を見合わせた。二人とも、やれやれといった表情である。少し離れたところでは、やはり貴通が呆れたような苦笑を浮かべてこちらを見ていたのだった。





 車寄せにいても仕方がないので、景紀たちは場所を移すことにした。
 伊季と八重を応接間に通し、景紀たちは着替えを済ませてから応接間に向かう。

「今回の件は、完全にうちの愚妹の暴走だ。我々浦部家は、結城家に対して何ら含むところはない。葛葉家に対してもだ。むしろ、葛葉家とは同じく術者の家系として、そして人ならざるものの血を引く家系として、友誼を結びたいと思っているくらいだ」

 伊季が釈明する横で、八重は何とも居心地悪そうにしていた。
 部屋にいるのは、景紀、宵、冬花、鉄之介、伊季、八重の六名である。
 伊季は父親譲りの多少の厳つさはあるものの、それでも青年らしい精悍さを感じられる顔つきであった。恐らく、この兄妹の顔つきは、上手く母親の血と混ざり合った結果なのだろう。

「そもそもの問題として、こっちは鉄之介とそちらの妹さんとの婚姻について、明確な回答をしていないんだが」

「だから愚妹の暴走なんだ」

 景紀が指摘すると、頭痛を堪えているような口調で伊季は返した。

「こいつは、見ての通り龍の血を引く癖に猪突猛進というか、直情径行というか、思い立ったらすぐ行動といったたちの奴でな。女子学士院が冬休みに入った途端、これだ……」

「何ですか、お兄様。私は、自分の夫となる奴を見極めてやろうと思っただけです」

 兄の言い方が不満だったのか、八重はふて腐れたように反論する。そして、その視線が鉄之介に向く。

「で、そいつが鉄之介? はん、お兄様の方がずっと強そうだわ」

「いきなりやってきて、失礼な奴だな」

 いつも景紀の前では不機嫌そうな態度をとる鉄之介だが、やはり今も不機嫌そうであった。

「何よ、あんた、私より一つ年上のくせして、私とあんまり身長も変らないじゃない」

「俺はこれから伸びるんだ!」

 別に、鉄之介の身長が同年代と比べて極端に低いわけではない。これは、単純に男女の成長速度の差の問題だろう。
 とはいえ、鉄之介にとっては年下の少女に身長のことを指摘されるのは不愉快だったらしい。それに、男の子としての見栄もあるのだろう。
 ただ、不機嫌そうな鉄之介ではあったが、その不機嫌は景紀に向けるのとは性質が違っているように思えた。景紀に対する感情が姉を奪われたことによる暗いものであるとすれば、八重に向ける感情は同年代の術者への対抗心と男の子としての意地があるように感じるのだ。
 景紀は隣の宵と顔を合わせた。彼女も、同じことを思っていたのだろう。静かに頷いた。

「鉄之介」

「何だよ」

 不機嫌の対象を景紀に向けたかのような声で、鉄之介は応じた。

「とりあえず、冬休みの間は八重と一緒に伊任殿のところで修行してみたらどうだ?」

「はあ?」

「あら、いいわね、それ」

 頓狂な声を上げる鉄之介とは対照的に、八重はやる気十分な口調であった。

「俺の見たところ、お前には同年代で競い合える人間が必要だと思う」

 思えば、この少年が姉の存在に拘っているのは、術者として競える近しい年齢の存在が彼女しか存在しなかったからかもしれない。
 学士院には友人がいるだろうが、それは学友として競い合える相手であっても、術者として競い合える相手ではない。そう考えれば、八重を許嫁にするかどうかは将来の問題として、彼女と競い合える関係になることは、鉄之介自身の成長にも繋がるだろう。
 八重の方は鉄之介と張り合う気満々なようなので、こちらは心配ない。

「俺、こいつと仲良く出来る気が一向にしないんだが」

 嫌そうな口調で、鉄之介が反論する。

「俺と貴通もそうだった」ちょっと苦笑を浮かべて、景紀は言う。「兵学寮に入った時には、あいつと今みたいな関係になれるとは思ってなかったよ。何せ、入学早々に大喧嘩をやらかしたんだからな。だが、同じ分野で競い合える同年代の奴がいるってのは、いいことだぞ」

「……それが主命とあらば」

 鉄之介は不承不承といった口調で、そう言った。

「だが、言っとくが、俺はこんな女と結婚するなんて決めたわけじゃないからな」

「私だって、私より弱っちくて根性のない奴なんて夫にしたくないわよ」

 途端に、対抗心剥き出しの視線で睨み合う術者の少年と少女。

「案外、息ぴったりなんじゃないか?」

 その様子を見て、率直な感想を景紀は漏らす。鉄之介と八重は、ほぼ同時に鋭い視線を結城家次期当主の少年に向けた。

「はぁ? お前、目ぇ腐ってんじゃないの?」

「本当よ。朝早いからって寝ぼけてるんじゃないわよ」

 示し合わせたような罵声が飛んできて、景紀は思わず伊季と顔を見合わせた。互いに、曖昧な笑みを浮かべる。
 一方、景紀の側に控える冬花は、主君に対する弟のあまりと言えばあまりの態度に、頭痛を抑えるかのように手を額に当てていた。

「それじゃあまあ、そういうことになったと、伊任殿にも伝えておいてくれ」

「承知した」景紀の言葉に、伊季は頷いた。「ほら、帰るぞ、八重」

「ちょっと、お兄様。私はまだそこの冬花って奴との決着をつけていないのよ」

 そんな抗議の声を上げる水干姿の妹を、兄は引き摺るようにして連れ去っていった。

「……私は妖狐で、御霊部長は龍王、それであの子は雷娘と、今度は本当に鬼とか鵺とか土蜘蛛とか出てくるんじゃないかしら」

 結城家の者だけが残された部屋の中で、冬花が辟易としたように言った。

「はははっ、そりゃあ面白そうだな」

 景紀はおかしそうに、従者の言葉に笑い声を上げた。

「もう、笑いごとじゃないかもしれないのよ」

「いいじゃないか、別に。どんな人外化生が出てきても、俺のシキガミが一番。俺にとっては、それで十分だ」

「……」

 信頼の言葉によって自らの反論を封じられて、冬花の顔には不服そうな、それでいてこそばゆそうな複雑な表情が浮かんでいた。
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