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第三章 列侯会議編
50 食事会
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すでに日が暮れて、道にはガス灯の明かりが灯された時刻。
景紀、宵、そして護衛の冬花は一軒の料理店に入った。
それなりに格式の高そうな店構えではあったが、華族や政治家たちがこぞって使うような高級料亭ほどの敷居の高さはないようであった。ある程度、金を持っている商人などの平民も利用する店なのだろう。
事前に予約をしていたので景紀が名前を告げると、給仕の女性によって奥の間へと通された。
冬花が霊力を使って一通り、部屋に悪意ある仕掛けがないかを確認した。
通された部屋にはまだ誰も来ておらず、用意されていた座布団の上に景紀と宵が座り、冬花が廊下で待機する。
しばらくすると、「お連れ様がいらっしゃいました」と店の者が伝えに来た。
「ちょっと、出迎えてくる」
そう言って立ち上がる景紀に、宵は怪訝な思いを抱いた。
本来であれば店の者に案内させればいいのに、わざわざ景紀が出迎えに行く理由は何なのだろうか。別に、景紀の方が身分が低いというわけではないのに。
一方、そうした宵の内心を知ることのない景紀は、そのまま部屋を出て店の玄関まで出向く。
「すみません、少し遅くなりました」
玄関に現れた貴通は、羽織袴姿であった。その上に、外套を羽織っている。そして、腰には刀。
一度、官舎に帰って軍服から着替えてきたらしい。
「いや、別にそれほど待っていないぞ」
特に大遅刻というわけでもないので、景紀も気にしていなかった。
「それにしても、景くんと一緒に食事するなんて、兵学寮の食堂以来じゃないですか」
貴通は懐かしそうな、そして楽しそうな笑みを浮かべた。声もどことなく浮ついている。
「今日は宵姫様も来ているそうですね?」
「ああ、正式にお前に紹介していなかったからな。それに、あんなことがあったんだ。冬花のことも、いい加減、お前に紹介しないと拙いだろう」
「まあ、確かに」貴通は思案顔になって頷いた。「景くんが皇都にいるなら今後も会う機会があるでしょうから、僕と冬花さんがまったく顔を合わせないというのも、無理な話でしょうしね」
「お前、それで構わないか?」
どこか探るような、慎重な景紀の声。
「冬花さんのことを、景くんは信頼しているのでしょう?」
貴通の言葉は、質問というよりも、ほとんど確認じみたものであった。
「ああ」
「そして、僕は景くんを信頼しています。なら、問題はないでしょう」
「そう言ってくれると助かる」
どこかほっとしたように、景紀は答えた。
そうして、二人して店の奥へと進んだ。
部屋の外の廊下で待機していた冬花が、景紀と貴通に気付き、恭しく一礼した。
「貴通、今更必要ないと思うが、こいつが葛葉冬花。俺のシキガミだ」
「葛葉冬花と申します」
冬花はさらに深く一礼した。声には、硬いものが混じっていた。彼女にとって、貴通という景紀の兵学寮同期生が最初に見た自分の姿は、妖狐の血を暴走させた姿なのである。緊張してしまうのはやむを得ないことといえた。
「穂積貴通です」
だが、冬花の懸念に反して貴通の声は穏やかであった。そこには、冬花の容姿や出自に対する嫌悪感はない。
「結城景紀殿……まあ、僕は景くんと呼ばせてもらっていますが……とは兵学寮の同期生でした」
「はっ、存じ上げております」
冬花は失礼にならないように、顔を上げて穂積貴通という少年の顔を確認しようとした。正気の状態でこの少年に会うのは、初めてなのだ。
「―――っ!?」
少年の顔を見た瞬間、陰陽師の少女の顔に緊張感が走る。
「景紀さ……」
「冬花」
冬花の言葉を、景紀は鋭く遮った。
「……」
それで、冬花は言葉を続けることが出来なくなってしまった。
「……何やら僕、随分と景くんの式神さんに警戒されているみたいですが」
やれやれといった自嘲混じりの声で、貴通は苦笑した。そうした笑みすら、秀麗な顔立ちの彼には似合っていた。
「ご気分を害されたようでしたら、申し訳ございません」
冬花は歯切れ悪く謝罪する。
「まあ、あなたが陰陽師であるならば、当然のことかもしれませんね」
「いえ、それは……」
「僕もあなたと同じ、そう言えば納得していただけますか? ねぇ、妖狐の血を引く式神さん?」
「―――っ」
冬花ははっとした顔になって、景紀の顔を見た。シキガミの主たる少年は、ただ生真面目な表情で頷いただけだった。
詮索はしないでくれという主君の意思表示を、冬花は受入れざるを得なかった。
「弟さんは全然気付かなかったようですが、あなたは術者として優秀なようですね」
「……」
冬花はその賞賛に、硬い表情を返すだけであった。
「まあ、そんなに警戒されているのなら、主君のことが心配でしょう?」そんな冬花の様子を見て、優しく諭すように貴通は言った。「食事、同席されませんか?」
「いえ、それは……」
貴通の提案に、冬花は戸惑った。
宵も含めた四人の中で、冬花だけ家格が非常に劣っているのだ。景紀も貴通も公爵家の出身、宵は伯爵家の娘であるが景紀の正室である。一方の冬花は、士族の家系に生まれたとはいえ所詮は用人の娘でしかない。
三人の食事に同席するというのは、本来であれば畏れ多いことなのだ。
「貴通が構わないといっているんだから、別にいいだろ。宵と一緒に食事するってことについては、皇都見物の時にもあったし、今更だろ?」
景紀はそう言うが、先日の皇都見物の際は内輪の食事だった。だからこそ冬花や新八が景紀や宵と同席することが許されたのだが、今回は私的な食事会とはいえ、公爵家の子息を招いてのものである。
冬花が躊躇してしまうのも、無理からぬことであった。
とはいえ、主君とその友人が許しているのだから、それを断るのも無礼に当たる。
「……景紀様がそうおっしゃるのでしたら」
穂積貴通の存在といい、どこか釈然としないものを感じながらも、冬花は主君の言葉に従うことにした。
景紀が選んだ料理店は、牛すき鍋で有名な店であった。
四人の前で、牛肉や長ねぎ、焼き豆腐、白滝や白菜などが入れられた鍋がぐつぐつと煮えている。
「やっぱり、寒いときはこういう温かいものが食べたくなりますよね」
かちゃかちゃと卵をかき混ぜながら、貴通は楽しそうに、宵は初めての料理に興味津々といた表情で、そして一方の冬花はどこか居心地悪そうにしていた。
景紀は貴通と鍋を挟んで反対側に座っている。
「それで景くん、六家会議でようやく来年度予算の概略が決定したようですね」
「ああ、何とかな」
「随分とご活躍だったそうじゃないですか」
くすり、と貴通はからかうような笑みを浮かべた。
「別に、活躍ってほどじゃないだろ。俺としちゃあ、あんなくそったれな会議、とっとと終わらせたかっただけだからな」
「それで会議をまとめてしまうのですから、やはり大したものですよ。僕もその場で、景くんが伊丹公や一色公を丸め込む姿を見てみたかったです」
「六家会議なんて、やってる方も見ている方も、あんまり楽しいもんじゃねぇぞ」
本当に辟易したように、景紀は言う。
「なあ、冬花もそう思うだろ?」
いつも補佐官として同行させている少女に、景紀は同意を求めた。
「いえ、私といたしましては、貴通様のご意見に同意と言いますか」
「ははっ。だ、そうですよ、景くん?」
「高みの見物決められている奴らは気楽でいいよな……」
げんなりと、景紀は溜息を零した。
「……しかし、本当によろしいのでしょうか? 私如きが同席して」
未だ自分がここにいることに納得がつかないのか、冬花は躊躇いがちに三人に確認する。
「私は構いませんよ」
鍋を挟んで冬花の正面に座っている宵が真っ先に答えた。表情の変化に乏しいものの、彼女はむしろ皆で鍋を囲うこの状況を楽しんでいるようであった。
「そもそも僕と景くんが構わないと言っているのですから、気にすることはありませんよ。式神として景くんを警護するにも、この方がいいでしょうし」
「しかし、先日、貴通様にはご迷惑をおかけしましたし……」
冬花が気にしているのは、身分の違い以外にも、妖狐の血を暴走させてしまった先日の件があった。
「ああ、その件でしたら僕はまったく気にしていませんので」
あっけらかんとした調子で、貴通は言う。
「それどころか、むしろ楽しかったくらいです」
「楽しかった?」
思わず、冬花はその言葉を繰り返してしまった。
「景くんと一緒に戦えたんですから、僕としてはむしろ満足なくらいなんですよ」
「出たよ、お前の悪い癖が」揶揄するように、景紀が口を挟んだ。「兵学寮で、女顔とからかってきた上級生相手に何度も大立ち回りを演じた喧嘩っ早さは直ってねぇな」
「それを言うなら景くんもでしょうが。そこの式神さんのことになると、景くんはひどく感情的になりますからね」
「まあ、それで二人して大立ち回りして、営倉にぶち込まれたこともあったなぁ」
「そうやってあまりに二人でつるんでいるものだから、衆道趣味だと揶揄されてまた大立ち回り。まったく首席と次席で何をやっているんだ、と教官からこっぴどく叱られてびんたを喰らったこともありましたねぇ」
それはそれで今となっては良い思い出なのか、二人して呵々と笑い合った。
「……随分と、波乱に満ちた兵学寮生活だったのですね」
思わずといった調子でそんな言葉が出た宵の表情は、驚いていいのか呆れていいのか、戸惑っているようであった。
宵はまだ、景紀から兵学寮時代の思い出話をほとんど聞かされていないのだ。
「というよりも、それでよく首席と次席を維持出来ましたね」
だからそれは、当然の疑問といえた。
「まあ、兵学寮は身分関係なく入れるとは言え、特別入学枠が設けられている華族、中でも武家出身の生徒が多いですからね」
「ああ、それで」
宵は納得した表情になる。
景紀が続けた。
「武家ってのは、名誉を重んずる傾向にあるからな。当然、教官連中にも武家出身者が多い。そういう環境で、侮辱されてやり返さないってのは、むしろ不名誉なことなんだよ。規則上は私闘の禁止が謳われちゃあいるが、自分や家の名誉のために喧嘩して営倉入りってのは、兵学寮の生徒にとっちゃあ、一種の勲章みたいなもんだからな。案外、考課表に響かない」
「それだと、乱闘が絶えないのでは?」
「自分の名誉だけでなく、相手の名誉も重んずる気概があれば良いだけだ。それを理解しない連中が、一部には居たってだけのことだ。俺たちだって、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けてきたわけじゃないぞ」
最後のはちょっと言い訳じみた言葉だったか景紀は思うが、事実なのだから仕方がない。
「まあそんなわけで、僕にとって景くんと一緒に暴れ回るのは楽しいことなので、冬花さんが気にする必要はまるでないですよ」
「……」
理由が理由なだけに、冬花としては素直に礼を言うことも憚られた。助けを求めるように、景紀に視線をやる。
「まあ、俺の同期生はこんな奴だ」
それで納得してくれ、と言わんばかりの口調で、景紀はシキガミからの視線に応じた。
「それで貴通。そう言うってことは、結構鬱憤が溜まっているんじゃないか」
「まあ、そうですねぇ……」
悩ましそうな吐息を漏らしながら、貴通は鍋から牛肉を取り出して、それを溶き卵に浸けた。それを合図に、めいめいが鍋へと箸を入れる。
ぱくりと一口、貴通は牛肉を口に入れた。肉の脂と甘辛いたれ、そして卵の甘みが口の中で溶け合う。
それを咀嚼して呑み込んでから、また口を開いた。
「兵学寮を卒業してからの二年、軍人らしい仕事なんてほとんど回ってきませんからね。そりゃあ、鬱憤も溜まってくるというものですよ」
完全に愚痴を零す口調で、貴通は語り続ける。
「僕がやらされていることといえば、近衛師団司令部で古戦史の調査をすることとか、良くて新しい兵要地誌の編纂に携わるくらいですからね。兵要地誌の編纂は軍人らしい仕事といえば仕事ですが、逆にいうとそれくらいですよ、本当に」
将家華族、特に六家としては、公家華族に下手に戦功を上げてもらいたくないのだ。それに加えて、穂積家という単位で見ても、貴通が軍人として活躍することは望ましくない。正室の子が別に存在する以上、それを脅かすような存在となることは、父の通敏や彼の正室としても避けたいところだろう。
そうした状況に置かれているが故に、貴通は軍内部で不遇を託っているのだ。
「なあ、貴通。本気でうちに来ないか?」
そして、景紀はそうした友人の状況を不憫に思う以前に、その才能を埋もれさせることを惜しいと感じていた。
「俺はな、ちょっと領軍の改革を行いたいと思っているんだ。兵学寮を出てから、父上の命で匪賊討伐に参加したり、南洋群島や新南嶺島の視察に行ってきたりしたんで、俺自身、あんまり手を付けられていない。ようやく父上を説得して家臣団への根回しもやって、兵部省にも実験的な部隊編成の許可が取れたと思ったら、今度は当主代理だ。正直、政務にかかりきりな状態で、軍の面倒を一から見ていられるような状況じゃない」
「改革というと、景くんが兵学寮の卒業論文で書いた例の『騎兵無用論』ですか?」
「別に、騎兵を無用だと書いたわけじゃないぞ」
「判ってますって」宥めるように、貴通は言った。「でも、そう言って景くんの論文を攻撃する人間がいることは事実ですからね」
「騎兵無用論、ですか?」
少し興味が湧いたのか、宵が説明を乞うような目で景紀を見てきた。
「ざっくりと説明すれば、火力の進歩によって騎兵突撃で敵歩兵を蹂躙するような伝統的な戦法は成り立たなくなるだろう、って内容だな」
「実際、戦国時代には鉄砲隊の集中運用で敵騎馬隊の突撃を阻止した例もありますから、別に景くんの主張が突飛なわけではないでですよ。ただ、西洋列強ではボナパルト戦争の戦訓もあって未だ騎兵科が重視されていますし、我が国でも流鏑馬などの伝統が残っている通り武家の男子は馬に乗れて然るべきという思想が根強いですから、反発も生まれてくるわけです」
「別に伝統芸能としての流鏑馬は否定しないが、兵器としての馬にはいずれ限界が来るだろう、ってのが俺の考えだな。ただし、鉄道が登場したとはいえ、馬は未だ戦場では重要な機動力だ。だからむしろ、今後はそうした機動力を活かしつつ、乗馬攻撃一辺倒を止めて徒歩戦闘にも柔軟に対応出来、しかも一定の火力を持った騎兵部隊が必要だろう、って主張してやった」
「最近では斉発砲や多銃身砲などといった、多数の銃弾を連続して発射出来る兵器が実用化され始めていますから、僕は景くんの考えに納得しています」
「あとはそれに龍兵を加えて、爆撃によって敵を混乱させた上で騎兵の機動力を用いて戦線を突破、その速度によって敵司令部の処理能力を麻痺させる、ってあたりまでは理論が出来上がっているんだが……」
「まあ、伝統的な騎兵観の持ち主からすれば、革新的過ぎるんですよね。火力と機動力を重視した部隊というのは、恐らくは西洋列強でもほとんど例がないでしょうし。さらに、従来の“点”、つまりは会戦主義を排して、“面”で戦争を考えようとしているわけでもありますし」
「そこまで俺の考えを理解しているから、お前が欲しいわけなんだが? それに、お前は鉄道輸送による兵員輸送・兵站についての論文を出しているだろ? お前なら、後方支援のことまで考えられる」
「僕としても、嬉しいお誘いの言葉だと思っていますよ」
そう答えた貴通の言葉には、どこか陰があった。
「でも、今は時期が悪いんですよ」
貴通は鍋から豆腐を器用に拾い上げて、それを器の中で二つに割った。少し息を吹きかけて冷ましてから、口に入れる。
景紀もまた鍋から牛肉を取って卵に浸け、口へと運ぶ。貴通が続きを話したくなるまで、待っているつもりであった。
「……ほら、父は今、文相を務めていますが、それは六家の後押しがあったからじゃないですか。攘夷派に取り込もうとする伊丹・一色派と、それに対立する有馬派の間で板挟みになっている面もありましてね。ああ、もちろん攘夷派の圧力に負けて閣内不一致なんてことにはならないでしょうから安心して下さい。父だって、今の地位を失いたいわけじゃないんです。まあ、そんなわけで僕がこのところ、頻繁に景くんと接触していることを父は快く思っていないようなんですよね。結城家は有馬家と手を組んでいて、しかも景くんは実質的な当主。これでまだ景忠殿が政務を執っているなら、単に息子同士の交流っていう言い訳も立ちますけど、伊丹・一色両公からすると、僕は父の代理として結城家に接触しているように見えるらしいです」
「すまん、面倒事に巻き込んじまって」
「いえ、僕が会いたくて景くんに会っているだけですし、誘拐事件の件で警視庁に証言したのも、景くんが佐薙伯に負けて欲しくないからですし、全部、僕がやりたくてやっていることなんで謝ってもらう必要は全然ないんですよ」
「だが、下手をすると本気でお前まで攘夷派に狙われるだろ?」
「父のところにも、同じような脅しがあったらしいですよ。西洋列強に阿るような態度を取れば、血気盛んな若い連中を抑えることは出来なくなるぞ、とか。それで、父はすっかり慎重になってしまったようで」
「ちっ、くそったれな連中め」
忌々しそうに、景紀は舌打ちした。
「まあ、先日の誘拐事件で攘夷派もだいぶ株を下げましたが、それでも頑固な連中は頑固ですからね」
「内務省に圧力をかけて、攘夷を叫ぶ連中を全員逮捕させたくなるな」
景紀は剣呑な表情を見せた。実現は難しいと判っていても、本気でそうした手段を取りたくなってしまう。
「と、いうわけで、今、僕が結城家に入るわけにはいかないんですよ。今、僕が父と縁を切って結城家に付けば、僕が政府内部の情報を得る機会がなくなります。景くんだって、列侯会議が控えるこの時期に僕から政府の情報を得られなくなるのは痛手でしょう?」
「そうれはそうなんだがなぁ……」
唸るように、景紀は呟く。納得していない表情であった。
「とりあえず、僕はまだ情報面で景くんを支えていくべきだと思っていますので」
「素直に礼を言えるような話じゃないだろ」
むすっとした声で、景紀は応じる。
「いいんですよ、僕がやりたくてやっているんですから」
そう言って、貴通は柔らかい笑みを見せた。どこか誤魔化されているような気がして、景紀は重い溜息をつく。
「それに」
と、景紀の同期生たる少年は顔に浮かんでいる笑みを、意味深なそれに変える。
「今、僕が結城家に入ると、景くんが何かと困った立場になるんじゃないですか?」
「……」
景紀は無言で唇をねじ曲げた。
「だから、今はまだ、です。でも、景くんが僕をそんなに評価してくれて、とても嬉しかったですよ」
そう言って、貴通はどこか寂しげな笑みを浮かべた。
景紀、宵、そして護衛の冬花は一軒の料理店に入った。
それなりに格式の高そうな店構えではあったが、華族や政治家たちがこぞって使うような高級料亭ほどの敷居の高さはないようであった。ある程度、金を持っている商人などの平民も利用する店なのだろう。
事前に予約をしていたので景紀が名前を告げると、給仕の女性によって奥の間へと通された。
冬花が霊力を使って一通り、部屋に悪意ある仕掛けがないかを確認した。
通された部屋にはまだ誰も来ておらず、用意されていた座布団の上に景紀と宵が座り、冬花が廊下で待機する。
しばらくすると、「お連れ様がいらっしゃいました」と店の者が伝えに来た。
「ちょっと、出迎えてくる」
そう言って立ち上がる景紀に、宵は怪訝な思いを抱いた。
本来であれば店の者に案内させればいいのに、わざわざ景紀が出迎えに行く理由は何なのだろうか。別に、景紀の方が身分が低いというわけではないのに。
一方、そうした宵の内心を知ることのない景紀は、そのまま部屋を出て店の玄関まで出向く。
「すみません、少し遅くなりました」
玄関に現れた貴通は、羽織袴姿であった。その上に、外套を羽織っている。そして、腰には刀。
一度、官舎に帰って軍服から着替えてきたらしい。
「いや、別にそれほど待っていないぞ」
特に大遅刻というわけでもないので、景紀も気にしていなかった。
「それにしても、景くんと一緒に食事するなんて、兵学寮の食堂以来じゃないですか」
貴通は懐かしそうな、そして楽しそうな笑みを浮かべた。声もどことなく浮ついている。
「今日は宵姫様も来ているそうですね?」
「ああ、正式にお前に紹介していなかったからな。それに、あんなことがあったんだ。冬花のことも、いい加減、お前に紹介しないと拙いだろう」
「まあ、確かに」貴通は思案顔になって頷いた。「景くんが皇都にいるなら今後も会う機会があるでしょうから、僕と冬花さんがまったく顔を合わせないというのも、無理な話でしょうしね」
「お前、それで構わないか?」
どこか探るような、慎重な景紀の声。
「冬花さんのことを、景くんは信頼しているのでしょう?」
貴通の言葉は、質問というよりも、ほとんど確認じみたものであった。
「ああ」
「そして、僕は景くんを信頼しています。なら、問題はないでしょう」
「そう言ってくれると助かる」
どこかほっとしたように、景紀は答えた。
そうして、二人して店の奥へと進んだ。
部屋の外の廊下で待機していた冬花が、景紀と貴通に気付き、恭しく一礼した。
「貴通、今更必要ないと思うが、こいつが葛葉冬花。俺のシキガミだ」
「葛葉冬花と申します」
冬花はさらに深く一礼した。声には、硬いものが混じっていた。彼女にとって、貴通という景紀の兵学寮同期生が最初に見た自分の姿は、妖狐の血を暴走させた姿なのである。緊張してしまうのはやむを得ないことといえた。
「穂積貴通です」
だが、冬花の懸念に反して貴通の声は穏やかであった。そこには、冬花の容姿や出自に対する嫌悪感はない。
「結城景紀殿……まあ、僕は景くんと呼ばせてもらっていますが……とは兵学寮の同期生でした」
「はっ、存じ上げております」
冬花は失礼にならないように、顔を上げて穂積貴通という少年の顔を確認しようとした。正気の状態でこの少年に会うのは、初めてなのだ。
「―――っ!?」
少年の顔を見た瞬間、陰陽師の少女の顔に緊張感が走る。
「景紀さ……」
「冬花」
冬花の言葉を、景紀は鋭く遮った。
「……」
それで、冬花は言葉を続けることが出来なくなってしまった。
「……何やら僕、随分と景くんの式神さんに警戒されているみたいですが」
やれやれといった自嘲混じりの声で、貴通は苦笑した。そうした笑みすら、秀麗な顔立ちの彼には似合っていた。
「ご気分を害されたようでしたら、申し訳ございません」
冬花は歯切れ悪く謝罪する。
「まあ、あなたが陰陽師であるならば、当然のことかもしれませんね」
「いえ、それは……」
「僕もあなたと同じ、そう言えば納得していただけますか? ねぇ、妖狐の血を引く式神さん?」
「―――っ」
冬花ははっとした顔になって、景紀の顔を見た。シキガミの主たる少年は、ただ生真面目な表情で頷いただけだった。
詮索はしないでくれという主君の意思表示を、冬花は受入れざるを得なかった。
「弟さんは全然気付かなかったようですが、あなたは術者として優秀なようですね」
「……」
冬花はその賞賛に、硬い表情を返すだけであった。
「まあ、そんなに警戒されているのなら、主君のことが心配でしょう?」そんな冬花の様子を見て、優しく諭すように貴通は言った。「食事、同席されませんか?」
「いえ、それは……」
貴通の提案に、冬花は戸惑った。
宵も含めた四人の中で、冬花だけ家格が非常に劣っているのだ。景紀も貴通も公爵家の出身、宵は伯爵家の娘であるが景紀の正室である。一方の冬花は、士族の家系に生まれたとはいえ所詮は用人の娘でしかない。
三人の食事に同席するというのは、本来であれば畏れ多いことなのだ。
「貴通が構わないといっているんだから、別にいいだろ。宵と一緒に食事するってことについては、皇都見物の時にもあったし、今更だろ?」
景紀はそう言うが、先日の皇都見物の際は内輪の食事だった。だからこそ冬花や新八が景紀や宵と同席することが許されたのだが、今回は私的な食事会とはいえ、公爵家の子息を招いてのものである。
冬花が躊躇してしまうのも、無理からぬことであった。
とはいえ、主君とその友人が許しているのだから、それを断るのも無礼に当たる。
「……景紀様がそうおっしゃるのでしたら」
穂積貴通の存在といい、どこか釈然としないものを感じながらも、冬花は主君の言葉に従うことにした。
景紀が選んだ料理店は、牛すき鍋で有名な店であった。
四人の前で、牛肉や長ねぎ、焼き豆腐、白滝や白菜などが入れられた鍋がぐつぐつと煮えている。
「やっぱり、寒いときはこういう温かいものが食べたくなりますよね」
かちゃかちゃと卵をかき混ぜながら、貴通は楽しそうに、宵は初めての料理に興味津々といた表情で、そして一方の冬花はどこか居心地悪そうにしていた。
景紀は貴通と鍋を挟んで反対側に座っている。
「それで景くん、六家会議でようやく来年度予算の概略が決定したようですね」
「ああ、何とかな」
「随分とご活躍だったそうじゃないですか」
くすり、と貴通はからかうような笑みを浮かべた。
「別に、活躍ってほどじゃないだろ。俺としちゃあ、あんなくそったれな会議、とっとと終わらせたかっただけだからな」
「それで会議をまとめてしまうのですから、やはり大したものですよ。僕もその場で、景くんが伊丹公や一色公を丸め込む姿を見てみたかったです」
「六家会議なんて、やってる方も見ている方も、あんまり楽しいもんじゃねぇぞ」
本当に辟易したように、景紀は言う。
「なあ、冬花もそう思うだろ?」
いつも補佐官として同行させている少女に、景紀は同意を求めた。
「いえ、私といたしましては、貴通様のご意見に同意と言いますか」
「ははっ。だ、そうですよ、景くん?」
「高みの見物決められている奴らは気楽でいいよな……」
げんなりと、景紀は溜息を零した。
「……しかし、本当によろしいのでしょうか? 私如きが同席して」
未だ自分がここにいることに納得がつかないのか、冬花は躊躇いがちに三人に確認する。
「私は構いませんよ」
鍋を挟んで冬花の正面に座っている宵が真っ先に答えた。表情の変化に乏しいものの、彼女はむしろ皆で鍋を囲うこの状況を楽しんでいるようであった。
「そもそも僕と景くんが構わないと言っているのですから、気にすることはありませんよ。式神として景くんを警護するにも、この方がいいでしょうし」
「しかし、先日、貴通様にはご迷惑をおかけしましたし……」
冬花が気にしているのは、身分の違い以外にも、妖狐の血を暴走させてしまった先日の件があった。
「ああ、その件でしたら僕はまったく気にしていませんので」
あっけらかんとした調子で、貴通は言う。
「それどころか、むしろ楽しかったくらいです」
「楽しかった?」
思わず、冬花はその言葉を繰り返してしまった。
「景くんと一緒に戦えたんですから、僕としてはむしろ満足なくらいなんですよ」
「出たよ、お前の悪い癖が」揶揄するように、景紀が口を挟んだ。「兵学寮で、女顔とからかってきた上級生相手に何度も大立ち回りを演じた喧嘩っ早さは直ってねぇな」
「それを言うなら景くんもでしょうが。そこの式神さんのことになると、景くんはひどく感情的になりますからね」
「まあ、それで二人して大立ち回りして、営倉にぶち込まれたこともあったなぁ」
「そうやってあまりに二人でつるんでいるものだから、衆道趣味だと揶揄されてまた大立ち回り。まったく首席と次席で何をやっているんだ、と教官からこっぴどく叱られてびんたを喰らったこともありましたねぇ」
それはそれで今となっては良い思い出なのか、二人して呵々と笑い合った。
「……随分と、波乱に満ちた兵学寮生活だったのですね」
思わずといった調子でそんな言葉が出た宵の表情は、驚いていいのか呆れていいのか、戸惑っているようであった。
宵はまだ、景紀から兵学寮時代の思い出話をほとんど聞かされていないのだ。
「というよりも、それでよく首席と次席を維持出来ましたね」
だからそれは、当然の疑問といえた。
「まあ、兵学寮は身分関係なく入れるとは言え、特別入学枠が設けられている華族、中でも武家出身の生徒が多いですからね」
「ああ、それで」
宵は納得した表情になる。
景紀が続けた。
「武家ってのは、名誉を重んずる傾向にあるからな。当然、教官連中にも武家出身者が多い。そういう環境で、侮辱されてやり返さないってのは、むしろ不名誉なことなんだよ。規則上は私闘の禁止が謳われちゃあいるが、自分や家の名誉のために喧嘩して営倉入りってのは、兵学寮の生徒にとっちゃあ、一種の勲章みたいなもんだからな。案外、考課表に響かない」
「それだと、乱闘が絶えないのでは?」
「自分の名誉だけでなく、相手の名誉も重んずる気概があれば良いだけだ。それを理解しない連中が、一部には居たってだけのことだ。俺たちだって、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けてきたわけじゃないぞ」
最後のはちょっと言い訳じみた言葉だったか景紀は思うが、事実なのだから仕方がない。
「まあそんなわけで、僕にとって景くんと一緒に暴れ回るのは楽しいことなので、冬花さんが気にする必要はまるでないですよ」
「……」
理由が理由なだけに、冬花としては素直に礼を言うことも憚られた。助けを求めるように、景紀に視線をやる。
「まあ、俺の同期生はこんな奴だ」
それで納得してくれ、と言わんばかりの口調で、景紀はシキガミからの視線に応じた。
「それで貴通。そう言うってことは、結構鬱憤が溜まっているんじゃないか」
「まあ、そうですねぇ……」
悩ましそうな吐息を漏らしながら、貴通は鍋から牛肉を取り出して、それを溶き卵に浸けた。それを合図に、めいめいが鍋へと箸を入れる。
ぱくりと一口、貴通は牛肉を口に入れた。肉の脂と甘辛いたれ、そして卵の甘みが口の中で溶け合う。
それを咀嚼して呑み込んでから、また口を開いた。
「兵学寮を卒業してからの二年、軍人らしい仕事なんてほとんど回ってきませんからね。そりゃあ、鬱憤も溜まってくるというものですよ」
完全に愚痴を零す口調で、貴通は語り続ける。
「僕がやらされていることといえば、近衛師団司令部で古戦史の調査をすることとか、良くて新しい兵要地誌の編纂に携わるくらいですからね。兵要地誌の編纂は軍人らしい仕事といえば仕事ですが、逆にいうとそれくらいですよ、本当に」
将家華族、特に六家としては、公家華族に下手に戦功を上げてもらいたくないのだ。それに加えて、穂積家という単位で見ても、貴通が軍人として活躍することは望ましくない。正室の子が別に存在する以上、それを脅かすような存在となることは、父の通敏や彼の正室としても避けたいところだろう。
そうした状況に置かれているが故に、貴通は軍内部で不遇を託っているのだ。
「なあ、貴通。本気でうちに来ないか?」
そして、景紀はそうした友人の状況を不憫に思う以前に、その才能を埋もれさせることを惜しいと感じていた。
「俺はな、ちょっと領軍の改革を行いたいと思っているんだ。兵学寮を出てから、父上の命で匪賊討伐に参加したり、南洋群島や新南嶺島の視察に行ってきたりしたんで、俺自身、あんまり手を付けられていない。ようやく父上を説得して家臣団への根回しもやって、兵部省にも実験的な部隊編成の許可が取れたと思ったら、今度は当主代理だ。正直、政務にかかりきりな状態で、軍の面倒を一から見ていられるような状況じゃない」
「改革というと、景くんが兵学寮の卒業論文で書いた例の『騎兵無用論』ですか?」
「別に、騎兵を無用だと書いたわけじゃないぞ」
「判ってますって」宥めるように、貴通は言った。「でも、そう言って景くんの論文を攻撃する人間がいることは事実ですからね」
「騎兵無用論、ですか?」
少し興味が湧いたのか、宵が説明を乞うような目で景紀を見てきた。
「ざっくりと説明すれば、火力の進歩によって騎兵突撃で敵歩兵を蹂躙するような伝統的な戦法は成り立たなくなるだろう、って内容だな」
「実際、戦国時代には鉄砲隊の集中運用で敵騎馬隊の突撃を阻止した例もありますから、別に景くんの主張が突飛なわけではないでですよ。ただ、西洋列強ではボナパルト戦争の戦訓もあって未だ騎兵科が重視されていますし、我が国でも流鏑馬などの伝統が残っている通り武家の男子は馬に乗れて然るべきという思想が根強いですから、反発も生まれてくるわけです」
「別に伝統芸能としての流鏑馬は否定しないが、兵器としての馬にはいずれ限界が来るだろう、ってのが俺の考えだな。ただし、鉄道が登場したとはいえ、馬は未だ戦場では重要な機動力だ。だからむしろ、今後はそうした機動力を活かしつつ、乗馬攻撃一辺倒を止めて徒歩戦闘にも柔軟に対応出来、しかも一定の火力を持った騎兵部隊が必要だろう、って主張してやった」
「最近では斉発砲や多銃身砲などといった、多数の銃弾を連続して発射出来る兵器が実用化され始めていますから、僕は景くんの考えに納得しています」
「あとはそれに龍兵を加えて、爆撃によって敵を混乱させた上で騎兵の機動力を用いて戦線を突破、その速度によって敵司令部の処理能力を麻痺させる、ってあたりまでは理論が出来上がっているんだが……」
「まあ、伝統的な騎兵観の持ち主からすれば、革新的過ぎるんですよね。火力と機動力を重視した部隊というのは、恐らくは西洋列強でもほとんど例がないでしょうし。さらに、従来の“点”、つまりは会戦主義を排して、“面”で戦争を考えようとしているわけでもありますし」
「そこまで俺の考えを理解しているから、お前が欲しいわけなんだが? それに、お前は鉄道輸送による兵員輸送・兵站についての論文を出しているだろ? お前なら、後方支援のことまで考えられる」
「僕としても、嬉しいお誘いの言葉だと思っていますよ」
そう答えた貴通の言葉には、どこか陰があった。
「でも、今は時期が悪いんですよ」
貴通は鍋から豆腐を器用に拾い上げて、それを器の中で二つに割った。少し息を吹きかけて冷ましてから、口に入れる。
景紀もまた鍋から牛肉を取って卵に浸け、口へと運ぶ。貴通が続きを話したくなるまで、待っているつもりであった。
「……ほら、父は今、文相を務めていますが、それは六家の後押しがあったからじゃないですか。攘夷派に取り込もうとする伊丹・一色派と、それに対立する有馬派の間で板挟みになっている面もありましてね。ああ、もちろん攘夷派の圧力に負けて閣内不一致なんてことにはならないでしょうから安心して下さい。父だって、今の地位を失いたいわけじゃないんです。まあ、そんなわけで僕がこのところ、頻繁に景くんと接触していることを父は快く思っていないようなんですよね。結城家は有馬家と手を組んでいて、しかも景くんは実質的な当主。これでまだ景忠殿が政務を執っているなら、単に息子同士の交流っていう言い訳も立ちますけど、伊丹・一色両公からすると、僕は父の代理として結城家に接触しているように見えるらしいです」
「すまん、面倒事に巻き込んじまって」
「いえ、僕が会いたくて景くんに会っているだけですし、誘拐事件の件で警視庁に証言したのも、景くんが佐薙伯に負けて欲しくないからですし、全部、僕がやりたくてやっていることなんで謝ってもらう必要は全然ないんですよ」
「だが、下手をすると本気でお前まで攘夷派に狙われるだろ?」
「父のところにも、同じような脅しがあったらしいですよ。西洋列強に阿るような態度を取れば、血気盛んな若い連中を抑えることは出来なくなるぞ、とか。それで、父はすっかり慎重になってしまったようで」
「ちっ、くそったれな連中め」
忌々しそうに、景紀は舌打ちした。
「まあ、先日の誘拐事件で攘夷派もだいぶ株を下げましたが、それでも頑固な連中は頑固ですからね」
「内務省に圧力をかけて、攘夷を叫ぶ連中を全員逮捕させたくなるな」
景紀は剣呑な表情を見せた。実現は難しいと判っていても、本気でそうした手段を取りたくなってしまう。
「と、いうわけで、今、僕が結城家に入るわけにはいかないんですよ。今、僕が父と縁を切って結城家に付けば、僕が政府内部の情報を得る機会がなくなります。景くんだって、列侯会議が控えるこの時期に僕から政府の情報を得られなくなるのは痛手でしょう?」
「そうれはそうなんだがなぁ……」
唸るように、景紀は呟く。納得していない表情であった。
「とりあえず、僕はまだ情報面で景くんを支えていくべきだと思っていますので」
「素直に礼を言えるような話じゃないだろ」
むすっとした声で、景紀は応じる。
「いいんですよ、僕がやりたくてやっているんですから」
そう言って、貴通は柔らかい笑みを見せた。どこか誤魔化されているような気がして、景紀は重い溜息をつく。
「それに」
と、景紀の同期生たる少年は顔に浮かんでいる笑みを、意味深なそれに変える。
「今、僕が結城家に入ると、景くんが何かと困った立場になるんじゃないですか?」
「……」
景紀は無言で唇をねじ曲げた。
「だから、今はまだ、です。でも、景くんが僕をそんなに評価してくれて、とても嬉しかったですよ」
そう言って、貴通はどこか寂しげな笑みを浮かべた。
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