秋津皇国興亡記

三笠 陣

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第一章 皇都の次期当主編

14 攘夷派浪士

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「で、結城殿は今日の六家会議をどう見る?」

「六家で意見は割れていますが、まあ、現状ではこちらが有利です。伊丹、一色両家も列侯会議で拒否権を行使すれば、将来的に我が結城家、御家、有馬家を敵に回すことになります。そこまでするには相当の覚悟が必要でしょう。精々が、対外強硬派を取り込んで列侯会議でやかましく騒ぎ立てる程度かと」

 華族会館にて六家会議が行われた日の夜、景紀は長尾憲隆の招きによって皇都の高級料亭を訪れていた。当然、護衛として冬花も廊下で待機している。
 この料亭が長尾憲隆馴染みの店であることは、諸侯の間では周知の事実であった。そのため、彼はあえて結城家との繋がりを他の諸侯たちに誇示するために、この場所を選んだのだろう。
 それは、恐らく佐薙家への牽制も含まれているに違いない。
 二人の目の前には膳に乗った様々な料理が並べられているが、普段の会食であれば呼ばれるはずの芸妓の姿はなかった。そして、景紀が通されたのは、二階の部屋であった。一階の部屋は縁側と庭園に面しているため、万が一、他家の隠密が入り込んでいた際には、話が漏れてしまう。
 両家の間の内密の話をしたいという長尾公の意向が、如実に表れている。

「それにしても、あの二家を前にして堂々たる立ち回りだったな」

「いえ、当然の国防論を述べただけですよ」

「ははっ、そう言われては伊丹公も一色公も立場がないであろうな」

 おかしそうに長尾は笑うが、正直、景紀としてはいささか辟易している。
 伊丹、一色両家が唱える対外的脅威は、攘夷という観念が先行している。本来であれば冷静な国際情勢判断が必要なところを、攘夷という観念が現実を歪めてしまっている。
 その所為で、西洋列強すべてが仮想敵国に見えるのだろう。
 実際問題、皇国にとって脅威となり得るのはルーシー帝国とヴィンランド合衆国であり、アルビオン連合王国とはどちらかといえば、南下政策をとるルーシー帝国を共通の敵として手を組むことも可能であると景紀は考えている。
 攘夷という観念で西洋列強すべてを仮想敵とするのではなく、手を組める国とは手を組むべきだろう。
 外交とは国際政治の現実的な利害関係を見据えて行うべきものであり、断じて観念論で行うべきものではない。
 とはいえ世の中、合理性よりも感情で動く人間の方が多数なのが困ったところである。

「ときに、御家は沿海州、氷州植民地に多数の利権を持っていますが、対ルーシー情勢をどう見ておられるのですか?」

 どこか探るような目線を、景紀は目の前に座る公爵へと向けた。
 過度に対外危機を煽るのも困りものであるが、過度な融和論も危険である。植民地を含めた皇国領土の中で唯一、他国と地続きとなっている大陸植民地経営の中心的存在となっている長尾家の存念を確認しておく必要はあった。

「御家としては、海軍の六六六艦隊計画はともかく、陸軍の増強には賛成したかったのでは?」

「痛いところを突いてくる」

 長尾憲隆は酒杯に視線を落としながら、苦々しく応じた。
 現在、皇国陸軍の保有する師団数は十六個であり、そのほとんどが六家の領軍から編制され、そして全国各地の鎮台の指揮下に置かれている(その他、諸侯の領地にはそれぞれの将家が独自に編制した旅団が存在している。主に「領軍」とはこれら旅団を指す)。
 一方、外地たる植民地に置かれた部隊は「軍」の呼称が与えられているが、隷下に常設師団を持っているのはルーシー帝国と対峙している氷州軍のみであった。その他、日高州、沿海州、高山島、南洋植民地に配備されているのは、臨時編制扱いの混成旅団を中心とした部隊であった。

「ルーシーの鉄道事情だけを見れば、兵站問題について我が国が優位に立っている。しかし、シビルア総督アントーノフはルーシー国内でも指折りの対秋津強硬派だ。警戒する必要は大いにある。しかし、それを口実にして他家が我が長尾家の植民地経営への介入することは阻止せねばならんのだ。氷州や沿海州に他家の息の掛かった駐箚師団を置くことになれば、我が長尾家の独占状態が維持しにくくなる。今や植民地の利権は、我々六家の財政基盤の一つとなっているのだからな。貴殿も、南洋群島や新南嶺島に多くの利権を持つ結城家の人間ならば理解出来るだろう?」

「ええ、十分に」

 景紀は儀礼的に理解を示す。
 とはいえ内心では、呆れに近い感情があった。結局のところ、目の前の将家当主は財政的合理性からではなく、自らの植民地利権を維持するために伊丹、一色両家の示した軍備増強案に反対しているわけなのだ。
 ルーシーの鉄道事情などの現実を見て判断していることは救いであろうが、結局のところ、自家の既得権益維持にのみ汲々としている印象は拭えないだろう。
 もっとも、現在の皇国の支配体制を考えれば仕方のないことなのかもしれないが。
少なくとも、攘夷論に傾きすぎている伊丹家とそれに追従する一色家の連中よりは、現実が見えている。
 一面的に見れば、結城家と政治的利害は共有しているといえるだろう。
 明確に中央集権国家構想を抱いている景紀の方が、六家の中では例外的存在なのだ。

「とはいえ、海上交通路や漁場の保護問題が地味ながら切実であることもまた確かだ」

 あまり自家の利益にばかり拘っている姿勢を見せると結城家との政治的共闘関係に悪影響を与えると思ったのか、長尾憲隆は取り繕うようにそう言った。
 もっとも、景紀としては海上交易路保護問題程度のことは六家の一人であるならば理解していてもらわなければ困ると思っている。皇国は大陸に植民地を持っていようとも、その本質は海洋国家なのだ。
 兵学寮卒業後、景紀は父の命で南洋群島や新南嶺島などの皇国南洋植民地を視察した経験がある。この時の経験が、そうした考えに繋がっているともいえた。
 とはいえ、流石に内心をそのまま言うわけにはいかないので、景紀は長尾公に対して同意の言葉を返すことにした。

「地味故に、軽視されがちなような気がしますね。我々六家を始めとする将家は、どうしても華々しい合戦に憧れがちです。しかし戦国時代の教訓から得られるのは、会戦主義による戦争の決着ではなく、経済力の大小による決着。本来であればその経済力によって戦乱を収めた我々六家まで、そのことを忘れがちなのはどうかと思いますが」

 景紀の言葉には、どこか愚痴めいた響があった。今、自分が言ったことを六家全員が理解していれば六家会議はもっと円滑に進み、こんなところで密談めいたことをする必要もなかっただろう。

「地味なものは、歴史に大々的に記されない。我々六家が皇主陛下の御為に朝敵を切り伏せて戦乱を収めたという物語が、この二〇〇年の間に庶民の間にまで定着しすぎている」

「しかし、我が家と御家は、共に海外植民地に大きな利権を持っているが故、その地味なものを忘れずに済んでいます。あとは、高山島に利権を有する有馬家も」

「そうだな、それは六家にとっても救いだろう。伊丹、一色、斯波は、我ら三家に比べて植民地の利権が少ない。それも、伊丹、一色両家が対外強硬論に走る理由の一つであろうが」

「切り取った敵領地を我が物とする、ということですか? まるで戦国時代です。彼らの家の時計は逆回転しているとでも?」

「まあ、そうした面がなきにしも非ず、といったところだろう。実際、半島の陽鮮王国からは、皇国に対して軍事顧問団の派遣の要請が来ているというではないか。これを利用して半島に勢力を伸ばそうと考える連中がいたとしてもおかしくはなかろう。実際、一部の攘夷派連中は半島を国防上、重要であるから支配してしまえ、という征鮮論者もいるのであるし」

「現状、陽鮮王国では開化派の現国王と旧守派の前国王の間で政治的混乱が起こっていると聞きますしね。さもありなん、です。居留民の保護でもなんでも、介入の口実はありますから。とはいえ、古代の如く、東洋全域を戦乱の時代に戻そうとするのは止めて欲しいところです。まあ、これは西洋列強にもいえることですが」

 景紀の言葉に、長尾は皮肉そうに唇を歪めた。

「そして、時計の針を逆回転させようとする輩は、何も六家や西洋列強だけに留まるまい?」

 そう言って、彼は疑り深い視線を景紀に向けてきた。しかし、景紀は怯まなかった。

「佐薙家のことを言っておられるのですか?」

「我が家とっては、実質的な仮想敵国なのだからな」

「御家の時計も、逆回転を始めているのでは?」どこかわざとらしい親切そうな口調で、景紀は言う。「すぐにお帰りになって、お屋敷の時計をお確かめになることをお勧めしますよ」

「ふん、貴殿に言われるまでもない。今さら国内を戦国時代に戻すなど、正気の沙汰ではなかろう」

「ということは、我々は佐薙家の暴発を抑えるという点で利害は一致しているのでは?」

「……やはり貴殿も、六家を継ぐ者なのだな」賞賛とも苦笑ともとれぬ声で、長尾は景紀をそう評した。「他家に阿《おもね》ることも、謙《へりくだ》ることもしない」

「六家は皇主陛下の下に対等、それが我らが二〇〇年以上前に交わした盟約でしょう」

「それと堂々と実践出来る若者というのも、中々に珍しいと思うがな。若造の無謀と評するべきか、身の程知らずと評するべきか」

 そう言いつつも、長尾憲隆の声に景紀を侮る響きはない。少なくとも、彼は若輩者である景紀の態度を年長者として苦々しく思いつつも、同じ六家の人間としては認めざるを得ないのだろう。

「まあ、あの頼朋翁が認めている時点で、今さらではあろうが」

「これが俺の生来の性分ですよ」

「やはり、多喜子を貴殿の下に嫁がせられなかったのは惜しかったのかもしれんな。六家会議があのような状況では、両家の繋がりは強固であればあるほど良かったのだが」

「嫁をもらったばかりの人間に言う台詞ではないでしょうに。それとも、貴殿の娘を妾に取れとでも言うつもりですか?」

 冗談めかして、景紀は言った。

「まあ、とはいえ今の俺は、貴殿の姪っ子の夫ですよ」

「同時に、佐薙という厄介者を抱えている、な」

 悩ましそうに、長尾は言った。
 あんたらの家も俺たちからしたら厄介者だがな、という感想は口に出さない。
 長尾家と佐薙家の領地の境界線問題は、川の中州の領有を巡るものであった。二つの家の領地の境となっている川は砂金の産地となっており、故に川の面積をより多くとれる中州の領有を巡って対立が続いているのである。
 景紀の内心に気付くことなく、長尾公は続ける。

「この状況下で、伊丹公らに付け入る隙を与えるわけにはいかんのだ。対外危機の中で内輪揉めをしている愚か者どもと、連中は列侯会議で喜々として攻撃してくるだろう」

「あるいは、そのために裏で伊丹公や一色公が密かに佐薙伯を焚き付ける、とか?」
「その可能性は否定出来んな。六家会議で論破されて面目を潰された腹いせに、何かを仕掛けてくるやもしれん」

「となれば、まずは東北経営を軌道に乗せることから始めねばなりますまい」

 皇国国内の情勢は六家による集団指導体制が敷かれているとはいえ、完全に安定しているとはいえないのだ。一定程度の武力を国内に維持して、それ以外の将家を牽制していく必要がある。
 戦国時代の終結後、海外進出を進めていながら、同じ島国国家であり世界各地に広大な植民地を持つアルビオン連合王国ほどには植民地を広げられなかった理由も、そこにある。一定程度の兵力を、国内に置いておかなければならなかったからだ。
 例えば、戦国時代が終結した直後、南進を続ける皇国と東洋に進出したヒスパニアとの間に起こったフェリペニアを巡る「比島戦役」。当時の皇国は世界最大の鉄砲保有国であり、会戦ではヒスパニア軍に対して勝利を続けていたが、国内で六家に対する諸侯たちの反乱が発生し、撤兵せざるを得なくなったという歴史が存在していた。
 そして、同様の問題は現在まで続いている。
 東北経営を安定化させれば、国内の兵力の一部を大陸に展開させることが容易になる。結城家や長尾家としても、それは望むところであった。

「その点に関して、我が家は介入せんぞ」ただし、長尾は釘を刺すように言った。「こちらは先代である父上の婚姻政策の失敗で、佐薙との対立が逆に深まってしまったからな。それに、貴殿も宵姫の存在の所為で、私が背後にいない方が何かと動きやすかろう」

「では当面、両家に挟まれた哀れで未熟な若造という地位に置いていただければ」

 宵との婚儀の日、佐薙成親から軍事的支援を求められたことは、すでに長尾憲隆の耳に入れている。そして、今日の会合は佐薙伯の耳にも入っているはずだ。
 上手く両家の対立に巻き込まれるのを避けつつ、結城家は佐薙家の東北経営に介入する必要があった。

「ふん、喰えん若造だな、貴殿は」

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 皮肉そうな笑みを浮かべながら、景紀は言った。

  ◇◇◇

 部屋を出ると、廊下で待機していた冬花が恭しく頭を下げてきた。
 この時期の夜は冷えるため、外套を景紀に差し出してくる。
 彼女自身もまた、普段の服装の上に赤い羽織をまとっていた。頭を覆うための被り布が付いた、火鼠の毛で織った霊衣であった。
 一方、景紀の隣では、長尾公の従者が主が外套を羽織るのを手伝っていた。
 そのまま彼らは階段を伝い、一階の玄関に降りる。景紀は履き物をはく際、料亭の女将などの店員に心付けとして多めに金貨を渡しておいた。
 ある種の口止め料であり、これは他の諸侯への対策だけでなく、新聞屋対策でもあった。ある程度の金を渡しておけば、こうした者たちはみだりにこちらのことを他の客などに喋りはしない。客の秘密を守ることは、彼らにとっても店の信用を保つことに繋がるからだ。
 すると下男らしき人物の一人が長尾公に近付いて、何かを耳打ちした。公の顔が、かすかにしかめられた。
 同時に、冬花もまた景紀の耳に顔を寄せた。

「店の周りに、不審な人間が何人かうろついているわ」

「新聞屋か?」

「だと良かったんでしょうけど」

「まあ、冬花がわざわざ知らせてくる時点で、“表”の人間じゃないだろうな」

 皮肉そうに景紀は口を歪めた。

「……そちらの術者殿は、なかなか優秀なようだな」

 ちらりとこちらを見て、長尾憲隆が言った。冬花が景紀に耳打ちする様を見て、その内容を悟ったのだろう。

「そちらの家ですか?」

 念の為、景紀は問うた。防諜のために長尾家の隠密を配置したのか、という問いかけである。もっとも、どのような答えであろうと彼は公爵の言葉を額面通りに受け止めるつもりはなかったが。

「いや、私は指示を出しておらん」

「俺も、心当たりはありません」景紀は諧謔というには冷笑に近い表情を浮かべる。「まあ、我々には逆の意味で心当たりが多すぎるところではありますが」

 そこで、少年は陰陽師の少女に目配せをした。冬花が静かに頷く。

「処理の方は俺たちに任せてくれますか? 長尾公は念の為、一旦店の中へ。それと、うちと御家の馬車を出して連中の注意を引かせます」

 彼らの乗ってきた馬車には、結城家と長尾家の家紋が付いている。相手がこちらを探ろうとしている隠密の類ならば、馬車が店を出れば反応せずにはいられないだろう。

「随分と好戦的なのだな」

 いささか呆れたような視線を、長尾公に向けられる景紀。

「とはいえ、目障りであるのは確かだ。得た情報は、こちらにも回してもらえるのだろうな?」

「ええ。有益な情報が引き出せれば、ですが」

 訓練された隠密ならば、自らの秘密を守るために自害することも稀ではない。上手く生け捕りに出来るかどうかは、運次第だろう。
 逆に無頼漢のような輩だとしたら、そもそも重要な情報を持っていない。
 店の周囲でこちらを探っている連中から、益のある情報を引き出せる可能性は、実はそれほど高くないのだ。

「よかろう。それで手を打つとしようか」

 長尾憲隆はあまり関心のなさそうな口調で言った。彼もまた、情報についてはあまり期待していないのだろう。
 長尾公が店の下男に命じた。

「おい、後で信頼出来る辻馬車を二台、呼んでおけ」

 乗ってきた馬車を先に出す以上、帰りの手段がなくなる。長尾公なりの景紀への心遣いなのだろう。

「では、俺たちは店の裏口へ回ります」

 懐に潜ませている回転式拳銃の弾倉を確認しながら、景紀は冬花と共に店の裏手へと回った。
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