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33 お約束の悪役令嬢 2

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「アルエ侯爵令嬢!お黙りなさい!」
 人ごみをかき分けながらニコラが現れた。
「ニ、ニコラ様・・・」
 ルイーズは先ほど噂の人物として名を挙げた当人が現れて顔を青くした。それどころかその後ろには第二王子のエリックが冷ややかな目でこちらを見ている。

「だ、第二殿下におかれましてはご機嫌・・・」
 慌てて挨拶をしようとしたルイーズと取り巻きたちにエリックは短く
「挨拶は不要、目障りだ。」
 と言い捨てた。さらに顔色を無くした三人は弁解をしようと
「申し訳ございません、ただ私どもはシリル様を心配・・・」
「聞こえなかったか?目障りだと二度も言わせるのか。」
 三人はそのまま倒れるのではないかというほど顔色悪くし、震える声で謝罪しながら去っていった。

「シャルロット嬢、大丈夫か?」
「・・・はい。ご迷惑をお掛けいたしまして誠に申し訳ありません。場を騒がせましたことお詫び申し上げます。本日はこのままお暇いたします。」
 色々噂されていたのは知ってる、傷つきすぎて傷つかなくなったほどだ。
 しかし義父のジェラルドとそんな風に見られていたとは知らなかった。父親が養女にした娘に手を出す、そんな不名誉な噂が、王宮や社交で父の迷惑にならないはずがない。ずっと守り、大切にしてくれていた父にどれだけ迷惑をかけていたのかと思うと涙が溢れそうになる。
 しかしぐっとこらえて本日は帰宅するとエリックに告げた。
「待ってくれ、ひとまず控室で休んで欲しい。ニコラ、シャルロット嬢を案内して。」
「かしこまりました。」
「いいえ、殿下。帰宅することをお許しください。」
 ぎりぎり我慢しているのだ。これ以上ここにいたくない。
 こうして助けてくれたエリックもニコラもパーティーに参加している貴族達の中にも自分と義父が邪な関係だと思ったことがあるに違いない、そう思うと全身が震えてくる。
 足の力が抜けて崩れ落ちそうになるのを必死に耐えている。
「・・シリル・・・お願い。」
 シリルは腕を掴むシャルロットの手が震えているのに気が付く。
 シリルがシャルロットの肩を抱き寄せようとしたとき、エリックが少し険しい顔をしてシャルロットを奪い取り、抱き上げた。

「え?!」
 驚いている間にエリックはシャルロットを抱えたまま、控室に到着した。
「で、殿下・・・」
「すまない。我慢できなかった。」
「え?」
「泣きそうなあなたを見ていられなかった。」
 その言葉を聞いた瞬間、こらえていたものがボロボロと零れ落ちた。
「も、申しわけ・・・」
「我慢しないで泣くと良い。」
 ソファーに座らせてくれ、何も話さずそっとしておいてくれるエリックの優しさにまた涙が出る。

「・・・みっともない姿をお見せいたしました。申し訳ありません。殿下はパーティにお戻りくださいませ。」
「ああ。ただ、これは覚えておいて欲しい。あなたの不名誉な噂は王家によって否定され、まともな貴族の間では誰も話題にもしていない。もちろん私もそんな噂を信じたことはないよ?安心して。」
「ありがとうございます。」
「私が戻ってくるまでここで待っててくれないか?もう少し話がしたいんだ。ここにお茶と軽食の用意をさせる。寝てくれていても構わないからおねがいできないかな?」
「寝るだなんて。」
 思わずシャルロットは笑って、ここで待つと約束した。

 それから一時間半ほどして、エリックが戻ってきた。
 エリックはパーティが終わったといい、シリルを先に帰したと言った。
 同じ馬車に乗ってきたシャルロットは困惑した。
「心配いらないよ、ちゃんと考えているから。」
「・・・そうですか?ありがとうございます。」
「先ほどのパーティで皆に伝えたのだが、私は王太子を辞退し、兄上をお支えすることにした。」
「ええ?!どうしてですか?!わたしは・・私は殿下こそ王太子に、ひいては国王にふさわしいと思っております!そのために私が出来ることでお支えしようと思っておりましたのに!」

 驚いて慌てるシャルロットに嬉しく思いながら
「実はね。毒の後遺症が残っているんだ。すぐに疲れるし、王太子や国王という激務には耐えられないんだ。」
「そんな・・・そんなこと。」
 ぽろぽろ涙がこぼれる。これほどの能力と資質を持ち、努力を惜しまず行動力のあるエリックが、身勝手な隣国のせいでその地位を降りるなどとそんな悔しいことがあるだろうか。
 自分でさえこんなに悔しいのに、エリックの心中を思いやると苦しくて涙が止まらなくなった。
「シャルロット嬢・・・すまない、こんなにあなたが悲しんでくれるとは思わなかったよ。」
「もう・・・どうしようもないのですか?薬で治らないのですか?」
「そうなんだ。でも日常は全く問題はない。」
「殿下にはこの国の太陽となっていただきたかった。あなたのためならこの力を躊躇わずに使えると・・・殿下の力になれればと!」
 まだ涙は止まらない。

「・・・シャルロット嬢。その言葉は本当?私の力になりたいと?」
「もちろんです。」
「では、私の側にいて欲しい。」
「え?」
「これから私はより自由な立場となり、兄上を支えたいと思う。そんな私の側にいてくれないか?もちろん社交などする必要はないから。」
「殿下・・・それはどういう?」
「あなたに結婚を申し込んでいる。」
「ええっ?確か・・・お断りをしたはずでは。」
「ジェラルドから断られたが保留にしておいた。未来の国王ではなくなったが私の妻になってはくれないだろうか。」
「そんな・・・私・・・」
 嬉しくて、歓喜の涙が混じる。感情が混乱してしまい、涙と嗚咽で息も苦しくなってくる。
「大変うれしいです、光栄です。ですが・・・本当にやっかいなのです。多大なるご迷惑をおかけするのがわかっていながらお受けするわけにはまいりません。」
「ということはさ。シャルロット嬢の気持ちだけでいえば私の妻になるのは嫌ではないんだ?」
 はっとシャルロットも気が付いた。

「・・・はい。」
 エリックは満面の笑顔を浮かべるとシャルロットを抱きしめた。
「で、でも私は人並みの生活も送れないのです。」
「問題ない。どうすればよいか教えてくれればいい。この話を受けてくれるかな?」
「・・・謹んでお受けいたします。」
 エリックの腕の中で、今度は喜びの涙を流した。

 馬車で一人で先に帰らされ、シリルはエリックからジェラルド宛ての手紙を預かっていた。
 王宮での仕事を終えて帰宅し、それを読んだジェラルドは、時が止まったように固まってしまった。
「父上、殿下はなんと?」
「・・・今日は安全のため王宮の客間に泊まらせるので心配無用だと。」
「どういうことですか?!」
「殿下はシャルロットを婚約者候補ではなく、婚約者と定めたそうだ。」
「そんな・・・そんなこと。いやだ・・・僕は・・・」
 シャルロットと結ばれるよう、わずかな期待にかけて、気持ちが伝わるように頑張ってきたというのに。

「・・・でも姉上が殿下に嫁ぐなどありえません。王太子を辞退されても王族には変わりありません。姉上には・・・その資格がありません。」
 そう言いながら、その言葉のひどさにぞっとした。自分が最愛の姉の幸せをつぶしたのだ。
「殿下には以前から打診されていたが、固辞していた・・・だが、今回は、ほとんど王命に近い。撥ねつけるわけにはいかなくなった。」
「しかし!そんなことをすれば・・・王族を謀った罪で姉上はいずれ処罰されるのではないですか?!」
「・・・・。この件は、私に任せなさい。お前には辛い思いをさせるが、これも身から出た錆。今後もシャルロットを守ってやって欲しい。」
「・・・もちろんです。もし・・・もし、殿下との婚約が解消されるようなことがあれば今度こそ僕に機会を下さい!父上、お願します。」
「・・・シャルロットの気持ち次第だ。いいな?」
「・・・はい。ありがとうございます、失礼します。」
 シリルが退出するともう一度手紙に目を通し、ため息をついた。

 先日、エリックに真相を告げた。告げるしかなかった。調査をされてシャルロットの誤った醜聞が知られるよりはと、苦渋の選択だった。
 「下がれ。」の一言だけをジェラルドに与え、それきり一言も口を利かなかったエリック。そしてそれ以来シャルロットへのお茶会の誘いも途絶えていた。

 これしかなかった、これでよかったのだと思っていた。
 まさか、その間に王太子を辞退する準備を進めていたとは。手紙には、「調査した結果、何もなかった」彼女との婚姻には何の支障もないと記されていた。
 ジェラルドは王宮に向かって深く頭を下げた。
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