転生赤ちゃんカティは諜報活動しています そして鬼畜な父に溺愛されているようです

れもんぴーる

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2巻

2-2

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   ◇◇◇


「まだあの赤ん坊は見つからないのか!」

 一方、司祭は教会を出て孤児院へ向かったが、まだオシンは見つかっていないと伝えられて、顔をしかめていた。
 顔を青くしたメアリーが項垂うなだれる。それを見て、司祭はため息を吐いた。

「教会にもいなかった。仕方がない、このことは宰相には黙っておきなさい」
「そんな! 一緒に捜してもらいましょう、そうしないとオシンは!」
「気持ちはわかる、私も同じだ。だが子供が行方不明になるような孤児院だと分かればそれこそここはつぶされてしまう。そうすればみんなバラバラにされるか、住むところを失ってしまうのだ」
「でも」
「頼む。宰相が孤児院を視察するときだけ、何もないふりをするだけでいい。心苦しいとは思うができるだけ早くお帰りいただく。子供たちにもよく言い聞かせてほしい。私が教会を案内する間に捜索は再開してくれていい。子供たちのためなのだから」

 司祭はそう言うと、神に祈りを捧げるときのように両手を組み合わせて目を閉じた。

「……わかりました」

 メアリーや子供たちは、その後も宰相――エドヴァルドの馬車が到着するぎりぎりまで捜索を続けていたが、結局オシンは見つからなかった。
 数十分後、公爵家の家紋が付いた立派な馬車が教会に到着した。
 先ほどまでの不機嫌な顔を押し殺して、司祭は笑顔でエドヴァルドを迎える。

「宰相様、ようこそお越しくださいました」

 馬車から降りたエドヴァルドは無表情のまま、彼に視線を向けるだけだ。

「突然の訪問となり申し訳ありません。ここは王都から離れており、なかなか視察に来ることが出来ておりませんでした。しかしこの近くでの仕事が早く終わり、時間ができたので急遽来させていただくことになりました」

 何も言葉を発しないエドヴァルドの代わりにレオがとりなすように説明する。
 それにエドヴァルドは肯定するように頷き、凍てつくような冷たい視線で司祭を見ていた。

「いえいえ、よくぞいらしてくださいました」

 冷や汗をかきつつも司祭は笑顔で対応する。
 もっとも、司祭は、エドヴァルドに早く帰ってもらうことしか頭にない。切れ者という噂の宰相に目をつけられてしまっては大変なことになる。丁寧にそつなくご案内して早く帰ってもらわなくては、とばかり考えながら速足に孤児院へと足を進めた。

「――この者は孤児院を任せているメアリーです」

 紹介を受けたメアリーは頭を下げる。
 子供たちはどこかそわそわしているが、約束通り行方不明の赤ん坊のことを黙っていることに、司祭は安堵する。
 すると、それまでまったく声を発さなかったエドヴァルドが口を開いた。

「メアリー嬢、何か困っていることはないか?」

 メアリーは顔を上げると、一瞬躊躇ためらうように間を空けたがすぐに笑顔で答えた。

「はい。おかげさまで。子供たちはこうして楽しく暮らしております。それに、ここの孤児院は幸いにことが多いのです。皆その先で幸せになってくれていると思います。これも司祭様のおかげです」

 明るいメアリーの答えに、司祭はほっとした様子でまた笑みを浮かべた。

「いやいや。これも頑張っている子供たちの力ですよ。それにメアリーも頑張ってくれている。……孤児院については今のところ問題はありません。これでよろしいでしょうか?」
「――ええ。問題がないのであれば構いません」
「ありがとうございます。では次はこちらに――」

 エドヴァルドとレオの言葉に司祭は頷くと、エドヴァルド一行を教会のほうへといざなった。

(ああ、もうここまで来れば安全だわい。忙しい中、嫌々視察に来たのだろうし、長居するつもりもないはずだ)

 礼拝堂を案内し、自慢の祭壇を見せる。その頃には司祭の心から警戒はほとんど消えていた。
 エドヴァルドは無口なままだが、レオは要所要所で教会と孤児院を褒めてくれる。
 それも司祭の自尊心をくすぐっていた。

「いやあ、しかしこのような地方まで、こうして視察に来ていただきありがとうございました。御覧の通り、古く小さい教会ですが地域の民の信仰も厚く、子供たちへもよくしてくれているので不便はありません」

 とはいえ、エドヴァルド達に早く帰ってほしいという気持ちは変わらない。
 赤ん坊――オシンを捜さなければならないのだ。

(どこで野垂れ死のうが心は痛まないが、表ざたになり管理不行き届きとして責任を追及されると困る。それにあの赤ん坊の器量なら高く売れる。無駄死にはさせたくない)

 揉み手をしつつ、礼拝堂の出口へと二人を案内しようとした時だ。

「レオ、何か聞こえないか?」

 今までほとんど口を開かなかったエドヴァルドが、ふいに耳を澄ますような仕草をした。

「――うわ~ん。あ~ん」
(なんだと⁉)

 その言葉にドキッとしながら、耳を澄ますと確かにどこかで子供の泣き声がする。
 小さくくぐもったような声が礼拝堂に漏れ聞こえているようだ。

「確かに子供の声ですね。……司祭様、こちらの教会でも子供を預かってらっしゃるのですか?」

 レオはエドヴァルドに頷くと、司祭に視線を向けた。

「いえ、そんなことは……」

 そう言いながら司祭は背中に汗が流れるのを感じる。
 さっきあれだけ教会内を捜してどこにも赤ん坊はいなかったのに。
 今、こんなところで出てきでもしたら、あんな小さな子を一人で放っておいたのかと責められ、管理体制をとがめられこれまた調査対象になる可能性がある。

「あの、孤児院の方の声が響いたのだと思います。あちらに戻りましょう」

 司祭は礼拝堂の出口に向かい、皆を孤児院の方へいざなおうとする。
 しかし――

『うわーん! とうちゃまぁ! こわぁい!』

 その時、くぐもってはいたが、はっきりと大きな泣き声が礼拝堂の祭壇付近から聞こえた。

「エドヴァルド様、やはり礼拝堂の中のようです」

 先ほどまで人のよさそうな顔をしていたレオまで厳しい表情になっていた。

「いや、そんなはずは! 何かの間違いでございます!」

 司祭は顔色を真っ青にして言い募るが、今なお聞こえる声をごまかすことはできなかった。


   ◇◇◇


「レオ」

 エドヴァルドが短く呼びかけると、レオが礼拝堂を走り出ていく。すると、それと入れ替わるようにどこからともなく騎士達が現れた。二列に並んで入ってきた騎士を見て、司祭は全身を震わせて叫んだ。

「し、神聖なる女神さまの御前でなんという狼藉でございますか! 即刻この場から全員出ていきなさい!」

 動揺したように息を乱しながら叫ぶ司祭に、エドヴァルドは冷ややかに告げた。

「どうしたのだ、司祭。声の捜索を騎士に手伝わせようとしたまで。その行為を女神エリオーラは許さぬか」
「いや、それは……」

 言いよどむ司祭を放置し、エドヴァルドは祭壇のほうへと近づいていく。
 いまだに泣き声は聞こえている。しかし、司祭はなりふり構わずに叫んだ。

「待って! 待ってください! この教会にも部外者には秘すべきことがございます! 私が捜します。これ以上宰相様のお手をわずらわせるわけにはまいりませんから。ここを出てくださいませ!」

 エドヴァルドは足を止め、自分の前に駆け寄ってきた司祭を見据える。

「貴殿はこのように泣く子供の声に心が痛まぬのか。一刻も早く助けてやろうという気にならないのか?」
「そ、そのようなことは。しかし……」
『あ~ん、うわ~ん』

 司祭の言葉をかき消すように、泣き声が響く。
 エドヴァルドは前に立ちはだかっていた司祭を退けると、祭壇横に立った。
 祭壇の壁の中から声が聞こえてくることを確認したエドヴァルドはこんこんと壁を叩く。

「この中に入れるのか?」
「……。私は知りません」

 司祭は大量の汗をかきながら、それでもしらを切った。エドヴァルドはわずかに頷いた。

「そうか。では壊せ」
「はっ!」
「やめろ! やめて下さい! 女神エリオーラ様を冒涜ぼうとくするつもりですか!」

 司祭の言葉を無視して、騎士が祭壇の側面の板を剣の先でひっかけて、バキリと割る。祭壇の側面に穴が開くと、赤ん坊の泣き声がさらに大きくなった。
 その泣き声にその場にいる人間の顔は険しくなり、穴の中を覗き込んだ騎士はさらに眉間にしわを寄せた。
 祭壇の奥――壁になっているように見えた部分が空洞になっていたからだ。
 エドヴァルドが視線を向けると、騎士達がその中に腰をかがめて入っていく。
 もはや司祭は止めることもできないまま、身動きができないでいた。

「エドヴァルド様! こちらに赤ん坊が!」

 やがて騎士に抱っこされて赤ん坊――オシンが連れてこられる。エドヴァルドは無言で赤ん坊を受け取った。

「……。ど、どこから入ったのだ⁈ この子は今日うちに来たばかりの子でいったいどうやって……」

 狼狽する司祭にさらなる追い打ちがかかる。

「エドヴァルド様! この奥に地下に向かう階段がございます!」
「調べよ」

 短くそう言うエドヴァルドに、騎士達が続けて何人か祭壇裏へと入っていく。

(――まさかこのようなことで露見するとは!)

 司祭は内心で呻くと、必死にエドヴァルドにすがった。

「まさか祭壇がこのような仕掛けになっていたとは……。宰相閣下、私はこの子の様子を見なければなりません。医者を呼び、メアリーにも来てもらいますから」

 そう言って、エドヴァルドの手から赤ん坊を受け取ろうとするが、彼は動かなかった。

「必要はない」

 それどころか、エドヴァルドがさっと手を上げると、残りの騎士が司祭を取り押さえる。

「何をされます⁉ 宰相閣下、どのようなおつもりですか、女神の怒りが下されますぞ!」
「下されるとしても、貴様にだろうな」

 エドヴァルドはこれ以上ないくらいの冷たい視線で、騎士に拘束されてもなお暴れる司祭を見た。
 騎士から受け取った赤ん坊はもう泣くこともなく、エドヴァルドに抱かれて静かにしている。

「私は、司祭だ! 女神に近しい者だ、それを……」

 司祭はなおもわめき続ける。しかし、それも長くは続かなかった。

「エドヴァルド様! 地下には牢があり、子供が監禁されておりました!」

 騎士と共に、一人の少年が祭壇の割れ目から出てくる。茶色の髪に青い瞳の少年は、視界に写すなり、司祭を指さした。

「司祭様です、司祭様に閉じ込められて……」

 小さな声ながらもはっきりとそう言った彼に、司祭は目を見開いた。

「だまりなさい! おまえはいつも嘘ばかりついて! 宰相様、この子は虚言癖があるのです!」
「……それに、司祭様は僕達を売っているって……」
「黙れ! アシル! お前はここで面倒を見なかったら野垂れ死んでいたんだぞ! その恩を忘れて私を陥れる気か! 宰相様! 誓って私は何も知りません!」

 少年――アシルの言葉に、司祭は抵抗をし続ける。必死になるあまり、やさしい司祭の仮面が剥がれ落ちていることにも気が付かない様子だった。
 エドヴァルドは赤ん坊を抱いたまま、司祭を見つめる。

「では地下があることも、牢があることも、子供が監禁されていたことにも気が付かなかったというのだな?」
「はい。ええ、神に誓いましょう!」
「ではこの者が行方不明になっても気がつかなかったと?」
「い、いいえ! ほ、他の子供たちが心配しないよう養子縁組が整ったことにしたのです」
「ほう? 捜索もせず? 心配ではなかったのか?」

 司祭の言葉にエドヴァルドはさらに言葉を重ねる。
 司祭は必死になってそれを否定した。

「も、もちろん自分で捜しました。私はアシルが孤児院を逃げだしたと思ったのです。でもそれがおおやけになるとほかの子供たちが動揺する上に、管理不行き届きで孤児院が閉鎖なんてことになれば彼らの居場所が失われると思ったのです。申し訳ありません!」
「そうか。自分の教会でありながら、知らぬ場所があったのは気分がいいものではないだろう。一度見ておいた方がいいかもしれぬな」

 エドヴァルドはそう言うと、騎士に視線を向ける。
 ひとりの騎士が駆け寄ってきて、司祭を立たせた。 
 エドヴァルドは赤ん坊を抱いたまま、騎士があけた祭壇の割れ目へと向かい、司祭とともに地下に降りる。そこは埃っぽく、ほとんど洞窟のような空間だった。

「こんなところに子供を監禁するなど女神をも恐れぬ、それこそ鬼畜の所業だな」
「私もそう思います。いったい誰が……」

 エドヴァルドの言葉に司祭が哀れっぽく言う。そこでエドヴァルドは何かに気が付いたように身をかがめた。

「しかし――これはどういうことだ? 司祭」
「それはっ!」

 エドヴァルドが突き付けたのは、司祭が襟に着けていたはずの教会所属と身分を表すバッジだった。
 この教会ではこの司祭しか持ちえないもの。とっさに襟に手をやるとそこには何もついていなかった。
 預かったオシン――カティに抱き着かれた時に外されたのに気が付かなかったのだ。

「ここには来たことがないと言ったな?」

 エドヴァルドの問いに、もう司祭は答えられなかった。
 がっくりと膝をついた司祭を騎士にとらえさせると、エドヴァルドは教会を後にして隣の孤児院へと向かった。


「ああ! オシン! 無事だったのね! よかったわ!」

 エドヴァルドの姿を見たメアリーは、走り寄って赤ん坊を抱き取ろうとしたが、エドヴァルドがそれを止める。

「よい、この子は私がこのまま保護しよう」
「ですが……」

 メアリーの心配そうな視線を受けて、エドヴァルドが少しだけ雰囲気を和らげた。

「よいのだ。この子のおかげであなたが心配していたアシルという少年が見つかった」
「アシルが! ああ。よかった。宰相様! ありがとうございます!」
「酷な話になるが、彼は司祭に監禁されていた。司祭はこの教会と孤児院を隠れみのに人身売買をしていたのだ。司祭の罪はこれからどんどん暴かれていくだろう」
「まさか司祭様が……そんな……」

 メアリーは身を震わせて呆然とする。

「しばらくはこの孤児院も大変になるだろうが、支援は約束する。そしてこの子は私の庇護下に置くゆえ心配はいらぬ」

 オシンを抱くエドヴァルドを見て、何かを決意したように瞳に光を取りもどすと、メアリーは目に涙を浮かべてエドヴァルドに頭を下げた。

「思い切ってお手紙をさしあげてよかったですわ!」

 そう。エドヴァルドに嘆願の手紙を出してきたのはメアリーだった。
 メアリーは、自分が担当する孤児院への支援があまりにも少ないことに疑問を抱いていた。
 地域によって支援に差があるのはおかしいのではないか、と以前から何度も手紙を送っていたのだ。
 しかし支援は公平に行われており、一孤児院の個人的な事情は受け付けないとけんもほろろな返事が来るだけだったという。
 それにもう一つメアリーには気になっていることがあった。
 この孤児院の養子縁組の成立率の高さだ。
 初めはひとえに司祭の尽力のおかげだと思っていた。しかし、養子に行った子からその後手紙が来ることもなく、会いに来ることもない。
 しかも急に決まったと、お別れの挨拶さえできない子もいる。
 子供たちは本当に養子に行ったのか? もしかすると逃げたのではないか――そう不安に思っていたところ、メアリーが特に面倒を見ていた少年、アシルが姿を消した。
 司祭からは、急遽いい話があった、すぐに出ていってしまったと説明を受けた。しかしメアリーには信じられなかった。アシルのベッドの枕元には、彼の宝物だったはずのお母さんの形見の櫛が置いてあったのだ。置いていくはずがない。
 司祭に相談しても何も改善しない。中央に相談してもらちが明かない。
 そこでメアリーは、無礼だと分かりながらも清廉潔白の誉れ高い宰相であるユリ公爵家へと手紙を出したのだった。

「本当に、本当にありがとうございます……!」
「既に売られてしまった子供も必ず捜し出す。この孤児院を守っていってくれ」

 涙を流すメアリーに、エドヴァルドはそう言った。
 エドヴァルドは、国がメアリーの陳情に耳を貸し、もっと早くに調査をしていればもっと早く子供たちを助けることが出来たはずだと詫び、官吏たちの再教育と行方不明の子供たちの捜索をメアリーに約束したのだった。


   ◇◇◇


 その後、引き取られることになった『オシン』ことカティは、馬車の中でエドヴァルドに抱きしめられていた。

「カティ、ご苦労だった。怖くはなかったか?」
「うん。とう様たちが近くに待機してくれていたから。見つかっても人畜無害な赤ちゃんだし」

 カティにとって初の大掛かりな潜入捜査だったが、誰も危険な目に遭うこともなく早期解決することが出来た。
 そう、レオ扮する男やもめが、カティ扮するオシンを教会に預けに行ったところから潜入は始まったのだ。
 ちなみにオシンとは、だれもが知るあの涙なしでは見られない名作の女の子の名前から拝借した。
 カティはレオとの涙の別れの時の名演技は素晴らしかったと思っている。

(ああ、自分の才能が怖い!)

 どやっとエドヴァルドにポーズを決めると、頭を撫でられた。
 えへへ~と顔をにやけさせていたカティだったが、ふと馬車の外を見てあることに気が付いた。

「とう様、騎士の人たちは残ってるの?」
「お前はそういうことにはすぐ気が付くな」

 行きにはついてきていたはずの騎士達の馬車がいない。護衛すらいない、ということは、教会に置いてきたのだろうか?
 司祭を護送する必要はあったかもしれないが、それにしてもついてくる人数が少なすぎる。
 カティがそんな推理を話すと、エドヴァルドが溜息をついて事の次第を教えてくれた。

「もう少し詳細にあの教会を調べる必要が出てきた」
「どうして? あのウーパー司祭が悪事を働いていただけじゃないの?」

 驚くことにあの地下の隠し部屋には、礼拝堂とは別の祭壇がまつられていた、とエドヴァルドが語った。礼拝堂にある荘厳で神聖な祭壇とは打って変わった、まるで神を冒涜ぼうとくするような様相を呈していたそうだ。

「神を冒涜ぼうとくって……どんな祭壇だったの?」
「まがまがしい祭壇だ」
(いや、だから! それがどんなまがまがしさか聞きたいんだけど)

 一言でそんな風に言い切ったエドヴァルドにほっぺたを膨らませ、カティはレオに視線を向けた。

「レオも見たんでしょ? どんなのだった?」

 そう言うと、レオは困ったような視線をエドヴァルドに向けたが、頷かれるとおずおずと話してくれた。

「ええと、そのもう一つの祭壇があった部屋の壁は真っ赤で、壁には正方形の黒い布が斜めに張られていました。部屋の中央には大きな獣の頭蓋骨が飾られていて、それは恐ろしい雰囲気でした」
「おおっ! それで!?」

 レオの説明にカティは、テンションが上がる。まるでカティの昔の愛読書、怪人二十面相の世界のようだ。

(暗くて危険だからと連れて行ってもらえなかったけど……少年探偵団としては何たる不覚)
「ええ……? あとはそうですね……。テーブルに置かれた黒の燭台には蝋燭がいくつも灯されていてその揺らめいた炎が美しく恐ろしくもどこかひきつけられるような……」
「危険なものだということだ」

 エドヴァルドがレオの言葉を遮るように重ねた。

「しっ、失礼いたしました!」
(危険と分かっていても惹かれる人がいるってことね。情緒のないとう様は大丈夫そうだけど)

 カティの心を読んだかどうかは知らないが、すっとエドヴァルドが目を細める。
 カティは冷や汗をかきながらも、その先を聞きたいというようにエドヴァルドを促す。

「赤い壁、獣の頭蓋骨。その痕跡からして、司祭は女神エリオーラをまつる教会に身を置きながら、魔神をあがめる邪教を信仰していたと判断した」
「魔神……!」

 なんとも冒険心をくすぐられる言葉に、カティは目を輝かせる。
 エドヴァルドはお前がいらぬ興味を抱きそうだから話す予定はなかったのだが、と肩をすくめた。


   ◇◇◇


 お手柄を立てた(怪我の功名ともいう)カティは、屋敷に戻ってからもご機嫌だった。
 しかし、案の定エドヴァルドに天才的な計画について穴だらけだと指摘された。

「たまたまうまくいっただけで計画とも言えない行き当たりばったりだ、お前が売られる危険すらあったことを自覚しろ」
「がんばったのに~」

 カティはふっくらもちもちのほっぺを膨らませる。
 はあ、とため息を吐いたエドヴァルドはその頬をむにっとつまむ。

「……だが、監禁されている子供のことを思い、あの場所にとどまるのが一番と判断したお前の優しさは認めよう。よく頑張ったな」
「えへへ。ありがとうございます!」
(そうでしょ、そうでしょ! 天才諜報員カティここにあり!)

 エドヴァルドからお褒めの言葉をもらい、調子に乗ったカティは笑みを浮かべる。ついでに閉じ込められた件は棺桶の中まで持っていこうと決意した――のだが、翌日すぐにばれて久しぶりの鬼畜様に土下座することになる。
 ちなみにその後、神職にある者が邪教に興味を持ったという醜聞に、王国中の教会が慌てふためいた。
 禁忌とされている魔神信仰。それがよりにもよって神職に籍を置くものが信仰し、あろうことか女神のおひざ元である教会で日夜魔神に祈りを捧げるなど、ひどく女神を冒涜ぼうとくする行為であった。
 女神に感謝の祈りを捧げる建国祭が数カ月後に控えているというのに、王家からの信頼と国民の信仰を失うわけにはいかない。
 神殿はただちに、日にちをさかのぼってその司祭を破門した。
 司祭は異国への留学経験があり、留学中に魔神信仰に心酔してしまったようだった。
 それはあくまでも一個人の問題とされ、その他の教会、神殿には一切関わりがないと宣言された。
 しかし司祭が人身売買で蓄えたはずの多額の資産はどこからも見つからなかった。そして、捕らえられた司祭は何も語らないまま「我が命は魔神様のために」と言い残して牢の中で自害した。
 事件は後味の悪い幕引きとなったのであった。
 だが、これが国をも揺るがす大事件の予兆だったとは、誰も想像だにしていなかった。


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