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2巻
2-1
しおりを挟む〇プロローグ
私の名前はカティ。
ピンクがかった明るいブラウンの髪に、茶色のぱっちりおめめの四頭身! ようやく一歳半になったけれど、まだまだ可愛い赤ちゃん扱いされてるの。
舌足らずでたどたどしく言葉を紡ぐ私に、周りのみんなはメロメロ。
そんな愛され赤ちゃんの私は今、教会の礼拝堂にある祭壇に閉じ込められ……もとい潜入捜査中。
でもちっとも焦りはない。だって私はスーパー赤ちゃん諜報員だから!
……なぜ赤ちゃんの私が、潜入捜査なんてことをしているのか。
それは私がただの赤ちゃんじゃなく、前世の記憶を持っているからだ。
生まれた時、母に殺されかけたことをきっかけに私は前世の記憶を思い出した。それから早く話して動けるようになりたくてひそかに訓練していたら、とう様に見つかってしまったの。
とう様というのは、義理の父――エドヴァルド・ユリのことだ。
私を殺そうとした母こと鬼ばばあは、なんと私のお父さんも殺害していた。そんなふうに、生まれた時から不幸街道まっしぐらの私を養女にしてくれたのが、国王陛下の信頼厚い宰相であり、公爵のエドヴァルド。
彼は、私のお父さんの兄だった。
こうして、とう様に拾われた私は、蝶よ花よと育てられ――てはいない。
優秀で冷徹鬼畜なとう様にビシバシと鍛えられたおかげで今では流暢に話し、シュシュッと動けるスーパー諜報員だ。いや、一時はあまりの鬼畜ぶりに五寸釘を打ち込んでやろうか、労基に訴えてやろうかと思ったけども。
でもとう様がビシバシと鍛えてくれたおかげで、私は二度の誘拐から身を守ることができたし、とう様を利用しようとした悪徳貴族退治のお手伝いもできた。
それでも、とう様の大切な弟を殺した母の血を私が引いているのは変わらない。そんな私がとう様の娘として、公爵邸でのうのうと暮らすなんてできないって不安に思っていた。
すると、とう様は貴族の責任やあるべき姿を私に話してくれた。血筋は関係ない。その責任と義務を果たしてこそ貴族だと。だからお前は何も心配せず私の娘でいろと言ってくれたのだ。
とう様は、冷徹鬼畜だけど本当はすごく優しい。ここ一番の時はいつも私を助けてくれるスーパーとう様。
私はそんなとう様のために、諜報活動を頑張って役に立ちたいと思ってる。だから今回、情報収集はお手の物! と、とう様を説得して潜入したのだけれど……
「……怒られる」
怪しい動きをした人物をこっそりと追いかけた結果、祭壇の中に閉じ込められてしまった。
とう様から怒られないようにするにはどうしたら……と脳をフル稼働しながら私はこうなってしまった経緯を思い返していた。
〇始まりの始まり
事の起こりは、数週間前。
とある者から、孤児院についての陳情と相談の手紙が届いた。
その孤児院はひどく困窮しており、子供たちに十分な食事さえ与えることが出来ないという。ほとんど支援が届いておらず、中央機関に相談するも、規定通りですと返事が来るのみ。そこの責任者である司祭に相談してものらりくらりとかわされる。また、養子縁組が多いわりに巣立った子供たちのその後がわからないなど気になる点もある。
手紙を読んだエドヴァルドがこの案件を直ちに調査すべく方法を検討していると聞いて、カティは喜び勇んで手を挙げた。
「はいはーい! 今こそこのかげろうお銀にお任せください!」
ほんのちょっぴり冷たい視線を投げつつ、エドヴァルドは許可を出したのだった。そしてカティがノリノリで考えた大作戦が――
「司祭様、どうかこの子をよろしくお願いします」
みすぼらしい服を着た年若い男がオレンジ色の髪をした赤子を抱いて、涙ながらに頭を下げている。
「先日妻が病気で亡くなってしまって……病気の治療費で借金がかさみ、私は寝る間もなく働かなくてはいけなくて」
その男は娘の面倒を見ることができないと言った。亡くなった妻にも自分にもすでに親はなく、ほかに頼れるものは誰もいないという言葉に、教会の司祭が気の毒そうに言葉をかける。
「一時的にお預かりすることもできますよ」
「いえ……。私のもとにいても苦労させるだけなのです。どうかこの子をお願いします! どこかに養子に行った方がこの子のためなのです!」
司祭の言葉を聞いて、これ以上ないくらいに男が頭を下げる。
司祭は少々考えた後に頷いた。
「わかりました、頭をお上げください。必ずこの子が幸せになるよう私どもが……いえ、神の御許でお預かりいたします。あなたの亡くなった奥様もきっとあなたの判断を誉めてくださるでしょう。神のお恵みがあなたにありますように」
そうして、司祭は男から子供を預かった。
「やあ~! おとうちゃまぁ~」
子供はムズがってふぇふぇと泣いていたが、男が涙を堪えて頭をひと撫ですると、すぐにおとなしくなった。
「こんな情けない父のもとにいるより、幸せになれるからな。この子の名前はオシンといいます。どうか、どうか!」
そう言って頭を深く下げ、男は辛い別れを断ち切るように走っていった。
「ああ、これでお前は天涯孤独になってしまったな。可哀そうに」
男を見送ってから、司祭は赤子の頬を指で撫でる。
「ふぇ~ん」
赤子がびくりとして、泣きだす。その涙を止めることもなく、司祭はにんまりと笑みを作った。
「本当に可愛らしい子だな。平民の子にはもったいないぐらいだ。よくぞうちに連れて来てくれたものだ」
そう言ってから、司祭は赤ん坊を揺らす。
「――この器量だと高値でも引き取り手が見つかるだろうが、ここにずっと置いて私が可愛がってやるのもいいかもしれんな」
そして、顔をゆがめて笑った。
(ひゃ~、気持ち悪っ‼ 貴様は絶対に許さん!)
オシンと呼ばれた赤ん坊――カティは司祭の顔を見つめて顔をしかめた。少し目が離れどこかウーパールーパーに似ている。手はなんだか湿っていて汗っぽい。
こうして抱っこされているだけでもおぞけが走る。
何を隠そう、オシンの正体は自称天才諜報員のカティだ。
カティは、支援金の不正利用疑惑のある司祭と、不自然な養子縁組のある孤児院の様子を確認するために仮の姿で潜入した。
しかし、諜報員として活躍する間もなく、一番最初に出会った人物が真っ黒だった。
(……もう既にとう様を呼んでもいいぐらいだけど……)
カティは、気持ちの悪い司祭の手から接触面積を減らすべく動きながら考える。
(でも、これだけじゃ面白くない……じゃなくて決定的な証拠をつかんでからとう様に報告しよう!)
潜入捜査に対するわくわく感で嫌な気持ちを相殺しつつ、カティが「だぁ!」と声をかけると、司祭の表情がわずかに緩んだ。
結局カティは司祭の手により、敷地内の孤児院へ連れてこられた。
そしてシスター服を着た女性にそのまま渡される。
「メアリー、今日からこの子が神の子となった。まだ幼い故、すぐに馴染むと思うがよろしく頼む」
「まあまあ、なんてかわいらしい。お名前は?」
メアリーと呼ばれた女性は、子供たちの世話をしている責任者のようだ。優しい笑顔でカティを見る姿に、カティが笑みを見せる。司祭はそんなカティの様子を見つつ言った。
「名はオシン。母親が亡くなり、父親が一人で育てられないと言って連れてきた」
「そうなのですね。ぷくぷくしているわ、これまでお父様の愛情を沢山もらっていたのね。慣れるまで私がつききりでお世話いたします」
メアリーが頭を下げると、司祭は満足げに頷いてその場を去った。メアリーはカティを大切そうに運ぶと、空いていたベビーベッドに寝かせ、司祭が気持ち悪すぎて泣いていたカティの頬をそっとハンカチで拭ってくれた。
「大丈夫ですよ。今日からあなたは私の子よ。それにたくさんの兄弟がいるから寂しくなくなるわ。一緒に頑張ろうね」
そう言ってカティに布団をかけると、メアリーは興味津々でこちらを見ている子供たちの方へ体の向きを変えた。
「みんな、今日から可愛い妹をよろしくね。この子はまだ小さいから乱暴に触らないで優しくすること! いいわね?」
「はーい」
孤児院の子供たちが元気よく返事し、ベッド柵の周りを囲む。カティは、四方八方から興味津々に覗きこまれたのだった。
そして昼食が終わりお昼寝の時間になると、メアリーが声を張り上げて子供たちに指示を出す。
「こらぁ、年長さんは小さい子の面倒を見てあげてって言ってるでしょ!」
いつのまにか追いかけごっこをしている子供たちを叱りながら、メアリーが子供たちの寝る準備を進める。カティがベビーベッドの中からそれを眺めていると、司祭が慌てた様子でやってきた。
「司祭様、どうされました?」
「宰相殿が急遽視察にいらっしゃると連絡があった」
(――よしよし。作戦通り!)
カティがにやりと笑みを浮かべる。本来はカティの潜入中にエドヴァルドが急遽視察の連絡を入れる。その時、不自然な言動でぼろを出す人物がいないかを見極めるのがカティに課せられた役目であった。最ももう怪しい人物はばっちり確認済みだけど。
司祭の顔は心なしかこわばっている。
「宰相様が? どうしてですか?」
「近くに来たついでだそうだ。遠方でなかなか王族が来られない代わりにということだそうだが、まさかこれほど急に……メアリーには心当たりがないのか?」
司祭は探るようにメアリーを見つめる。
そんな視線に気が付かず、メアリーは少し怒ったような顔で首を横に振った。
「ええ。まあ、うちの孤児院の窮状を知ってきてくださるのなら大歓迎ですけどね。他の教会や孤児院に比べてずいぶん支援が不足しているのですもの」
その愚痴には、司祭が軽く答えた。
「これ、そんなことは言ってはいけない。王家からの支援はあくまで支援。感謝こそすれ不満に思ってはいけないよ」
「申し訳ありません、つい。だってうちの子たちは食べることでさえ我慢しているのですもの」
そう言って、メアリーは周囲を見つめた。
その視線はあくまで優しく、子供達への愛情あふれるまなざしにカティの心がふんわりと温かくなる。
司祭も毒気を抜かれたように、眉尻を下げてメアリーに言った。
「……この孤児院の経営が厳しいのは、私の不徳の致す限りだ、申し訳ないね」
「いえ! 司祭様のせいではありません!」
公には、王家からもたらされる支援金は、各孤児院や救護院を預かる教会へ公平に分配されるとされている。しかし実際は、教会の力関係や後ろ盾になっている貴族、その教会の司祭の人脈や根回しなど様々な要因で偏っていると司祭から説明されたとエドヴァルドに届いた手紙には書かれていた。
この孤児院は遠方故、誰の視察もなく、わずかな支援しかされていないのだと。
(いやいやまっとうな教会だったら、神殿や王宮に報告し改善していくって、とう様が言ってましたよ!)
メアリーにそんなことを思うが、カティの今の状況でそんなことを言えるはずもなく、ベビーベッドの中から二人の会話を聞くのみだ。
「子供たちのことは私が必ずなんとかするよ。だから視察の際に皆で楽しく頑張っていると伝えてもらえればうれしいのだが」
「宰相様に窮状を訴えてはいけませんか」
「気持ちはわかる。だがここの経営が芳しくないと判断されればここはつぶされてしまうかもしれないのだ」
司祭は申し訳なさそうな顔で、子供たちを見渡す。
メアリーは、わずかに考えてから小さく頷いた。
「分かりました。この子たちの居場所を失うわけにはいきませんから」
「苦労を掛けて悪いね。ああ、子供たちが寝たら教会に来てくれるかな。公爵閣下の出迎えの準備と打ち合わせがしたい」
「わかりました」
司祭が教会へ戻っていく。それを見送ったメアリーはベッドが数台とあとは床に薄いマットを引いただけの寝具に子供たちを寝かせていった。
そして大きな子に小さな子の面倒を見るように頼んでから、教会のほうへと向かった。
しばらくすると、部屋はだんだんと静かになり、子供達の寝息が聞こえはじめた。
ベビーベッドで寝たふりをしていたカティがパチッと目を開ける。
(よ~し、少年探偵団レッツゴー!)
「――孤児院潜入なんて私以上に適任がいますかっていうの!」
ベビーベッドの囲いを登り、器用に抜け出たカティは、高速ハイハイでドアに近づくと、そっとドアを押し開けて部屋を後にした。
「ぼっ。ぼっ。僕らはカティ探偵団!」
うきうきと小さな声で口ずさみながら、廊下をハイハイで進む。
万が一見咎められても、「おとうちゃまあ」と父を恋しがって泣く振りをすればオールOK!
危険なことはまったくない。
これが泣く子も黙る赤ちゃん特権。
でもエドヴァルドの指示は「観察する」だけ。
どのような事件が起こっているのか、誰が関わっているのかも今はまだわからない。だからまずは教会と孤児院で何が起こっているのか、そこにいる人物の言動を観察するように言われている。
だがあの司祭は、カティを受け取った瞬間にすでに「私、悪いことやってます」的なセリフを吐いた。カティが言葉を理解しているとも知らず、自白同然だった。
だから、本来ならすぐ伝令魔法でエドヴァルドに知らせ、その後も情報収集だけをするべきだった――のだけど、それではあまりにもつまらない! 天才諜報員かげろうお銀の名が泣く。
他にも関与している者はいないのか、証拠はないのか、赤ちゃん特権を生かせばもう少し重要な情報をつかめるかもしれないとカティは意気揚々と教会に向かう。
教会と孤児院の距離は近く、カティの足でもすぐに到着した。
カティが教会を見上げると、古びた教会の壁ははがれ、あちこち傷んでいる。
もともとは美しい教会であったのだろうに、修繕が追い付いていないようだ。それでも床はピカピカで掃除は行き届き、近隣の人々の信仰心が垣間見られる。
カティはそっと扉を押し、礼拝堂に入り込んだ。
周囲を見渡すと、礼拝堂の前の方で司祭とメアリーが座って話をしていた。
カティは礼拝堂に二列に並べられたベンチに身を隠しながら、こそこそと前に進む。そして彼らの真後ろという好立地なベンチの下に陣取り、そっと聞き耳を立てた。
「――では、公爵閣下は――」
「ああ、そのようにしてくれ」
何か決定的な話が聞けるかもと思って期待したが、この会話は単に宰相を迎えるにあたっての打ち合わせに過ぎなかった。がっかりしたカティだったが、ちょうどそこに男の子が慌てた様子で駆けてきた。
確か、メアリーに子守りを命じられていた少し年長の子だ。
「どうしたの?」
「メアリー、司祭様! オシンがいなくなった!」
(あ、ばれた)
思ったより、お昼寝は短かったようだ。ちょっとお昼寝から目が覚めるのが早いんじゃないのとカティは思ったが、どうしようもない。ベンチの下から隠れて様子を見続ける。
「なんだって⁈」
すると、司祭が驚いて立ち上がった。
少年はしょんぼりと肩を落として、司祭に向き直る。
「ベビーベッドでちゃんと寝ていたはずなのですが、気が付いたらいなくなっていたんです!」
「外は? 捜したのか?」
「今、みんなで手分けして捜しているところです。どこかに挟まったり、落ちてたりしたら……」
少年の目に涙が盛り上がる。
メアリーが慌てて立ち上がると、彼の肩を抱いた。
「大丈夫よ、きっと大丈夫。――小さな子を任せてしまってごめんなさい。私たちも捜すわ。頑張ってくれてありがとう。あなたもまた戻って捜してくれるかしら」
「うん!」
メアリーの言葉に少し安心したのか、男の子が涙を拭いて出ていく。
メアリーはすぐに司祭の方へと向き直った。
「司祭様、打ち合わせの最中で恐縮ですが、すぐにオシンを捜さないと。小さい子ですから弱ってしまいますわ」
焦った様子で訴えるメアリーに、司祭が表情を歪めたのが見えた。司祭はオシンの捜索よりも視察の準備のほうがまるで大事だというように声を荒らげる。
「し、しかしそんなことを言っている場合ではない! 夕刻には宰相がいらっしゃるんだぞ!」
「……司祭様?」
司祭が声を荒らげたことにメアリーが言葉をなくす。
カティはそんな二人の様子をそっと見つめる。空気に緊張感がしばし漂い――司祭が顔に微笑みを張り付けた。
「い、いや。幼い子だから早く捜してやらないといけないな。では手分けして捜そう」
「は、はい!」
メアリーはほっとした様子で、孤児院の方へ走っていった。
「……まずい、まずい。この騒ぎを聞いた宰相が捜索に加わりでもしたら……」
司祭はそうつぶやきながら礼拝堂を出ていった。それをベンチの下から見送ったカティは、とことこと礼拝堂の前方にあるドアを開けて中に入っていく。
司祭の居住区、兼事務所のようだ。台所や部屋をぐるりと回るも、特に変わった点はない。
引き出しや本棚から書類などを引き出して点検するのは、カティの小さい身体では残念ながら難しい。
(大した話も聞けず何も発見できなかったし、そろそろ皆に見つけてもらおうかなあ)
時間もないし、とう様も来るみたいだし……とカティが泣きまねをしようとした時だ。
礼拝堂の扉がバンッと開き、司祭が戻ってきた。
(うわあ、ウーパー司祭! ぜひともメアリーさんに見つけてもらいたい)
もう二度と司祭に抱っこなどされたくないカティはこそこそと身を隠す。
「くそっ! こんな時に面倒な!」
どうやら、カティを捜す体は続行していたらしい。
声を荒らげながら居住区の方へ行く司祭を見て、カティは息をひそめた。
数分後、居住区を捜し終えた司祭が再び礼拝堂に戻ってくる。そして彼は意味深な言葉をつぶやいた。
「まさかあそこには……ありえないが。しかし万が一――」
司祭は時計を確認すると「ああ、もう時間がない」と、ひとりごちて礼拝堂の正面にある祭壇に向かった。
祭壇には蝋燭が灯された金の燭台や供物が捧げられている。その背後には、くすんだ鳶色の木に彫られた彫刻が天井まで続いていた。
ローベンス王国民が信仰する女神エリオーラとその御使いの猫が彫られ、周りは蔦や花、鳥、雲で囲まれていた。
司祭はその祭壇の側面の板の一部を、上下横と複雑に動かした。
するとがたんと小さい音とともに板がくるんと回転した。回転扉のようだ。
司祭はその板を押して祭壇の内部に消えていった。
(うおぉぉ! あんなところに秘密基地!)
俄然テンションが上がり、思わずベンチの下から飛び出してしまうカティ。万が一司祭と出くわしても、にこにこと愛想を振りまいておけばいい。気持ち悪いのは死ぬほど我慢する必要があるけれど。
それよりも祭壇のからくりが気になって仕方がない。
(絶対怪しいものが隠されているはず……!)
カティは祭壇に近づき、司祭をまねて側面を押してみた。
「右、上、下、下……」
するとくるりと板が回転した。
「わ!」
カティはすぽんと中に転がり込んでしまう。慌てて無垢な赤ちゃんの振りをしてバブバブ言ってみたが、幸いにしてそこに司祭はいなかった。一人赤ちゃんプレイで自尊心がちょっと欠けたが。
代わりに広がっていたのは大きな空間だ。灯りなどはなくほとんど真っ暗だが、祭壇の彫刻の隙間からわずかに光が差し込んでいて、かろうじて周りが見える。
そんな祭壇裏の秘密の空間の壁には、もう一つ扉があった。
「ふー、危なかった……」
ひとりごとを言いつつ、扉に近づく。扉には鍵がかかっていないようだ。
カティがドアを押して、そっと覗くと地下に向かう階段が見えた。
ほとんどが暗闇に包まれているせいで、数段ほどしか見えなかったが地下から声がする。
しかも複数だ。
(ああ、気になる! ……でもさすがにこの暗闇の中階段を下りるのは怖いし、赤ちゃんと言えど怪しまれて今後動きにくくなること間違いなし!)
カティはウンと一つ首を振ると、回転扉とは逆の方のほとんど光が差さない奥の方へ行き、暗がりにしゃがみこんだ。
しばらくすると、階段から足音がしてランプを持った司祭が上がってきた。
司祭はランプの明かりを消して階段横に置くと、回転扉から外に出ていった。
そして、そのまま礼拝堂を出ていく。
「よし、大チャンス!」
カティが地下への扉を少しだけ開けて覗き込むと、明かりのない地下は真っ暗で何も見えなかった。だが先ほど階下から聞こえてきた声のうち一つは子供の声だった。
(こんな真っ暗な部屋に子供を閉じ込めてるとか?)
ポインター魔法で明かりをつけて降りようとも考えたが、どのような子供がいるかわからないし、もし子供達に大声を出されたりしたら司祭が気付いて戻ってくるかもしれない。
カティは「すぐ助けてもらうからね」と心の中で詫びつつ、エドヴァルドが来るはずの孤児院の方へ戻ることにした。
エドヴァルドに、地下室のことを報告しようと出口の回転扉をそっと押す。
「ん?」
しかし、何度押しても扉はまったく動かなかった。
外から鍵をかけられたのか、仕掛けがあるのかわからない。ともかくカティが閉じ込められたことは間違いないようだ。
「どうしよう……」
さあっとカティは蒼褪めた。
こんなところからエドヴァルドに助けを求めたら、めちゃくちゃ怒られることは間違いない。
しかし、自分で出るすべはないし、エドヴァルドが視察に来るまでにもう一度司祭がここに来るとも思えない。
しばらくうんうんと唸っていたが、天才的な案がひらめいた。
(そうだ! 閉じ込められたのではなくて戦略的に待機したことにしよう!)
エドヴァルドが礼拝堂を視察するタイミングで、カティが大声で泣く。
おかしな場所から泣き声がすればその出所を捜すはずで、司祭には断るすべがない。そしてその時に地下にいる子供も発見される……そういう寸法だ。
「ついでにこれも役に立ちそう」
(とんでもなくすごい計画を思いついてしまった……。将来とう様の跡を継いで宰相にって言われてしまうかもしれない)
ウーパー司祭から手に入れたあるものを握り締めて、あとでエドヴァルドに渡そうとカティはにやりと笑う。あとはエドヴァルドの気配が近付いたら泣くだけでいい。
実のところ、この天才的計画自体が、すでにエドヴァルドの指示に反した『怒られ案件』なのだが、そこに思い至らず、わくわく待機するカティであった。
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