転生赤ちゃんカティは諜報活動しています そして鬼畜な父に溺愛されているようです

れもんぴーる

文字の大きさ
上 下
2 / 98
1巻

1-2

しおりを挟む
 驚愕すると、ミルカが反対してくれていた。

「エドヴァルド様⁉ あなたはまだ婚約者も決まっていないのですよ⁉ それなのに子持ちなどになってどうするんですか! ますます縁談が進まないではありませんか!」

 その言葉にエドヴァルドが頷く。

「それはいい」
「よくありません! いくら弟君のお子様だとしてもカティ様はしかるべきところへ養女に……」

 その言葉を聞き逃さず、カティは自分の現状を推測する。

(弟君? じゃあこの冷徹無表情は私の伯父さんってことか。……本当のお父さんはどうしたの? また捨てられちゃったのかな? うう、今回の人生も家族運が……)

 カティの目にほんのり涙がにじむ。が、このままここにいて秘密がばれて、人体実験の被験者として売り飛ばされるよりはましだ。どこにでも養女に行きます! ミルカとやら、頑張ってくれたまえ。と声援を送っていたのだけれど――

「カティは私の娘とする、決定事項だ」
「……承知いたしました」

 結局ミルカは頭を下げた。

(……負けやがった)

 こうしてエドヴァルドという見目麗しい父ができ、カティは公爵令嬢になったのだった。
 それからカティには、広い部屋が与えられた。そして専属侍女のマーサとミンミに乳母、そして護衛までつくという御大層な扱いを受けている。
 どうしてそこまで……と思うけれど公爵令嬢なら普通なのかもしれない。
 でも、もし『普通』ではないと分かったら、魔法宮とやらに連れていかれてしまうかもしれない。
 だからカティはいつもニコニコ笑って、無邪気にふるまった。
 そうすればみんな可愛がってくれるし、赤ちゃんが聞き耳を立てているとは思いもしないから、お世話をしながら色々話してくれる。おかげで大体の事情を知ることが出来た。
 どうやら、カティの父は仕事中に亡くなったようだった。
 捨てられたのじゃなくてよかった、とひそかにほっとする。
 それで残された母がカティを連れて公爵邸に助けを求めたそうだ。その後の経緯はよく分からなかったけれど、二人になってカティが邪魔になった母が、カティを殺そうとしたところを伯父さん――エドヴァルドが助けてくれたという。
 カティが生まれたばかりの時は、エドヴァルドはいつも無表情かつ無口でとても冷たく、一切カティにも興味がなかったらしい。
 けど、子供を殺そうとする残酷な母親の娘を放り出さずに養女にしてくれたのだから、優しいところもあるのかもしれない。
 ただ使用人たちの間でも、エドヴァルド様が……と驚かれているのを見ると、やはりカティを引き取ったことにも裏がありそうで気を引き締めている。
 使用人からも恐れられる冷血漢に前世の記憶を持っていることがばれるわけにはいかない、とカティは内心で拳を握った。
 ただでさえ、普通じゃないとか魔術医が言っていたのに、どんな目に遭うか分からない。
 魔法宮につれていかれるならいい方かもしれない。最悪、気味が悪いと処分なんてことも……駄目だ、絶対にばれたらダメだ! 
 ――そうは思っていたが、じっと赤ちゃんの振りをして過ごすには限界があった。
 せめて人目のない所では自由に動いたり話したりしたいのだが、まだ寝返りでさえ上手に出来ないのだ。カティはまだ生後五か月で、自由自在に動けるほど身体が出来ていなかった。
 そこではたと思った。
 言葉を知っているのに上手くしゃべれないのは、顔や舌の筋肉が未発達でうまく使えないからじゃないの? と。
 そこで、メイドが下がったあと、毎晩一人になると、カティは夜な夜な口を大きく開けたりすぼめたり膨らませたり――そして舌を回したり上下に動かしたりと運動をし始めた。
 それに試行錯誤しているうちに、スローテンポで言葉がはっきりしている童謡が一番練習になると分かり、夜な夜な童謡を歌う日々だ。
 今日は「大きな木の下で遊ぶ的な歌」にしようと決めて、暗い部屋でぼそぼそと歌う。
 一人カラオケは言葉のトレーニング兼ストレス発散にもなり、とても楽しい。

「おおきな、くいのきのちたで……」

 気持ちよく歌い始め、続きはどんな歌詞だったっけ? と、目を開けると目の前に麗しいお顔がドアップで迫っていた。

「ひいっっ~⁉」
「おい」
「はいぃ!」

 暗がりに突然現れた犯罪級の美しいお顔――エドヴァルドに、思わず返事をしてしまう。

「……ふむ」

 すると何か納得した様子のエドヴァルドに抱き上げられ、そのまま部屋の外に連れていかれる。

(だれか~! 人さらいよ。乳母たち! こんな時のために隣にいるんじゃないの⁉)

 心の叫びを誰も受け取ってはくれず、カティはおとなしく連れ去られるしかない。

(やっぱり! 処分だ……こんな夜中にこっそり連れ出すなんて……このままどこかに捨てられていなかったことにされるんじゃ……)

 最悪の事態を想定して震えていたが、カティが連れてこられたのはエドヴァルドの寝室だった。
 そのままエドヴァルドのベッドに寝かされる。
 なんのために? と考える間もなく、ベッドの隣に置かれた椅子に腰かけたエドヴァルドから恐怖の尋問が始まった。

「――聞きたいことがある。まず、お前は私の言葉が分かるか?」
(はい、というのが正解なのか? 赤ちゃんのふりをしてとぼけるのが正解なのか? ……不気味だと思われたらそれこそ人体実験コースか人知れず処分コース!)

 よし、とぼけよう! とカティは視線をそらしたが。

「とぼけるなよ。お前が言葉を理解しているのは分かっている」

 エドヴァルドは視線から冷気を飛ばせるんじゃないかという冷ややかな目で、こちらを見据えている。

「……分かりまちた」

 彼にはか弱い赤ちゃんをでる心はないと悟り、観念した。
 しかしエドヴァルドは、カティが言葉を理解しているのは分かっていると脅してきたくせに、実際に返事をすると、眉根を寄せてカティを睨みつける。
 同時にエドヴァルドの右手が白く光った。

(怖い怖い! 手、光ってるよ! 攻撃する気満々に見えるんですけども⁉)
「お前はなんだ? 魔物か?」
「ち、ちがいましゅ…た、たぶんだきぇど…」
「本当に赤ん坊か? 生まれたばかりで言葉を解し、状況の把握も出来ているようだ。普通の人間ではあるまい。我が公爵家を狙うものは多い、はかるなら赤ん坊と言えども容赦はせぬ」

 エドヴァルドの目が鋭くなり、右手の光も強くなる。心なしか部屋の温度も下がってきている。
 エドヴァルドにとって害になると判断されたら即、やられるかも。
 とにかくここは一つ、無害をアピールせねば。
 そう判断したカティはなんとか目線を上げて、エドヴァルドに言い募る。

「あにょ…たぶん…むかしのきおくが…あるだきぇでちゅ。しょれ以外はいたいけなただのかわいいあきゃちゃんでしゅ」
「昔の記憶? どういうことだ、説明しろ」

 この美しくも恐ろしい義父は、カティに先を促す。
 どうやら、カティの言葉に興味を持ってくれたようだ。少し身の危機が遠のいたかもしれない! カティはそこから必死に説明する。
 あまり細かいところまでは覚えていないが、この世界とは異なる世界で十六歳くらいまでは生きていた記憶があること、気がついた直後からこうだったので自分でも何がなんだか分からず、悪意も企みもないということ。
 それらを猛アピールし、判決を下される気分でエドヴァルドの返答を待つ。
 すると、それに納得したのか、エドヴァルドから人を射殺すような視線はなくなり、右手の光も消えた。何かを考えるように視線を下に落としている。

(た…助かったのかな……?)

 寿命は大いに縮まったが、とりあえずの身の危険は去ったようだ。
 エドヴァルドはしばしの沈黙の後、カティに向き直る。

「ところで何をしていた?」
「早くしゃべれるように鍛えていまちた。でもばりぇたらいけにゃいからこっそりとれんしゅうちてまちた」

 エドヴァルドはカティから目を離さないまま、何かを考えているようだった。

(怖いんですけど……)

 男前が無表情で無言でいるだけで、こんなに怖いものだと知る。
 ドキドキしながら待っていると、エドヴァルドが不意に口を開いた。

「――これからは私がお前の話す練習に付き合ってやろう。代わりにお前のこと、お前の世界のことをもっと聞かせてもらおうか。お前も話す相手が出来て嬉しいだろう」

 そう言われると、何も言えなかった。生殺与奪権をがっちり持つ、父になった男にいなと言えるわけもない。魔法宮に売り飛ばされないで済むようだし、一番の保護者が強い味方になるのは悪いことではないはず。

「……よろしくおねがいしましゅ」

 こうして、カティの誰ともしゃべれないストレスは、思わぬことで解消されたのだった。
 翌日、すぐにカティの部屋はエドヴァルドの隣に移された。
 命じられた使用人たちは手際よく作業を進めているが、その顔には戸惑いの表情がありありと浮かんでいる。
 今まで、エドヴァルドはカティにそこまでの興味を示さなかった。それが突然隣の部屋などと……
 しかもエドヴァルドの隣の部屋は、本来エドヴァルドの妻のために用意されている部屋なのだ。内扉でつながっていて、自由に行き来ができる。

「エドヴァルド様、本気ですか?」

 エドヴァルドの腕に抱えられて、慌ただしく動き回る使用人たちを見ていると、レオが驚いている声が聞こえてきた。
 レオはエドヴァルドの侍従だが、ほとんど秘書と言えるぐらい彼のそばでいろんな仕事をしている。
 そりゃそうだろう、と移動を待つカティも頷く。

「カティ様のお部屋にはメイドや乳母、医師も含めて出入りが多いのです。警備上、問題が……」
「心配はない。結界を張っているし、心配ならば護衛を置けばよい」
「しかし赤ん坊は泣きますし大変かと」
「こいつは無駄に泣かない。ああ、夜は同じ寝室で寝かせるつもりだ」

 カティを抱きながらてきぱきと指示を出す主人に、レオも執事も戸惑っているようだけど、一番戸惑っているのはカティ自身だ。

(同じ部屋で寝るなんて聞いてないんだけど!?)
「エドヴァルド様と一緒の寝室で寝かせるおつもりですか?」

 しくもレオと思考が合致する。しかしエドヴァルドはあっさりと頷いた。

「心配ない。これに関しては私が面倒を見よう」
「あの……いったいどうして? カティ様にあまり興味ありませんでしたよね?」

 レオが不思議そうに聞く。

「まあな」

 エドヴァルドは頷くとカティを両手で持ち上げて、わずかに口角を上げる。
 そのわずかばかりの笑顔を見た使用人たちが驚くのにも気がつかず、カティは、赤ん坊らしからぬ引きつった笑いを浮かべたのだった。結局カティ用のベッドはエドヴァルドの寝室に運び込まれた。
 そこに寝かされているカティは、最後の抵抗とばかり上掛けにもぐり込んでいる。
 無言の抵抗という奴である。

「本当におとなしくて泣かない子ですね~、この子は」

 布越しにレオの声が聞こえてくる。

「ああ」
「本当に二人きりで大丈夫ですか? 何かあればすぐお呼びくださいね」

 大丈夫じゃない! 行かないで! というカティの心の叫びが届くはずもなく。
 ぱたんとドアが閉じる音で、レオが出ていったのが分かった。

「あの……じぶんのベッドで……やしゅみたいのでしゅが……」

 レオが出て行ったとたん、エドヴァルドに抱き上げられ、カティはエドヴァルドのベッドに寝かされてしまう。逃走しようと身体を動かしたが短い手足がじたばたするのみで、いまだ寝返りも上手く出来ない。
 その間にエドヴァルドがベッドに入って横になり、カティの方を向いた。

「この方が話しやすいだろう」
「そうでしゅけど……」

 こんな顔面凶器のような美貌がドアップで目の前にあるのは精神衛生上よくない。

「さ、お前の世界の話を聞かせてもらおうか」
「きゅ、きゅうにいわれぇちぇも……エドファル…エドマル……うう……」
「舌が回らないか。お前は私の娘になったのだから父でよい」
「……おとうしゃま?」
「それでいい。今日から特訓は私が付きあう。しっかり話せるようになって色々聞かせてもらうぞ」

 それから、カティが行っていた基礎練習に加えて、エドヴァルドとの訓練が始まった。


 エドヴァルドが空中にともした魔法の火をふうっと吹き消したり、エドヴァルドが展開した防音魔法の中で発声練習や童謡メドレーリサイタルを行ったり。
 エドヴァルドが見せる魔法に驚き感動する間もないくらい、次々と練習メニューを示される。
 そして、エドヴァルドの特訓の成果で、カティは生後六カ月にして会話能力を獲得した。
 ……ちなみに、エドヴァルドの特訓は言葉にとどまらなかった。
 寝返りをグルングルンしたり、腹筋ならぬ頭上げ、可愛いあんよで自転車こぎをしたりなどなどこっそりやっていた自主トレを見つけられてからは、筋トレもどきも行っている。

(言葉の特訓は、ほんとありがたかった。私もお話しできる人がいてストレス減ったし。でもね、私将来アスリートになるつもりはないし。こんなに特訓する必要なんてないと思う‼)

 今はエドヴァルドが魔法で出した空気の塊のような球体に支えなしで腰かけている。
 頑張ってバランスをとるも、無理に決まっている。
 ぐらんと球体が揺れたと思うと体が空中に放り出されかけては、見えない何かに支えられて、球体の上にふわっと戻る。

(魔法だ。すごい‼ いや、ちがうっ)

 やっと一人でお座りが出来る月齢にして、この仕打ちはどうなのだ。
 魔法で守ってくれているとはいえ、ご無体なことだと思う。
 しかし話したいし、自由に動きたいカティは必死でそれらの特訓に食らいつき、鍛えられた。
 しかしご褒美にケーキを所望したところ、用意されたのはミルクに浸されて柔らかくされたパンだった。
 ザ・離乳食! 

「赤子に生クリームは駄目だそうだ、残念だったな」
(くっそう……鬼畜め)

 時折、片方の口角がわずかに上がるだけの笑み。悪魔の笑顔にしか見えない。
 さらに夜はゆっくり休めるかと思いきや、前世の話を要求される始末だ。

「今から本題だ。今日はお前の世界の街の整備について話してもらおう」
「はいー?」
「私がいなければ話し相手もおらず、つらいだろう。私はお前のためを思ってこうした時間をとっているのだが」
(鬼畜がっ……赤ん坊に無体を働く鬼畜がここにいますよ!)

 そこはかとなく漂う冷気とともに、そう言いきられ涙を飲んで頑張った。
 しかしその特訓のおかげで、七カ月を過ぎたころには高速ハイハイを手に入れ、ペラッペラに話せるようになったカティだった。


 やがて、エドヴァルドの執務室の大きな机の上にはカティ用の小さな籠が用意されることになった。

「エドヴァルド様、さすがに執務中は……」
「かまわん」

 レオが苦言を呈するが、エドヴァルドは取り合わず書類にサインをしている。
 最近は、執務室にも連れてこられるようになったのだ。
 カティの住んでいた世界の話をエドヴァルドは興味深く聞いてくれる。
 魔法がなく科学という分野が発達した社会。その社会制度や法について、街の整備、教育、医療、経済など生活のあらゆる事柄に関心を向け、この世界にも生かそうと案を出しているようだ。
 しかし、相変わらずエドヴァルド以外は、カティがそんなことを話すために執務室にいるとは知らない。つまりエドヴァルドがただ子煩悩になり、昼夜問わず愛娘を連れ歩いているようにしか見えないのだ。
「私には無関係の赤子だ。私の視界に入れるな」と言い、もともと他人にあまり興味を持つことのなかったエドヴァルドの言動の変化に、レオをはじめ執事もメイドも驚きを隠せない。
 あの赤ん坊の何がそこまで気に入ったのか、あの事件からこれまでにエドヴァルドにどんな心境の変化があったのだろうかと首をかしげる。
 しかし、疑問に思いながらも当主にも人間らしい感情があったことにほっとし、過去を知る者はエドヴァルドが感情を取り戻したことを喜んでいた、と後にカティは知ることになるのだが――それはまだ未来の話だ。


 さて、そんなふうに公爵家に馴染みつつあるカティに悩みが一つあった。時々高熱が出ることだ。
 執務室に行くようになってから数週間後、カティは頭の痛みと高熱とでぐったりしていた。
 子供が起こす急な発熱とは違い、薬で楽にもならない。
 カティがベッドでぐったりとしていると、誰かが額を冷やしてくれる。わずかに目を開けると侍女のミンミが泣きそうで心配そうな顔をしてカティの額に手を当ててくれていた。

(しんどい時に側にいてくれる人がいる……)

 ミンミの手が離れていきそうになったのを感じ、思わずカティは手を宙にさ迷わせた。
 するとひんやりと気持ちのいい手でカティの手を包んでくれる。

(お母さん……)

 カティは安堵感に包まれ、嬉し涙を一つ落とした。
 しばらくして連絡を受けた魔術医のミルカがやってきた。
 ミルカは、カティの症状を魔力過多とコントロールの困難だと診断した。カティはその身に大きな魔力を宿しているが、体内の魔力をうまくコントロールできないようだ。有り余る魔力を上手く放出できず、体の中で魔力が暴れまわるため不調をきたすようだ。
 エドヴァルドが魔力コントロールの指導をしたが、カティには天才型のエドヴァルドの言うことがさっぱり分からなかった。エドヴァルドはエドヴァルドで、幼少期から苦労することなく魔力のコントロールが出来ていたらしいので、カティのことが理解できない。
 そのため、魔力に関することはミルカに助けてもらっているのだ。
 それからはカティに魔力過多の症状が出た時は、魔力が外に出るようにミルカが誘導してくれるようになった。そうすると行く当てがなくて暴れまくっていた魔力が出ていき、熱も下がり元気が戻るのだ。

「カティ様、怖くないですからね」

 そう言ってミルカはカティの額に手を当ててカティの魔力を引き寄せ、体内に流れを作ってくれる。

「あいー」

 すると徐々に荒い息が落ち着いていく。
 これを何度か繰り返していくうちに、ミルカの治療とエドヴァルドの特訓で身体も強くなってきたこともあり、魔力の暴走頻度が減ってきた。
 そして、カティの体調が安定するのを待っていたように、エドヴァルドは屋敷内だけではなく王宮にもカティを連れていくようになった。
 レオをはじめ、執事や乳母など皆が止めたが、エドヴァルドは王宮の宰相に与えられた部屋に小さなベッドを設置したのだ。
 驚き慌てたのは公爵邸の者だけではない。王宮にいる者たちもみな目を疑った。あの冷徹な堅物のエドヴァルドが、赤ん坊を腕に抱いてあちらこちら連れ歩いて見せている。
 しかし誰も恐ろしくて、尋ねることもとがめることもできなかった。
 その話は国王にまで伝わり、好奇心が抑えられなかった国王はエドヴァルドの執務室を訪れて驚くことになった。

「エドヴァルド、最近どういう風の吹き回しだ?」
「何か?」
「何か? じゃないだろう。お前が赤子を溺愛しているとなれば皆驚きもするだろう」

 腕に抱いている赤子をあやしているように見えるエドヴァルドは、不審そうに眉をひそめる。
 カティもエドヴァルドの腕の中で、むっと唇を尖らせた。

(まったく欠片かけらも溺愛はされていないけど。はたから見れば溺愛しているように見えるのかもしれない、この鬼畜が)

 周囲からそう思われているなんて、冷静沈着を貫いてきたエドヴァルドにとってさぞかし、恥ずかしいことだろう。と、カティは思わずにやける。
 しかし、エドヴァルドは平然とした顔でカティの方を向く。

「別に溺愛などしておりませんが」

 エドヴァルドの返事に同意するかの如く、カティはこくこくと首を振る。

「これだけ腕の中に抱いて、連れまわしているのにか」

 その様子を凝視する国王から隠すように、エドヴァルドがさりげなく体勢を変えた。

「これを溺愛と呼ぶのですか?」

 国王陛下はため息をついた。

「……お前のその姿を見て、また縁談の話が増えたそうだな」
「カティと縁談になんの関係があるのだか。迷惑しておりますよ」
(いやいやいや! とう様、まさか全然分かってなかったの!?)

 カティは使用人たちの言葉に耳を澄ましまくり、またエドヴァルドに連れ歩かれている間も聞き耳を立てているおかげでなんとなく現状を把握していた。
 以前から、周りの貴族たちは、高位貴族でかつ容姿・能力に申し分がないエドヴァルドに自分の娘を嫁がせたいと躍起になっていたようなのだ。


しおりを挟む
感想 498

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。