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番外編 3 カティの支えになったもの 1

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 エドヴァルドが行方不明になって約4年が過ぎた。
 どんなに悲しくても苦しくても時は過ぎ、ぽっかりと胸に空いた穴は埋まらないままでも、日常生活を送らなければならない。

 そんな中、
「嬢ちゃん、大変じゃ。栗のお山が食べられんようになる。」
 エンヤが公爵邸に来た時にしみじみと告げた。
「ええ?どうして?!」
「アンジェリーノを閉めるそうじゃ。」
「そんな・・・」

 辛い、悲しい気持ちが消えない毎日。
 エンヤもレオもヴィクトルもみんな、カティを慰めるために色々考えてくれる。
 いろんなおやつを持って会いに来てくれたり、遊びに連れて行ってくれたり、王宮に招待してくれたり。
 一番大好きなおやつはアンジェリーノの「栗のお山」。魔法の特訓で使われたお菓子、そしてエドヴァルドにもよく食べさせてもらった思い入れのあるお菓子なのだ。
 今でもエンヤがせっせと買ってきては一緒にエドヴァルドの話をしたり、新しい魔法を見てもらったりしている大切な大切な栗のお山。

 それがもう手に入らない?

「どうして?まだ店主さんそんなに年じゃなかったのに・・・」
「それがどうやら栗が手に入らなくなったそうじゃ。」
「不作?害虫?」
「いや・・・店主は言葉を濁してはっきりは言わなかったんじゃが。あきらめたような暗い顔じゃった。じゃからもうこれが最後かもしれん。」
 そう言って二つの栗のお山をくれた。
「・・・カティヨン、動きます。」
 カティはボソッと呟やいた。


「だから、もう栗はもうないんだよ。」
 アンジェリーノの店主はこれまで栗を仕入れていた農園からもう栗を売れないと言われた。

 ここ数年、急に偉大な魔術師や王宮からの注文が増え、いつの間にか王家御用達の称号をいただいた。それが評判となり栗のお山が飛ぶように売れるようになったのだ。
 すると同じようなお菓子を売る店がちらほら出始める。
 しかし所詮は偽物。王家ご用達のアンジェリーノの味と食感にかなうはずはなく、好敵手にもならなかった。
しかし今年は肝心の栗が手に入らなくなりそうなのだ。
 いつも通り追加の栗を注文したところ、在庫はゼロと言われた。これからが栗のシーズンなのでないはずがない。
 店主が食い下がると、
「あんたのところより倍の値段で買ってくれるんだよ。あんたがそれ以上に出すというなら売るよ。こちらも商売だからね。栗のお山を値上げすればいいじゃないか。」
 そう言われてしまった。
 店主はそんなお金はなく、大事に作ってきた栗のお山の値上げもしたくはない。あきらめて農園を後にした。

 そして翌日、商人が店を訪ねて来た。
「栗をお探しだと伺いまして。何とか都合をつけられるかとおもうのですが、よろしければ。」
「それは助かります!ぜひ!」
 しかし商人が提示したのは農園よりも高値だった。
「なぜ今年はこんな栗が高いのですか!おかしいでしょう。」
「それはあなた、需要があるからですよ。今や栗のお菓子を扱っているところはたくさんありますからねえ。」
「だからってこんな急騰するのはおかしい。あなた方商人が釣り上げているんじゃないですか?!」
「いや困りましたね。こちらは親切心でお声をかけたのですがね。ま、お暇しましょう。もしお困りでしたら連絡ください。その時はこの値段で済むかはわかりませんがね。」
 アンジェリーノの店主は悔しそうに、怒りをたたえて立ち尽くした。
 それをこっそりと見ていた小さな影は、商人の後をついていった。

 翌々日、アンジェリーノの厨房に大量の栗が置いてあった。
 農園で仕入れるよりも艶があり大きくふっくらとした立派な栗だ。
『お店を続けてください。あなたのお菓子のファンより。』
 そうメモが添えられていた。
 店主は涙を浮かべて栗を握りしめ、頭を下げた。
 元気を取り戻した店主は早速栗の皮をむき始めた。


 アンジェリーノが数日休んだだけですぐに店を再開したことに幾つかの店は驚愕した。今年はあの店に栗が届かないという噂を聞いており、みな強気の価格設定で販売していたのだ。
 結果、人は皆、値段が良心的で美味しくて王家の御用達のアンジェリーノに買いに行く。
 逆に真似をした店の菓子は売れ残った。

 そんな時、
「おい、ここで買った菓子に虫が入っていたぞ。どうしてくれる!」
 子爵家の使用人がそういってアンジェリーノに入ってきた。
 わざと他のお客がいるところで大きな声でいう。
「そんなはずはありません!。うちは完全に締め切って作っておりますし、一つづつ点検して店に出しております。」
「嘘だというのか?うちは子爵家の者だ、貴族がそんなあさましいことをするはずがないだろう!なんだこの店は客をたかりか何かだと言いがかりをつけるのか?」
 他の客たちが困惑して出て行こうとする。

「おじさん、証拠があるの?言いがかりっておじさんの方じゃないの?」
 そこに女の子が口を挟んだ。
「お嬢ちゃん、君には関係ないよ。大人の話に口を挟むな。」
「大人?どこ?証拠もなく店先で大声でわめくのが大人?ただのたかりか、物の道理の分からない子供にしか見えないんだけど・・・この人の保護者、どこかにいらっしゃいますか~?」
 少女はわざとらしくまわりに声をかける。
「なんだ?!お前は!」
 子爵の使いという男がその少女に手を伸ばそうとしたとき、少し後ろにいた護衛がその男の手をねじりあげる。
「私は子爵家の使いだぞ?!」
「なら、子爵家の恥にならないように気をつけるがいい。私はユリ公爵家の者です。お嬢様に危害を加えようとしたと突き出してもよろしいのですよ。」
 レオは冷たく言い放つ。
「な!ユリ公爵?」
 レオはカティが魔法でこの男を吹っ飛ばすのではないかと焦り、慌てて口を挟んだのだった。

 そして、カティ様、よろしいですか?と声をかけてカティを抱き上げる。
「ええ。この方はユリ公爵家のご令嬢です。このアンジェリーノはこの方が大切に思っている店です。何度も視察をして衛生面、管理面ともに完璧にされている事を保証しますよ。」
「視察・・・だと?」
「ええ。懇意にしている王家にお持ちしている物ですから。管理を気に掛けるに決まっているではありませんか。バカなの?いえ・・・こほん。それでそちらは何か証拠をお持ちですか?ここで買った証拠は?それに入っていたという証拠は?あなたがたかりじゃないという証拠は?ああ、貴族というのはなんの証明にもなりませんよ。見るからに小物感あふれ・・いえ、なんでもありません。」
 レオに抱かれたカティが、時々伝えたいセリフを耳元でレオに伝えている。
 本当ならカティ自身まくし立てたいところだったが、悪目立ちはしてはいけないとレオから厳しく指導されている。
 じゃあ、腹話術の人形になって!というわけでこういう場面が多々あり、少々レオは後悔している。

 たかが6歳ほどの子供に馬鹿にされ、お付きの男には言い負かされる。男ははらわたが煮えくり返る程腹が立った。しかし、相手は公爵家。そして店内の客ばかりか外からも見物客が注目している。
 このままではこちらの分が悪い。
「ああ、いや・・・うちのメイドが勘違いをしたのかもしれない。確かめてくるとしよう。」
 公爵家相手に礼儀も言葉使いも全くなっていない小物感あふれる男が、そのまま帰ろうとするのでカティが声をかける。
「大人なら謝るよね。まさか言いがかりをつけてそのまま帰ろうなんて・・・子供じゃないんだもん。ね?おじさん。」
 レオに抱かれたカティはにやにやと、馬鹿にしています!という顔で男を見る。
「・・・っ!店主、すまなかったな!くそがきが!」
 最後に小さい声で捨て台詞を吐いて男は出て行った。

 アンジェリーノの店主は感極まったようにカティとレオに頭を下げた。
「カティ様!ありがとうございます!カティ様がいらっしゃらなかったら・・・今度こそうちは潰れていたかもしれません。」
 店の客たちも安心して栗のお山を買っていく。
 それを見てカティは安心し、店を後にしたが、
「ふふふ、くそがき・・・だって。」
「カティ様、自重してくださいよ。お願いしますよ。」
 不敵に笑うカティにレオは懇願した。

 その夜、アンジェリーノの裏手に炎が上がった。
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