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今度こそ

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 それからも二人の交流は続き、一年ほどして、アルフォンスとセシルは婚約した、

 何気ない会話を積み重ね、安心と信頼を与えてくれた誠実なアルフォンスのおかげで、セシルの心の傷は少しづつ癒えていった。
 お互いの事情を知り、人の怖さも、受ける傷の深さも良く知っている二人。それでも乗り越えてきた二人は、互いを尊重し、大切に思うようになった。
 そしてアルフォンスはセシルに求婚した。

 だが子爵家から籍が抜けていないとはいえ、自分は平民のつもりだからとセシルは、一度は断った。
 セシルにとってもアルフォンスは大切な相手になっていた。
 それでも侯爵家を継ぐアルフォンスの足手まといにはなりたくない。今のようにこうしてときどき話をする関係でいい。
 アルフォンスが結婚したらそれさえ失ってしまうけど・・・それでもその方がいい。

「シル。私は、結婚はしないと宣言していた。親戚から養子をとることに父も了承しているんだ」
「え? どうしてですか?」
「・・・母というものに・・・女性そのものに嫌悪感を抱いていたから。でもシルと出会って私の気持ちも変わった、あなたと過ごしたいと思った。」
「アルフォンスさま・・・」
「だから父は反対しない。私が結婚をする気になった・・・それだけできっと喜んでくれる」

 だが、問題はそれだけではないのだ。
 下位貴族から高位の貴族に嫁ぐというのは大変な苦労があるのだ。そもそも教育課程やマナー、学ぶものからして違ってくる。
 夫人として社交界に出るなら、教養として様々なものを周知の上で魑魅魍魎の中で上手く立ち回らなければならない。
 アナベルの事で世間を騒がせたシャリエ家の人間を、しかも家出して平民同然のセシルと婚姻するなど、ヴァロワ家の恥にしかならない。

「そんなこと言うのなら、私の母だって罪人だよ。公にならなかっただけだ。たしかに、結婚すれば社交の事も夫人としての立場や仕事などたくさん苦労があると思う。だが、内情は話した通り、高位貴族として胸を張れるようなうちではない。社交はしなくていい、執務補助や使用人たちに対する教育・管理だって専門家を雇う。私の側にいて欲しいだけだ、あなたもそれを望んでくれるならすべての憂いをはらして見せる。」
 アルフォンスの熱い求婚にセシルは頷いたのだった。

 その夜、ルルが大泣きをしてふたりでココアで乾杯をした。



 セシルはアルフォンスと侯爵家を訪れた。
 アルフォンスの父、ヴァロワ侯爵に招かれたのだ。
 セシルは、侯爵家の使用人たちやヴァロワ侯爵にも冷たい態度を取られると覚悟をしていたが、皆優しく迎え入れてくれた。
 一時期、心を完全閉ざし、結婚など絶対にしないと言っていた、大事な坊ちゃんが初めて好意を抱いた女性を連れてきたと、執事はじめ何人かが涙ぐんで迎えてくれた。
 アルフォンスは恥ずかしそうに、やめてくれと言いながらもその表情は可愛らしくて思わずドキッとしてしまった。

 ヴァロワ侯爵からは、最初にすべて事情を知っていると言われた。
 牽制かと思ったが、だから何も心配しなくても良いと言って下さった。アルフォンスの心に寄り添ってくれてありがとうと。
 それはこちらのセリフですとセシルは涙ながらに応え、ヴァロワ侯爵へ嫁ぐことへの不安は薄れていった。

 こうしてセシルは幸せな日々を過ごしてはいたが、ふいに昔の事が頭をよぎる。
 ここまできてまた裏切られるかもしれないという不安。またアナベルや義母が何かしてくるかもしれないと不安にさいなまれる。
 アルフォンスは多忙で、そう毎日店に顔を出すことは出来ない立場である。当たり前だと分かっているが、もしアナベルに誘惑されていたら、アナベルでなくとも誰かと会っていたら・・・どうしても過去のトラウマがセシルを苦しめる。

 だが、それは自分が乗り越えなければならない事でアルフォンスに泣き言をいうわけにはいかなかった。それはアルフォンスを信じないということになってしまうから。
 だから、セシルは不安になるとアルフォンスからもらったお守りを一人握りしめて、心を落ち着けていた。

 しかし、アルフォンスはそれに気がつき、すぐに一緒に暮らそうと言ってくれた。
 セシルの胸に渦巻く灰色の塊が不安とともに消えさり、温かいものが胸を満たした。しかし、ルルの店は二人で頑張って成り立っている店なのだ。セシルが抜けると切り盛りが難しい。
 かといってアルフォンスの屋敷から歩いて通うのには遠い上に、警備上の問題が出てくる。次期侯爵夫人というだけで格段に危険度が増すのだ。

 アルフォンスがそう言ってくれただけで、セシルはもう十分だと言った。
 それでも、アルフォンスは護衛と侍女を付け、新しい従業員が見つかるまでルルの店で仕事が続けられるように手配をしてくれた。
 セシルはアルフォンスの思いやりのおかげで、呪縛からようやく解放されるように感じた。
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