所詮私は他人でしたね でも対価をくれるなら家族の役割を演じてあげます

れもんぴーる

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懸念

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 マルクとシルの付き合いは順調に進んでいた。
 ほとんど毎日ご飯を食べに来てくれるマルク。
 休みの日は一緒に出掛けることも増え、セシルは少しづつマルクに心を許すようになっていった。
 自分がサミュエルの妹で貴族だと分かった後も事情を聴かずにそっとしてくれていた。そのことがセシルは嬉しく、マルクへ信頼を寄せていった。
 それにあれからサミュエルも店に顔を出さなくなり、セシルは何の憂いもない日常を送っていた。

 でもセシルには一つだけ懸念があった。
 ゲームでは、マルクと結ばれたのはアナベルなのだ。
 マルクと付き合い始めてしばらくしてからそのことを思い出し不安になった。もっともこうして自分が断罪されずにいるということは、もうゲームが終了した世界でもう大丈夫なのかもしれないけれど。

 そんなある日、マルクから子爵家へ招待された。
「え? 私を?」
「うん、両親が君に会ってみたいって。」
「でも私平民だよ?ご両親にお会いできないわ。」
「大丈夫だよ。父はそんなこと気にしていないから。俺がその・・・好きな人がどんな子なのか気になってるだけだよ。」
 照れ照れして言うマルクに、セシルも思わず笑顔になり承諾したのだった。

 そして子爵家の御茶会に招待され、緊張にがちがちになって行ったが、マルクの両親は平民と馬鹿にすることもなく優しく受け入れてくれたのだった。
 マナーがいいと褒められたのには焦ったが、それ以外は楽しく話をし、騎士しかできない愚息だが今後ともよろしく頼むと二人の仲も認めてくれたのだった。

「ほら、大丈夫だっただろ?」
「うん、とっても緊張していたのだけど皆さん優しくてよかった。いいご両親ね。」
 セシルはほんの少し寂しそうに笑った。
 そんなセシルの手をぐっと握ると、
「シル、俺と結婚してほしい。」
「マルク様・・・」
「結婚したら俺は家を出る。騎士として身を立ててシルと二人で暮らしたい。家族になろう。」
 セシルは目からぽろっと涙を落としてコクリとうなづき、そんなシルにマルクはそっと口づけをしたのだった。

 それ以来、何度か子爵家にも遊びに行き、マルクの両親や兄たちとも交流を持った。
 貴族のように婚約式を行い正式な書類を交わすことはなかったが、マルクとセシルは婚約者として仲良く過ごしていた。



 そんな時、騎士団で行われた慰労会にセシルも招待された。
 日夜命を懸けて国を守ってくれている騎士たちを慰労するパーティにはそれぞれが家族や恋人を連れてきている。
 いつもと違い、騎士の礼服に身を包んだマルクは何割か増しで恰好よく見える。
「マルク様、とても素敵です。」
「ありがとう。シルもすごく可愛いよ。」
 二人で褒め合っていると、褒賞を胸にたくさんつけた明らかに階級が上の騎士が近づいて来た。
「総団長!」
 マルクは上官に敬礼をし、シルはその隣で頭を下げようとしたが、その顔を見てびくっと身を震わせた。
 そんなシルの様子に気がつかないマルクは上官のアルフォンス・ヴァロワに嬉しそうにシルを紹介した。
「総団長、私の婚約者のシルと言います。シル、こちらは私が所属している第二騎士団だけでなく、第一から第五騎士団すべてを取りまとめる総騎士団長だ。」
 シルははっとして、頭を下げた。
「シルと申します。いつも国民をお守りくださりありがとうございます。」
 それだけ言うのが精いっぱいだった。

 以前、夜会である令息に絡まれていた所を助けてくれ、兄と合流するまで護衛をしてくれたあの時の騎士。まさかマルクの上官だったとは・・・
 もしかしたら自分がセシルだと気がつくだろうか。何年も前で、ただ一度だけあった自分の事など忘れていてくれたらありがたい。
「初めまして、シル嬢。どうぞ、本日の会をお楽しみ下さい。」
 そう言って去っていくアルフォンスにシルはほっとした。

 その横でマルクが不思議そうに
「総団長から直接声かけられるなんて緊張したよ。」
「仲がいいのじゃないの?」
「まさか、第二騎士団長ならともかく総団長なんて話す機会なんてないよ。」
「もしかしたらマルク様を認めてくれてるんじゃない?」
「ええ?そうだと嬉しんだけどな。」
 ははっとマルクは笑ったが、セシルは内心ドキドキしていた。
 幸い初対面を装ってくれたけど、あの視線はおそらく気がついていた。そしてきっとセシルだと気がついたから声をかけてきたのだろう。
 何かを察して知らないふりをしてくれたアルフォンスに感謝した。


「シル、両親が一緒に食事をどうかって。」
「うん、ありがとう。」
 いつものように子爵家に招かれ、食事を終えた後、紅茶を飲みながら子爵が二人の将来について尋ねてきた。
「マルク、それでいつ頃二人は結婚するつもりなんだ?」
「もう少し騎士団で頑張ってからと思ってる。出来れば第一騎士団に移動して、遠征がない仕事につきたい。シルを安心させたいから。」
 その言葉に、セシルは嬉しくて思わず顔がほころんだ。
「そうか、頑張ると言い。だが結婚の準備もあるし、そろそろシル嬢の御父上ともお会いしたいと思うのだがどうだろうか。」
 幸せな気分でいたところに爆弾を落とされた気分だった。
「あ・・・あの?」
「婚姻を結ぶ以上、きっちりとしておきたいのでね。子爵に手紙を差し上げてまずは婚約の話をしようと思うのだが、面会の時はシル嬢も屋敷に戻るだろう?」
 子爵夫妻はニコニコと好意で言っているのか、そこに何か含みがあるのかわからない顔をしていた。

「も、申し訳ありません。その話はまた今度にさせていただいてよろしいでしょうか。」
 突然の話に、うまい言い訳も見つからず、マナー違反だと分かっていながらシルは逃げるようにお茶の席から立ち去った。

「シル、ごめん!今日のこと知らなかったんだ!まさかあんなこと言うなんて・・・」
 セシルを追いかけてきたマルクが謝って来た。
「今日は帰るわね。送ってくれなくて大丈夫だから。」
「シル!」
 マルクからも距離をとるようにセシルは速足で玄関に向かった。
 いつも食事をした後、二人でゆっくりしてからマルクが送ってくれるのだが、そのどちらもシルは拒否をした。一人になって気持ちを整理したい。
 話も聞かず、玄関に向かおうとするセシルにマルクは
「・・・わかった、じゃあ送っていく。」
「本当に大丈夫だから。」
「駄目だよ。一人で帰るなんて危ない。」
「・・・わかった。」
 セシルはあきらめてマルクに送ってもらうことにした。

 マルクはそっと手をつないできたが、咄嗟にその手を払ってしまった。
 無意識のその行動にセシル自身驚いた。
 そんなに自分は傷ついていたのだと初めて思い至った。
「・・・ごめんなさい。」
「・・・いや。」
 ショックを受けたような顔をしながらマルクは、
「ごめん、シル。今日の事は知らなかったんだけど・・・前にシルがシャリエ子爵令嬢だって言ってしまったんだ。」
「そう。」

 そういう事だったのだ。
 平民であるシルにあんなに優しくしてくれたのは、実は貴族令嬢だと知っていたから。自分ひとり、シルとして認められたのだと喜びさぞかし滑稽だっただろう。マルクはそれを見てどう思っていたのだろう。
 籍があるとはいえ、自分はもうあの家とは無縁で生きていくつもりだったのだ。貴族同士の結婚を求められるなら——

「勝手に話してしまってごめん。なにか事情があると知っていたのに・・・。でもサミュエルもシルの事をすごく気にかけているんだ。憎み合っているわけではないんだろ? 気まずいだろうけど結婚を機会に仲直りが出来たらいいと思ってる。」
 マルクは善良な人間だ。私の事やサミュエルの事を心配してくれている。家族としてやり直せる機会があるのなら、力になってくれるつもりなのだろう。
 きっと話合えば理解し合えると思っている。
 シャリエ子爵もサミュエルも自分の恥、家門の恥になるようなことは言わないし、自分も言いふらすつもりはない。だからアナベルが実の娘ではなかったということと、セシルがアナベルをいじめていたということは事実無根だったということくらいしか世間は知らない。

 それでもいつかマルクには真実を告げようと思っていたのだ。
 アナベルは本当の娘だったこと、彼女にいじめられていたこと、家族からも信用されずひどい扱いをされ、死ぬまで追い詰められたこと、そしてアナベルにも母にも殺されかけた事を伝え、家族としてやり直すなど不可能なことをわかってもらうつもりだった。
 でも言わないでよかったのだ。
 打ち明けていれば、それが子爵夫妻に伝わり、今頃社交界で面白おかしく噂されていたかもしれない。マルクがどういう経緯で自分の事を親に話したのかはわからないが、子爵令嬢だということを誰にも知られたくないという気持ちをわかってはもらえていなかった。

 乳白色のミルクのなかに、ティースプーン一杯分のコーヒーを加えたら混ざり合ってもう元の純粋なミルク色には戻れないように、セシルの心の中に落とされたわずかな翳は確実にセシルの心に溶け込んだのだった。

「うん、考えておく。ありがとう。」
 何かもやもやを抱えながらもセシルはマルクにそう言った。
 マルクはほっとしたように
「許してくれる? 勝手にシルの事を親に話したこと。」
 許せるかと言われれば許さないとしか言えないが、今更何を言っても取り返すことが出来ないのだから仕方がない。
「いつか、告げないといけない事だから。」

 ただ、それは今じゃなかった。
 やっとあの作り物めいた家族ごっこから解放されたのに。
 この平和な日々が続けばいつか本当に受け入れられる日が来たかもしれなかったのに。

 そう思ったが、セシルは何も言わなかった。
 そしてその日は、それ以上話が弾まないまま食堂まで送ってもらったのだった。
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