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母
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謝罪ばかりで陰鬱な父達が退出し、胸の内で今後の方針を考えていたとき、姿を見せないなと思っていた母親が部屋に入ってきた。
遅ればせながら母も謝りに来たのだと思ったが。
「セシル・・・アナベルがあなたを階段から突き落とそうとしたなんて嘘よね?あなたがアナベルをつきおとそうとしたのでしょう?実の子が憎かったんでしょう?」
(ああ・・・そうか。この人だけは納得できなかったのか)
やっと帰ってきた可愛い我が子が卑怯な犯罪者だと受け入れられないのだろう。
養女のセシルこそが罪人であって欲しいのだ。
「なんとかいいなさい!お前が・・・お前がいなければアナベルがあんなことをしなくて済んだのよ!お前のせいよ!あの日死んでいれば私たちは親子そろって幸せになれたのに!お前の事は許さないわ!」
自分が養女だと気がつかなかったほどかわいがってくれていた母が、人が変わったようにセシルに憎い目を向けてくる。
セシルは胸の奥がズキンと痛む。
でもそれはお互い様だと思った。こんなことになるのなら養女などにしてほしくなかった。物心のついていない幼い自分を連れてきたのはそっちではないか。
(ほんと・・・理不尽。)
家族として過ごしてきた十数年は何の意味をなさなかった。血が繋がっているという娘を助けたいあまり、ここまでなるんだ。
セシルがはっきり冤罪と分かってなお、母はアナベルだけをかばいセシルを傷つけ続ける。
(少しくらいは謝ってくれるかもと思っていたけど。これは慰謝料追加案件だわ。傷つけられるごとに生活資金が溜まるという・・・)
胸の中に沸き起こるマイナス感情を、慰謝料に置き換えることの悲しい滑稽さに思わず笑うのだった。
頭の中でいろいろ考えていたせいで母を完全に無視をする形になってしまったセシル。
「何とか言いなさい! 自分がやったといいなさい!」
母を無視してアナベルをかばわないセシルに、激高した母はセシルの首に手をかけながら大きく揺さぶった。
そこに、父が飛び込んできて、暴れる母を部屋の外へと連れだした。
真っ青になったメイドがセシルの側に跪き、
「お嬢様、大丈夫ですか?奥様の様子がおかしいので旦那様にお知らせしたのです。まだお嬢様はお身体が完全ではないというのに・・・なんてお労しい。」
そう言って悲しんでくれた。
このメイドは最近子爵家に来たばかりのまだ若い子だった。
家族や他の使用人に冷遇されていた時も、皆に染まっていない彼女だけはきちんとして世話をしてくれていた。
「・・・ありがとう。」
「お嬢様!」
目が覚めてから初めて言葉を発したことにメイドのコナは喜んでくれた。
(いいのよ、コナ。殺人未遂がもう一つ追加。また慰謝料爆あがりなんだから!)
慰謝料案件が増えていくということは、セシルが大切に思われていない証左だ。
心がどんどん冷えていく。そして心が定まった。
もう彼らは自分の家族ではない。初めから家族ではなかったのだから。
そう、割り切るとどこかすがすがしい思いだった。
しばらくして部屋にやってきた父は憔悴しきった顔でセシルにまた詫びた。
「・・すまなかった。あの二人は領地で幽閉することになる。」
父は苦渋の表情を浮かべてそう言った。
「・・・殺されかけたお前は納得できないだろうが、許してくれ。」
父も幼いころに攫われ人生を歪められた娘が哀れで仕方がないのだろう。そして、可哀そうな娘を想うあまり常軌を逸してしまった妻の気持ちも分かるに違いない。
だから今回の事は公に罰されることなく、二人を領地に押し込めることで片を付けるようだ。
アナベルの人生を哀れに思う気持ちはセシルにもよくわかる。父も本当は手元に置きたかったはずだ。
「・・・シャリエ子爵、そんなことをしなくても大丈夫です。ご家族四人でここで暮らしてください。私は体調が戻るまではお世話になりますがすぐに出て行きますから」
シャリエ子爵はセシルが父と呼ばなかった事と、出て行くという言葉にひどくショックを受けたような顔でセシルを見た。
「・・・そんな事を言わないでくれ。セシルは私の大切な娘だ。あの二人にはしっかりと罰を与えるから許してほしい。」
(二人に罰って・・・そりゃ二人には殺されそうになったけど。でもあなたと兄にも精神的虐待受けましたよ?今更謝ったって恩赦はありませんよ?慰謝料びた一文まけるつもりはありませんよ?)
もう縋れる物はお金しかないと思ったセシルは、この機会に慰謝料の事をはっきり伝えておこうと思った。
「いえ、もう二度と会わないのでどうでもいいです。ただ慰謝料をお願いします。命を二度も奪われそうになったのですから。それから勝手に養子として連れてこられて、邪魔になったら命を奪われる。それに対しての慰謝料を上乗せするとなると・・・金額の詳細はまた後で算出しますが、きっちりと支払っていただきますね」
少し前のめりで慰謝料の話をしてしまったせいか、ちょっと父親が引いている気がする。
けど私の人生がかかってる。されたことを思えば退くことも遠慮することもない。この家を出て行く以上、お金だけが頼りなのだから。お金だけは裏切らないから。
「セシル・・・本当に済まないと思っている。だがお前を邪魔なんて思っていない、慰謝料など他人行儀なことを言わないでくれ。家族として償わせてほしい。」
「いえ、ここはきちんとしてください。殺人未遂ですよ? 本来なら通報して家門がお咎めされる案件ですよ? なあなあでは済む問題ではありません。でもまあここまで育ててもらった恩はありますので・・・アナベルをいじめた云々に対する冤罪に関しては相殺としてもいいでしょう。だけど精神的苦痛、殺人未遂二件などなどに対する慰謝料はきっちりと払ってもらいます。もちろん婚約者のオベール家からも使用人たちからもね。一人で生きていくには資金が必要なのですから。」
父はこの間まで何を言われても冤罪をかけられても言い返すこともなかった十四歳のセシルが、急にお金に細かいやり手弁護士のようなことを言い始めて戸惑っているようだ。
大昔に借金取りに軟禁されて以来、お金のありがたみと大切さは身に染みている。といっても、父の借金のせいでほんのひと時恐いお兄さんに部屋に居座られただけだったが。
「・・・セシル。お前にひどい言葉をぶつけた。私を許せないと思うのも無理はない。だが血のつながりなど関係はない、私はお前の事をこの十数年本当の娘だと思ってきた。ただ・・・もう死んだと思っていた娘が生きていのかと有頂天になってしまったんだ。私も妻も。」
「・・・いえ。それは当然でしょう。誘拐された娘が生きていた、どんなに嬉しかったか。盲目になるのも無理はないと思います。」
「・・・許してくれるか?」
「理解は出来ます。でも十数年一緒にいた私の言葉は一言たりとも信じてもらえませんでした。耳を傾けてくれることでさえ・・・そんなものなのです。血のつながりというものはあなた方にとってそれだけ大切なものなのでしょう。今後もそれは変わりませんし、他人の私は自衛のためにも資金が必要なのです。」
「すまない。アナベルが・・・そんな嘘を言うなど考えてもみなかったのだ。」
「・・・私は嘘をつくと思っていたという事でしょう。だから無理して家族を続ける必要はありません。ですから慰謝料も当然いただくつもりですが、住まいと仕事を紹介していただけるとありがたいです。」
「セシル・・・。頼む、家族としてやり直させてほしい。本当に後悔している。お前がどれだけ優しくて素直でいい子なのかを知っている。大切な娘として愛しているんだ。」
本当にそう思ってくれているかもしれないけど、あんな仕打ちの後では悪いけど何一つ心に染みない。
死んでいると思った娘が生きていたと知り、もろ手を上げて喜ぶのは当たり前だ。可哀そうな娘をこれまでの分、幸せにしてやりたいという思いでいっぱいだったのもわかる。娘が戻ってきて皆でこれまで以上に幸せになれる、そう思っていたはず。
まさかその娘が嘘をついて、妹を排除しようとしているなど思わないだろう。
彼らの気持ちはよくわかる。彼らも心を蹂躙された被害者だ。
でも私にとっては加害者。
これまでの恩は感じている。優しかった両親、大好きだった兄。
でもすべて過去の話。
今更なのだ・・・傷つけられた心は二度と元には戻らない。いつまたそちらの都合で捨てられるのかわからないのだから。
この家にこのまま居続けるつもりはないことだけは確かだ。
遅ればせながら母も謝りに来たのだと思ったが。
「セシル・・・アナベルがあなたを階段から突き落とそうとしたなんて嘘よね?あなたがアナベルをつきおとそうとしたのでしょう?実の子が憎かったんでしょう?」
(ああ・・・そうか。この人だけは納得できなかったのか)
やっと帰ってきた可愛い我が子が卑怯な犯罪者だと受け入れられないのだろう。
養女のセシルこそが罪人であって欲しいのだ。
「なんとかいいなさい!お前が・・・お前がいなければアナベルがあんなことをしなくて済んだのよ!お前のせいよ!あの日死んでいれば私たちは親子そろって幸せになれたのに!お前の事は許さないわ!」
自分が養女だと気がつかなかったほどかわいがってくれていた母が、人が変わったようにセシルに憎い目を向けてくる。
セシルは胸の奥がズキンと痛む。
でもそれはお互い様だと思った。こんなことになるのなら養女などにしてほしくなかった。物心のついていない幼い自分を連れてきたのはそっちではないか。
(ほんと・・・理不尽。)
家族として過ごしてきた十数年は何の意味をなさなかった。血が繋がっているという娘を助けたいあまり、ここまでなるんだ。
セシルがはっきり冤罪と分かってなお、母はアナベルだけをかばいセシルを傷つけ続ける。
(少しくらいは謝ってくれるかもと思っていたけど。これは慰謝料追加案件だわ。傷つけられるごとに生活資金が溜まるという・・・)
胸の中に沸き起こるマイナス感情を、慰謝料に置き換えることの悲しい滑稽さに思わず笑うのだった。
頭の中でいろいろ考えていたせいで母を完全に無視をする形になってしまったセシル。
「何とか言いなさい! 自分がやったといいなさい!」
母を無視してアナベルをかばわないセシルに、激高した母はセシルの首に手をかけながら大きく揺さぶった。
そこに、父が飛び込んできて、暴れる母を部屋の外へと連れだした。
真っ青になったメイドがセシルの側に跪き、
「お嬢様、大丈夫ですか?奥様の様子がおかしいので旦那様にお知らせしたのです。まだお嬢様はお身体が完全ではないというのに・・・なんてお労しい。」
そう言って悲しんでくれた。
このメイドは最近子爵家に来たばかりのまだ若い子だった。
家族や他の使用人に冷遇されていた時も、皆に染まっていない彼女だけはきちんとして世話をしてくれていた。
「・・・ありがとう。」
「お嬢様!」
目が覚めてから初めて言葉を発したことにメイドのコナは喜んでくれた。
(いいのよ、コナ。殺人未遂がもう一つ追加。また慰謝料爆あがりなんだから!)
慰謝料案件が増えていくということは、セシルが大切に思われていない証左だ。
心がどんどん冷えていく。そして心が定まった。
もう彼らは自分の家族ではない。初めから家族ではなかったのだから。
そう、割り切るとどこかすがすがしい思いだった。
しばらくして部屋にやってきた父は憔悴しきった顔でセシルにまた詫びた。
「・・すまなかった。あの二人は領地で幽閉することになる。」
父は苦渋の表情を浮かべてそう言った。
「・・・殺されかけたお前は納得できないだろうが、許してくれ。」
父も幼いころに攫われ人生を歪められた娘が哀れで仕方がないのだろう。そして、可哀そうな娘を想うあまり常軌を逸してしまった妻の気持ちも分かるに違いない。
だから今回の事は公に罰されることなく、二人を領地に押し込めることで片を付けるようだ。
アナベルの人生を哀れに思う気持ちはセシルにもよくわかる。父も本当は手元に置きたかったはずだ。
「・・・シャリエ子爵、そんなことをしなくても大丈夫です。ご家族四人でここで暮らしてください。私は体調が戻るまではお世話になりますがすぐに出て行きますから」
シャリエ子爵はセシルが父と呼ばなかった事と、出て行くという言葉にひどくショックを受けたような顔でセシルを見た。
「・・・そんな事を言わないでくれ。セシルは私の大切な娘だ。あの二人にはしっかりと罰を与えるから許してほしい。」
(二人に罰って・・・そりゃ二人には殺されそうになったけど。でもあなたと兄にも精神的虐待受けましたよ?今更謝ったって恩赦はありませんよ?慰謝料びた一文まけるつもりはありませんよ?)
もう縋れる物はお金しかないと思ったセシルは、この機会に慰謝料の事をはっきり伝えておこうと思った。
「いえ、もう二度と会わないのでどうでもいいです。ただ慰謝料をお願いします。命を二度も奪われそうになったのですから。それから勝手に養子として連れてこられて、邪魔になったら命を奪われる。それに対しての慰謝料を上乗せするとなると・・・金額の詳細はまた後で算出しますが、きっちりと支払っていただきますね」
少し前のめりで慰謝料の話をしてしまったせいか、ちょっと父親が引いている気がする。
けど私の人生がかかってる。されたことを思えば退くことも遠慮することもない。この家を出て行く以上、お金だけが頼りなのだから。お金だけは裏切らないから。
「セシル・・・本当に済まないと思っている。だがお前を邪魔なんて思っていない、慰謝料など他人行儀なことを言わないでくれ。家族として償わせてほしい。」
「いえ、ここはきちんとしてください。殺人未遂ですよ? 本来なら通報して家門がお咎めされる案件ですよ? なあなあでは済む問題ではありません。でもまあここまで育ててもらった恩はありますので・・・アナベルをいじめた云々に対する冤罪に関しては相殺としてもいいでしょう。だけど精神的苦痛、殺人未遂二件などなどに対する慰謝料はきっちりと払ってもらいます。もちろん婚約者のオベール家からも使用人たちからもね。一人で生きていくには資金が必要なのですから。」
父はこの間まで何を言われても冤罪をかけられても言い返すこともなかった十四歳のセシルが、急にお金に細かいやり手弁護士のようなことを言い始めて戸惑っているようだ。
大昔に借金取りに軟禁されて以来、お金のありがたみと大切さは身に染みている。といっても、父の借金のせいでほんのひと時恐いお兄さんに部屋に居座られただけだったが。
「・・・セシル。お前にひどい言葉をぶつけた。私を許せないと思うのも無理はない。だが血のつながりなど関係はない、私はお前の事をこの十数年本当の娘だと思ってきた。ただ・・・もう死んだと思っていた娘が生きていのかと有頂天になってしまったんだ。私も妻も。」
「・・・いえ。それは当然でしょう。誘拐された娘が生きていた、どんなに嬉しかったか。盲目になるのも無理はないと思います。」
「・・・許してくれるか?」
「理解は出来ます。でも十数年一緒にいた私の言葉は一言たりとも信じてもらえませんでした。耳を傾けてくれることでさえ・・・そんなものなのです。血のつながりというものはあなた方にとってそれだけ大切なものなのでしょう。今後もそれは変わりませんし、他人の私は自衛のためにも資金が必要なのです。」
「すまない。アナベルが・・・そんな嘘を言うなど考えてもみなかったのだ。」
「・・・私は嘘をつくと思っていたという事でしょう。だから無理して家族を続ける必要はありません。ですから慰謝料も当然いただくつもりですが、住まいと仕事を紹介していただけるとありがたいです。」
「セシル・・・。頼む、家族としてやり直させてほしい。本当に後悔している。お前がどれだけ優しくて素直でいい子なのかを知っている。大切な娘として愛しているんだ。」
本当にそう思ってくれているかもしれないけど、あんな仕打ちの後では悪いけど何一つ心に染みない。
死んでいると思った娘が生きていたと知り、もろ手を上げて喜ぶのは当たり前だ。可哀そうな娘をこれまでの分、幸せにしてやりたいという思いでいっぱいだったのもわかる。娘が戻ってきて皆でこれまで以上に幸せになれる、そう思っていたはず。
まさかその娘が嘘をついて、妹を排除しようとしているなど思わないだろう。
彼らの気持ちはよくわかる。彼らも心を蹂躙された被害者だ。
でも私にとっては加害者。
これまでの恩は感じている。優しかった両親、大好きだった兄。
でもすべて過去の話。
今更なのだ・・・傷つけられた心は二度と元には戻らない。いつまたそちらの都合で捨てられるのかわからないのだから。
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