アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる

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献杯

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 公爵邸に戻るとナリスはまとわりつくフェリクスを振り切って自室に戻った。
 メイドにワインの用意を命じるとソファーに座り込み、流れ出ようとする涙を自分の腕で押さえつけた。


 アンヌが消えてしまった。こんなあっけなく。別れの言葉も何もなく。
 いつか話していたように。
 意識を失ったことをきっかけに、戻って来たアンジェリーヌと入れ替わったのだろう。そして彼女の人生をこれから見守っていくのだろう、アンヌが頑張って手に入れたあるべき形の人生を。
 これからアンヌは誰にも知られず、存在すら知ってもらえることもなく、話すことも自由に歌うこともできずに彼女の人生を見守るだけ。
 もうあの歌を聞くことも、楽しく話すことも、幸せにするという約束も果たすことが出来なくなった。
 ナリスはワインを空間に掲げ、一人アンヌの事を想い献杯を捧げたのだった。

 日頃それほど飲まないワインを、悲しみを忘れるように喉の奥に流し込んでいると扉がどんどんと叩かれた。
「・・・」
 ぼんやりした頭で扉を見たが、ナリスは反応することなくグラスを空けた。
「ナリス‼ 入るぞ!」
 メイドか執事かと思ったが、父親が勢い良く入って来た。
 そしてナリスの珍しい姿に驚いたのか、足を止めた。
「大丈夫か? 酔っていないか?」
「・・・なんですか?」
 ひとり、アンジェリーヌを悼む時間を邪魔されたくなかった。
「こんな時間に王家からの呼び出しだ」
「私にですか? 一体何の・・・今日は申し訳ありませんがお断りします」
「断れるわけがないだろう。ヴァランティーヌ王女の事でどうしてもお前に来て欲しいとのことだ」

 ナリスは、ぼんやりとした頭で、アンヌがいなくなった今、王女に歌を聞かせることももう出来なくなったなと考えた。
 (アンヌ・・君の歌が聞きたい・・・)
 王家の呼び出しにさえ応える気力を失ったナリスはまたグラスにワインを注ごうとした。
 公爵はその手を掴んでやめさせると、
「王女が! 自らお前に会いたいとおっしゃったのだ! あのヴァランティーヌ王女がだぞ!」
「・・・。え? ティティが?」
 ようやくナリスは父の言葉に反応を見せた。

「そしてまた変装して劇場に連れて行ってくださいと・・・どういう意味かは分からぬが、急に普通に話して動き出した王女に両陛下は動転し、王女の望み通りまずはお前を招聘されたのだ。馬車の用意はしてある。その酒臭さを何とかしてさっさと馬車に乗らんか」
 それでもまだぼんやりしていたナリスだったが、
 (変装? 劇場? ああ、前にアンヌを変装させて劇場に行ったな。そこで彼女の婚約者に出会って・・・アンヌは平民を装って・・・あの時は楽しかったな)
 楽しい日々の事を思い出して自然に顔がほころび、そして涙が出る。

 そんな様子を見て苛立った公爵がナリスの腕を掴んだその時、いきなりナリスが立ち上がった。
「なんで・・・なんでティティがそのことを・・・」
 心配している公爵をよそにナリスは急にしゃっきりとすると服を着替えて、部屋を飛び出していった。

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