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アンヌの覆面デビュー
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アンヌはなぜかロッシュ家の本邸にいた。
実はアンジェリーヌの父ペルシエ侯爵がロッシュ家を訪れた時には、この屋敷のナリスの部屋に身を潜めていたのだった。
この事態に一番戸惑っているのはアンヌ自身だ。
アンヌが別邸を出る事にフェリクスは反対した。
しかし、ペルシエ侯爵にばれるリスクだけではなく、やはり婚約者でも親族でも何でもない自分が世話になっているのも申し訳ないと思っていたのだ。
これまで毎日が楽し過ぎて目を背けていたが、音楽神のまさし様の歌と言えども歌を教えているだけで、衣食住全て面倒を見てもらうのはいくらなんでも甘えすぎだったと反省している。
また仕事を見つけて家を借りるというアンヌに対して、仮にも令嬢だから危険だと止められ、大勢の使用人の中に紛れたらわからないと本邸で働くことを勧められた。しかもナリスの専属侍女。
公爵邸の侍女など、きちんと教育され優秀な成績を修めたものしかできるはずがない。
今のアンジェリーヌは平民オブ平民。無理に決まっている。
「わかっているよ、専属侍女と言っても何も私の世話をしてもらうわけじゃない。アンヌには出かけるときのパートナーや、ここでアッサンの活動を継続してくれればいいから」
「え?」
「まあ、おいおい決めていこうよ。とりあえず気にせず別邸からこちらに移っておいで。本邸なら確実に見つからないから」
という、ひどく軽い感じで決められてしまったのだ。
公爵邸に来ても、正直アンヌに出来る仕事はなく、侍女だというのに使用人たちからは丁寧に扱われる始末。
恐縮してアンヌはせっせと歌を思い出しては書きだしている。最近はまさし様の歌だけではなく、自分が好きだった歌を思い出して書いている。
それを読んだナリスが好みの歌詞を選び、恥ずかしい思いをしながら聞かせるのが唯一の仕事。
毎日、ナリスが目を輝かせて聞き惚れてくれるのが少しうれしくなってくる今日この頃。
ミレーヌが歌い方や姿勢など教えてくれたおかげで昔よりも上手になったと思う。
「ずるい、兄上! アンヌは僕のアンヌなんだから先に歌を聞くのずるいよ!」
「そうだな、しかし彼女は私の侍女だからね」
「そんなの身を隠すためのただの名目じゃないか」
フェリクスはこれまでと違って、自分が一番にアンヌの歌を聞けない事や歌詞を見せてもらえなくなったことが不服だった。
おまけに忙しいミレーヌがなかなか来られない事と高位貴族の本邸にくることを気兼ねすることもあってミレーヌが歌をものにするのもこれまで通りにはいかない。
別邸を出るときにはそこまで思い至らなかったのだ。
「お前も本邸に戻ってくればいいだろう?」
「・・・僕は別邸でいい」
フェリクスは父にまだわだかまりがある。ナリスもあるが、嫡男である以上仕方がないと割り切っている。
「お前がアンヌを本邸で匿って欲しいと言ったんじゃないか」
「そうだけど・・・兄上がそんなにアンヌの歌に興味を持つなんて思わなかったし! アンヌは僕の同志なんだよ、僕が一番アンヌの理解者なんだよ」
「フェリクス様、ありがとうございます。まだ何もできないのですが、こちらでは侍女の仕事教えていただけますし、出来ればこちらで恩を返せたらと思っています」
ここで侍女としてのノウハウを身につければ安心して自立が出来るというものだ。
「何言ってるの? アンヌはもう立派に仕事しているじゃない。M・アッサンという芸術家なんだから他の事考えずに布教活動にいそしまなきゃ。とにかく、兄上。歌の管理は僕がします」
「あ~、わかった、わかった。でも一曲どうしてもお願いがあるのだけど?」
ここの所、ナリスが気に入って何度もリクエストされるのが『マドンナたちのラ〇バイ』。
ナリスには「聖女の子守歌」と伝えているが、この曲がいたくお気に入り。
それを公爵家騎士団の前で披露してほしいと言われた。
「む~。僕知らない」
ふくれるフェリクスの為にサロンに移動してアンヌは歌って聞かせる。
「うわあ、すごい。これ騎士たちが聞いたら泣いちゃうよ・・・」
「そうだろ? 命を懸けてくれる騎士たちのためにあるような歌だ」
「早速ミレーヌに・・・」
「いや、この歌はうちの騎士の為に、彼らだけの為の特別な騎士団歌にしてはいけないだろうか。彼らを慰めるための。だからアンヌに歌って欲しい」
「え?私など・・・よほどミレーヌさんの歌の方が癒されますって!」
「私はアンヌの歌が聞きたいんだ。頼む。いいか? フェリクス」
フェリクスは、最初は少し難しい顔をしていたが、急にパッと笑顔になると
「もう、仕方がないなあ。いいよ、兄上。アンヌがいいなら僕もいい」
フェリクスがにやにやしながらアンジェリーヌを見る。
「いえいえ、無理ですよ? そんな大勢の前で歌うのなんか絶対に無理! それにそこからまた私の正体や居場所がばれたらどうするのですか」
「あ、僕いい事思いついた!」
そういって、フェリクスはろくでもない事を提案するのだった。
そして私はフェリクスが思いついた「いい事」のせいで仮装用マスクを顔の上半分につけ、鬘をかぶり性別不明の竿頭衣のような衣装を着て騎士団の前に立っている。
そして表に出るのは、この騎士団の前だけだという触れ込みでM・アッサンとナリスに紹介された。
そのとたん騎士団からうおぉぉっと叫び声が上がり、歓迎されてしまった。
巷で超有名な、正体不明のM・アッサンが目の前にいるのだ。
その雄たけびに、アンジェリーヌはびっくりしたが、顔を隠している気楽さでぺこりと頭を下げると歌い始めた。
まさし様の盟友、岩崎〇美様の『マドンナたちのララ〇イ』。
深く尊い愛の歌。ほんとの戦士に向かって歌った歌ではないけれど、相手を想う気持ちは同じ。
心を込めて、ロッシュ家の騎士だけでなく、日頃街を守ってくれている騎士たち、戦争があれば命がけで、駆けつけてくれる騎士たちの事を想って歌い始めた。
騎士たちは、この歌に涙した。
強くあれと、身体だけではなく精神面でも強さを求められている騎士達。それに誇りを持ち、誰もそのことを不服には思ってはいない。
いないけれど・・・守っている妻が、恋人が、母がこんなふうに思っていてくれるのなら。命をかけるのも惜しくない。
アッサンの心のこもった歌に幼いころの母のぬくもり、優しい妻や恋人を思い出し、せつないほどの愛情と安らぎを与えてくれた。
歌い終わると盛大な拍手と歓声を浴びた。
その一曲のつもりだったが、あまりにも拍手が鳴りやまずナリスが特別だと言って、M・アッサンの真骨頂の『舞姫』をアンヌにお願いをした。
騎士団の感涙した様子を見て、アンヌももらい泣きし、快くナリスの願いを聞いた。
思わず舞いたくなるようなリズムに、せつない歌詞とメロディ。
ミレーヌの歌としてすでに誰もが知っている有名な歌になっていたが、アンヌの切ない心のこもった歌は騎士たちの更なる涙を誘い、大喝さいを浴びたのだった。
実はアンジェリーヌの父ペルシエ侯爵がロッシュ家を訪れた時には、この屋敷のナリスの部屋に身を潜めていたのだった。
この事態に一番戸惑っているのはアンヌ自身だ。
アンヌが別邸を出る事にフェリクスは反対した。
しかし、ペルシエ侯爵にばれるリスクだけではなく、やはり婚約者でも親族でも何でもない自分が世話になっているのも申し訳ないと思っていたのだ。
これまで毎日が楽し過ぎて目を背けていたが、音楽神のまさし様の歌と言えども歌を教えているだけで、衣食住全て面倒を見てもらうのはいくらなんでも甘えすぎだったと反省している。
また仕事を見つけて家を借りるというアンヌに対して、仮にも令嬢だから危険だと止められ、大勢の使用人の中に紛れたらわからないと本邸で働くことを勧められた。しかもナリスの専属侍女。
公爵邸の侍女など、きちんと教育され優秀な成績を修めたものしかできるはずがない。
今のアンジェリーヌは平民オブ平民。無理に決まっている。
「わかっているよ、専属侍女と言っても何も私の世話をしてもらうわけじゃない。アンヌには出かけるときのパートナーや、ここでアッサンの活動を継続してくれればいいから」
「え?」
「まあ、おいおい決めていこうよ。とりあえず気にせず別邸からこちらに移っておいで。本邸なら確実に見つからないから」
という、ひどく軽い感じで決められてしまったのだ。
公爵邸に来ても、正直アンヌに出来る仕事はなく、侍女だというのに使用人たちからは丁寧に扱われる始末。
恐縮してアンヌはせっせと歌を思い出しては書きだしている。最近はまさし様の歌だけではなく、自分が好きだった歌を思い出して書いている。
それを読んだナリスが好みの歌詞を選び、恥ずかしい思いをしながら聞かせるのが唯一の仕事。
毎日、ナリスが目を輝かせて聞き惚れてくれるのが少しうれしくなってくる今日この頃。
ミレーヌが歌い方や姿勢など教えてくれたおかげで昔よりも上手になったと思う。
「ずるい、兄上! アンヌは僕のアンヌなんだから先に歌を聞くのずるいよ!」
「そうだな、しかし彼女は私の侍女だからね」
「そんなの身を隠すためのただの名目じゃないか」
フェリクスはこれまでと違って、自分が一番にアンヌの歌を聞けない事や歌詞を見せてもらえなくなったことが不服だった。
おまけに忙しいミレーヌがなかなか来られない事と高位貴族の本邸にくることを気兼ねすることもあってミレーヌが歌をものにするのもこれまで通りにはいかない。
別邸を出るときにはそこまで思い至らなかったのだ。
「お前も本邸に戻ってくればいいだろう?」
「・・・僕は別邸でいい」
フェリクスは父にまだわだかまりがある。ナリスもあるが、嫡男である以上仕方がないと割り切っている。
「お前がアンヌを本邸で匿って欲しいと言ったんじゃないか」
「そうだけど・・・兄上がそんなにアンヌの歌に興味を持つなんて思わなかったし! アンヌは僕の同志なんだよ、僕が一番アンヌの理解者なんだよ」
「フェリクス様、ありがとうございます。まだ何もできないのですが、こちらでは侍女の仕事教えていただけますし、出来ればこちらで恩を返せたらと思っています」
ここで侍女としてのノウハウを身につければ安心して自立が出来るというものだ。
「何言ってるの? アンヌはもう立派に仕事しているじゃない。M・アッサンという芸術家なんだから他の事考えずに布教活動にいそしまなきゃ。とにかく、兄上。歌の管理は僕がします」
「あ~、わかった、わかった。でも一曲どうしてもお願いがあるのだけど?」
ここの所、ナリスが気に入って何度もリクエストされるのが『マドンナたちのラ〇バイ』。
ナリスには「聖女の子守歌」と伝えているが、この曲がいたくお気に入り。
それを公爵家騎士団の前で披露してほしいと言われた。
「む~。僕知らない」
ふくれるフェリクスの為にサロンに移動してアンヌは歌って聞かせる。
「うわあ、すごい。これ騎士たちが聞いたら泣いちゃうよ・・・」
「そうだろ? 命を懸けてくれる騎士たちのためにあるような歌だ」
「早速ミレーヌに・・・」
「いや、この歌はうちの騎士の為に、彼らだけの為の特別な騎士団歌にしてはいけないだろうか。彼らを慰めるための。だからアンヌに歌って欲しい」
「え?私など・・・よほどミレーヌさんの歌の方が癒されますって!」
「私はアンヌの歌が聞きたいんだ。頼む。いいか? フェリクス」
フェリクスは、最初は少し難しい顔をしていたが、急にパッと笑顔になると
「もう、仕方がないなあ。いいよ、兄上。アンヌがいいなら僕もいい」
フェリクスがにやにやしながらアンジェリーヌを見る。
「いえいえ、無理ですよ? そんな大勢の前で歌うのなんか絶対に無理! それにそこからまた私の正体や居場所がばれたらどうするのですか」
「あ、僕いい事思いついた!」
そういって、フェリクスはろくでもない事を提案するのだった。
そして私はフェリクスが思いついた「いい事」のせいで仮装用マスクを顔の上半分につけ、鬘をかぶり性別不明の竿頭衣のような衣装を着て騎士団の前に立っている。
そして表に出るのは、この騎士団の前だけだという触れ込みでM・アッサンとナリスに紹介された。
そのとたん騎士団からうおぉぉっと叫び声が上がり、歓迎されてしまった。
巷で超有名な、正体不明のM・アッサンが目の前にいるのだ。
その雄たけびに、アンジェリーヌはびっくりしたが、顔を隠している気楽さでぺこりと頭を下げると歌い始めた。
まさし様の盟友、岩崎〇美様の『マドンナたちのララ〇イ』。
深く尊い愛の歌。ほんとの戦士に向かって歌った歌ではないけれど、相手を想う気持ちは同じ。
心を込めて、ロッシュ家の騎士だけでなく、日頃街を守ってくれている騎士たち、戦争があれば命がけで、駆けつけてくれる騎士たちの事を想って歌い始めた。
騎士たちは、この歌に涙した。
強くあれと、身体だけではなく精神面でも強さを求められている騎士達。それに誇りを持ち、誰もそのことを不服には思ってはいない。
いないけれど・・・守っている妻が、恋人が、母がこんなふうに思っていてくれるのなら。命をかけるのも惜しくない。
アッサンの心のこもった歌に幼いころの母のぬくもり、優しい妻や恋人を思い出し、せつないほどの愛情と安らぎを与えてくれた。
歌い終わると盛大な拍手と歓声を浴びた。
その一曲のつもりだったが、あまりにも拍手が鳴りやまずナリスが特別だと言って、M・アッサンの真骨頂の『舞姫』をアンヌにお願いをした。
騎士団の感涙した様子を見て、アンヌももらい泣きし、快くナリスの願いを聞いた。
思わず舞いたくなるようなリズムに、せつない歌詞とメロディ。
ミレーヌの歌としてすでに誰もが知っている有名な歌になっていたが、アンヌの切ない心のこもった歌は騎士たちの更なる涙を誘い、大喝さいを浴びたのだった。
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