アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる

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アンジェリーヌの行方

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 しかし大勢の人間が動いてくれたのにもかかわらず、アンジェリーヌは発見されなかった。
 髪をバッサリ切り、言葉使いも仕草も平民としか思えない様相のアンヌに、ロンも客も高位貴族令嬢だとは誰も思わず情報としてどこにも上げなかったのだ。

 アベルは時間が空くと、護衛騎士と一緒に街を探し回った。
 父が母と離縁すると決めた今、アンジェリーヌが家を出る必要はなくなった。父とアベルにもわだかまりはあるだろうが、生活や安全面を考えても帰ってきて欲しい。
 一緒に街に出た時、アンジェリーヌがどこをまわっていたか、何に興味を示していたかなど護衛と話しながら心当たりのある場所を探していた。
 しかし、アンジェリーヌが興味を示していた服飾の店や花屋などほとんど回ったが見つけることは出来なかった。どこかのお屋敷の下働きに入り込まれていたらそれこそ見つけられないだろう。
 聞き込みをしても、彼女の風体を知っている者はいなかった。

 休憩と聞き込みを兼ねて、アベルが立ち寄ったのは偶然にもロンの店だった。
 昼の閑散時間の割に、店内には大勢の女性客がおり、甘い匂いが充満していた。 
「ふう、予想していた場所に姉上はいなかったね」
 護衛も頷く。
「あの時の感じでは、大体この地域に来られるのではと思っていたのですが・・・申し訳ありません。あの時私が要らぬことを言ったせいで」
「まさか本気で家出するための情報収集だったとは・・・。だけどあの時言わなかったら、危険な地域で危険な目に合っていたかもしれないし」
 アベルと護衛は歩き回って疲れ果てた足を休めながら、少し手の空いた店主にアンジェリーヌについて聞いてみた。

「最近やってきた貴族のご令嬢ですか? 心当たりはありませんね。いつの話ですか?」
「一カ月ほどになります」
「ん~、やはりわかりませんね。この街に貴族の方が暮らしていればすぐに噂になるし、わかるはずですけどね」
「そうですか・・・。緑がかった瞳に、髪の色は濃い茶色。年齢は16歳なのですが」
「心当たりはありませんね」
 そう言う店主の言葉にアベルは気を落とすが、隣のテーブルから声がかかった。
「ねえ、このパンケーキを作ってくれた子がそんな感じじゃなかった?」
 パンケーキを食べていた女性が店主にいう。
「何か心当たりありますか?!」
「え? ああ確かに・・・ちょうどそのくらいの時期に雇用した女の子がそのような容姿だったかな」
 客の言葉を聞いて、ロンも思い出す。

「その方は?!」
 アベルは店内をぐるっと見渡す。
「でも彼女の髪は短いし、どこからどう見ても庶民ですよ。所作は丁寧なところもありましたが、話し方だとか行儀は我々と変わりない。とても貴族には見えなかったけどなあ」
「それでもかまいません。一度会わせていただけますか?!」
 何しろ、今のアンジェリーヌは貴族らしくない言動を平気でする。平民に溶け込むなどたやすいに違いない。

「残念だけど、少し前にやめてね」
「やめた?! それでどこへ?」
「ところでなぜ彼女をお探しに?」
 ロンは、まだ子供のアベルをそれほど怪しむことはなかったが、素性がわからない者にアンヌの事を話していいのか迷う。
「姉を探しています。その・・・辛いことがあって家出をしてしまった姉が市井で大変な目に合っているのではないかと心配で」
「貴族のお嬢さんが家出ですか。まあ、そっとしてやった方がいいんじゃないですか。俺なんかには貴族様の生活はわかりませんがね。令嬢が家出するなどよほどのことでしょ? その覚悟のほどを思うと探すのはかわいそうじゃないですか?」
「ですが! 働いたこともない姉が暮らしていけるとは思えない。危機感もないでしょうし、いつ危険な目に合うかもしれない。生活資金だって!」
「もし俺の知っている彼女があなたの姉だとしたら、彼女は楽しそうに働いて、十分街に溶け込んでいましたよ。援助など必要ないと思いますよ」
「だとしても、会いたい。姉上に会いたい!」
「・・・わかりました。といっても教えてあげられることはほとんどありませんが」


 アンヌという女性はこの食堂で働いていたが、ある才能を買われて引き抜かれた言うことだ。住まいも移ったらしく、時々はこの店に来てくれるという話だが何も決まっていないという。
「元気でいてくれたんだ、よかった」
 それを聞いてアベルはほっとした。

「アンヌがあなたの姉かどうかはわかりませんよ?」
「わかっています。でも唯一の手掛かりなので・・・その引き抜きってどういう仕事ですか? 
騙されているということは?」
「歌ですよ」
「歌?」
 アンジェリーヌは歌など歌ったこともない。舞台を見に行ったこともないはずなのに。
 やはり人違いなのかも・・・しかし今のアンジェリーヌはわからない。
「ああ、間違ってアルコール入りのデザートを食べたときにえらく変わってしまってね。アンヌがそれほど酒に弱いとは思わなかったものだから」
 姉だ。間違いない。

「それで俺たち聞いたこともない歌を歌いだしたんですよ。心にくる歌でねえ。本人もひどく思い入れがあったようだが、俺も他の者も聞いて思わず涙してしまいましてね」
 悲しくて暗くなるような歌なのに、せつなくて心に染み入り惹かれずにはいられないその歌を聞きたいと従業員や常連に頼まれ、時々歌ったという。
 そのたびにアンヌは涙を落とし、おそらく彼女には辛い過去があるのだろうとみんな詮索はしなかったという。

 従業員や常連の間で噂になっていたのだが、ある日歌を聞きたいという貴族がやってきた。
 歌を聞き、感銘を受けた貴族はアンヌに何かを依頼し、アンヌはそれを受けて出て行ったということだ。
「どこの貴族かわかりますか?」
「ロッシュ公爵家ですよ」
「ロッシュ公爵家?! そんな家がなぜこんな食堂に?! あ、いや‥そういうつもりはなくて」
「はは、いいですよ。たまたま公爵家の使用人が常連でしてね。その歌が珍しくて心に染みて堪らなかったと使用人仲間で話題になってそうです。それが公爵家の坊ちゃんの耳に入ったらしくて」
「だけど・・・」
 貴族に匿われていたのなら、父が探したときに分かったはずだが・・・姉が頑なに身元を隠していたのかもしれない。

「いえ、貴重なお話をありがとうございました。そして、これまで姉によくしてくださってありがとうございました」
「お礼を言うのはこちらです。彼女が新しいメニューをたくさん出してくれたおかげ客が増えて繁盛したんですから」
「・・・そうでしたか。姉はすごいな・・・」
 一人でも平民として暮らしていけるわ、と日頃から言っていたがまさしくその通りだった。貴族として生活していたら、そのような才能が埋もれたままであっただろう。
 おそらく家を出て楽しく幸せに暮らしているだろう事がわかり、ほっとするとともに少し胸が痛くなった。
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