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アンヌの新生活
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ある日、いつものようにアベルがアンジェリーヌの部屋に食事を運んできた。
「ありがとう、アベル。あなたはよくやってくれたわ。今日にて子分から解放してあげる。破門じゃないのよ。優秀だから独立ってこと」
「僕、ずっと子分でいい」
アベルは少しすねたように言う。
「そんなわけにはいかないわ。あなたは次期侯爵なのだから。これからは食事も自分で用意するし、あなたをくだらない用事で振り回すことはないから安心して」
「・・・子分から解放しても僕の事弟だと思ってくれる? 家族だと思ってくれる?」
「もちろんよ。あなたのおかげで楽しい時間を過ごせたわ。私のたった一人の家族。今まで本当にありがとう」
アベルはなぜか不安になり、涙がでた。
「あらあら、どうしたの?泣いたりして」
「だって・・・姉上が最後の挨拶みたいなこというんだもん。どこも行かないよね? 死んだりしないよね?」
「当たり前でしょう。死ぬわけないじゃない。あなたにお礼を言いたかっただけよ。はい、これまでのお礼」
アンジェリーヌはいつか弟にあげるつもりで、カフスボタンを用意していた。
「いつの間に・・・」
「ふふふ。つけてくれると嬉しいわ」
「ありがとうございます!」
喜ぶアベルを残し、翌日アンジェリーヌの姿は屋敷から消えた。
アンジェリーヌ改め、アンヌは街の食堂で元気よく働いていた。
「はい、お待たせいたしました」
注文された料理をどんどんテーブルに運んでいく。
その帰りに、空いたお皿を回収し、次の客の為にテーブルを綺麗に調える。
食器の重ね方、無駄のない動きや手際に店主も感心してみている。
「アンヌ、初めてとは思えないほどの仕事ぶりだよ。助かる」
「ありがとうございます!楽しくて仕方ありません」
あの家族と過ごすことももちろん、貴族としての生活もアンジェリーヌにとっては退屈で、居心地が悪いものだった。
お茶や刺繍、ダンスの練習・・・そんなことするくらいなら料理をしたり掃除をしたりDIYをしたい。身の回りの事でさえ自分でするのは良しとされない貴族という生活も窮屈だった。
自分の自由な暮らしの為に、そしていつか戻るかもしれないアンジェリーヌに自由を知ってもらうためにアンヌは家を出た。
アベルたちに色々教えてもらったあと、治安のいいエリア内で家と仕事を探しておいた。
何の能力もないアンジェリーヌが働けるところなど限られている。何度かお忍びでお店や食堂に通い、雰囲気の良い所に目星をつけておき、無事、街の食堂に採用が決まったのだ。
「それに、アンヌのおかげで女性客が増えたし、感謝してるよ」
「とんでもないですよ」
その食堂は、昼と夕方の食事時は混雑するがそれ以外の時間は客がまばらだった。
閑散時間、店主は休憩しつつ、店を開けている。アンヌは帰って良いのだが、そこでお茶を飲みながら店主のロンといろんな話をするのが楽しいので居座っている。
その暇な時間に、口寂しく思ったアンヌが厨房を借りて手早くパンケーキを焼き、ロンと自分のおやつを作った。
ふわふわ食感と香ばしく甘い香り。その上に乗ったバターのしょっぱさとはちみつの甘みでこれまでにないデザートにロンは大いに感動した。
アンヌにすれば一番簡単なおやつを作っただけだが、この世界にはなかった。感激したロンが幾人かの常連客に出した結果、正式なメニューとなった。それを目当てに閑散時間に女性客が増え、ロンにとってアンヌは店の救世主になった。
代わりに休憩時間は減ったが、ロンが厨房を使っていいというのでいろんなお菓子を試作し、それをお客さんにも試食してもらうのでますます評判となり、アンヌは家を飛び出したことで心身ともに充実した生活を手に入れたのだった。
「ありがとう、アベル。あなたはよくやってくれたわ。今日にて子分から解放してあげる。破門じゃないのよ。優秀だから独立ってこと」
「僕、ずっと子分でいい」
アベルは少しすねたように言う。
「そんなわけにはいかないわ。あなたは次期侯爵なのだから。これからは食事も自分で用意するし、あなたをくだらない用事で振り回すことはないから安心して」
「・・・子分から解放しても僕の事弟だと思ってくれる? 家族だと思ってくれる?」
「もちろんよ。あなたのおかげで楽しい時間を過ごせたわ。私のたった一人の家族。今まで本当にありがとう」
アベルはなぜか不安になり、涙がでた。
「あらあら、どうしたの?泣いたりして」
「だって・・・姉上が最後の挨拶みたいなこというんだもん。どこも行かないよね? 死んだりしないよね?」
「当たり前でしょう。死ぬわけないじゃない。あなたにお礼を言いたかっただけよ。はい、これまでのお礼」
アンジェリーヌはいつか弟にあげるつもりで、カフスボタンを用意していた。
「いつの間に・・・」
「ふふふ。つけてくれると嬉しいわ」
「ありがとうございます!」
喜ぶアベルを残し、翌日アンジェリーヌの姿は屋敷から消えた。
アンジェリーヌ改め、アンヌは街の食堂で元気よく働いていた。
「はい、お待たせいたしました」
注文された料理をどんどんテーブルに運んでいく。
その帰りに、空いたお皿を回収し、次の客の為にテーブルを綺麗に調える。
食器の重ね方、無駄のない動きや手際に店主も感心してみている。
「アンヌ、初めてとは思えないほどの仕事ぶりだよ。助かる」
「ありがとうございます!楽しくて仕方ありません」
あの家族と過ごすことももちろん、貴族としての生活もアンジェリーヌにとっては退屈で、居心地が悪いものだった。
お茶や刺繍、ダンスの練習・・・そんなことするくらいなら料理をしたり掃除をしたりDIYをしたい。身の回りの事でさえ自分でするのは良しとされない貴族という生活も窮屈だった。
自分の自由な暮らしの為に、そしていつか戻るかもしれないアンジェリーヌに自由を知ってもらうためにアンヌは家を出た。
アベルたちに色々教えてもらったあと、治安のいいエリア内で家と仕事を探しておいた。
何の能力もないアンジェリーヌが働けるところなど限られている。何度かお忍びでお店や食堂に通い、雰囲気の良い所に目星をつけておき、無事、街の食堂に採用が決まったのだ。
「それに、アンヌのおかげで女性客が増えたし、感謝してるよ」
「とんでもないですよ」
その食堂は、昼と夕方の食事時は混雑するがそれ以外の時間は客がまばらだった。
閑散時間、店主は休憩しつつ、店を開けている。アンヌは帰って良いのだが、そこでお茶を飲みながら店主のロンといろんな話をするのが楽しいので居座っている。
その暇な時間に、口寂しく思ったアンヌが厨房を借りて手早くパンケーキを焼き、ロンと自分のおやつを作った。
ふわふわ食感と香ばしく甘い香り。その上に乗ったバターのしょっぱさとはちみつの甘みでこれまでにないデザートにロンは大いに感動した。
アンヌにすれば一番簡単なおやつを作っただけだが、この世界にはなかった。感激したロンが幾人かの常連客に出した結果、正式なメニューとなった。それを目当てに閑散時間に女性客が増え、ロンにとってアンヌは店の救世主になった。
代わりに休憩時間は減ったが、ロンが厨房を使っていいというのでいろんなお菓子を試作し、それをお客さんにも試食してもらうのでますます評判となり、アンヌは家を飛び出したことで心身ともに充実した生活を手に入れたのだった。
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