アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる

文字の大きさ
上 下
3 / 42

もう一人のアンジェリーヌ

しおりを挟む
 翌日の朝食の席にアンジェリーヌはいなかった。
 メイドが起しにいっても、ドアを開けることもなく返事もしない。
 アンジェリーヌの事だから昨日の事が気まずくて出てこれないのだろうと、アベルが部屋を訪ねた。

 アベルの訪問に、アンジェリーヌは入室の許可を出した。
「姉上、昨日のこと父上は怒っておりません。それどころか姉上に謝らないといけないって、話をしたいって言っていました。だから心配しないでいつも通り出てきて下さい。母上には昨日のことはまだ伝わってないから」
 アンジェリーヌは布団から顔を出してアベルを見た。

「ここにご飯持ってきてくれると助かるんだけど」
「え? 姉上?」
 上品とは言えない所作とくだけた話し方にアベルは驚く。
 お淑やかで、令嬢としての所作やマナーが身についていたアンジェリーヌとは思えない。

「偽家族と食卓囲むなんてまっぴらなのよね、美味しくないし消化に悪いじゃない。だから持ってきて」
「あの・・・まだお酒残ってますか?」
「あんなわずかな酒が残るわけないじゃない。使えない子ね。いいわ、もう結構。役にたたないのなら部屋から出て行ってね」
 アンジェリーヌはさっさとアベルを追い出した。

 そして手早く自分で服を着るとドアの前で待つメイドに声をかけた。
「ああ、あなた今日でお役ごめんよ。今までイヤイヤ世話をしていたのでしょ? 私は一人で出来るから必要ないわ」
「そんな! 私がいなければ髪の支度も服も・・・」
「あなたより可愛く髪をゆえるわ。だから必要なし。仕事のできないあなたがいたって邪魔なだけだしね。まあ、マノンの手先でいじめ要員としての仕事だけは出来てるみたいけど?」
「お、奥様に向かって!」
「じゃああなたは何様? 仕える相手に偉そうに文句言って、世話もへたくそで。言い返せないからって何してもいいと思ってた? あなたレベルのメイドなどいない方がましよね。っていうか、メイドとは呼べないわよね。他のメイドが可哀想だもの。あ、もういいのよ。早く言いつけてらっしゃい」
 顔を真っ赤にして怒りもあらわにメイドは去っていった。



 私はアンジェリーヌ、それは間違いない。
 ううん、正確にはアンジェリーヌの中にずっといたアンジェリーヌの双子の片割れ。
 生まれるまえに身体が吸収され一人になってしまった時、私の魂はアンジェリーヌの奥底に残ってしまった。私たちの魂はほとんど融合し、彼女の見るもの聞くもの、思いでさえ共有した。

 違うのは、私が前世の記憶を持っていた事とアンジェリーヌは私の事を知らない事。

 私はアンジェリーヌをずっと見守っていた。

 いつも何も言えなかったアンジェリーヌ。
 マノンに笑うだけで睨まれ、楽しそうに話をするとうるさいと言われ続け、物が言えなくなってしまった可哀そうなアンジェリーヌ。
 悲しくて苦しくても頭が真っ白になり声が出なくなったアンジェリーヌ。
 求めても、助けてくれない父の事もいつの間にかあきらめていた。
 でも本当はいつも何も言えない弱い自分が大嫌いだった。助けてと、辛いのと・・たった一言言えなかったアンジェリーヌ。
 救いを求めて伸ばした手を振り払われ、お前は邪魔だと、いらないと思い知らされるのが怖かったから。

 欲しいのはこんなチョコレートなんかじゃない・・・そう思いながらも断れずに食べたボンボン。
 チョコの中から出てきた刺激の強いアルコールを口にしたとき、脳がくらっとした気がした。
 本来ならそれはアルコールが持つリラックスという恩恵、しかしそれはいつも心を守っていたアンジェリーヌの心の鎧を緩ませた。
 アンジェリーヌは閉ざしていた外界からの刺激を受け取ってしまった。

 全てマノンの虚言だというのに、父は娘のアンジェリーヌを気遣うことなく冷たい言葉をぶつける。

 助けて、誰か助けて。お父様なぜ私を見てくれないの、私の事嫌いなの? いらないの? お母さまと私より、新しい妻が大事なの? 私を殴らせているのは本当にお父様なの?

 アルコールのおかげなのか心の中では口に出せない言葉が溢れる。
 そんな時父が修道院へ入れるとアンジェリーヌを脅した。

 父に拒絶された・・・お前などいらないとはっきり告げられた。

 父からの愛と助けをひたすら求めていたアンジェリーヌの心は絶望してしまった。
 もう耐えられない、辛い、何も見たくない。アンジェリーヌはぎゅっと目を閉じた。
 拒絶されたアンジェリーヌも、世界を拒絶したのだ。
 


 いきなり表舞台に出されたもう一人のアンジェリーヌは混乱した。
 これまでそっと見守っていただけなのに、思考が、体が、自分の思い通りになる。
 アンジェリーヌが・・自分の半身が消えたと悟った。
 彼女の名前を呼び、涙が流れる。

 私の中で深い深いところで眠りについたのかもしれない、傷つきすぎて消えてしまったのかもしれない。
 この男に手を振り払われるのが怖がっていたから・・・。

 そうね、小さなころに助けを求めても助けてもらえなかったものね。そして現に今捨てられてしまったものね。
 上等よ、それならそれで構わない。私はお前たちを絶対に許さない。
 私の大切な半身を追い詰めたお前たちを許さない。

 新しいアンジェリーヌの誕生だった。

 そうして私は気合を入れるために自分の頬を張り、父親に反撃を開始したのだった。
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。 能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。 しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。 ——それも、多くの使用人が見ている中で。 シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。 そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。 父も、兄も、誰も会いに来てくれない。 生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。 意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。 そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。 一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。 自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...