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エピローグ
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その時のヨハンの衝撃たるや。足元から崩れ落ちそうだった。
しかしエミリアの手前泣きわめくことも崩れ落ちることもできず心の中で血の涙を流す。
ヴィンセントとレイノー国でデートした時か?アルテオでか?と想像が止まらず胸が痛くて呼吸も苦しくなってきた。
「そ、そうですか。僕が・・・僕が悪いのでそんなことは全く気になりませんので!どんな事があってもエミリア様を好きな気持ちは変わりませんので!」
半分泣きそうなヨハンを見てエミリアは悟った。
「・・・ヨハン様のせいではありませんし、無理をしないでください。いまなら取りやめることは出来ますから。」
「いいえ!まったく気にしてません!」
「でも・・・結婚前に一度確かめてもらった方がいいかもしれません。確認されますか?」
「へえぇ?!か、確認していいんですか?今?!」
「はい、すぐですから。」
「すぐかどうかは・・・いえ・・・けど・・・」
ヨハンは混乱の極致。ショックと僥倖とのダブルパンチにショート寸前。
「これなのです。」
エミリアはさっと袖をめくり、腕の傷を見せた。
意外とくっきりと長い傷が残ってしまった腕では、夜会やパーティでのドレスに制限が出てしまう。そもそも体に傷があることを厭う貴族がいるのも事実。
エミリアはそのことを伝えずに結婚するのは不誠実だと思い、思い切って告げた。
「は・・・はは。あの・・・傷ってこれですか?」
思わず力の抜けたヨハンはとうとう床に膝をついてしまった。
「そうです。大きくて醜くて・・・こんな気持ち悪い傷・・・今まで黙っていて申し訳ありませんでした。」
ヨハンがショックで崩れてしまったと思ったエミリアの声は震え、スカートを握る手も震えている。
「ごめんなさい・・・」
エミリアの目から涙がこぼれるのを見た瞬間に、恐ろしいほどの速さで立ち上がりエミリアの涙を指で拭った。
「謝ることなどありませんよ。傷ものなどとおっしゃるから・・・こんなものは傷でも何でもありません。」
「でも・・・私の知り合いの令嬢は、手の甲にけがをしたら、みっともなくて連れて歩けないと婚約を解消されましたの。」
「そう言う馬鹿もいるのですね。でもその令嬢もそんな馬鹿と結婚しなくて幸いでしたよ。僕にはこの傷はエミリア様を美しく飾るアクセサリーにしか見えません。この痕でさえ愛おしい。」
そう言って腕の傷の少し変色して盛り上がった部分に唇を当てた。
「ひゃあっ!ヨハン様?!」
思わず逃げようとしたエミリアを抱きしめると
「言い難いことを打ち明けてくださって嬉しいです。」
「気持ち悪くありませんか?」
「ええ、全く。このことは・・・ご家族もご友人もご存じなのですか?いったい何があったんですか?」
「いいえ、実は・・・」
と、あの時の事件の話をして、知っているのはソフィアだけだと伝えた。
しかし、もう和解したからには親に隠す必要もなく、告げようと思っていると言った。
「エミリア様、これは内緒にしましょう。」
「どうしてですか?やはり・・みっともないから・・」
「違います。僕だけの・・・僕とエミリア様だけの秘密にしたい。」
「でももうソフィア・・・」
が知っていることですと言いかけたが、
「僕だけの宝物です。」
途中で遮り、再び傷に唇を寄せた。
ちょっと・・・変態かも・・・と頭のどこかによぎらないことはなかったが、ヨハンの態度に救われた。
「・・・はい。誰にも言わないでおきます。」
嬉しそうなヨハンが、心の中でその事件の資料をもう一度洗い直し、事と次第によっては犯人にさらなる天誅を加えようと画策しているとはエミリアは知る由もなかった。
エミリアは抱きしめてくれるヨハンの胸元をぎゅっと握った。
「・・・良かった。でもこれではドレスは着れないです。・・・結婚式でも。」
「美しいショールを用意しましょう。それと袖の長いデザインを考えてもいいですね。楽しいことがまた一つ増えましたね。」
「ヨハン様・・・」
その優しさにまた一つヨハンに心を持っていかれたエミリアだった。
式は一カ月後にアルテオ国でと決まったが、驚いたことにヨハンは二人で暮らす家をすでに準備していた。
気に入ったと話していたあのレモンの木の家を、二人の新居として用意してくれていたのだ。散歩の中でエミリアが気に入る家をチェックしていたようだ。
エミリアは、婚約した時から上辺しかヨハンの事を見ていなかった自分を反省した。
彼は自分の事より他者を思いやれる人なのだ。ただちょっと優しすぎてお人よしなところがあるせいで、ちょろいとつけこまれもした。
しかし優しさは強さの裏返し。実は器の大きい頼りになる人間だった。これからも優しさゆえに勘違いされることがあるかもしれないが、それを理解した今、もう彼への信頼が揺るぐことはない。
傷つき、傷つけ、婚約者だったのに遠回りをしたが、これがなければ真に想い合えることはなかったのかもしれない。
(ちょこちょこ怖さが垣間見える)深い愛情に包まれ、エミリアは二人の幸せな未来を思い描くのだった。
私の婚約者はちょろいけど、バカではない、とても優しい人でした。
終
二話ほど番外編あります(*´▽`*)
しかしエミリアの手前泣きわめくことも崩れ落ちることもできず心の中で血の涙を流す。
ヴィンセントとレイノー国でデートした時か?アルテオでか?と想像が止まらず胸が痛くて呼吸も苦しくなってきた。
「そ、そうですか。僕が・・・僕が悪いのでそんなことは全く気になりませんので!どんな事があってもエミリア様を好きな気持ちは変わりませんので!」
半分泣きそうなヨハンを見てエミリアは悟った。
「・・・ヨハン様のせいではありませんし、無理をしないでください。いまなら取りやめることは出来ますから。」
「いいえ!まったく気にしてません!」
「でも・・・結婚前に一度確かめてもらった方がいいかもしれません。確認されますか?」
「へえぇ?!か、確認していいんですか?今?!」
「はい、すぐですから。」
「すぐかどうかは・・・いえ・・・けど・・・」
ヨハンは混乱の極致。ショックと僥倖とのダブルパンチにショート寸前。
「これなのです。」
エミリアはさっと袖をめくり、腕の傷を見せた。
意外とくっきりと長い傷が残ってしまった腕では、夜会やパーティでのドレスに制限が出てしまう。そもそも体に傷があることを厭う貴族がいるのも事実。
エミリアはそのことを伝えずに結婚するのは不誠実だと思い、思い切って告げた。
「は・・・はは。あの・・・傷ってこれですか?」
思わず力の抜けたヨハンはとうとう床に膝をついてしまった。
「そうです。大きくて醜くて・・・こんな気持ち悪い傷・・・今まで黙っていて申し訳ありませんでした。」
ヨハンがショックで崩れてしまったと思ったエミリアの声は震え、スカートを握る手も震えている。
「ごめんなさい・・・」
エミリアの目から涙がこぼれるのを見た瞬間に、恐ろしいほどの速さで立ち上がりエミリアの涙を指で拭った。
「謝ることなどありませんよ。傷ものなどとおっしゃるから・・・こんなものは傷でも何でもありません。」
「でも・・・私の知り合いの令嬢は、手の甲にけがをしたら、みっともなくて連れて歩けないと婚約を解消されましたの。」
「そう言う馬鹿もいるのですね。でもその令嬢もそんな馬鹿と結婚しなくて幸いでしたよ。僕にはこの傷はエミリア様を美しく飾るアクセサリーにしか見えません。この痕でさえ愛おしい。」
そう言って腕の傷の少し変色して盛り上がった部分に唇を当てた。
「ひゃあっ!ヨハン様?!」
思わず逃げようとしたエミリアを抱きしめると
「言い難いことを打ち明けてくださって嬉しいです。」
「気持ち悪くありませんか?」
「ええ、全く。このことは・・・ご家族もご友人もご存じなのですか?いったい何があったんですか?」
「いいえ、実は・・・」
と、あの時の事件の話をして、知っているのはソフィアだけだと伝えた。
しかし、もう和解したからには親に隠す必要もなく、告げようと思っていると言った。
「エミリア様、これは内緒にしましょう。」
「どうしてですか?やはり・・みっともないから・・」
「違います。僕だけの・・・僕とエミリア様だけの秘密にしたい。」
「でももうソフィア・・・」
が知っていることですと言いかけたが、
「僕だけの宝物です。」
途中で遮り、再び傷に唇を寄せた。
ちょっと・・・変態かも・・・と頭のどこかによぎらないことはなかったが、ヨハンの態度に救われた。
「・・・はい。誰にも言わないでおきます。」
嬉しそうなヨハンが、心の中でその事件の資料をもう一度洗い直し、事と次第によっては犯人にさらなる天誅を加えようと画策しているとはエミリアは知る由もなかった。
エミリアは抱きしめてくれるヨハンの胸元をぎゅっと握った。
「・・・良かった。でもこれではドレスは着れないです。・・・結婚式でも。」
「美しいショールを用意しましょう。それと袖の長いデザインを考えてもいいですね。楽しいことがまた一つ増えましたね。」
「ヨハン様・・・」
その優しさにまた一つヨハンに心を持っていかれたエミリアだった。
式は一カ月後にアルテオ国でと決まったが、驚いたことにヨハンは二人で暮らす家をすでに準備していた。
気に入ったと話していたあのレモンの木の家を、二人の新居として用意してくれていたのだ。散歩の中でエミリアが気に入る家をチェックしていたようだ。
エミリアは、婚約した時から上辺しかヨハンの事を見ていなかった自分を反省した。
彼は自分の事より他者を思いやれる人なのだ。ただちょっと優しすぎてお人よしなところがあるせいで、ちょろいとつけこまれもした。
しかし優しさは強さの裏返し。実は器の大きい頼りになる人間だった。これからも優しさゆえに勘違いされることがあるかもしれないが、それを理解した今、もう彼への信頼が揺るぐことはない。
傷つき、傷つけ、婚約者だったのに遠回りをしたが、これがなければ真に想い合えることはなかったのかもしれない。
(ちょこちょこ怖さが垣間見える)深い愛情に包まれ、エミリアは二人の幸せな未来を思い描くのだった。
私の婚約者はちょろいけど、バカではない、とても優しい人でした。
終
二話ほど番外編あります(*´▽`*)
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