上 下
16 / 33

ヨハンの(少し気持ち悪い)努力

しおりを挟む
 ああ、思い切ってレイノー国に来てよかった!

 卒業式の翌日、寮から自宅まで送りたいと花を抱えてエミリア様を迎えに行った。
 エミリアは、旅の支度をしていた。
 実家に帰る気もヨハンに会う気もなかった・・・。
 それだけでもショックだったのに、例の幼馴染の男が何とエミリア様に別れの挨拶にキスをしたのだ。

 ショックでどうやって家に帰ったのかわからなかった。
 様子のおかしい僕を心配した家族に聞かれるがまま、これまでのことを話した。初めは慰めてくれていた家族だったが、何週間経過しても何の連絡もよこさず、こちらからも連絡がしようのないことに怒り始め、婚約破棄を言い出した。
 僕が、僕たちが悪いのだからと諫めても、無断で姿を消したエミリア様とそれをごまかしバランド家と何とか縁をつなごうと必死のフィネル子爵に腹が立った僕の家族は婚約破棄を突き付け、慰謝料を請求してしまった。

 ああ、もうダメだ。最初に不誠実なことをしたのはこちらなのに、それを棚に上げて慰謝料を請求するなんて・・・でもエミリア様はそれを望んでいた節があった。そうしてでも僕との婚約を解消したかったんだ。
 きっとあの侯爵令息と・・・

 ショックで仕事が手につかず、食事もろくに食べられず目の下にクマを作り、ふらふらな僕を見て心配した姉が一つの噂を教えてくれた。
 隣のレイノー国でアルテオ人の通訳付き観光案内が評判で、エミリアという若い女性がやっているというものだった。
 すぐさま荷造りを始めようとした僕を姉はしかりつけた。
「その考えなしの行動は止めなさい。本当にそれがあなたのエミリアさんかどうかわからないでしょう?そうだとしてもあなたが行ったら怖がられるか、嫌がられるに決まっているわ。」
「・・・でも、確かめたい。元気でいるのか、怖い目に合っていないか、寂しくないのか、ご飯は食べれているか・・・もしかしておかしな奴に付きまとわれたりしてたら僕が陰から見守って・・・」
「もう、うるさい・・・というか、気持ち悪いわ。いい加減諦めたらどうなの?アイラの件、同じ女性として許せないもの。エミリアさんの気持ちもわかるわ。」
「・・・・。挽回するチャンスが欲しい。僕はエミリア様しか駄目なんだ。」

 姉は気持ち悪いと思いながら、内心、可哀そうだとも思った。
 アイラも悪いが、それを受けたバランド家も悪かったのだ。お人よしのヨハンが振り回されているのに気が付かず、止めてやらなかった家族も悪い。
「じゃあ、見てきてあげるわ。」
「え?何を?」
「レイノー国のエミリア様をよ。」
「姉上・・・姉上!!」
「叔母さまと一度レイノー国の教会に行きたいと言っていたの。夫が許可してくれたら確認してきてあげるわ。」
「・・・ありがとうございます。恩に着ます。で、いつ出発されますか?明日ですか?何なら今日すぐにでもいかれたほうが・・・」
「ヨハン。気をしっかり持ちなさい。」
「・・・すいません。」

 それから2週間も待たされたが、姉と叔母がレイノー国に旅立っていった。そして帰国後、通訳兼観光案内人について教えてくれた。
 伝え聞く限りではエミリア様に間違いない。でも平民だと言い張り、両親はいないという。そしてアルテオ国には未練もないと。
 叔母は、あの所作は平民ではないという。そして常に行動を共にしている護衛がおり、まずまずの男前で頼りがいのあるがっちりした男だという情報も知らされた。
 その情報に焦燥感が募る。あの侯爵令息とも距離が離れ安心していたのに、新たな敵が現れる。しかもずっと一緒にいるらしい。
「・・・もうダメだ・・・」
 がっくりするヨハンに叔母が檄を飛ばす。
「その程度であきらめるのなら、忘れなさい。」
「あきらめません!」
「あの仕事はまだこれから伸びるの。客が増えるときっと人手が必要になると思うわ。その時にあなたが助けになれば彼女も・・・」
「!」
 ほんのわずかに光が見えたヨハンはレイノー国のギルドや仕事斡旋の事務所などに手紙を送りエミリアのところが求人を出したらすぐに知らせて欲しいと連絡をした。多額の謝礼もすると書き添えると、どことも了承との返事が来た。
 それから、まだレイノー国にいるのがエミリアと決まったわけでも、求人が出るともわからないのに、ヨハンはレイノー国の言葉を勉強し、あちらの国の労働や居住に関する法律も調べた。
 エミリアかもしれない、その一念だけでヨハンは恐ろしいほどの集中力でいろんなものを吸収していった。

 そしてついに、念願のレイノー国の商業ギルドから連絡が来た。
 しかもただの事務員や観光案内人の募集ではない。法律の専門家、トラブルに対応できる人材とまさに自分にぴったりの求人ではないか!
 ヨハンは迷うことなく、安定した優良職を退職してレイノー国に駆け付けたのであった。

 相当の努力をして、私的感情は押さえつけ一事務員としての対応を心掛けたおかげで、はじめは敬遠されていたが徐々に普通に対応をしてもらえるようになった。
「エミリア、仕事終わりにご飯行かないか?」
 護衛のディックがエミリアを誘っている。ヨハンは自分の席でこれ以上ない位聞き耳を立てている。
「そうね。」
「ヨハン殿も・・」
 と、ディックが声をかけようとしたところをかぶせるように
「喜んで!」
 と返事した。
 ちらっとエミリアを見たが、嫌そうな顔もせず笑っていたのでヨハンは心の中で嬉し涙を流したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたは知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

処理中です...