上 下
13 / 33

新たな生活

しおりを挟む
 卒業式ではこの学院と学友との別れに涙した。
 卒業パーティでは皆解放されたように踊り、そして興奮のまま家路につくもの、寮へと戻るものと皆の人生がここで分岐していった。

 そしてエミリアは翌朝、ソフィアの馬車に乗せてもらった。
 とうとうアルテオ国から旅立つ日がやってきたのだ。
 見送りにはヴィンセントが来てくれていた。
「ヴィンセント、ありがとう。」
「俺はこの国で頑張る、そしてエミリアにも会いに行くよ。」
「ええ、待っているわ。」
 ヴィンセントは離れがたそうにしていたが、ぎゅっとエミリアを抱きしめると唇を合わせた。
「ヴィンセント!」
 顔を真っ赤にしてエミリアは叫ぶ。ヴィンセントは笑って、
「俺はお前との未来もあきらめていないからな。お互い頑張ろうぜ。」
 そう言ってエミリアを送り出した。
 卒業を祝うために花束を抱えて迎えにきていたヨハンがそれを見て絶望している姿には誰も気が付かなかった。
 
 レイノー国での生活はソフィアのおかげで快適だった。
 ソフィアの命の恩人のエミリアを侯爵は歓迎し、新たな生活に惜しみなく力を貸してくれた。
 しばらく侯爵邸に居候させてもらい、仕事を探す前にこの国を知る方がよいとあちらこちらに連れて行ってくれた。
 レイノー国の様々な場所を案内してもらった結果、考えたのは通訳兼案内だった。
 レイノー国は年中通して温暖で過ごしやすい気候である。
 美しい海岸線や、高低差のある滝、希少な動植物がみられる森、洞窟や山など見どころがいっぱいで、かつ食材も豊かで美味しいものがたくさんある。アルテオからの旅行客も多い。
 それらの通訳と案内は結構需要が見込めるのではないかと思う。自分も言語をいかせるし、レイノー国を堪能できる。

 もともと子爵令嬢でそれほど貴族らしい生活を送っていたわけではなく、仕事に対する抵抗もない。
 ソフィアに心配されたのは安全についてだ。女性一人では危険だという忠告に従い、ソフィアの父トゥーリ侯爵から護衛をお借りすることになった。それもきちんと仕事として成り立てば雇用料を支払うよう契約も交わした。
 3週間などあっという間にたち、ソフィアは名残惜しみながらアルテオ国に戻っていった。

 ソフィアがいなくなった侯爵家にいつまでも居候をさせてもらうのは気がひけて、トゥーリ侯爵に大家さんがしっかりしている部屋を紹介してもらった。
 仕事は新たに事務所を開設できるほどの資金はないため、侯爵の事業の事務所で窓口を請け負ってくれることになった。その方が怪しい依頼を防ぐことが出来るだろうと、侯爵には本当にお世話になった。
 いつか、必ずお返しをさせてもらおうと心に決めた。

 しかし新しい仕事、そう順調にはいかない。
 空いている時間は様々なお店に足を運び、観光地を歩き回り自分の目で情報を集めた。
 少しするとちょこちょこ仕事が入りだした。ソフィアがアルテオ国で紹介してくれた貴族たちがエミリアに依頼し、その口コミでまた新しいお客が依頼してくれるようになった。
 エミリアの観光案内は、美しい海岸線や、滝、希少な動植物がみられる森、洞窟や山だけではなく、女性目線の細やかな配慮がされている。美しい街並み、教会や美味しい食事や可愛いカフェも必ず組み込まれていて、休憩時間も頻回にとり、お手洗いや化粧直しの場所もしっかり押さえてあって女性にとても喜ばれた。
 通訳がいることで買い物や体験など地元の人との細かいやり取りもスムーズになり、体調を崩したときも安心して医師に診てもらえるなど女性客を中心にどんどん評判になっていった。

 ヴィンセントから手紙が届く。
 両親と、兄のユーロの様子が書かれていた。ユーロは何の相談もなかった事を怒りながらも異国での生活を心配しているらしい。父は、怒りまくり家族へ八つ当たりをして、母は何もいわず落ち込んでいる様子。
 バランド家からは、婚約を嫌がるように行方をくらましたことで婚約破棄と慰謝料を請求されたようだ。
(だからあちらの有責で解消できる間に話を聞いてくれたらよかったのに・・・)
 自分も悪い所はあるとわかっている。きちんとした話し合いを放棄し、逃げるようにこの国に来たのだから非難を浴びる覚悟はしている。
 それにヨハンは悪気がなく、人の良さにつけ込まれて幼馴染の令嬢にいい様に操られただけだ。笑って許せば、大事にもならず、婚約もそのままで家族もバランド家も満足だっただろう。
 でも、そうするとエミリアの心に沸き上がった不信感や苛立ち、両親からも突き放された悔しさ、悲しみをどう昇華させればよかったというのか。
 なかった事には出来ない、エミリア一人が我慢すればよかったのか。
 気にしていないつもりではあったが、惨めさや卑屈といったマイナスな感情に心がむしばまれはじめていたのだとこの地に来てからよくわかった。あれ以上、あのような状況が続くことは我慢が出来なかったと思う。
 そしてなにより夢を見つけてしまった。自分が頑張ってきたことがこうして形になっているのだ。思い切って飛び出してよかったと思っている。
 エミリアは、仕事が順調でこちらの生活はとても楽しいと手紙に書いて送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

処理中です...