あなたを愛する心は珠の中

れもんぴーる

文字の大きさ
上 下
25 / 32

ドラゴナ神国サイド シャルルとの出会い

しおりを挟む
 アリエルが気がついた時、湖畔に佇む屋敷のベッドに寝かされていた。
「あれ?ここは?」
 側に控えていたクロウが、
「お嬢は相当お疲れのようで、よく眠っておられました。もうここはドラゴナ神国ですよ。」
「ドラゴナ神国?・・・クロウが勧めてくれて療養に・・・わたし、なぜ療養が必要だったのかしら?」
 アリエルはドラゴナ神国に療養に行くことはなんとなく覚えていたが、何故療養に来ることになったのか何も思い出せなかった。

「お嬢は疲れすぎたのですよ。ご両親の事や爵位継承の事、それに留学生のせいで学院内が混乱しているので通学を控えるともおっしゃっておりましたから。」
「確かに・・・お父様の事もそうだけれどお母様が今どうしてらっしゃるのか心配でたまらないわ。学院のことは・・・学院で何かあった?あれどうして・・・待って、誰も思い出せないわ。」
 アリエルは学院で何かあったのかを思い出そうとして、誰の顔も思い出せない事に気がついた。
 学院そのものや授業,教師の事はわかるのに学友の事は誰一人思い出せない。

「医者に相談すると心労からそう言う事はあると言われました。治療は何も考えずにゆっくり過ごすことだそうです。だからこちらの国へ療養の為にお連れしたのですよ。」
「そう・・・全く覚えていないわ。少し怖い。」
 アリエルは自身の身体を抱きしめた。
「大丈夫です。それだけお疲れだったのでしょう。今は考えずにゆっくりしましょう。必要な記憶なら思い出しますよ。」
「でも・・・」
「俺がずっと側におります。他の事がわかるのだから何も心配はいりませんよ。」
「・・・わかった。そのために療養にきたのね?悩んでは意味がないわね。」
 アリエルは不安を完全に払拭できたわけではないが、療養が必要だというのは確かだろう。
「そうしてください。それよりもお腹は空いていませんか?」
「ええ、今日はもういいわ。それよりもここはどこなのかしら。」

 クロウによると、とある高貴な方の別邸で、ドラゴナ神国滞在中に世話になるのだという。
「ではこちらの主にご挨拶を・・・」
「お嬢、今日は長旅で疲れているでしょう?挨拶は明日で大丈夫です。俺がきちんと話をつけてありますから心配はいりませんよ。」
 クロウは風呂の用意もメイドに言いつけるとゆっくり休むように言ってくれた。
 起きたばかりだというのに疲れていたアリエルはこの国の事もクロウの事も、メイドをはじめ使用人たちがクロウに頭を下げるのも色々気にはなったが、ほこりや汗を流すとすぐに眠りについた。

 翌日、クロウはアリエルを屋敷の側の湖に連れて行ってくれた。
 クロウは湖畔にくつろぐ場所を用意してくれる。
 木々のざわめきと湖面が風に揺れる音、そして鳥の鳴き声が、心を浄化してくれるようだった。
「クロウ、ありがとう。とても素敵なところね。なんだか元気が出るみたい。」
 父と侯爵家を失った悲しみ、母の消息不明で気が晴れることがなかったが、少し心が軽くなった気がした。

 美しい景色に心を奪われながらお茶を飲んでいると、突然声をかけられた。
「どうも、お嬢さん。これは楽しそうなお茶会ですね。ああ、突然失礼しました、私はあの屋敷の主です。昨夜はゆっくり眠れましたか?」
 いきなり現れた男性にアリエルは立ち上がって頭を下げた。
「初めまして、お世話になっております。大変素敵なお部屋をありがとうございます。昨日は夜も遅く挨拶もできずに申しわけありません。」
「いいえ、日頃は使用しておりませんので自由にお過ごしください。今日は不便なことはないか気になったものですから。気を使わせてしまい申し訳ない。」
「とんでもありませんわ。ご挨拶が出来て嬉しいです。お屋敷も素晴らしいですが、ここの湖も森もとても素敵ですね。」
「ありがとうございます。気に入っていただけて良かった。旅の間クロウに粗相はありませんでしたか?」
「え?クロウをご存じなのですか?」
「ええ、ちょっとした知り合いです。ね、クロウ?」
「はい。」
 クロウはその男性に頭を下げる。

「お嬢さん。私もこのお茶会に参加させてもらってもいいかな?」
「は、はい。あの私のことはアリエルとお呼びください。名乗るのが遅くなって申し訳ありません、アリエル・ワトーと申します。」
「それはご丁寧に。私の事はシャルルと呼んでください。ひとまずはね。」
 急遽新しい客を迎え入れたお茶会は、話し上手なシャルルのおかげで楽しいものになった。
「ここは気に入っていただけそうですか。」
「はい、とても心が癒されます・・・ずっといたいくらいです。」
 アリエルは目の前に広がる美しい光景と、あたりに漂う清らかですがすがしい空気を身に受ける。
「そうですか、それは嬉しい。・・・彼女も喜びますよ。」
「彼女?シャルル様の奥様ですか?」
「いえ、失礼した。明日またこちらでお会いしましょう。クロウ、いいな?」
「・・・。かしこまりました。」
 そう言うとシャルルは去っていった。

「お嬢、明日、よろしいですか?」
「もう約束していたじゃない。」
「あの方は全く我儘なんだから・・・こちらの計画が台無しだ。」
 クロウはぶつぶつと何かつぶやく。
「クロウはシャルル様の事をよく知っているのね。早速こちらの国の方とお知り合いになれて嬉しいわ。」
 おかげ異国に対する不安はほとんど消え去っていた。

 翌日、また湖にやってくると、そこにはすでにお茶会の用意がされていた。
 きちんとイスとテーブルが用意され、メイドたちも控えている。
「あの・・これは?」
「アリエル嬢に会えるのが嬉しくて張り切ってしまったよ。」
 二回目だからか、昨日よりくだけた様子で接してくれる。
「ありがとうございます。このような美しい場所でシャルル様とお茶をいただけるなんて嬉しいですわ。」
 昨日と同様、シャルルは巧みな話術と話題で場を楽しませてくれた。

「アリエル嬢は神や精霊についてどう思う?」
 唐突にシャルルはそんな質問をした。
「そうですね。わが国では伝説や物語で語られておりますが・・・もし実在するのなら会ってみたいです。」
「信じている?」
「信じたいというところでしょうか。このドラゴナ神国には神がいらっしゃると噂を聞いたことがあるのですが・・・」
「さあ、どうだろう。人の言う神というものは何だろうね。自分たちに都合のいいものを神と呼んでいるだけかもしれない。」
 シャルルはアリエルを見て優しく笑った。
「人間から見たら空飛ぶ鳥だって凄い能力を持った神のような存在でしょう?だが、目の前にいて自分たちが狩ることが出来る相手を神とは呼ばない。」
「確かにそうですわ!」
 アリエルはなるほどと感動した、まさにそういうことだ。
「たまたま人にとって役に立つ力を持ったものを神と呼び、自分たちが見たこともない種族を妖精や天使、伝説の生物と呼んでいる。鳥と同じように彼らも普通に存在するんだよ。」
「え?まさか。」
「彼らも昔は世界中にいたんだ。人の為に力を貸すうちは良かった。強欲な人はどんどん彼らを利用し、能力を搾取するようになった。しだいに人という種族から距離を置くようになり、このように安心して暮らせる国ができたのだよ。」
 真面目な顔して話していたシャルルにアリエルは身を乗り出して聞き入っていた。
 シャルルは、最後にふっと笑った。

「もう、シャルル様!思わず、真実だと思ってしまいましたわ。」
 アリエルは笑った。
「もしそんな国があればどうする?怖いかい?」
「いいえ、ぜんぜん。だってただ種族が違うというだけで当たり前の存在だとシャルル様が教えてくださったから。物語に出てくる妖精や竜が本当にいるなら会ってみたいですわ。」
「そうか。アリエル嬢はいい子だね。」
 ふいにシャルルがアリエルの頭を撫でた
「え、あの・・・」
 アリエルが戸惑っているとシャルルは話を変えた。

「私はあなたにずっと会いたかった。ようやく念願がかないましたよ。」
「私の事をご存じなのですか?私はドラゴナ神国に知り合いはおりませんが・・・クロウとはお知り合いのようですね?」
「ええ。クロウとは昔からの知り合いなのです。あなたの事はクロウからよく聞いておりましたよ。」
「まあ、クロウから聞いたことがありませんでしたわ。失礼いたしました。」
 アリエルは軽くクロウを睨む。
 睨まれたクロウは軽く頭を下げつつ、シャルルをにらむ。
「だから、クロウがドラゴナ神国に行こうと誘ってくれたのですね。ここは心を癒してくれる国だと。」
「ほう、そうでしたか。」
「まだこの国の事は何も知りませんが、この湖や森の中にいるだけで心が満たされるようです。少し辛いことがあったのですけど、なんだか本当に元気になりました。もう国に帰らずここにいたいくらいですわ、あの国にはもう・・・誰も待っておりませんから。」
 父も、私を置いて出て行った母も、おそらく記憶にない友人も・・・

 それを聞くとシャルルは少し居住まいをただした。
「アリエル嬢の気持ちはよくわかった。今から話すことを、気を引き締めて聞いて欲しい。この国に関することだ。」
「はい。」
「ドラゴナ神国は他国との交流を制限している。」
「はい、存じております。不思議なベールに包まれた国といわれておりますわ。」
 アリエルは笑う。
「そうだね、各国の信を置いたものだけと外交をしている。信を置いたものと言っても、それは実はドラゴナ神国の者だ。各国に住んでいる者も多いのだよ。」
「そうなのですか。知りませんでした。」
「他国からは不可侵だとか、鎖国だとかいろいろ言われているがこの国の秘密を保つためなんだ。」
「秘密?そんなことを私などに話しては・・・」
「君はいいんだ。だって君はこの国の王家の血、私の血をひいているのだからね。」

 アリエルが飲みかけの紅茶を吹き出したのは無理はなかった。

しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

大恋愛の後始末

mios
恋愛
シェイラの婚約者マートンの姉、ジュリエットは、恋多き女として有名だった。そして、恥知らずだった。悲願の末に射止めた大公子息ライアンとの婚姻式の当日に庭師と駆け落ちするぐらいには。 彼女は恋愛至上主義で、自由をこよなく愛していた。由緒正しき大公家にはそぐわないことは百も承知だったのに、周りはそのことを理解できていなかった。 マートンとシェイラの婚約は解消となった。大公家に莫大な慰謝料を支払わなければならず、爵位を返上しても支払えるかという程だったからだ。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

結婚式の前日に婚約者が「他に愛する人がいる」と言いに来ました

四折 柊
恋愛
セリーナは結婚式の前日に婚約者に「他に愛する人がいる」と告げられた。うすうす気づいていたがその言葉に深く傷つく。それでも彼が好きで結婚を止めたいとは思わなかった。(身勝手な言い分が出てきます。不快な気持ちになりそうでしたらブラウザバックでお願いします。)矛盾や違和感はスルーしてお読みいただけると助かります。

処理中です...