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新侯爵誕生

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 そんな少し騒めき始めた社交界に、更なる激震が走った。

 現ワトー侯爵のダニエルが前侯爵のジョルジュ殺害の罪で拘束されたのだ。
 そして、アリエルがドラゴナ神国王の後見のもとワトー侯爵を継承したと発表された。

 ダニエルは、前侯爵を殺害した後書類を偽装し、ジョルジュが亡くなった混乱に乗じて侯爵家を乗っ取っていた。しかも、行方不明となっていたアリエルの母フレヤまで監禁していたらしい。
 助けられたフレヤは現在領地で保護され療養しており、アリエルの襲撃事件についても、捜査されているという。


 ダニエルは拘束され、牢へ入れられた。場合によっては極刑もありうる。
 誰もが衝撃を受け、この国の要であったジョルジュ・ワトーの死を改めて悼んだ。
 それとともに父親、母親そして家督までも奪われていたアリエルには同情が集まった。

 ジョルジュの事件、侯爵家の乗っ取り、アリエルの母の救出・・・これらを全て解決したのはドラゴナ神国から来たシャルルとクロウ、その配下たち。
 コベール国ではそれら犯罪の存在でさえ把握していなかった。
 社交をしながら、いつの間にか調べ上げ、それらを白日の下にさらした能力。
 ただでさえ、垂涎の的だったドラゴナ神国の優れた能力の一端を垣間見たことで、ドラゴナ神国への憧憬と畏怖の念が強まっていった。

 この衝撃的な事件を経て、シャルルからはじかれていた家門の子供達はこれまで以上に動揺した。
 これほどの事件を解決するシャルルやクロウが学院内で起こっていることを調べないはずがない。
 彼らは決して自分たちを許すはずがない、彼らに疎外されるということはこの国においても居場所がなくなるということだ。もうすでになくなりかけているというのに。

 今更ながら自分たちがアリエルを冷遇していたことを親に伝え、その親達が真っ青になったのはいうまでもない。
しかし、謝罪をするにもアリエルは発表直後から学院にも公の場にも姿を現すことはなかった。



 アリエルがドラゴナ神国を後見人として侯爵になったと聞き、浮かれた男一人がいた。
「セドリック、ワトー家へ先ぶれを出してある。返事はまだだがいくぞ。お前はまだ彼女の婚約者なのだからな。婚約破棄の手続きがまだでよかったな。」
 サンドラの紹介する縁談のため、セドリックにアリエルと婚約を解消するよう迫っていたセドリックの父、ルブラン侯爵だ。
 それが、一転アリエルとの婚約を揺るぎのない物にするためにワトー家へ行くという。
 数カ月も前の婚約破棄騒動だったが、アリエルの事件のせいで有耶無耶になっていたのだ。おそらく生きていないと思いながらもそれをはっきり口に出すのがはばかられたせいで、両家ともにきちんとした手続きをすることなく自然消滅を待つような状態だったのだ。それが幸いした。

「そんな身勝手な事出来るわけがない!」
「お前はずっとアリエル嬢と結婚したいと言っていたではないか。私はその心に打たれ、何とかしようとしているだけだ。お前では門前払いの可能性もあるだろう。婚約関係にある家と家との話し合いを向こうも無下には出来まい。チャンスをものにしろ。」
 自分勝手な父には怒りしかなかったが、アリエルと話す機会が持てるならと堪えて、ワトー家を訪問した。
 侯爵家を取り戻したアリエルとシャルルは、別邸からワトー侯爵邸に移ってきていた。
 門前払いを覚悟していたが、門は開き応接室へと招き入れられた。

 応接室にはアリエル、その横にシャルルがい座っていた。その後ろには、クロウが立っている。
「アリエル!ずっと話がしたかったんだ!手紙を送っても返事はないし、学院でも近づけなくて。今日は会ってくれてありがとう、本当に・・・ありがとう。君とこうして話せて嬉しい。」
 ようやくアリエルに会えたセドリックは涙をこらえる。
 大声で呼ばれたアリエルは、驚いたようにセドリックを見たがその目にはとまどいしか浮かんでいなかった。

「アリエル、怪我は?大丈夫なのか?僕のせいで・・・あんな事件にまきこまれて。謝っても謝り切れない。これからは僕がずっと側にいて守るから!彼女の事は本当に誤解で、僕はずっと後悔しているんだ!」
「あの?」
 戸惑ったようにアリエルがシャルルを見上げると、シャルルがアリエルの手を握り笑いかける。
「大丈夫だよ、アリエル。少し落ち着き給え、ルブラン侯爵令息。」
「あ・・・はい、申し訳ありません。」
 セドリックはドラゴナ神国の王族の前で無礼を働いたことに気がつき、謝罪し、改めてルブラン侯爵ともども挨拶をし、礼をとった。

「閣下、本日は拝謁を賜り恐悦至極でございます。今日は今後について話し合うために参りました。」
 ルブラン侯爵は、機嫌がよさそうに話し出す。
「アリエル嬢、いえ、もうアリエル侯爵とお呼びした方がよろしいか。とにかく元気な姿を確認できてよかった。今日来たのは他でもない、これから大変なことが多いだろうが我々が力になるので心配はないと伝えたくてね。」
 アリエルに話しかけたが、それに答えたのはシャルルだった。
「ルブラン侯爵。アリエルは私が後ろ盾となっている。せっかくの心遣いだが必要はない。」
「いえいえ、アリエル嬢はもう身内のようなものですから。」
 ルブラン侯爵は揉み手でもしそうな勢いだ。
「これは不思議なことを。身内とはどういうことだ?アリエルとの婚約破棄の話が進んでいると聞いている。それにルブラン侯爵が乗り気だったとも。今日、訪問を受け入れたのは婚約破棄の手続きをするためだ。」
「婚約破棄の話は・・・あの男が言い出したことでございます。侯爵を騙った男が勝手に言い出したことに効力はございません。」
「アリエルが一番つらい時に力になるどころか、傷つけたとか。アリエルが療養に出るきっかけを作ったのは君ではないのか?」
 シャルルはセドリックを見る。
「それはっ・・・申し訳ありません!お詫びのしようもありません!本当に・・・本当にごめん。アリエル・・・で、ですが、婚約の事は閣下には関わりのないことでございます。二人で話をさせていただきたい。」
 先ほどからアリエルはセドリックの顔を見ることもなく、横に座るシャルルに手を預けたままである。
 セドリックは辛そうに顔を歪め、それを見る。

 クロウだけが手ごわい恋敵だと思っていたが、まさかの伏兵だった。
 クロウが暮らしている屋敷の主と聞いていたから、もっと年配の人物だと思っていた。
 なのにまだ若くてすらりと背が高く、目鼻立ちの整った美しい男。雰囲気や所作にも気品が溢れている。
 しかも、ドラゴナ神国王族の上、アリエルの父の件や爵位継承における事件を表面化させ、颯爽と解決した優秀な人物。
 シャルルの方もアリエルに対する愛情を隠すことはななく、アリエルもシャルルに全幅の信頼を寄せているようだった。
 自分にアリエルを責める資格などないのはわかっていても、嫉妬に胸が焼けるようだった。


 アリエルは縋るようなセドリックに視線を移すと困ったような表情になった。
「申し訳ありませんが、あなたの事を覚えておりません。婚約者だったと言われても信じられないくらいなのです。」
「え?」
「彼女は記憶を失っている。あまりにもの心労に心が耐えきれなかったのだろう。」
 シャルルは、慰めるようにアリエルの手を軽く握った。
「そんなっ、嘘だろ!? 僕の事がわからないのか!?」
 驚き立ち上がり、アリエルに詰め寄ろうとするがクロウに制される。
「お嬢にとって、あなたは危害を加えかねない他人と同じですから。」
「そんなわけないだろう!」
「こうなった原因をお忘れですか?」
 クロウは冷ややかな目でセドリックを見る。
「それは・・・」
「それにルブラン侯爵御令息、お嬢にはもうシャルル様と俺が付いていますから。あきらめた方がいい・・・そう忠告しましたよね。」
「私は彼女の婚約者だ。・・・閣下は王族でアリエルとは身分が違う。それに君は・・・護衛じゃないか。」
「ええ、護衛ですよ。学院内でお嬢を守る者が誰もいなかったようなので、留学という形をとり側につきましたが公爵家であることも間違いはない。」
 クロウの嫌味をふんだんに盛り込んだ言葉にセドリックは打ちのめされる。

「そう言うことですよ。アリエルの事は我々に任せてくれればいい。」
 シャルルはアリエルを愛しそうに抱きよせ、アリエルも身を任せ微笑んでシャルルを見ている。
 セドリックは辛そうに顔を歪めると、
「・・・僕はセドリック・ルブラン。君の婚約者なんだ。これまで何年も本当に仲良くしていて・・・愛し合っていたんだ。少し誤解させてしまったけれど、もう一度一緒に過ごして僕の事を知ってもらえないだろうか。」
 そう願った。

「なんとまあ、虫のいいことを。」
 小さく言うシャルルを無視して、アリエルに懇願する。
「叔父様にまで裏切られていて・・・今、信じられるのはシャルル様とクロウだけなのです。ですから・・・」
「僕は君を傷つけた・・・何度も。でも一度も裏切ったことはない、本当に君を愛しているんだ。僕に償いをさせてほしい、頼む。信じて欲しい!」
 セドリックは立ち上がって頭を下げた。
 それを見てもアリエルは何も感じることはなかった。
 それまでにはぐくまれていた愛情も、それを壊された胸の痛みでさえ残っていないアリエルには、他人事だった。

「あなたが後悔していることはわかりました。謝罪する気持ちも伝わりましたわ。ですが、記憶が戻らない以上婚約を継続するつもりはありません。」
「そんな!」
「いろんなことがシャルル様のおかげで解決しましたが、これからまだまだ大変なのです。ですから・・・」
 断ろうとするアリエルにセドリックはひかない。
「僕がアリエルを支える!支えさせて欲しい!」
 悲痛な声で言うセドリックに対して、
「そうだ、アリエル嬢。記憶がないのならなおさら大変だろう。うちの息子は婿に入る予定だったのだからその勉強もしてきている。すぐにこちらにこさせましょう」
 ルブラン侯爵がニコニコと言い放つ。

「お二方とも、アリエル嬢がまだ大変なさなか、これまでの縁故、今日の訪問を受け入れた。本来なら、会わずに婚約破棄の手続きをしても良かったのだ。それに配慮するどころか自分たちの要求ばかり・・・心労をかけないよう気が使えないようなものが側にいては、落ち着くものも落ち着くまい。」
 シャルルが冷ややかに言葉を発する。
「これは閣下!ごもっともでございます。うちの愚息の婚約者のアリエル嬢が心配のあまり、申し訳ない。婚約破棄の事はどうか、忘れていただきたい。これからは閣下と手を携えてワトー家を支えていきたいと思っております。どうぞ今後ともよろしくお願いします。」
 ルブラン侯爵は、冷たい言葉をものともせず、シャルルと言葉を交わし面識を得たことで機嫌が良い。

 セドリックはシャルルの言葉を聞き、恥じ入るように
「・・・ごめんアリエル。大変な時に押し掛けてしまって。今日はもう帰るよ、こうして話すことができて良かったよ。そして閣下、アリエルを・・・私の婚約者をよろしくお願いします。」
 そう言って、図々しい父を引きずって帰るしかなかった。

 自分の犯した罪は謝って済むほど簡単なものではなくなった事を知り、セドリックは後悔という言葉では済まないほど悔恨の念に駆られた。

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