私はあなたの母ではありませんよ

れもんぴーる

文字の大きさ
上 下
18 / 21

明かされた真実と邂逅

しおりを挟む
 辺境の地に戻ったオフェリーは、レナルドからブラントーム夫妻が実の両親だったことを聞かされる。
 なぜ言ってくれなかったのかと怒るオフェリーに、命を狙われていたから素性を知られるわけにはいかなかったと弁明する。
「命を狙われたってどういうこと?」
「……あの男には、結婚前から愛人を作って子供までいたらしい。」
「それってあの時の人? なんてひどい……」
 オフェリーはパーティの会場で血相を抱えて話しかけてきた男のことを思い出した。
「ああ、あの時君に駆け寄った男だ。君とは白い結婚だったときいている。」
「白い結婚?」
「ああ。ただ、ブラントーム侯爵の支援が欲しくて君を手放そうとしなかったらしい。だからもう王都に君を連れていきたくはない」
「……分かりました。だからあなたも、ブラントーム侯爵夫妻……いえ、両親も他人だと言い通したのですね。もう行くことはありませんわ。ただ……ブラントーム夫妻……両親には娘としてお会いしたかった。色々なお話をお聞きしたかった。」
 そう言ってオフェリーは涙を落とした。
「心配しないで。彼らは家督を譲ってこの地にくるそうだ。もうじき隠すこともなく大ぴらに親子として過ごせるよ。今まで済まなかった。」
「そうですか……お父様とお母様だったのですね……だからあんなに良くしてくださって。パトリックにもレティシアにも。ではあの家は私の実家だったのね?私何も思い出せなかったわ。きっとお母さまたちを傷つけてしまったわ。」
 そう言って泣くおフェリーを抱き寄せながら
「それは違う。君が殺されたと思って彼らは嘆き悲しんでいた。そこに生きて君が現れたんだよ。君を守るために名乗れないことくらい何でもないとおっしゃっていた。自分たちの事をわからなくても生きて幸せにしていてくれればいいのだと。」
「お父様、お母様……」
「君が記憶をなくした原因……あの男か愛人に殺されかけたのだとわかったから決して身元が知られないようにしなくてはならなかった。でも犯人は捕まったし、もう心配することはなくなった。君のご両親が来ればゆっくり色々話をすればいい。」
「ええ、とても楽しみだわ。ああ、でも私は死んだことになっていたのでしょ?それは……もしかして……」
「ああ、それがメイドだったんだ」
「……私が……」
 真っ青な顔でオフェリーが震えだす。
 レナルドはオフェリーを抱きしめると
「いや。君が死んだと思ったメイドが君のドレスとアクセサリーをつけて逃げたんだ。そこを金目当ての暴漢に襲われて……亡くなったらしい。そのあと火にかけられて人相がわからなくなって君だとされたらしいよ」
 事件の詳細を知らないオフェリーにレナルドは話を変えて説明した。
「……本当に?」
「もちろんだ」
「でも……じゃあ私はどうして川に? なぜ辺境のほうまで流されたの? 私がメイドを殺して逃げたんじゃ……」
「それはわからない。だけど、君がメイドを殺したのではないことは確かだよ。暴漢に襲われたというのは調書で確認したから」
 レナルドの曇りのない笑顔にオフェリーはほっとして、レナルドに身を任せる。
 オフェリーを抱きしめたレナルドの少し憂いた顔にオフェリーは気がつかなかった。

 レナルドは、両親と思い出話をすることで記憶が戻り、前の娘の事を思い出さないか、事件のことを思い出さないかを恐れていた。
 記憶を取り戻した時、自分も、オフェリーの両親もきっと彼女に責められることになる。なにより彼女はメイドの死に関わっていると自責の念で苦しむかもしれない。
 そんな日が来ないことを願うしかなかった。


 時が過ぎ、領地にやってきたブラントーム夫妻は、オフェリーを抱きしめた。
 名乗れなかったこと、騙していたことを詫び、ずっと抱きしめたかったと夫人は涙ながらに伝えた。
「私によくして下さって……パトリックの事もレティシアの事も大事にしてくださいました。私にもこのような親がどこかにいるのかもしれないと……ずっと思っておりました。」
「ああ、クラリス。クラリス!」
 夫妻は嗚咽が止まらなかった。

 一同は落ち着くと、夫妻は謝った
 嬉しさのあまりクラリスと名を呼んでしまったが、これからも何があるのかわからないから、もうクラリスという名は封印すると。
 誰が聞いているかわからない。わずかの可能性でも、娘が不利になるようなことがあってはいけない。
 クラリスはこれからもオフェリーとして。そして自分たちは娘の面影を持つオフェリーと交流を持ちたいがためやってきたことにするという。
 誰もいない時くらい。クラリスでとオフェリーは言ったが、言い慣れてはいけないと夫妻は強い決意を示した。
 あのメイドの死は事故かもしれない、しかしクラリスが正統防衛であったとしてもメイドを殺した可能性がある以上、これからもクラリスの生存は絶対に隠し通さないといけないと侯爵夫妻は心に強く決めていた。
「あなたの大切な名前は私たちの心の中で大切に守るわ。あなたがこうして幸せにしていること以上に大切なことなどないのだから。」
「ブラントーム夫人……お母様と……お呼びしてはいけないのですね?」
 レナルドは呼ばせてやりたかった。こんな遠い地で大丈夫ではないかとも思う。
 だが、夫妻の決意は揺るがなかった。
「……一度だけ。最後に一度だけ呼んでちょうだい。心でつながっているわ、そうでしょう?あなた」
「ああ、呼び名などどうでもいい。私達はお前が……お前の家族が幸せならそれでいい。こうしてこの地に呼んでくれたことに心から感謝しています。レナルド殿、クラリス——オフェリー様をよろしくお願いします」
「もちろんです。オフェリーは私が必ず守ります。」
 オフェリーは涙を湛えて
「お父様、お母様……私にこんな素敵な両親がいると分かって私は幸せですわ。これからこうしてお側にいられること嬉しく思います。孫を……パトリックとレティシアの事もよろしくお願いします」
「ああ、ああ!」
 侯爵夫妻はあの絶望した日から失っていた未来をようやく取り戻したのだった。

 それからすぐ、彼らはオフェリーの寄り親となり再びお父様とお母様と呼んでもらえるようになったのだった。
しおりを挟む
感想 99

あなたにおすすめの小説

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

元婚約者が愛おしい

碧桜 汐香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

処理中です...