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「ユマちゃん、お爺様のところに行ってきたの? クラリス様に似た人に会いに行った?」
「うん。でも……会わせてもらえなかったの」
「オフェリー様といったかしら? 随分似ていると噂になってるけど、違うのでしょ?」
「でも会ってみたい」
「……。そうね、あなたの本当のお母様だものね。私なんか足元にも及ばないわよね」
バーバラは大きなため息をついた。
「そ、それは……」
「アルマンはもう別人だってあきらめたようだけど。もしその人があなたの言う通りクラリス様だったらどうするの?」
「ここに帰ってきてもらうに決まってるじゃない!」
「じゃあ、私はどうすればいいのかしら?」
「あ……それは……もちろん一緒にみんなで……」
ユマはしどろもどろで言った。
もしオフェリーがクラリスだったとしても、自分の両親に助けてと手紙を出していたクラリスがこの屋敷に戻ってきてくれるかどうかわからない。自分を許してくれないかもしれない。
「いいのよ。そんなことできるわけないものね。まあ、クラリス様は無様にもまる焼けで死んだのだから戻ってくるわけないのに馬鹿みたいだわ、あなたもアルマンも」
「そんな言い方……」
ユマはバーバラの露悪的な言葉に唖然とした。
いつも自分のことを優しく慰めてくれるバーバラの言葉とは思えなかった。
「いつまでもクラリス、クラリスっていい加減にむかつくわよ! 二人してクラリス様を散々傷つけてきたくせに、今更いい子ぶっちゃって。あなたを可愛がればアルマンの後妻になれるかと思ってたけど、あんたは役に立たないしほんと予定が狂っちゃったわ。でもいい? もう私のオレノがここの後継者なの。もうあんたを無理して可愛がる必要がなくてほっとするわ」
「そんな! バーバラお母様!」
「はっ! バカみたい。自分の父親の愛人をお母様だなんて。ああ、イライラするわ。アルマンはお金がないって金策に走ってばかりで宝石も買ってくれないし。あ~あ、何か面白いことないかしら」
バーバラは嫌味のように大きな声で愚痴をこぼしながら、去っていった。
「バーバラお母様……」
あれだけ優しくしてくれたバーバラの本性にユマはショックを受けた。ぽろぽろと涙がこぼれる。
あんな人間をお母様と呼んだせいで、クラリスをどれほど悲しませたのだろう。
クラリスが恋しくて恋しくてたまらなかった。
どうにかしてクラリスに似ているオフェリー様に会いたくて仕方がなかった。
「お母様! 私です、ユマです!」
ある日の昼下がり、オフェリーが侯爵家に庭でパトリックと遊んでいたところ、塀の方から大きな声がしたので思わず顔をあげた。
柵の間から顔を出しているのは、10歳前後の女の子だった。
「お母様!」
こちらを向いて叫ぶ少女を見て、パトリックがそちらに向かっていこうとする。思わずオフェリーはパトリックを抱きかかえる。
侍女が慌てた様子で
「オフェリー様、お気をつけ下さい。最近ああして気をひいて物乞いをする者が増えております。もらえないと判ると腹いせに石を投げつける輩もいるようで。パトリック様に何かあってはいけません!屋敷の方に!」
それを聞いたオフェリーはさっと顔を青ざめさせ、護衛と侍女に横と後方を守ってもらいながら屋敷の中へと戻った。
彼らは当主からユマとアルマンをルロワ家に近づけないよう言い渡されており、素早くオフェリーたちを避難させたのだ。
「オフェリー様、大丈夫ですか?」
「は、はい。あのような子供が物乞いを?可哀そうなことですね」
ユマの顔を見ても、他人以上の反応を示さないオフェリーにようやく屋敷中の人間が他人の空似だったのだと納得したのだった。
オフェリーは先ほどの事に驚いたせいで、少し不安なりすぐにベッドで休むことになった。
グレース夫人が飛んできて、ひどく心配をしてくれた。
「オフェリー様、体調はいかがですか? 申し訳ありませんでした。屋敷の周囲の警備をもっと強化しますわ」
「大丈夫ですわ。王都ですのにあのような物乞いがいるのですか? 綺麗な服を着ていたように思いましたが」
「物乞い? え、ええ…そうですね。そうなのです」
「そうですか。可哀そうな話ですね」
オフェリーは悲しそうに窓の外を見やった。
一方、取り残されたユマが柵にしがみついていると、屋敷から騎士が出てきて掴まった。
その後、ロイクが出て来て思いきりユマを叱った。
「わかっただろう。あの方はクラリスではない、クラリスはお前の父と愛人のせいで……。それにお前は念願の優しいバーバラお母様がいるだろう。お前とはもう縁は切れている、二度とここにくるな」
「お爺様!ごめんなさい……私こんなことになるとは思わなかったの!バーバラお母様は……・最近冷たくなったの。お爺様、助けて!」
「……。それはお前の父親がすることだ、父親に言いなさい。ま、そんなことが出来る男ならば娘は殺されずに済んだのだがな。誰か、この子をエーベル伯爵家まで連れて行ってやってくれ。」
「お爺様!ごめんなさい!」
泣いて許しを請う孫に、心は揺れる。可愛がっていた孫だ、大切なクラリスの娘。助けてやりたい気持ちをぐっとこらえる。
まだクラリスを殺そうとした犯人は捕まっていない。
それはあの男か、愛人のどちらかしか考えられない。オフェリーがクラリスだということはユマにも決して気づかれてはならないのだ。
クラリスの記憶が戻れば犯人はわかるかもしれない……だが戻ってしまえば彼女はユマと今の家族の間で苦しんでしまうことになる。
ロイクは何をどう願えばいいのかもわからなかった。
再びブラントーム家の護衛に連れられて屋敷に戻って来たユマにアルマンは溜息をついた。ブラントーム侯爵からの抗議の手紙を読みながら、目の前で泣くユマを見る。
この年齢で伯爵令嬢だというのに何のマナーも身についておらず、常識もない娘。昔にバーバラが女の子は可愛ければいいと言った馬鹿な言葉を真に受けてクラリスの言うことを聞かなくなったユマ。
だが全ての責任は自分にある。それはわかっているのだが。
「ユマ、ルロワ伯爵夫人は……お前を見てどうだった?」
「……あれはお母様よ。ぜったいにお母様だもん!」
再び泣きだすユマにいら立ちを感じる。
そんなことは聞いていない。どんな反応をしたのか聞きたいのだ。
別人だと頭で納得しようとしても、他人の振りをしているのではないか、その望みを捨てきれなかった。
自分はもう直接、オフェリー夫人に接近することは出来ない。そんなことをすればエーベル家は即終了を迎える。
だがもしあれがクラリスならさすがに自分の娘を前に知らぬ顔はできないはずだ。
「ユマ! 夫人はなんとおっしゃったんだ!」
「……なにも。汚いものを見るような目で見て……一生懸命お母様って呼んだのに。屋敷に入っていかれたの」
「……そうか。」
アルマンはがっかりした。
やはりどれほど似通っていようとも、あの夫人はクラリスではないのか。
クラリスならユマを見て動揺しないはずはないのだから。
「……クラリス……」
「お父様! あの方に戻ってきてもらいましょう!」
「……お前の母ではないともうわかっただろう」
「そんなことない! それに違っててもいい! あの人にそばにいてほしいの!」
「馬鹿な事を言うな!」
「だって! だってバーバラお母様はもう嫌なの! あんな愛人……お母様を殺したのは……」
「ユマ!やめなさい!」
アルマンは思わずユマの頬を叩いた。
「ひどいわ! 悪いことをしたのはお父様なのに!」
あれだけ優しかったバーバラが冷たくなった。時には手をあげることもあった。
私はあなたのお母様じゃないと突き放される。
使用人たちが冷たい原因もやっとわかった。当たり前だったのに、そんなことがようやくわかった。
「すまない、だが馬鹿な事を言うのはやめなさい」
「だって皆言ってるわ。お父様かバーバラお母様が殺したんだって!」
学院でも家でもそう言われていることをようやく知った。バーバラお母様が冷たくなったと学校で愚痴をこぼした時、今更と友達に笑われた。愛人が乗り込んできて、今邪魔なのはユマだと。そんなこともわからなかったのと馬鹿にされたのだ。よくも愛人のことをお母様なんて呼べるわね。と。
ユマはそういわれて恥ずかしかった。自分は本当に何もわかっていない大バカだったのだ。
でもそれもこれも全部父アルマンのせいだ。
「どうして!?愛人を連れ込んで、愛人の子を嫡男にして! みんな言ってるもん! 次殺されるのは邪魔な私の番だって!」
「いい加減にしなさい!」
その言葉はアルマンの心をえぐった。
自分はその場その場で出来る最善の事をしたと思っていた。
だが客観的にみれば愛人を作り、妻が死んだとたんに愛人を屋敷に住まわせ愛人の子を後継ぎに据えた。
誰がどう見てもクラリスを殺したのは自分だと疑うだろう。
だが違う。
「私は!クラリスを愛していた!」
「じゃあなんでバーバラお母様がいるの!? なんでこの家にずっと置いているの!?」
「お前がいて欲しいと言ったんだろう!」
いいわけだ。ただ面倒なことが嫌だっただけ。
二人の言い争いを冷ややかな顔をしてみているメイドたち。
ユマを止めることも慰めることもない。アルマンを諫めることもない。
それに気がついたアルマンははっとして
「……すまない、ユマ。きちんとお前の事は考えるから。とにかくこれからはお爺様の……ブラントーム家へ行ってはいけないよ。これ以上不興を買ったら本当にうちはおしまいだ」
「そんなのいや! あの人に会いたい!お母さまじゃなくても会いたい!」
本当にこの子は……クラリスがきちんと教育をしようとしてくれていたのに。バカなバーバラの甘言に乗り真剣に学ばなかったばかりにこんな愚かな娘に育ってしまった。
婚約者も全然決まらない。この子の資質のせいもあるが、それ以上に悪評しかない我が家に声をかけるものはいないのだ。クラリスがいたころには縁談もあり、どの話を受けようか悩んでいたものだが全て取り下げられてしまっていた。
妻殺害の疑いは晴れてもエーベル家と縁を持ちたいものは誰もいない。
嫡男にしたオレノもそうだ。彼は屋敷に連れてくるまでは素直で可愛い子だった。しかし籍を入れたとたん、ユマに強くでるようになった。付け焼刃で貴族としてのマナーも教養も何も身についていないというのに、嫡男としての地位に胡坐をかいている。そんなオレノのもとに嫁いでくれる者もいないだろう。
自分のしでかした罪。クラリスを死なせてしまっただけではない。関わる全ての人間を不幸にしてしまった。
浮気ではないと、支援だと言いつくろいながらずっとクラリスを傷つけてきた。自分は二つの家庭をうまく回せると思っていた。そのくらいの甲斐性も能力もあると思い込んでいた。
自分の決断はすべて間違っていたと今ならわかる。
結婚するときに、バーバラと手を切るべきだった。オレノをもうけるのではなかった。ユマとバーバラたちを会わせるのではなかった。
事件後も、あの二人を屋敷に招き入れてはいけなかった。そうすれば、ブラントーム侯爵夫妻は少なくとも見放さなかったに違いない。
「ユマ。諦めなさい。お母さまは亡くなったんだ。もう戻っては来ないんだよ」
娘にそう言い聞かせながらアルマン自身涙を浮かべていた。
「ユマ……お父様と二人で暮らすことになってもいいかい?」
「え?」
「バーバラには出て行ってもらう。構わないか?」
バーバラとオレノにも申し訳ないことになるが、家を用意して彼女の暮らしは今後も支え続ける。オレノはどちらで暮らしたいか本人の意思にゆだねる。もしバーバラについていくならきちんと教育係も派遣して、バーバラの悪影響が出ないように手を尽くす。
これ以上をおろかな自分のせいで二人の子供を不幸にしてはいけないとアルマンはようやく腹をくくった。
「うん! お父様と二人で暮らしたい、もう家族だけで暮らしたいの」
ユマも初めから本性を見せていてくれればあんな二人に懐いて大好きなお母様を悲しませることはなかったのにと、取り返しのつかない後悔に襲われていた。
「うん。でも……会わせてもらえなかったの」
「オフェリー様といったかしら? 随分似ていると噂になってるけど、違うのでしょ?」
「でも会ってみたい」
「……。そうね、あなたの本当のお母様だものね。私なんか足元にも及ばないわよね」
バーバラは大きなため息をついた。
「そ、それは……」
「アルマンはもう別人だってあきらめたようだけど。もしその人があなたの言う通りクラリス様だったらどうするの?」
「ここに帰ってきてもらうに決まってるじゃない!」
「じゃあ、私はどうすればいいのかしら?」
「あ……それは……もちろん一緒にみんなで……」
ユマはしどろもどろで言った。
もしオフェリーがクラリスだったとしても、自分の両親に助けてと手紙を出していたクラリスがこの屋敷に戻ってきてくれるかどうかわからない。自分を許してくれないかもしれない。
「いいのよ。そんなことできるわけないものね。まあ、クラリス様は無様にもまる焼けで死んだのだから戻ってくるわけないのに馬鹿みたいだわ、あなたもアルマンも」
「そんな言い方……」
ユマはバーバラの露悪的な言葉に唖然とした。
いつも自分のことを優しく慰めてくれるバーバラの言葉とは思えなかった。
「いつまでもクラリス、クラリスっていい加減にむかつくわよ! 二人してクラリス様を散々傷つけてきたくせに、今更いい子ぶっちゃって。あなたを可愛がればアルマンの後妻になれるかと思ってたけど、あんたは役に立たないしほんと予定が狂っちゃったわ。でもいい? もう私のオレノがここの後継者なの。もうあんたを無理して可愛がる必要がなくてほっとするわ」
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バーバラは嫌味のように大きな声で愚痴をこぼしながら、去っていった。
「バーバラお母様……」
あれだけ優しくしてくれたバーバラの本性にユマはショックを受けた。ぽろぽろと涙がこぼれる。
あんな人間をお母様と呼んだせいで、クラリスをどれほど悲しませたのだろう。
クラリスが恋しくて恋しくてたまらなかった。
どうにかしてクラリスに似ているオフェリー様に会いたくて仕方がなかった。
「お母様! 私です、ユマです!」
ある日の昼下がり、オフェリーが侯爵家に庭でパトリックと遊んでいたところ、塀の方から大きな声がしたので思わず顔をあげた。
柵の間から顔を出しているのは、10歳前後の女の子だった。
「お母様!」
こちらを向いて叫ぶ少女を見て、パトリックがそちらに向かっていこうとする。思わずオフェリーはパトリックを抱きかかえる。
侍女が慌てた様子で
「オフェリー様、お気をつけ下さい。最近ああして気をひいて物乞いをする者が増えております。もらえないと判ると腹いせに石を投げつける輩もいるようで。パトリック様に何かあってはいけません!屋敷の方に!」
それを聞いたオフェリーはさっと顔を青ざめさせ、護衛と侍女に横と後方を守ってもらいながら屋敷の中へと戻った。
彼らは当主からユマとアルマンをルロワ家に近づけないよう言い渡されており、素早くオフェリーたちを避難させたのだ。
「オフェリー様、大丈夫ですか?」
「は、はい。あのような子供が物乞いを?可哀そうなことですね」
ユマの顔を見ても、他人以上の反応を示さないオフェリーにようやく屋敷中の人間が他人の空似だったのだと納得したのだった。
オフェリーは先ほどの事に驚いたせいで、少し不安なりすぐにベッドで休むことになった。
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「物乞い? え、ええ…そうですね。そうなのです」
「そうですか。可哀そうな話ですね」
オフェリーは悲しそうに窓の外を見やった。
一方、取り残されたユマが柵にしがみついていると、屋敷から騎士が出てきて掴まった。
その後、ロイクが出て来て思いきりユマを叱った。
「わかっただろう。あの方はクラリスではない、クラリスはお前の父と愛人のせいで……。それにお前は念願の優しいバーバラお母様がいるだろう。お前とはもう縁は切れている、二度とここにくるな」
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「……。それはお前の父親がすることだ、父親に言いなさい。ま、そんなことが出来る男ならば娘は殺されずに済んだのだがな。誰か、この子をエーベル伯爵家まで連れて行ってやってくれ。」
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泣いて許しを請う孫に、心は揺れる。可愛がっていた孫だ、大切なクラリスの娘。助けてやりたい気持ちをぐっとこらえる。
まだクラリスを殺そうとした犯人は捕まっていない。
それはあの男か、愛人のどちらかしか考えられない。オフェリーがクラリスだということはユマにも決して気づかれてはならないのだ。
クラリスの記憶が戻れば犯人はわかるかもしれない……だが戻ってしまえば彼女はユマと今の家族の間で苦しんでしまうことになる。
ロイクは何をどう願えばいいのかもわからなかった。
再びブラントーム家の護衛に連れられて屋敷に戻って来たユマにアルマンは溜息をついた。ブラントーム侯爵からの抗議の手紙を読みながら、目の前で泣くユマを見る。
この年齢で伯爵令嬢だというのに何のマナーも身についておらず、常識もない娘。昔にバーバラが女の子は可愛ければいいと言った馬鹿な言葉を真に受けてクラリスの言うことを聞かなくなったユマ。
だが全ての責任は自分にある。それはわかっているのだが。
「ユマ、ルロワ伯爵夫人は……お前を見てどうだった?」
「……あれはお母様よ。ぜったいにお母様だもん!」
再び泣きだすユマにいら立ちを感じる。
そんなことは聞いていない。どんな反応をしたのか聞きたいのだ。
別人だと頭で納得しようとしても、他人の振りをしているのではないか、その望みを捨てきれなかった。
自分はもう直接、オフェリー夫人に接近することは出来ない。そんなことをすればエーベル家は即終了を迎える。
だがもしあれがクラリスならさすがに自分の娘を前に知らぬ顔はできないはずだ。
「ユマ! 夫人はなんとおっしゃったんだ!」
「……なにも。汚いものを見るような目で見て……一生懸命お母様って呼んだのに。屋敷に入っていかれたの」
「……そうか。」
アルマンはがっかりした。
やはりどれほど似通っていようとも、あの夫人はクラリスではないのか。
クラリスならユマを見て動揺しないはずはないのだから。
「……クラリス……」
「お父様! あの方に戻ってきてもらいましょう!」
「……お前の母ではないともうわかっただろう」
「そんなことない! それに違っててもいい! あの人にそばにいてほしいの!」
「馬鹿な事を言うな!」
「だって! だってバーバラお母様はもう嫌なの! あんな愛人……お母様を殺したのは……」
「ユマ!やめなさい!」
アルマンは思わずユマの頬を叩いた。
「ひどいわ! 悪いことをしたのはお父様なのに!」
あれだけ優しかったバーバラが冷たくなった。時には手をあげることもあった。
私はあなたのお母様じゃないと突き放される。
使用人たちが冷たい原因もやっとわかった。当たり前だったのに、そんなことがようやくわかった。
「すまない、だが馬鹿な事を言うのはやめなさい」
「だって皆言ってるわ。お父様かバーバラお母様が殺したんだって!」
学院でも家でもそう言われていることをようやく知った。バーバラお母様が冷たくなったと学校で愚痴をこぼした時、今更と友達に笑われた。愛人が乗り込んできて、今邪魔なのはユマだと。そんなこともわからなかったのと馬鹿にされたのだ。よくも愛人のことをお母様なんて呼べるわね。と。
ユマはそういわれて恥ずかしかった。自分は本当に何もわかっていない大バカだったのだ。
でもそれもこれも全部父アルマンのせいだ。
「どうして!?愛人を連れ込んで、愛人の子を嫡男にして! みんな言ってるもん! 次殺されるのは邪魔な私の番だって!」
「いい加減にしなさい!」
その言葉はアルマンの心をえぐった。
自分はその場その場で出来る最善の事をしたと思っていた。
だが客観的にみれば愛人を作り、妻が死んだとたんに愛人を屋敷に住まわせ愛人の子を後継ぎに据えた。
誰がどう見てもクラリスを殺したのは自分だと疑うだろう。
だが違う。
「私は!クラリスを愛していた!」
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いいわけだ。ただ面倒なことが嫌だっただけ。
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「ユマ。諦めなさい。お母さまは亡くなったんだ。もう戻っては来ないんだよ」
娘にそう言い聞かせながらアルマン自身涙を浮かべていた。
「ユマ……お父様と二人で暮らすことになってもいいかい?」
「え?」
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これ以上をおろかな自分のせいで二人の子供を不幸にしてはいけないとアルマンはようやく腹をくくった。
「うん! お父様と二人で暮らしたい、もう家族だけで暮らしたいの」
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