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疑念
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ルロワ夫妻はせっかくの陞爵祝いになるはずのパーティであったが、周囲の様子や先ほどの夫妻の事を考えると早々にパーティ会場を抜け出すことに決めた。
アルマンという不快な男が最後呼びかけてきたが耳を傾ける気にもならなかった。
領地がかなり遠方でタウンハウスもないルロワ夫妻は王宮に部屋を賜っており、部屋に戻るとソファーに座り込んだ。
不安そうなオフェリーがレナルドに寄り添う。
「オフェリー、大丈夫かい?」
「はい。ですが……あのお三方だけではなく皆さまが私を見て驚いていました。私は……クラリスという女性なのでしょうか」
「まさか。クラリス夫人は亡くなったと言っていただろ?」
「はい」
「ご両親があれだけ悲しむほどオフェリーに似ていたのだろうね」
「なんだか……辛かったです。私の両親もどこかでああして心配してくれているのかも知れない。でも……誰も私の事を探してくれる人はいなかったのだからもうきっと亡くなっているのでしょう」
「かもしれない。私もあの頃、君の身元を調べたけれどどこからも捜索願は出されていなかった」
「あなたに出会えていなければ、私はきっと死んでいたか、もっと恐ろしい目に……」
「オフェリー」
レナルドはオフェリーをそっと抱きしめた。
二人はメイドを呼び、お茶をお願いして一息ついた。
そこにノックがあり、フェルナン王太子殿下が顔を出した。
オフェリーは慌てて礼をとる。
「オフェリー嬢、かまわないよ。レナルドとは学院で一緒だったから」
「ですが……」
「大丈夫だ。それで何の用だ?」
慌てるオフェリーをよそに、レナルドは学生時代同様に王太子に遠慮のない態度をとる。
「先ほどの件だ。ブラントーム夫妻の娘のクラリス夫人にそっくりだと噂になっている」
「そう言われても。そのクラリス夫人は亡くなっているんだろう?」
「ああ。だが、彼女が亡くなった時期とお前がオフェリー嬢と出会った時期が一緒なんだ」
「だからなんだ? おかしなことを言わないでくれ!」
震える手でレナルドを掴むオフェリーを慮ったレナルドはフェルナンに声を荒げた。
もしオフェリーがクラリスなら彼女は先ほどのぶしつけな男の妻ということになるのだから。オフェリーもそれに気が付いているからこうして不安に押しつぶされているのだろう。
先ほど、あの男が突進してきた時、ようやく彼女の身元がわかるかもと思った。
しかし、えらい剣幕で夫だと名乗るがあまりにも感情的でマナーにかけた態度に、咄嗟に無関係を装った。万が一、彼女にとって良くない人物であれば困ることになるからだ。
オフェリーが救助されたとき、彼女は頭に傷を負い、記憶を失っていた。
ルロワ領から遠く離れた王都の地でオフェリーの顔を見知っている人物はいないだろうと思いつつ、これだけの人が多ければもしかしてと彼女を知る者がいるかもしれないと期待していたのも事実。
だがその考えは、間違っていたのかもしれない。
確かにオフェリーのことを知っている人間はいた。だがそれはオフェリーを傷つけた者、恨んでいる者である可能性もあるということを。
王太子はレナルドの様子にはっとして
「すまない、下らぬことを言った。クラリス夫人は故人であることは確認されている」
王太子はそう詫びると久々に顔を見に来ただけだからと言って戻っていった。
「レナルド様……私もしかして……」
オフェリーは震えながらレナルドにすがる。
「そんなわけはない。フェルナンも言っていただろう? その女性はかわいそうだが亡くなっている。君とは違うよ」
「でも私……何の記憶もないのですから。私を見つけて下さったとき、私は川に流れていたのでしょう? 死んだと思われていただけで……私がそのクラリスという女性なのでは……」
「大丈夫だ、大丈夫だよ。明日、フェルナンに詳しく聞いておく。だから心配しないで」
不安がるオフェリーに少し寝酒を飲ませ、寝入るのを確認してからレナルドはフェルナンの部屋を訪れた。
「先ほどはすまなかったあまりにも軽率だった。」
「ことと次第では許すつもりはない。あれからオフェリーは思い悩んでる。詳しい話が聞きたい。」
「そのつもりだ。だから、とりあえずクラリス夫人の事件の調査報告書を取り寄せておいた」
「……助かる。彼女の遺体は見つからなかったのか?」
レナルドはフェルナンから書類を受けとった。
「いや、見つかっている。」
レナルドはほっとした。それならどれだけ似通っていようとも別人確定だ。
「……だが、判別不可だった。身につけたものと、状況からクラリス夫人と判断されただけだ。」
「どういうことだ?」
レナルドは報告書を読み進めた。
そこにはクラリス夫人がエーベル伯爵家の自室で炎に包まれて亡くなったことが書かれていた。
他にも金目のものが部屋から消え、メイドが一人消息不明であること。夫のアルマンは婚姻前から愛人を囲い、子供までいること。夫人が亡くなった直後から屋敷に呼び寄せて暮らし、その愛人の子を後継者として籍に入れたと報告されていた。
「これは……夫と愛人に殺されたとしか思えない」
「その通りだ。クラリス夫人は、殺される前に両親に助けて欲しいと手紙を出している。実家に戻っても良いかとな」
「決まりじゃないか! でも先ほどこの愚かな夫がいたということは犯人は愛人のほうか」
「それが犯人はまだ捕まっていない。夫が疑われたが、犯人ではなかった。愛人もその時はまだ屋敷にはいなかったのだ。おそらくメイドを雇ったかと思われたのだが……。人相を回しているが全く情報がなくメイドの足取りがつかめないんだ。証拠がなく彼らを捕まえることができなかったようだ。」
そしてまだ報告書を読み続けているレナルドは
「なんてひどい……娘まで」
思わずつぶやいた。
「……ああ」
クラリス夫人に隠れて、彼女の娘を愛人とその子に会わせたあげく、その娘は愛人に懐き母と呼んでいたと記されていた。
『「私はバーバラお母様の方がいいと言ってしまったの。だからお母様は……お爺様たちに助けて欲しいとお手紙を送ったのだわ。だからお爺様たちは私の事をもう孫ではないと言ったの」と聴取で泣いたと記録がある。
「……なあ、まさか死んだのがメイドで、オフェリーがクラリス夫人……」
レナルドは苦しそうな顔をして黙ってしまった。
「ああ、そうかもしれない。だが、先ほどの夜会で、彼女は両親の事がわからなかった。あの騒ぎのおかげで、別人だということは周知されたはずだ。不幸中の幸いだったな」
「……しかし……」
「心配するな、オフェリー夫人が記憶喪失だということは私しか知らない事だ。今後どうするか、早急に対策を考えろ」
レナルドは、学友でもある王太子にだけは結婚報告の際に妻が記憶を失っていることを告げていた。その時に王太子自らが失踪者や行方不明者に該当がなく、身元が分からない事を確認してくれていた。
まさか、死んだ人間のクラリスがそうだなんてわかるはずもなかった。
「対策?」
「このまま何もなかったように領地へ帰るのか、あの哀れなブラントーム夫妻に娘が生きていたと教えてやるのか、この調書にある馬鹿どもに彼女の存在を知らせるのかとか考えることは山のようにある。しっかりしろ、ぼやぼやしていると奥方を失うことになるかもしれないんだぞ!」
「あ。ああ……オフェリーは誰にも渡せない。だが、まずはオフェリーがクラリス夫人かどうかを確認しなければならない。今思えば、彼女は殺されかけて川に流されていたのかもしれない。頭に殴られたような傷があったが川に流されてついたのかもしれないと思っていたのだ。もしかして彼女が殺される所だったのなら……彼女の正体ははっきりしたとしても知られるわけにはいかない」
「……彼女に子供がいてもか」
王太子はレナルドの覚悟を問うように尋ねる。
「それは……。だが、オフェリーの命には代えられない。それにその娘はクラリス夫人よりも愛人がよかったのだろう?だからクラリス夫人は子供を置いて実家に逃げようとしていたんだ。私たちの間には……パトリックがいるんだ」
長時間の馬車に耐えられないだろうと、領地で両親が見てくれている大事な二人の息子。
今更オフェリーをほかの家族のもとへと返すわけにはいかない。しかも不誠実で危険かもしれないところへ。
「……難しい問題だな」
「オフェリーには言わないでくれ。調査して確実だと分かってから……考えたい。もし彼女がクラリス夫人と分かったらお前は黙っててくれるのか。王太子としてそれができるのか」
「……。お前が結婚をするときに行方不明者と照会しきちんと手続きをしたのを知っている。しかもエーベル家の事情も事情だ。王太子として人命保護の観点からも、友人としての心情的にもお前と夫人の味方だ。せっかくお前と出会って幸せにしている彼女をまた不幸にさせることはないからな。ともかく真実を突き止めなければなるまい。私の方でも協力できることは何でもする。」
レナルドは心強い味方を得てほっとしたのだった。
アルマンという不快な男が最後呼びかけてきたが耳を傾ける気にもならなかった。
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「はい」
「ご両親があれだけ悲しむほどオフェリーに似ていたのだろうね」
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「オフェリー」
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「オフェリー嬢、かまわないよ。レナルドとは学院で一緒だったから」
「ですが……」
「大丈夫だ。それで何の用だ?」
慌てるオフェリーをよそに、レナルドは学生時代同様に王太子に遠慮のない態度をとる。
「先ほどの件だ。ブラントーム夫妻の娘のクラリス夫人にそっくりだと噂になっている」
「そう言われても。そのクラリス夫人は亡くなっているんだろう?」
「ああ。だが、彼女が亡くなった時期とお前がオフェリー嬢と出会った時期が一緒なんだ」
「だからなんだ? おかしなことを言わないでくれ!」
震える手でレナルドを掴むオフェリーを慮ったレナルドはフェルナンに声を荒げた。
もしオフェリーがクラリスなら彼女は先ほどのぶしつけな男の妻ということになるのだから。オフェリーもそれに気が付いているからこうして不安に押しつぶされているのだろう。
先ほど、あの男が突進してきた時、ようやく彼女の身元がわかるかもと思った。
しかし、えらい剣幕で夫だと名乗るがあまりにも感情的でマナーにかけた態度に、咄嗟に無関係を装った。万が一、彼女にとって良くない人物であれば困ることになるからだ。
オフェリーが救助されたとき、彼女は頭に傷を負い、記憶を失っていた。
ルロワ領から遠く離れた王都の地でオフェリーの顔を見知っている人物はいないだろうと思いつつ、これだけの人が多ければもしかしてと彼女を知る者がいるかもしれないと期待していたのも事実。
だがその考えは、間違っていたのかもしれない。
確かにオフェリーのことを知っている人間はいた。だがそれはオフェリーを傷つけた者、恨んでいる者である可能性もあるということを。
王太子はレナルドの様子にはっとして
「すまない、下らぬことを言った。クラリス夫人は故人であることは確認されている」
王太子はそう詫びると久々に顔を見に来ただけだからと言って戻っていった。
「レナルド様……私もしかして……」
オフェリーは震えながらレナルドにすがる。
「そんなわけはない。フェルナンも言っていただろう? その女性はかわいそうだが亡くなっている。君とは違うよ」
「でも私……何の記憶もないのですから。私を見つけて下さったとき、私は川に流れていたのでしょう? 死んだと思われていただけで……私がそのクラリスという女性なのでは……」
「大丈夫だ、大丈夫だよ。明日、フェルナンに詳しく聞いておく。だから心配しないで」
不安がるオフェリーに少し寝酒を飲ませ、寝入るのを確認してからレナルドはフェルナンの部屋を訪れた。
「先ほどはすまなかったあまりにも軽率だった。」
「ことと次第では許すつもりはない。あれからオフェリーは思い悩んでる。詳しい話が聞きたい。」
「そのつもりだ。だから、とりあえずクラリス夫人の事件の調査報告書を取り寄せておいた」
「……助かる。彼女の遺体は見つからなかったのか?」
レナルドはフェルナンから書類を受けとった。
「いや、見つかっている。」
レナルドはほっとした。それならどれだけ似通っていようとも別人確定だ。
「……だが、判別不可だった。身につけたものと、状況からクラリス夫人と判断されただけだ。」
「どういうことだ?」
レナルドは報告書を読み進めた。
そこにはクラリス夫人がエーベル伯爵家の自室で炎に包まれて亡くなったことが書かれていた。
他にも金目のものが部屋から消え、メイドが一人消息不明であること。夫のアルマンは婚姻前から愛人を囲い、子供までいること。夫人が亡くなった直後から屋敷に呼び寄せて暮らし、その愛人の子を後継者として籍に入れたと報告されていた。
「これは……夫と愛人に殺されたとしか思えない」
「その通りだ。クラリス夫人は、殺される前に両親に助けて欲しいと手紙を出している。実家に戻っても良いかとな」
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「それが犯人はまだ捕まっていない。夫が疑われたが、犯人ではなかった。愛人もその時はまだ屋敷にはいなかったのだ。おそらくメイドを雇ったかと思われたのだが……。人相を回しているが全く情報がなくメイドの足取りがつかめないんだ。証拠がなく彼らを捕まえることができなかったようだ。」
そしてまだ報告書を読み続けているレナルドは
「なんてひどい……娘まで」
思わずつぶやいた。
「……ああ」
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「……なあ、まさか死んだのがメイドで、オフェリーがクラリス夫人……」
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「……しかし……」
「心配するな、オフェリー夫人が記憶喪失だということは私しか知らない事だ。今後どうするか、早急に対策を考えろ」
レナルドは、学友でもある王太子にだけは結婚報告の際に妻が記憶を失っていることを告げていた。その時に王太子自らが失踪者や行方不明者に該当がなく、身元が分からない事を確認してくれていた。
まさか、死んだ人間のクラリスがそうだなんてわかるはずもなかった。
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「あ。ああ……オフェリーは誰にも渡せない。だが、まずはオフェリーがクラリス夫人かどうかを確認しなければならない。今思えば、彼女は殺されかけて川に流されていたのかもしれない。頭に殴られたような傷があったが川に流されてついたのかもしれないと思っていたのだ。もしかして彼女が殺される所だったのなら……彼女の正体ははっきりしたとしても知られるわけにはいかない」
「……彼女に子供がいてもか」
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「それは……。だが、オフェリーの命には代えられない。それにその娘はクラリス夫人よりも愛人がよかったのだろう?だからクラリス夫人は子供を置いて実家に逃げようとしていたんだ。私たちの間には……パトリックがいるんだ」
長時間の馬車に耐えられないだろうと、領地で両親が見てくれている大事な二人の息子。
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「オフェリーには言わないでくれ。調査して確実だと分かってから……考えたい。もし彼女がクラリス夫人と分かったらお前は黙っててくれるのか。王太子としてそれができるのか」
「……。お前が結婚をするときに行方不明者と照会しきちんと手続きをしたのを知っている。しかもエーベル家の事情も事情だ。王太子として人命保護の観点からも、友人としての心情的にもお前と夫人の味方だ。せっかくお前と出会って幸せにしている彼女をまた不幸にさせることはないからな。ともかく真実を突き止めなければなるまい。私の方でも協力できることは何でもする。」
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