上 下
11 / 21

疑念

しおりを挟む
 ルロワ夫妻はせっかくの陞爵祝いになるはずのパーティであったが、周囲の様子や先ほどの夫妻の事を考えると早々にパーティ会場を抜け出すことに決めた。
 アルマンという不快な男が最後呼びかけてきたが耳を傾ける気にもならなかった。
 領地がかなり遠方でタウンハウスもないルロワ夫妻は王宮に部屋を賜っており、部屋に戻るとソファーに座り込んだ。
 不安そうなオフェリーがレナルドに寄り添う。

「オフェリー、大丈夫かい?」
「はい。ですが……あのお三方だけではなく皆さまが私を見て驚いていました。私は……クラリスという女性なのでしょうか」
「まさか。クラリス夫人は亡くなったと言っていただろ?」
「はい」
「ご両親があれだけ悲しむほどオフェリーに似ていたのだろうね」
「なんだか……辛かったです。私の両親もどこかでああして心配してくれているのかも知れない。でも……誰も私の事を探してくれる人はいなかったのだからもうきっと亡くなっているのでしょう」
「かもしれない。私もあの頃、君の身元を調べたけれどどこからも捜索願は出されていなかった」
「あなたに出会えていなければ、私はきっと死んでいたか、もっと恐ろしい目に……」
「オフェリー」
 レナルドはオフェリーをそっと抱きしめた。

 二人はメイドを呼び、お茶をお願いして一息ついた。
 そこにノックがあり、フェルナン王太子殿下が顔を出した。
 オフェリーは慌てて礼をとる。
「オフェリー嬢、かまわないよ。レナルドとは学院で一緒だったから」
「ですが……」
「大丈夫だ。それで何の用だ?」
 慌てるオフェリーをよそに、レナルドは学生時代同様に王太子に遠慮のない態度をとる。
「先ほどの件だ。ブラントーム夫妻の娘のクラリス夫人にそっくりだと噂になっている」
「そう言われても。そのクラリス夫人は亡くなっているんだろう?」
「ああ。だが、彼女が亡くなった時期とお前がオフェリー嬢と出会った時期が一緒なんだ」
「だからなんだ? おかしなことを言わないでくれ!」
 震える手でレナルドを掴むオフェリーを慮ったレナルドはフェルナンに声を荒げた。

 もしオフェリーがクラリスなら彼女は先ほどのぶしつけな男の妻ということになるのだから。オフェリーもそれに気が付いているからこうして不安に押しつぶされているのだろう。
 先ほど、あの男が突進してきた時、ようやく彼女の身元がわかるかもと思った。
 しかし、えらい剣幕で夫だと名乗るがあまりにも感情的でマナーにかけた態度に、咄嗟に無関係を装った。万が一、彼女にとって良くない人物であれば困ることになるからだ。

 オフェリーが救助されたとき、彼女は頭に傷を負い、記憶を失っていた。
 ルロワ領から遠く離れた王都の地でオフェリーの顔を見知っている人物はいないだろうと思いつつ、これだけの人が多ければもしかしてと彼女を知る者がいるかもしれないと期待していたのも事実。
 だがその考えは、間違っていたのかもしれない。
 確かにオフェリーのことを知っている人間はいた。だがそれはオフェリーを傷つけた者、恨んでいる者である可能性もあるということを。
 
 王太子はレナルドの様子にはっとして
「すまない、下らぬことを言った。クラリス夫人は故人であることは確認されている」
 王太子はそう詫びると久々に顔を見に来ただけだからと言って戻っていった。

「レナルド様……私もしかして……」
 オフェリーは震えながらレナルドにすがる。
「そんなわけはない。フェルナンも言っていただろう? その女性はかわいそうだが亡くなっている。君とは違うよ」
「でも私……何の記憶もないのですから。私を見つけて下さったとき、私は川に流れていたのでしょう? 死んだと思われていただけで……私がそのクラリスという女性なのでは……」
「大丈夫だ、大丈夫だよ。明日、フェルナンに詳しく聞いておく。だから心配しないで」
 不安がるオフェリーに少し寝酒を飲ませ、寝入るのを確認してからレナルドはフェルナンの部屋を訪れた。

「先ほどはすまなかったあまりにも軽率だった。」
「ことと次第では許すつもりはない。あれからオフェリーは思い悩んでる。詳しい話が聞きたい。」
「そのつもりだ。だから、とりあえずクラリス夫人の事件の調査報告書を取り寄せておいた」
「……助かる。彼女の遺体は見つからなかったのか?」
 レナルドはフェルナンから書類を受けとった。
「いや、見つかっている。」
 レナルドはほっとした。それならどれだけ似通っていようとも別人確定だ。
「……だが、判別不可だった。身につけたものと、状況からクラリス夫人と判断されただけだ。」
「どういうことだ?」
 レナルドは報告書を読み進めた。
 
 そこにはクラリス夫人がエーベル伯爵家の自室で炎に包まれて亡くなったことが書かれていた。
 他にも金目のものが部屋から消え、メイドが一人消息不明であること。夫のアルマンは婚姻前から愛人を囲い、子供までいること。夫人が亡くなった直後から屋敷に呼び寄せて暮らし、その愛人の子を後継者として籍に入れたと報告されていた。
「これは……夫と愛人に殺されたとしか思えない」
「その通りだ。クラリス夫人は、殺される前に両親に助けて欲しいと手紙を出している。実家に戻っても良いかとな」
「決まりじゃないか! でも先ほどこの愚かな夫がいたということは犯人は愛人のほうか」
「それが犯人はまだ捕まっていない。夫が疑われたが、犯人ではなかった。愛人もその時はまだ屋敷にはいなかったのだ。おそらくメイドを雇ったかと思われたのだが……。人相を回しているが全く情報がなくメイドの足取りがつかめないんだ。証拠がなく彼らを捕まえることができなかったようだ。」
 そしてまだ報告書を読み続けているレナルドは
「なんてひどい……娘まで」
 思わずつぶやいた。
「……ああ」
 クラリス夫人に隠れて、彼女の娘を愛人とその子に会わせたあげく、その娘は愛人に懐き母と呼んでいたと記されていた。

 『「私はバーバラお母様の方がいいと言ってしまったの。だからお母様は……お爺様たちに助けて欲しいとお手紙を送ったのだわ。だからお爺様たちは私の事をもう孫ではないと言ったの」と聴取で泣いたと記録がある。
「……なあ、まさか死んだのがメイドで、オフェリーがクラリス夫人……」
 レナルドは苦しそうな顔をして黙ってしまった。
「ああ、そうかもしれない。だが、先ほどの夜会で、彼女は両親の事がわからなかった。あの騒ぎのおかげで、別人だということは周知されたはずだ。不幸中の幸いだったな」
「……しかし……」
「心配するな、オフェリー夫人が記憶喪失だということは私しか知らない事だ。今後どうするか、早急に対策を考えろ」
 レナルドは、学友でもある王太子にだけは結婚報告の際に妻が記憶を失っていることを告げていた。その時に王太子自らが失踪者や行方不明者に該当がなく、身元が分からない事を確認してくれていた。
 まさか、死んだ人間のクラリスがそうだなんてわかるはずもなかった。
「対策?」
「このまま何もなかったように領地へ帰るのか、あの哀れなブラントーム夫妻に娘が生きていたと教えてやるのか、この調書にある馬鹿どもに彼女の存在を知らせるのかとか考えることは山のようにある。しっかりしろ、ぼやぼやしていると奥方を失うことになるかもしれないんだぞ!」
「あ。ああ……オフェリーは誰にも渡せない。だが、まずはオフェリーがクラリス夫人かどうかを確認しなければならない。今思えば、彼女は殺されかけて川に流されていたのかもしれない。頭に殴られたような傷があったが川に流されてついたのかもしれないと思っていたのだ。もしかして彼女が殺される所だったのなら……彼女の正体ははっきりしたとしても知られるわけにはいかない」
「……彼女に子供がいてもか」
 王太子はレナルドの覚悟を問うように尋ねる。
「それは……。だが、オフェリーの命には代えられない。それにその娘はクラリス夫人よりも愛人がよかったのだろう?だからクラリス夫人は子供を置いて実家に逃げようとしていたんだ。私たちの間には……パトリックがいるんだ」
 長時間の馬車に耐えられないだろうと、領地で両親が見てくれている大事な二人の息子。
 今更オフェリーをほかの家族のもとへと返すわけにはいかない。しかも不誠実で危険かもしれないところへ。
「……難しい問題だな」
「オフェリーには言わないでくれ。調査して確実だと分かってから……考えたい。もし彼女がクラリス夫人と分かったらお前は黙っててくれるのか。王太子としてそれができるのか」 
「……。お前が結婚をするときに行方不明者と照会しきちんと手続きをしたのを知っている。しかもエーベル家の事情も事情だ。王太子として人命保護の観点からも、友人としての心情的にもお前と夫人の味方だ。せっかくお前と出会って幸せにしている彼女をまた不幸にさせることはないからな。ともかく真実を突き止めなければなるまい。私の方でも協力できることは何でもする。」
 レナルドは心強い味方を得てほっとしたのだった。
しおりを挟む
感想 99

あなたにおすすめの小説

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

【完結済】結婚式の翌日、私はこの結婚が白い結婚であることを知りました。

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
 共に伯爵家の令嬢と令息であるアミカとミッチェルは幸せな結婚式を挙げた。ところがその夜ミッチェルの体調が悪くなり、二人は別々の寝室で休むことに。  その翌日、アミカは偶然街でミッチェルと自分の友人であるポーラの不貞の事実を知ってしまう。激しく落胆するアミカだったが、侯爵令息のマキシミリアーノの助けを借りながら二人の不貞の証拠を押さえ、こちらの有責にされないように離婚にこぎつけようとする。  ところが、これは白い結婚だと不貞の相手であるポーラに言っていたはずなのに、日が経つごとにミッチェルの様子が徐々におかしくなってきて───

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

花嫁は忘れたい

基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。 結婚を控えた身。 だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。 政略結婚なので夫となる人に愛情はない。 結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。 絶望しか見えない結婚生活だ。 愛した男を思えば逃げ出したくなる。 だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。 愛した彼を忘れさせてほしい。 レイアはそう願った。 完結済。 番外アップ済。

処理中です...