私はあなたの母ではありませんよ

れもんぴーる

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アルマン視点

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 妻がひどい殺され方をして数カ月たつのにまだ犯人は捕まってなかった。
 無くなっている宝石類とともに消えたメイドも見つからなかった。きっと私も娘もいない機会を狙って、クラリスを襲ったに違いない。
 だが、屋敷の使用人や騎士は私を共犯だと決めつけていた。動機が十分あったから。
 当日領地にいたことが証明されたにも拘わらず、メイドをそそのかしたのだろうと使用人たちが自分を疑っているのを感じる。以前のように笑顔もなく、取りつくろった顔で仕事をこなすのみ。 執事でさえ、以前は私語も交わしていたが、今は必要最小限しか言葉を交わさない。随分多くの使用人がやめていった。
 ただでさえ、愛するクラリスを失って落ち込んでいるところに周囲からの視線にも疲れ切っていた。
だから、自分を心配し慕ってくれるオレノを嫡男として引き取った。それでもクラリスを失った心を埋めることは出来なかった。

 だが、しばらくすると悲しみに浸っていられないほど忙しくなった。
 手掛けている事業に支障が出てきたのだ。
 まずは高位貴族が取引を中止してきた。
 そして、その高位貴族の動きを見て他の取引先も潮がひくように去っていったのだ。
 だが事業継続のための資金は必要である。収入はないのに支払わねばならず、あっという間に資金繰りにあえぐこととなった。
 毎日、縁のある貴族や商人の元へ頭を下げに回っているが、成果は思わしくなく近い将来事業を人手に渡すことになりそうだった。

 確かに愛人と隠し子という醜聞はあったが、これくらいの醜聞は他の貴族にもよくあること。クラリスの事はそれとは関係のない別の事件だというのに。
 自身が大きな不祥事を起こしていないのにと、不満に思うが、自分は読み間違えたのだ。
 貴族社会では噂一つ、潮流の読み違いで一気に落ちていく。それが冤罪であろうとも。
 周囲の貴族はアルマンが愛人を屋敷に引き入れ、愛人の子を嫡男にするとかはどうでもよかった。
 それなのにどうして一応疑惑も晴れたアルマンからみんな距離を置いたのか。
 それは、アルマンが有事の際に真っ当な判断を下せない信用を置けない人物だとみなされたからにすぎない。

 クラリスはお茶会と称した情報交換会に参加し、顔つなぎや有益な情報のやり取り、事業に関する交渉など多岐にわたり成果を上げていたのだ。
 大したことはしていない、ただご挨拶に回っているだけだと謙遜していたが、それがエーベル家の信頼と富をもたらしてくれていた。
 クラリスが陰で自分を支えてくれていたからバーバラに会うことが出来ていたというのに。そんなクラリスが夫やその愛人に殺されたかもしれないという可能性があるだけで、一気に信用を失ったのだった。誰もアルマン自身を信用して取引をしていたわけではなかったというわけだ。
 おまけに侯爵家であるクラリスの両親からユマごと絶縁されたアルマンなどと付き合っていると自分にどんなとばっちりが来るかわからず、目端が利く者から去っていった。
 アルマンはクラリスを失い、世間の信用も義実家の後ろ盾も失い、仕事も失いかねない状況に頭を抱えていた。しかしそのすべての元凶は自分であり、憎む相手さえいなかった。

「クラリス・・・クラリス・・・ごめん」
 クラリスが死んでからどれだけ愛していたのか思い知った。バーバラなどもう見るのも嫌なほど・・・
 なぜバーバラなんかに手を出したのか、酒に何か入れられたとしてもなぜそれきりにしなかったのか、なぜオレノをもうけてしまったのか。なぜユマを二人に会わせてしまったのか・・・
 なぜなぜなぜ! もう取り返しのつかない後悔に毎日苛まれている。

 それなのにユマがバーバラと結婚してくれと頼んでくる。大方バーバラにそういうように言われたのだろう。
 我が娘ながら良くも悪くも素直な娘だ。
 クラリスが一生懸命教え、諭していたのは無駄だったようだ。
 愛人やその子について忌避感がないことにホッとしていたが、今となっては悪手だった。ユマが拒否してくれればもっと距離を置けたのにと恨めしく思ってしまう。
 
 バーバラにいくらせがまれても再婚する気などさらさらない。あの女の本性がようやくわかったのだ、殊勝な態度でいたのも計算だった。今もユマさえ味方につければ私が折れると考えているのだろう。
 娘がバーバラの事を母と呼ぶたび、使用人たちがわずかに顔をしかめ蔑んだ視線を投げているのに気がつかない娘。
 それがわかっていて娘を注意しない自分も大概ひどい人間だ。
 だって、そうしないと屋敷中の悪意が自分に刺さってくるのだから。
 事件の時、義理の両親よりも先にバーバラを呼び寄せたせいでこうなった責任はユマにもあるのだから。

 ユマは大切な娘だというのに、自分の中に生まれるほの暗い感情はどこかまだ自分が被害者だと思いたい身勝手さからだと分かっていた。

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