私はあなたの母ではありませんよ

れもんぴーる

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最悪の事態

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 ユマは、バーバラたちと会った夜、アルマンの部屋を訪ねた。
「絶対にバーバラお母様たちのことは言わないから、これからも連れて行って。お願い」
「駄目だ。お前とバーバラたちとはもう会わせない、とクラリスと約束したんだ」
「でもオレノは私の弟じゃない。それにバーバラお母様といる方が楽しいもの! もう会えなくなるのは嫌なの!」
「最後の挨拶だと言っただろ。約束を破ったらクラリスと離れる事になるから駄目だ」
「絶対に今度は言わないから! お母様がお茶会でお留守の時や御用で出かけている時だけでもいいからバーバラお母様に会いたい。駄目だっていうならお母様に今日あったこと全部話するんだから」
 半分脅しながらそう懇願する娘に、ばかなアルマンはしぶしぶ頷いたのだった。


 その翌日、厳しい家庭教師がやってくる日。
 ユマは不機嫌な顔を隠しもせずに、部屋で待っていた。
 ユマが背もたれにもたれて足をぶらぶらさせていた時、ドアが開いてクラリスが入って来た。
「お、お母様!」
 また姿勢が悪いとか、先生が来るのがわかっていながらその顔を態度はいけないとか叱られると思って慌てたユマは、さっと背筋を伸ばして座りなおした。

 しかし、クラリスは何も言わなかった。
「先生は急病で今日はお休みさせてくださいって。代わりにしっかりこれまでの事を復習しておくように言付けをいただいたわ」
「やった! あ、ごめんなさい」
 人の病気を喜ぶようなはしたない真似をしたユマに、クラリスは一瞬口を開きかけたが結局何も言わずに部屋を出て行った。

 怒られないでラッキーだと思っていたユマだったが、この日を境にあれだけマナーに気を付けるように言っていたクラリスが何も言わなくなった。
 しばらくお母様に冷たい態度をとっていたのが堪えたのかな?
 ユマは、のんきにもクラリスが、これまでの事を反省して厳しくするのを辞めてくれたのだと思った。
 バーバラの事をうっかり話してよかったとでさえ思っていた。
 バーバラ様たちとまた会えるようになったし、お母様もうるさく言わなくなったし、もうお母様に冷たい態度をとるのはやめよう。
 優しくなったクラリスと、いろいろ楽しいことを教えてくれるバーバラと二人の母を持ったユマはとっても幸せだった。

 そしていつの間にか家庭教師はやめていた。
 しきたりやマナーを厳しく教えてくれる先生がいなくなり、クラリスも注意をしなくなったことで少しづつユマの言動が崩れてきてはいたが、ユマ自身は開放感で一杯だった。 



 そんな時、学校の長期休みに入った私は友達の家に泊まりに行くことになった。
 お見送りをしてくれたお母様にハグをした。
「気を付けてね、元気でね」
 そう言っていつもよりぎゅっと強く抱きしめてくれたお母様の顔を見るとどこか悲しそうだった。
 この日はお父様が領地に向かう予定になっているから、夜に一人になるのがきっと寂しいのだと思う。でも私が明日帰り次第一緒に領地に向かうのだから楽しみにしていて欲しい。
 私はお母様に手を振ると馬車に乗り込んだのだった。

 お友達のところで楽しい時間を過ごし、今日は領地に向かうのだと楽しみに戻って来た時、屋敷は大騒ぎになっていた。
 大勢の騎士や役人がうろうろし、使用人たちは庭にたってオロオロしていた。
「え?なに?」
 訳が分からず立ち尽くしていると私付きの侍女が走ってきて、私をぎゅっと抱きしめた。
「ど、どうしたの? なにがあったの?」
 悪い予感がしてくる。
「奥様が・・・奥様が!」
 泣いている侍女を見て、不安がどんどん大きくなっていく。
「お母様が・・・どうしたというの?」
「お亡くなりになりました」
 それを聞いた瞬間、私は膝から崩れ落ちた。
 信じられなかったけど、これだけの騎士たちを見て信じざるを得なかった。


 翌日、お母さまの実家からお爺様たちが駆けつけてくれた。
 知らせを受けたお父様が領地から戻ってくるまでにまだ一日はかかる、お爺様たちがすぐに来てくれて本当に良かった。
「お爺様!」
 私が駆け寄り、抱き着こうとするとお爺様はそれを止めた。
「お、お爺様?」
 お爺様たちは私を慰めてくれる思っていた。お母様が亡くなり、お父様もいない今、心細くてたまらないのにお爺様もお婆さまもひどく険しい顔をしていた。
「クラリスはどこだ!」
「お母様は・・・お姿がひどいからとすぐに埋葬されました。私も会ってはいけないと言われて・・・」
 ユマは泣いた。遺体は火に包まれていたらしく、ひどい状態であり騎士たちが検分した後、遺品だけを見せてくれた。そうしてそのままクラリスの遺体は教会に運ばれて埋葬されたという。

「一体何があったんだ! なぜクラリスが死なねばならない! お前たちのせいではないのか!?」
 全身に怒りをたぎらせている祖父は可愛い孫のユマに対してもかなり強く当たった。
「あなた、ユマに言っても仕方がありませんわ。担当者に聞きましょう」
「・・・そうだな」
 ふっと力を抜いた祖父は涙を流している祖母の肩を抱いた。
「お婆様・・・私どうしていいのか・・・何故お母様が亡くなったのかわからなくて・・・辛くて・・・お父様もまだ領地から戻ってこなくて・・・来てくださって良かった」
 祖母の側によって寄り添おうとしたとき、すっと祖父母が身を引いた。

「え?」
 気のせいではない、二人に避けられている。
 どうして? こんな時なのに。涙が止まらないのに。慰めて欲しいのに。今まであんなに可愛いがってくれていたのに。

「こんなところにいても仕方がない、今から騎士団に話を聞こう。そのあと教会に行ってあの子を連れて帰ってやらないとな」
 祖父母が、ユマに慰めの言葉もかけず出て行くとするのを必死で引き留めた。
「どうして側にいてくれないの!? お母さまを連れて帰るって・・・どういうことですか?」
「・・・悪いがもうお前は私達の孫とは思っていない」
「お爺様!?」
「一人が寂しいのならもう一人のお母様とやらに慰めてもらえばいい」
 祖父はちらっと奥の方を見ると、祖母を連れて屋敷を後にした。

「どう・・・して・・・」
 残されたユマは玄関ホールで泣き崩れた。
 あれだけ優しくて可愛がってくれていた祖父母の冷たい態度が、母を亡くしたばかりのユマをひどく打ちのめした。

「お姉様、大丈夫ですか?」
 後ろから声をかけてくれたのは弟のオレノだった。
 その横に立つバーバラも心配そうにユマを見ている。
「あなたのお爺様たちなのでしょう? あんなひどい・・・かわいそうなユマちゃん。私たちが側にいるわ、大丈夫よ」
 ユマは大声で泣くと、バーバラ抱きついた。

 母の死を聞き、父が不在だと知ったバーバラはすぐに駆けつけてくれていたのだ。
 祖父母に突き放されたユマをバーバラは優しく抱きしめた。

 そんな様子を使用人たちが冷ややかに見ていることに三人は気がつかなかった。
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