私はあなたの母ではありませんよ

れもんぴーる

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恩人という名の愛人

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 私の旦那様はエーベル・アルマン伯爵。王都に屋敷を構え、領地の工場で製作している絨毯販売を事業にしている。社交上手な旦那様のおかげで、たくさんの貴族と取引をさせていただいており、伯爵家としてはかなり裕福な方だった。
 おかげで侯爵家から嫁いだ私も、実家で暮らしていた時と同じような生活をさせてもらい、とても感謝していた。

 でも。
 私の旦那様には結婚する前から愛人がいた。
 結婚してからそれを知らされたのだ。
 離縁となれば、どのような事情があろうとも女性の側が傷ものとなるから、私が我慢すると考えたのだろう。そのやり方が許せなかった。
 私はなぜその方と結婚しなかったのかと詰り、傷ものになろうが構わないからと離縁を求めた。

 でも旦那様は、私を愛しているから離縁はしたくないと、頭を下げて謝罪をした。彼女とは愛しあっているわけではなく、学生時代に一時期のノリで関係を結んだだけだと必死で釈明した。
 その時期に自分の両親を始め屋敷の者が流行り病に倒れた。その時にたまたま薬を扱っている業者と知り合いだった彼女の父から薬を融通してもらったおかげでエーベル伯爵家は存続できたのだという。それがなければ誰かが亡くなっていたかもしれないほどひどい状況だったというのだ。
 だから義両親も旦那様も彼女とその生家に頭は上がらなくなったそうだ。

 そのこともありずるずる彼女と関係を続けていたが、今度は彼女の父が事業に失敗してしまった。かつての恩返しにと支援をしたが少しくらいの支援ではどうしようもないくらいの負債を抱えた彼女の家は結局没落してしまった。
 不幸はそれだけにとどまらず、彼女の父が傷心のまま衰弱して亡くなってしまった。途方にくれた彼女を助けるために囲う形になってしまったと。
 私との婚約が決まってからは生活の支援をしているだけで、今は決して愛人関係ではないと弁明する。
 愛しているのは妻である私だけだといい、これからも悲しい思いは決してさせないと懇願され、離婚に応じてもらえなかった。

 そして言葉通り、結婚してからの旦那様は彼女に恩人としての支援はしたが愛人として扱うことはなかった。
 全くわだかまりが無くなったわけではなかったが、娘が生まれ、毎日が子供の事で頭がいっぱいになり、それは頭の片隅に追いやられていた。
 夫も娘の事を可愛がり、私の事も変わらず愛してくれていた。

 しかし、時が過ぎ、娘が大きくなると旦那様はまた彼女の元へ通うようになった。
 私に隠しているつもりだろうけど、ドレスを仕立てた、アクセサリーを買った、お店で食事をしていたなどそんな情報が私の耳にも入ってくる。
 結婚直後に愛人の存在を知った時は、すぐ離縁しようと思っていた。
 しかし、娘が生まれ、いまさら兄夫婦もいる実家に戻り、迷惑をかける事はできない。働いたことがない自分が一人で娘を育てることが出来るはずもない。
何より、一人娘のユマを伯爵家が手離すはずもない。
 愛する娘のユマと離れたくない私は我慢するしかなかった。

 旦那様もそれがわかっていてあの女のもとに通うことにしたのだろう。
 悔しくて何度も枕を濡らした。
 旦那様にはもう何も期待は出来なかった。一度きちんと話し合いをし、彼女をもう二度と愛人にしないと約束したというのに、それを簡単に反故にして、平気で噓をつき、隠すことのできる人だとわかったから。
 今は大事な娘が幸せに成長するのを見届けるために我慢するだけ。それだけを楽しみに耐える事にした。

 だから旦那様が寝室に入ってきた時は、喉の奥をついて大げさにえずき、時には嘔吐して体調不良をアピールした。他にも頭痛や月の物だと言い張り、閨は一切拒否をした。
 そんな私の態度に感じる事のあった旦那様は、後ろめたいからかたくさんのアクセサリーをはじめ美味しいものを取り寄せたり、異国の香水や小物まで惜しみなくプレゼントをしてくれたりした。
 私は静かにほほ笑み、受け取る。もし今後出て行くことがあればそれが私の唯一の財産になるのだからと大切に保管しておいた。
  
 私の心はもう疲弊し、旦那様にはもう愛情など失っていたし、どうでもよかった。私にはユマさえいればいい。
 だから娘のユマに対して熱心に教育をした。
 人として恥ずかしくない生き方を学んで欲しかった。父親のような人の気持ちを慮ることが出来ないような人間にならないように教え、諭してきた。

 それなのに。
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