イシャータの受難

ペイザンヌ

文字の大きさ
上 下
38 / 42
第3部 佐藤の試練

第38話 Fake & truth【偽装と真相】

しおりを挟む
 は時代によって姿を変える。

 ある時は巨大なドラゴン。ある時は微小なウィルス。そしてある時は目に見えない『情報』や『噂』。

 それらは時に見えないものを突然出現させ、そしてまた時には見えているものを惑わす。


 フライが黒い考えに取り憑かれたのは、ザンパノのねぐらを訪れただった。

 物語は少しだけ時間をさかのぼる──

 ▼▲▼▲▼▲

 フライは最初そのカウンターの上に放置された巨大なポリ袋が動いたのかと思った。丸々としたポリ袋から腕が生え、そして足が生える。やがて蘭々と光る眼が開き、のそりと鎌首かまくびを持ち上げた時、ようやくフライは自分が誰に会いに来たのかを思い出した気がした。

──こいつが……ザンパノ。

「黒猫、名前は何だ? おまえの名を名乗れ……」
「お、俺の名はフライ……」
「フライ=飛ぶフライ=鳥、鳥、鳥っ!!!!」
「落ち着きなよザンパノ。どちらかといえばフライは『はえ』だ。『鳥の名前』じゃないよ」

 興奮するザンパノをシースルーが少年のような声でなだめる。

「あ…………?! その、お……おれは……」

 フライはそのままへたり込みそうになるのを必死で堪こらえ、足の震えを隠した。

(なんてこった…………)

 あまりの驚きのため、言葉が出ない。

 そうである──

 フライがこの時驚いたのは目の前にいる猫があまりに巨大だったからというわけではなかった。

(落ち着きなよザンパノ。どちらかといえばフライは『はえ』だ。『鳥の名前』じゃない──)

 そう言葉を発したのがだったからだ。

(え……? え……?)

 つまり、フライが勝手にザンパノの手下だと思い込んでいたこの隣に座っている、窓際でフライを出迎えた、彼こそが──

(──ザンパノ?! こいつがザンパノなのか?!)

 とにかく今は成すべきことを成さねばならないとフライは(本当のザンパノの方へ)深く息を吸い込むとザンパノに向かってこう告げた。

「俺はN区のヴァン=ブランの使いでやってきたものだ」

(──待てよ)

 フライはその時頭の中でこう考えていた。

(──N区でこの事実を知っているのは今のところ俺だけに違いない。N区のボス猫ギノスだってザンパノの正体を知らなかった。猫屋敷の連中だって“ザンパノ” = “デカい”という噂を鵜呑みにしているヤツらばかりだ)

 だが、その本当の姿、まさに虎の威を借りる狐こそがS区のボス『ザンパノ』の真実の姿であろうなど誰が想像できよう。

(──こいつぁ、うまくやればヴァンのすきをつけるかもしれないな……)

 そんな邪念が頭をかすめた絶妙のタイミングで誘いを持ちかけてきたのがシースルーだった。

「黒猫、君は彼の弱点、もしくは彼を倒す方法を知ってるね? それと引き換えならあの公園くらいくれてやってもいいって僕らは言ってるんだよ、ねえ、ザンパノ」

 フライは頷いた。頷くというよりは、目をきつく瞑ってただ首を縦にゆらゆらと動かしているだけのようにも見える。

「確かに……この方法ならヴァンを九割がた倒せる。だが倒すだけじゃダメだ。確実に、息の音を……止めてもらう。これが条件だ」

 その後は知っての通りである。


 猫屋敷に帰り付いてからのフライの仕事といえはザンパノを表す言葉の節々に『』やら『』という単語を意識して付け足すように勤めることだった。

 それはもちろんヴァンに誤った思い込みを定着させるためだ。

 闘いの舞台をS区でなくN区にしたのも余計な情報をヴァンの耳に入れたくなかったからに他ならない。些細なからザンパノの正体がバレるようなことはしたくなかった。

『ヘンだな……』と勘ぐられはしたもののヴァンはこのの根本的なところに辿り着いてはいない。

──オレを信用しきっている。もしくはオレに『裏切り』なんて大それたことなどできやしないとたかをくくってやがる。

 あとは勝負の初手でヴァンが勘違いをしてくれることを祈るのみであったがこればかりはまさに賭けだった。フライはザンパノに念を押した。

(いいな。ヴァンが最初に仕掛けてくるまでは決して手を出さないこと──)

 案の定、ヴァンはホイホイと『シースルー』を『ザンパノ』と勘違いして飛び掛かっていった。これはあくまでヴァンの落ち度なのだからルールを破ったことにはならない。

 デカい図体の割に喧嘩慣れしてないシースルーにしてはよく善戦してくれた方なのであろう。ヴァンの体力を奪えるだけ奪った後、本物のザンパノが一撃必殺をくわえる。

 シースルーの予言を信じるわけではないが、ここまで脚本通りにことが運ぶと何かしら目に見えない力が働いているような気になってくるから不思議だ。

(ヴァン、俺の勝ちだ──)



──コイツがザンパノ?

 ヴァンはぐらりと揺れる視界の中でフライの顔を捉えた。

『フライ……』

 フライは何度も言っていた。

(どうやってあのと闘うつもりだ、ヴァン?──)

(いくらおまえでもあんなに勝てるとは思えんがね、ヴァン──)

 どういうことだ?

『なぜだ? フライ……なぜだ?!』

 喉笛に喰らいついた牙をつたってザンパノのせせら笑いか聞こえてくるようだった。

「俺は予言に打ち勝った! さらばだ『鳥の名を持つもの』よ!」

 ザンパノはあごにぐっと力を込めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

うちでのサンタさん

うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】  僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。 それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。 その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。 そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。 今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。 僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…  僕と、一人の男の子の クリスマスストーリー。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...