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第3部 佐藤の試練
第35話 Helpless【佐藤の試練】
しおりを挟む──それにしてもおかしい。
さわやかな夜明けの風がギリーのヒゲを揺らす。
『佐藤ったらこんな大事な日に帰ってこないなんて──』
ギリーは何匹かの猫たちと戯れている巨漢のデブ猫メタボチックの姿を見つけた。
「佐藤? いんや、そういや見てないなあのチビスケ。いっちょまえに朝帰りかい?」
「あ、朝帰りっていうか、朝になっても帰って来ないから心配してるんでしょ!」
「朝は朝でいろいろ……うひひ、ホレ、なあ?」
「あんたホントに馬鹿でしょ? デブで馬鹿だと救いようないわよ、マジで」
「あ、それよりギリーもどうだ? 一口、 トトカルチョ」
「トトカルチョ?」
「さ~て、ヴァンが勝つか? ザンパノが勝つか?」
ギリーはガリッとメタボチックの鼻の頭を引っ掻く。
「い、いてーじゃん! おまっ……あにすんだよっ!」
「あんたねぇ! 本気でキレるわよ!」
「面白そうだな。ひとつ俺も乗っかるか」
そう言ってぬっと顔を突っ込んできたのは他ならぬヴァンだった。
「ひっ!」
「ふーん、こりゃどういうこった? メタボ」
メタボチックが赤い骨と白い骨を提示する。
「ヘ……へへへ、赤い骨がザンパノ、白いのがヴァンさ。大穴を狙うなら今は赤だぜ?」
「へえ、みんな随分俺を買い被ってるんだな。よし、だったら俺はひとつザンパノが勝つ方に賭けてみるか。でっかく狙うぜ」
「おいおい、当の本人が裏目に張ってどうすんだよ! 大丈夫かな……まさか手を抜くつもりじゃないだろうな」
「バカ言え、そんなつもりは毛頭ないがいかんせん勝負は水ものだからなぁ。何が起こるかわからん」
ギリーは『はぁ』と溜め息をついた。時々ヴァンの考えていることが本当にわからなくなる時がある。
「その大穴、俺も乗るかな? いくらおまえでもあのバカでかいのに勝てるとは思えんしなあぁ」
寝ぼけ眼でそう言ってきたのはフライだった。
「おっ、さすがフライだ。そうこなくっちゃな」
ヴァンはあっはっはと笑った。
「ちょっとヴァン! フライまで……もう!」
ギリーはその時ふわりと佐藤の匂いを感じた。
『ヴァン……? いや、違う。フライの方からだろうか』
もっともヴァンもフライも昨日の昼過ぎまで佐藤と一緒にいたわけだから別段不思議がることではないのだが。
「どうした?」
「う、ううん。夜の天気はどうなるのかなぁって思ってただけ……」
「おいおい、ピクニックじゃあるまいし、天気なんかどうだって……」
「いや、ひょっとすると今夜の本当の敵はザンパノなんかじゃなくそっちかもな」
「雨でも降るのかい?」
「いや、雨よりもっとたちが悪い。これは」
ヴァンは顔を天に向け鼻をヒクヒクさせた。
「これは風の匂いだな」
▼▲▼▲▼▲
『まいった……』
ここに比べればさっきまでいた冷蔵ケースは天国や。
佐藤はそう思っていた。
少し眠ったのでちょっとだけ体力が回復したように思える。ただ、時間の感覚がさっぱり分からない。
──今、いったい何時くらいなんやろ?
フライとザンパノのやりとりを聞いていた佐藤は全てのからくりを把握していた。
「ヴァンがそんな策略に引っ掛かるもんか。でも……ひょっとしたら……」
佐藤はうだるような暑さと永遠に続くかのような暗闇の中で考える。
『いくらヴァンいうたかて今回はヤバいんちゃうやろか? そうや、ヴァンを救えるんはボクや。ボクしかおらへんちゃうか?』
ぐうと鳴る腹の虫を押さえ佐藤はこうも思った。
(──あ~、めっちゃギリーに会いたいな……どうしてんやろな、ちょっとはボクのこととか心配してくれてるんやろか?)
寝起きなので頭がリアルに働いていない。だが、いくら子猫の佐藤といえどもそれが寝起きのせいだけではないことに気付くのにさほど時間はかからなかった。
「へ……? なんか、ここ、空気が薄くなってきてんとちゃう……?」
フッフッと呼吸を整えながら佐藤はぐっと立ち上がってみたがすぐにドサリと横たわってしまった。
「ヤ、ヤバい……これはちょっと、マジでヤバいんちゃうか?」
猫は夜行性である。暗いところでも目がきくと思われがちだが、光源の無い完全に密閉された空間では人間と同じで何も見えなくなってしまうのだ。
自分の体すら見えない完全な闇──そんな中に長時間いた佐藤は闇に対する恐怖とは裏腹に肉体以外の部分がどんどん覚醒されてくるのを感じていた。
今、佐藤の目にはみんなの顔が見えていた。一匹一匹の姿が鮮明に浮かんでは消えてゆく。その間隔はどんどん狭まっていき、やがて連続したフラッシュのようにチカチカと目の前で瞬き始めていた。
人間であればこれが走馬灯なのかと疑うところである。だが佐藤がそんなことを考えていたかといえばそれは“否”だった。佐藤はただ純粋にこう思っていただけである。
(──イシャータに会いたい……もう一度ヴァンに会いたい……。ギリーに会って『ボクはギリーのことがめっちゃ好きなんや!』と伝えたい!)
ただそれだけであった。
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