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第3部 佐藤の試練
第34話 A Tiny little wing【牢獄の天使】
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前にヴァンはこう言った。
(ならばみんなどうだろう? 三日考え、四日後に結論を出す、五日目に準備し、六日目に行動を起こす、一週間後には結果が出ているという筋書きは──)
そして明日はいよいよ『行動』の六日目がやってくる。ザンパノとの決戦の日だ。
『いったい明後日の朝、私たちはいったいどこで、どんな風に目覚めることになるんだろう?』
宴が終わった後イシャータは微睡みの中でそう考えた。少なくともそれはある朝突然『捨て猫』となり、目の前に全く知らない世界が広がっていたあの朝とは違うはずだ。今度は自分たちの意志で掴みにいくのだ。
目を閉じたままイシャータは苦笑する。
──問題は常に立ちはだかるな……。
それは一匹の時だってそうだったし集団になったからといってそれが突然霧散するわけではない。そこに大きい小さいなどはない。ただがある、それだけだ。
世界に存在している数多の大きな問題よりも、今、目の前にあるメザシをどうやって得るかの方が遥かに重大な瞬間というのは嫌になるほどある。そう、それは哀しいくらいに。
そう思うと私たちは所詮一匹一匹の集合体でしかないのだなとイシャータは改めて思い知る。
ひょっとしてまず一匹が自分の問題に勇気を持って立ち向かえば私たち猫の世界に問題は無くなるのかな?
だってその問題を解決できたら今度はまた別の一匹の問題を一緒に解決してあげられるかもしれない。そしたら今度は二匹で別の一匹の問題を解決してあげるんだ……そしてそして、今度は三匹で別の一匹の問題を──
なんだか羊を数えてるみたいな気がしてイシャータはうとうとと眠りに落ちていった。
『私は、少しだけでも強くなれたのかしら?』
そう自分に問いかけながら。
真夏の冷蔵ケースの中は決して快適な場所ではない。電気が通ってないから冷凍猫にならずにすむものの空気が循環しないから半端なく暑い。 そしてさらに悲しいことにその暑さを忘れさせてくれる程に半端なく臭い。
日付が変わり、『猫屋敷』では宴も酣になってきた午前二時頃、佐藤はザンパノと二匹きりになる機会があった。シースルーが夜の町に食糧を調達に行ったのだ。ザンパノはただ一匹カウンターテーブルの上を広々と陣取っていた。
佐藤は思い切ってザンパノに話しかけてみることにした。
「なあ、おっちゃんはいつもこんな暗いとこで一匹でおるんか?」
「…………」
「ボス猫なんやろ? みんなを集めてパーティーとかしたらええやん。めっちゃ楽しいで、きっと」
ザンパノはちらりと佐藤の方を見たが何も答えずに横に寝かせた空のウイスキーボトルをクルクルっと回しただけだった。佐藤は小さく溜め息をつく。
「なんで縄張りのことなんかで争うんかオトナのやることはちっとも分からへんわ。別にみんなで仲良う住んだらええんとちゃうん?」
ガチャン!──
ザンパノはボトルを前足で床に払い落とすとカウンターから佐藤の幽閉されている冷蔵ケースの前にトンと降り立った。
「小僧……ザンパノは仔猫を喰らうっていう噂を聞いたことがないのか?」
「ま、まぁまぁ、子供の言うことにいちいちそないムキにならんでも……」
ザンパノは開いた方の右目を冷ケースのガラスに押し付けて中を覗き込んでくる。
「サトウとか言ったな。ふ~ん、実に可愛い顔してやがる」
「い、いやぁ、それほどでも……」
「可愛くて、愛嬌があって、よく鳴く……。それに撫で回したくなるようなフサフサの毛並みだ。さぞかし──」
ザンパノは舌舐めずりした。
「さぞかし今まで何の苦労もなく生きてこれたんだろうな」
「苦労してそんなねがちぶになるくらいなら別に苦労なんかしたくあらへんわ……」
佐藤がボソリとそう呟くと、ザンパノは右目に代わって今度は潰れた方の左目をベタリとガラスに押し付けてきた。
「ひっ!」
「どうした? もっと楽しそうに踊れよ。俺とパーティーがしたいんじゃなかったのかよ?」
佐藤は一歩後退するがすでにそこは壁である。
「え、どうなんだ? こんな顔のヤツとパーティーがしたいと思うか? 答えろよ、いったい誰がこんな顔とパーティーなんかしたがるっていうんだ!! あ?」
そう一息に言ってしまってザンパノは自虐的に笑った。
「…………」
佐藤はうつむいていた顔を上げ、そろりそろりとザンパノに近付いていく。
「……ん?」
そしてガラス越しに押し付けられているザンパノの傷付いた左目をペロリと舐めた。
驚いたのはザンパノの方だった。
「ボクや」
今度はザンパノがビクリとなり一歩、また一歩と後退する。
「?! ── ?! ── ?! ── 」
「ボクはおっちゃんと一緒にパーティーしたいと思うてる。少なくともケンカなんかするよりナンボかマシや」
佐藤は真っ直ぐにザンパノの顔を見つめる。
「ふん、心にもないことを言うな。おまえはそこから出してほしいから今そう言ってるだけだ!」
「そんなんちゃうってば! そや、ボク友達になったるよ。そしたらさ自動的にボクの友達はおっちゃんの友達やんけ? ボクなこう見えても友達いっぱいおるねんで」
「うるさい! 黙れ!」
「イシャータとかギリーとか……メタボチックもな、デブやけどおもろいやっちゃねんで、もちろんヴァンも──」
「黙れ」と、まるで子供のような声が響いた。今度そう言ったのはいつの間にか戻ってきていたシースルーだった。
「シースルー、そのガキを俺の見えないところへどかせ! 声の届かない場所に移せ! そんなガラス張りの冷蔵ケースなんかじゃダメだ。そっちの──」
ザンパノは隣接された厨房に設置してある作業用の冷蔵庫コールドテーブルに首を向けた。
「そうだね、どうもその方がいいようだ」
シースルーはパッキンに爪をかけ扉を開けると手際よく佐藤の首をくわえてコールドテーブルへ放り込んだ。
「おっちゃん!」
「小僧、よく覚えておけ。友は必ず去る。そして仲間ってのは必ず裏切る」
「おっちゃん……」
「おまえも見ただろう? あの黒猫のようにな」
「フライは裏切らへん! 絶対、絶対、裏切らへ──」
佐藤のその言葉は無惨にも迫りくる鉄の扉によって断ち切られた。
(ならばみんなどうだろう? 三日考え、四日後に結論を出す、五日目に準備し、六日目に行動を起こす、一週間後には結果が出ているという筋書きは──)
そして明日はいよいよ『行動』の六日目がやってくる。ザンパノとの決戦の日だ。
『いったい明後日の朝、私たちはいったいどこで、どんな風に目覚めることになるんだろう?』
宴が終わった後イシャータは微睡みの中でそう考えた。少なくともそれはある朝突然『捨て猫』となり、目の前に全く知らない世界が広がっていたあの朝とは違うはずだ。今度は自分たちの意志で掴みにいくのだ。
目を閉じたままイシャータは苦笑する。
──問題は常に立ちはだかるな……。
それは一匹の時だってそうだったし集団になったからといってそれが突然霧散するわけではない。そこに大きい小さいなどはない。ただがある、それだけだ。
世界に存在している数多の大きな問題よりも、今、目の前にあるメザシをどうやって得るかの方が遥かに重大な瞬間というのは嫌になるほどある。そう、それは哀しいくらいに。
そう思うと私たちは所詮一匹一匹の集合体でしかないのだなとイシャータは改めて思い知る。
ひょっとしてまず一匹が自分の問題に勇気を持って立ち向かえば私たち猫の世界に問題は無くなるのかな?
だってその問題を解決できたら今度はまた別の一匹の問題を一緒に解決してあげられるかもしれない。そしたら今度は二匹で別の一匹の問題を解決してあげるんだ……そしてそして、今度は三匹で別の一匹の問題を──
なんだか羊を数えてるみたいな気がしてイシャータはうとうとと眠りに落ちていった。
『私は、少しだけでも強くなれたのかしら?』
そう自分に問いかけながら。
真夏の冷蔵ケースの中は決して快適な場所ではない。電気が通ってないから冷凍猫にならずにすむものの空気が循環しないから半端なく暑い。 そしてさらに悲しいことにその暑さを忘れさせてくれる程に半端なく臭い。
日付が変わり、『猫屋敷』では宴も酣になってきた午前二時頃、佐藤はザンパノと二匹きりになる機会があった。シースルーが夜の町に食糧を調達に行ったのだ。ザンパノはただ一匹カウンターテーブルの上を広々と陣取っていた。
佐藤は思い切ってザンパノに話しかけてみることにした。
「なあ、おっちゃんはいつもこんな暗いとこで一匹でおるんか?」
「…………」
「ボス猫なんやろ? みんなを集めてパーティーとかしたらええやん。めっちゃ楽しいで、きっと」
ザンパノはちらりと佐藤の方を見たが何も答えずに横に寝かせた空のウイスキーボトルをクルクルっと回しただけだった。佐藤は小さく溜め息をつく。
「なんで縄張りのことなんかで争うんかオトナのやることはちっとも分からへんわ。別にみんなで仲良う住んだらええんとちゃうん?」
ガチャン!──
ザンパノはボトルを前足で床に払い落とすとカウンターから佐藤の幽閉されている冷蔵ケースの前にトンと降り立った。
「小僧……ザンパノは仔猫を喰らうっていう噂を聞いたことがないのか?」
「ま、まぁまぁ、子供の言うことにいちいちそないムキにならんでも……」
ザンパノは開いた方の右目を冷ケースのガラスに押し付けて中を覗き込んでくる。
「サトウとか言ったな。ふ~ん、実に可愛い顔してやがる」
「い、いやぁ、それほどでも……」
「可愛くて、愛嬌があって、よく鳴く……。それに撫で回したくなるようなフサフサの毛並みだ。さぞかし──」
ザンパノは舌舐めずりした。
「さぞかし今まで何の苦労もなく生きてこれたんだろうな」
「苦労してそんなねがちぶになるくらいなら別に苦労なんかしたくあらへんわ……」
佐藤がボソリとそう呟くと、ザンパノは右目に代わって今度は潰れた方の左目をベタリとガラスに押し付けてきた。
「ひっ!」
「どうした? もっと楽しそうに踊れよ。俺とパーティーがしたいんじゃなかったのかよ?」
佐藤は一歩後退するがすでにそこは壁である。
「え、どうなんだ? こんな顔のヤツとパーティーがしたいと思うか? 答えろよ、いったい誰がこんな顔とパーティーなんかしたがるっていうんだ!! あ?」
そう一息に言ってしまってザンパノは自虐的に笑った。
「…………」
佐藤はうつむいていた顔を上げ、そろりそろりとザンパノに近付いていく。
「……ん?」
そしてガラス越しに押し付けられているザンパノの傷付いた左目をペロリと舐めた。
驚いたのはザンパノの方だった。
「ボクや」
今度はザンパノがビクリとなり一歩、また一歩と後退する。
「?! ── ?! ── ?! ── 」
「ボクはおっちゃんと一緒にパーティーしたいと思うてる。少なくともケンカなんかするよりナンボかマシや」
佐藤は真っ直ぐにザンパノの顔を見つめる。
「ふん、心にもないことを言うな。おまえはそこから出してほしいから今そう言ってるだけだ!」
「そんなんちゃうってば! そや、ボク友達になったるよ。そしたらさ自動的にボクの友達はおっちゃんの友達やんけ? ボクなこう見えても友達いっぱいおるねんで」
「うるさい! 黙れ!」
「イシャータとかギリーとか……メタボチックもな、デブやけどおもろいやっちゃねんで、もちろんヴァンも──」
「黙れ」と、まるで子供のような声が響いた。今度そう言ったのはいつの間にか戻ってきていたシースルーだった。
「シースルー、そのガキを俺の見えないところへどかせ! 声の届かない場所に移せ! そんなガラス張りの冷蔵ケースなんかじゃダメだ。そっちの──」
ザンパノは隣接された厨房に設置してある作業用の冷蔵庫コールドテーブルに首を向けた。
「そうだね、どうもその方がいいようだ」
シースルーはパッキンに爪をかけ扉を開けると手際よく佐藤の首をくわえてコールドテーブルへ放り込んだ。
「おっちゃん!」
「小僧、よく覚えておけ。友は必ず去る。そして仲間ってのは必ず裏切る」
「おっちゃん……」
「おまえも見ただろう? あの黒猫のようにな」
「フライは裏切らへん! 絶対、絶対、裏切らへ──」
佐藤のその言葉は無惨にも迫りくる鉄の扉によって断ち切られた。
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