33 / 42
第3部 佐藤の試練
第33話 JUDAH【最後の晩餐】
しおりを挟む「そうだフライ。佐藤のやつを見かけなかったか?」
フライの心臓が跳ね上がった。
(きた──)
フライは平静を装い、おおげさにならないようにサラリと演じる。
「佐藤? おまえと一緒に帰ったんじゃなかったのか?」
「いや。おかしいな、俺はてっきり……」
言葉尻が下がったことをいいことにフライはヴァンの耳に口を近づけた。
「それよりヴァン、ザンパノからの伝言を持ち帰ってきている」
『向こうで話そう』と首で合図を送りフライは歩き出した。
(──これから先、俺はいつまでこんな嘘をつき続けなければならないのだろう……?)
そんなことを考えながら。
ざらついた舌で水をすくい上げる。エサ場で喉を潤したフライが一息ついた。
「ふーーっ。もう陽が沈んだってのに暑いな、今日は。ヴァン、覚えてるか? クローズをめぐっておまえと闘った日もこんな暑い日だったっけ……なあ」
ヴァンはきょとんとフライを見つめている。
「な、なんだよ」
「いや、おまえがそんな風に一方的に喋るなんて珍しいなって思っただけさ」
フライは一瞬ドキリとしたがヴァンの悪意のない苦笑を見て胸を撫で下ろした。
「き、急に緊張がほぐれたからかな……」と、言い訳のようなことをまたペラペラ喋り出しそうになったのでフライは意識して口を閉ざすことにした。
(──いかんいかん、いつもと違う言動は疑心のもとだ)
フライはそうガードを固めると本題に入った。
「ザンパノはボスの座をかけた勝負を受けるそうだ。日時は明日の夜、十時。場所はオレたちが今日、昼飯を食ったところだ」
「氷川神社か?」
「そうだ」
「ふむ」
「どうした?」
「妙だな」
「な、何がだ?」
フライの目が泳いだ。
「だって氷川神社はN区だろ? どうして自分のテリトリーのS区を選ばない? 通常ボス猫ってやつらは『アウェイ戦』を嫌う。いらんプレッシャーやストレスを感じるから勝率が下がるんだ」
(──さすがに鋭いな)
フライは腹の中で舌打ちした。
「よほどの自信があるのか、それとも……何か企んでいるのか……?」
実のところザンパノにこの提案をしたのはフライだった。この策をより磐石にするためにはS区よりN区の方が理想的なのだ。
だが、疑念を持たせはしたもののヴァンはこの策略の核心にはまったく到達しきってはいない。それで十分だった。
▼▲▼▲▼▲
夜になると皆は宴を始めた。それは、この『猫屋敷』で夜を明かすのはひょっとしたら今日明日が最後になるかもしれない──そういう感傷もあってのことだったが、フライにしてみればとてもそんな気分にはなれなかった。
ヴァンといえばつい先ほどまで食っては笑い、歌っていたがいつの間にかその姿はなかった。
フライはのそりと起き上がり、ヴァンを探し始めた。
(ヴァンを見つけてどうしようというんだ、俺は?)
やはり──
『やはり俺には無理なのではないか? あいつを裏切るなんて、そんな大それたこと……』
その時、誰かが叫んだ。
「おーい、佐藤じゃないか! どこ行ってたんだ?」
フライは全身の毛が逆立った。
(──まさか……!)
だが、振り返ってみるとどうやらそいつは他の子猫と佐藤を勘違いしただけらしい。
ドキドキしていた。
(今ならまだ遅くない。今だったら……全て本当のことを話して佐藤を救出できる……! その結果、皆に白い目で見られようが、どれだけ罵られようが──)
そんなことを考えながら歩いている時、フライはヴァンの姿を見つけ、その勢いで「ヴァン……!」と、歩みだそうとした。──が、フライの目に映ったのはヴァンと楽しげに話をしている妻のクローズの姿だった。
▼▲▼▲▼▲
少しばかりほろ酔いとなってしまったがヴァンは群れから離れ一匹佇んでいた。満月に一番近い月。その圧倒的な力を得たいがために夜空を見上げていたのだ。
──とにかく……皆を救うためだとか誰かを守るためだとか、そんな御大層な看板を抱えるのはもうやめだ。ただただ本能に従う。従って、闘って、そして勝つ。御託などいらない。ただ勝てばそれでいい。だから……勝つ。俺は勝つ……!
そう、結果など所詮は行動の後ろにぶらさがってついてくるおまけでしかないのだ。そうでも思わなければ逆に重みを増す。重みを増せば守りに入る。守りに入れば自由がきかない。自由がきかなければさらにがんじがらめになる。ヴァンはそう腹をくくった。
「縄張りだのプライドだの……男ってのは本当に面倒くさい生き物ね」
クローズがそばにやってきたのはそんな時だった。
「その面倒くさい男をポンポン産むのはおまえら女だろ」
「怖いんでしょ?」
「そりゃ怖いさ。できることなら代わってほしいくらいだ」
クローズは屈託のない顔で笑った。
「本当だぞ。おまえが闘った方がまだ勝つ見込みがあるかもしれん」
「子供の喧嘩に母親が出ていっちゃ反則でしょうに」
「まあ、そりゃそうか」
ヴァンも笑った。あっはっはと笑った。
▼▲▼▲▼▲
クローズのあんな笑顔を見たのはいつ以来だろう。フライは思い出そうとしていた。
(オレと一緒にいる時にはもう決して見せてくれない顔だな。なのに、ヴァンの前では、あんなに……)
フライはヴァンと闘ったあの日のクローズを思い出す。
(大丈夫、フライ?──)
結局あれはヴァンに負けた俺を哀れに思っただけだったのか。単なる同情だったのか。本当は……クローズはこんな俺なんかより、やっぱりヴァンのことが──
オセロ。その最後の一枚が盤上に置かれた気分だった。
(ヴァン──)
フライは自分の中に残されていた『白』の陣地がパタリパタリとどんどん『黒』にひっくり返されていくのを感じずにはいられなかった。
(──わかったよ。みてろ……ヴァン。必ず貴様に吠え面をかかせてやる……! 必ずな!)
闇の力はこの時、フライを完全に支配したことを確信した。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
うちでのサンタさん
うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】
僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。
それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。
その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。
そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。
今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。
僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…
僕と、一人の男の子の
クリスマスストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる