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第3部 佐藤の試練
第28話 Negotiator【交渉人】
しおりを挟むN区のボス猫、ギノスは肉球をペロリと舐めるとゴシゴシ丹念に顔を洗った。
「で?」
しつこい目やにがなかなか取れない。
「何だっけ、ザンパノの居場所だったな」
ギノスは目の前に鎮座するヴァン=ブランと黒猫のフライを交互に見た。視線を落とすとそこには子猫の佐藤の姿もある。
「ん? おまえひょっとするとイシャータのとこにいたあの時のガキか?」
ギノスに睨みつけられ佐藤はヴァン=ブランの後ろに半分隠れた。
「わはは、覚えちゃいないか! 俺様はなぁ、おまえが腹を空かせて死にそうになってる時、缶詰をくれてやったこともあるんだぜ? ん、ボウズ?」
「ボ、ボウズちゃう! ボクは佐藤や!」
ギノスはまたガハハと笑った。
広いS区の中でザンパノを見つけるのは至難の業だ。だがN区のボス猫、ギノスのネットワークを利用すればその手間も少しは省ける。
ヴァンはそう考え事前に手を打っておいたのだ。
「ロキ!」
「ふぁい、ヒノフふゃま……」
ギノスの手下、『泥棒猫』のロキが何やらズルズルと引っ張りながら現れた。強烈な悪臭に三匹とギノスは顔をしかめた。
「な、なんだそりゃ?」
「へぇ? だって残飯を探せとかなんとか……」
「ロキ……」
「なんでげしょ」
「俺はザンパノを探せと言ったんだ」
「…………………ああ! なるほど」
「惜しかったなぁ……」
「惜しかったですねぇ……」
「バカッ! もういい、次っ!」
ヴァンとフライは互いに顔を見合わせて苦笑した。佐藤はまるで寄席でも見るようにケタケタと笑い転げている。
「ええぞええぞ、もっとやれ!」
しかし、もう一匹の手下による情報は確かなようだった。
「ザンパノってのは極端に外出を嫌うらしいんで苦労しやしたが、現在『S区』の酔いどれ横丁の一画にある『どら猫』という居酒屋をねぐらにしているようでやんす」
「居酒屋?」
「へえ。いや、もちろん人間はいねえでやすよ。閉店しちまって、今では空き家になっちまってるらしいんで」
「確かか?」と、今度はヴァンが口を挟む。
「驚いたなこりゃあ……おめえヴァン=ブランじゃねえか! 本当に帰ってきてやがったんだな。今度は何をおっぱじめようってんだ? S区の連中と抗争でもやらかす気か?」
「バカ言え、引っ越しだよ。引っ越し。で、今の情報、信じていいんだな?」
「おおよ、S区に忍ばせてる二三匹からもちゃんとウラは取ってある。信用できる情報だ。でもよ、ホントにケンカじゃねえでやんすか? なんだったらおいらも加勢するぜ。ようよう」
ヴァンがあっはっはと笑い飛ばす。
「てめえはもういいからすっこんでろ!」とギノスが一喝すると手下の猫は「ひひ……」と、ばつが悪そうに愛想を振り撒いて去っていった。
「そういうことだ。これでいいだろう、ヴァン。まったく。舐められたもんだぜ。久しぶりに舞い戻ってきたかと思えば、仮にもN区のボスである俺様を情報屋扱いするとはな」
「まあそう言うなって、昔の『好』だろ。ところでギノス、ザンパノってのはいったい何者なんだ。 オスか? メスか?」
「知らん」
「知らん?」
「実際、俺様もツラを合わせたことがないんだ。さっき言ってたように極端に表に出るのを嫌ってるらしいしな、いろんな噂だけが飛び交っていてはっきりしたことがさっぱり掴めん」
「ふむ。いや、わかった。十分だ。恩に着る。行くぞ、フライ、佐藤」
二匹のやりとりをハラハラしながら見ていたフライは後ろからヴァンに小声で囁きかけた。
「あのギノスがよく言うことを聞いてくれたな……いったい何をしたんだ?」
「別に。場合によっては『矛先』をS区からN区に変更するぞ、と言ったまでさ」
▼▲▼▲▼▲
三匹はファストフードのゴミ捨て場で食料を調達し、ギンザ通りを少し下ったところにある氷川神社の境内で早いランチをとることにした。
「さて、これでおおよその手筈は整ったわけだが……おさらいだ、フライ」
出来損ないのバーガーにかぶり付きながらフライはモグモグとぶっきらぼうに言う。
「今回の交渉において『だったら』『それなら』『そのかわり』、この三つは断じて御法度。毛の先も向こう側が見返りを求めることを許すな、だろ? わかったよ。わかってるって」
「いや、ここは大事なところだから何度でも言うぞ。ひとつ許せば奴らは必ず付け上がる。俺たちは『S区』の配下に入るわけじゃない。それを忘れるな」
「はいはい独立国家だろ。わかってるって言ってるじゃないか。 さあ、他に何かご指示はございませんかね? リーダー。なんなりと仰せのままに……」
ヴァンは鼻から息を吐いた。
「本当におまえ一匹だけで大丈夫か?」
「もちろんですとも、こんなことに我が将であるヴァン=ブラン閣下のお手を煩わすなど畏れ多い。この忠実な僕、フライに全ておまかせを……」
「なあフライ。どうしておまえはそう『肩書き』にこだわる? それさえなきゃおまえはいい奴なのに 」
「ボクも行く!」
佐藤が名乗りをあげるがヴァンはキッパリと言い切った。
「駄目だ」
「えぇ~? なんでぇな?」
「これは遊びじゃないんだ。ギノスのとこに連れていってやっただろ? ん?」
「遊びだなんて思ってへんよ!」
「ダ・メ・だ」
「チェッ……」
佐藤はプーとふくれる。
「フライ、俺はリーダーとしてなんかじゃなく同じ『猫屋敷』で育った仲間として……いや、そんな堅っくるしいもんでもないな、友達として言ってるんだぜ」
「…………」
フライはその黄色の虹彩でヴァンを見た。真っ黒な顔にポツリと二つ開いたその目とは別に、額に一ヵ所だけ存在する特徴的な白い斑点はまるでもうひとつの目のようにヴァンを睨み付けているようだった。
「……じゃあ、もう、行くぜ」
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