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第2部 ヴァン=ブランの帰還
第25話 ー INTERMISSION ー【休憩】
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私の名は馬場トミオ。
三十三才、独身だ。
私はN区で〈鮮 魚 馬 場〉という魚屋を営んでいる。
おっと……『床屋』や『鮮魚屋』という表現はもはやテレビなどでは使ってはならぬNGワードだと聞く。ましてや小説の中で使うなどもっての他、けしからんことなのである。
が、これは単なる個人的な日記であり、私はこの得も知れぬ昭和ノスタルジックな言葉をあえて誇らしく今でも使っているわけで御勘弁願いたい。なんせ祖父の頃から代々引き継いできた思い入れのある店なのだ。しかし──
今、私は新たなる第一歩を踏み出そうとしている。
閉ざされたドアの向こうに新しい何かが待っていて、きっと、きっと、と私を動かしている。良い事ばかりではないないだろうが、でも次の扉をノックしたい。もっと素晴らしいはずの自分を探す終わりなき旅へ……。
うむ、即興にしては我ながらいい詩だ。
ひょっとすると私はミュージシャンやアーティストとして活躍すれば成功できたのかもしれない。
だが私はそんな夢追い人ではない。
現実をしっかり見て一歩、また一歩と道を踏みしめていくのだ。
そしてそんな私にも人生の転機が訪れたのだ。
私の魚屋のはす向かいにあるパン屋『メゾン・ワイパー』、そこで働く愛しい人よ。
「乱れた暮らしで口説かれてもイヤ」と歌ったシンガーがいたがきっと君だって「魚屋の暮らしで口説かれてもイヤ」と女心に思っているに違いない。
だから私は決心した。
隣の『S区』にいい物件があると聞き、私はそこにBARを出すことにしたのだ。
ああ、母さん。こんな私を許してください。
『BAR BABA』──
ああ、なんて美しい響きだ。
なのに看板屋め。間違えて、
『BARBAR BABA』と書きやがった。
これじゃ床屋ではないか、おっとやべえ使っちまった──もとい、理容室ではないか。
「B」が多すぎて目がチカチカする。
まあそれはさておき、数ヶ月後には私はここのオーナー兼店長。もちろん皆にはマスターって呼ばせますけどね。「マスター・ババ」、うぷぷ、まるでジェダイ騎士のようだ。なんて荘厳な響き。
そして私の隣には君。もちろん君には苦労かけたくないからバイトを二三人雇うさ。自給は千二百円──え? 食事と有給も付けてあげてって? はっはっは、わかったわかった、君は優しいんだね。
そしてこの店の一番の売りとしてお客様を敬う言葉「さすがです!」を店員に植え込む。
「お客様、このお店を選んで頂けるなんてさすがです!──」
「マッカランのロックですか? さすがです!──」
「おつまみはピクルスですね、さすがです!──」
さらにクレームが起こらないように語尾には「失礼しました!」をつけさせる。
「お客様、いつも一番安い酒ばかり飲んでますね。そんなんでよろしいんですか? 失礼しました!──」
「お客様、いつもお一人なんですね。友達とかいないんですか? 失礼しました!──」
「一万円お預り致します。お客様、お釣りとかやっぱりいります? 失礼しました!──」
うむ。
これなら多少失礼なことを言っても許して頂けるに違いない。
そんな空想をしながら私は『私の店』のドアを開けた。これから内装計画をたてるわけだから中は当然荒れ果てたままだ。私の心と同じである、そう「今はまだ」。だが──
それと同時に華々しい未来の自分の姿と、装飾した店内のイメージを重ねていくと……あら不思議、まだ電気も通ってないのに、私の頭上からスポットライトが降り注ぐようではないか。
まるで突然歌い出したって違和感のないミュージカル。『ラ・ラ・ランド』──いや、むしろここは『バ・バ・ランド』
♪ここに~テーブルを置き~、ここに絵をかける~。照明はロマンチックに薄暗くし、恋人たちが愛を囁き合えるようにしないかい?
まあ、素敵!
見~てご~らん、まるで昔の僕たちみたいだね~♪
うひひ。
よしよし、これで魚に群がるあのうざったい猫たちともオサラバだ。いや、待てよ。彼女は猫が好きだから猫カフェにちなんで『猫BAR』ってのもいいかもしれないな……。
「極上の酒と可愛い猫たちがあなたを癒します──」
もちろんN区にいるような薄汚い野良猫連中とは違う血統書付きの清潔な高級猫ばかりで。
これはいい!
ナイスだ、俺!
彼女もきっと喜ぶに違いない!
『にゃ~………うにゃ~!』
そうそう、そんな感じで猫たちが「にゃ~うにゃ~」って……ん? おかしいな、なんか今、猫の声がしたようにゃ、いや、したような。
『にゃーにゃーにゃーにゃーにゃー!』
こりゃいったいなんだ? 幻聴か? 思えばなんかここ獣臭いな。どうやらこの声は……冷蔵庫から?
──ナニユエレイゾウコノナカカラネコノコエガ?
私は恐る恐る、やはりまだ電気の通っていない小さな作業台コールドテーブルの冷蔵庫を開けた。すると……。
『ふにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーっ!』
「ふぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーっ!」
一匹の猫が私の顔にしがみついてきた。
そして物凄い勢いで店の外へと走り去って行く。
…………なぜ、俺の行く先々にオマエラはいる?
私は眼鏡を押し上げた。
まだまだ、あいつらには苦労をかけられそうだ。
三十三才、独身だ。
私はN区で〈鮮 魚 馬 場〉という魚屋を営んでいる。
おっと……『床屋』や『鮮魚屋』という表現はもはやテレビなどでは使ってはならぬNGワードだと聞く。ましてや小説の中で使うなどもっての他、けしからんことなのである。
が、これは単なる個人的な日記であり、私はこの得も知れぬ昭和ノスタルジックな言葉をあえて誇らしく今でも使っているわけで御勘弁願いたい。なんせ祖父の頃から代々引き継いできた思い入れのある店なのだ。しかし──
今、私は新たなる第一歩を踏み出そうとしている。
閉ざされたドアの向こうに新しい何かが待っていて、きっと、きっと、と私を動かしている。良い事ばかりではないないだろうが、でも次の扉をノックしたい。もっと素晴らしいはずの自分を探す終わりなき旅へ……。
うむ、即興にしては我ながらいい詩だ。
ひょっとすると私はミュージシャンやアーティストとして活躍すれば成功できたのかもしれない。
だが私はそんな夢追い人ではない。
現実をしっかり見て一歩、また一歩と道を踏みしめていくのだ。
そしてそんな私にも人生の転機が訪れたのだ。
私の魚屋のはす向かいにあるパン屋『メゾン・ワイパー』、そこで働く愛しい人よ。
「乱れた暮らしで口説かれてもイヤ」と歌ったシンガーがいたがきっと君だって「魚屋の暮らしで口説かれてもイヤ」と女心に思っているに違いない。
だから私は決心した。
隣の『S区』にいい物件があると聞き、私はそこにBARを出すことにしたのだ。
ああ、母さん。こんな私を許してください。
『BAR BABA』──
ああ、なんて美しい響きだ。
なのに看板屋め。間違えて、
『BARBAR BABA』と書きやがった。
これじゃ床屋ではないか、おっとやべえ使っちまった──もとい、理容室ではないか。
「B」が多すぎて目がチカチカする。
まあそれはさておき、数ヶ月後には私はここのオーナー兼店長。もちろん皆にはマスターって呼ばせますけどね。「マスター・ババ」、うぷぷ、まるでジェダイ騎士のようだ。なんて荘厳な響き。
そして私の隣には君。もちろん君には苦労かけたくないからバイトを二三人雇うさ。自給は千二百円──え? 食事と有給も付けてあげてって? はっはっは、わかったわかった、君は優しいんだね。
そしてこの店の一番の売りとしてお客様を敬う言葉「さすがです!」を店員に植え込む。
「お客様、このお店を選んで頂けるなんてさすがです!──」
「マッカランのロックですか? さすがです!──」
「おつまみはピクルスですね、さすがです!──」
さらにクレームが起こらないように語尾には「失礼しました!」をつけさせる。
「お客様、いつも一番安い酒ばかり飲んでますね。そんなんでよろしいんですか? 失礼しました!──」
「お客様、いつもお一人なんですね。友達とかいないんですか? 失礼しました!──」
「一万円お預り致します。お客様、お釣りとかやっぱりいります? 失礼しました!──」
うむ。
これなら多少失礼なことを言っても許して頂けるに違いない。
そんな空想をしながら私は『私の店』のドアを開けた。これから内装計画をたてるわけだから中は当然荒れ果てたままだ。私の心と同じである、そう「今はまだ」。だが──
それと同時に華々しい未来の自分の姿と、装飾した店内のイメージを重ねていくと……あら不思議、まだ電気も通ってないのに、私の頭上からスポットライトが降り注ぐようではないか。
まるで突然歌い出したって違和感のないミュージカル。『ラ・ラ・ランド』──いや、むしろここは『バ・バ・ランド』
♪ここに~テーブルを置き~、ここに絵をかける~。照明はロマンチックに薄暗くし、恋人たちが愛を囁き合えるようにしないかい?
まあ、素敵!
見~てご~らん、まるで昔の僕たちみたいだね~♪
うひひ。
よしよし、これで魚に群がるあのうざったい猫たちともオサラバだ。いや、待てよ。彼女は猫が好きだから猫カフェにちなんで『猫BAR』ってのもいいかもしれないな……。
「極上の酒と可愛い猫たちがあなたを癒します──」
もちろんN区にいるような薄汚い野良猫連中とは違う血統書付きの清潔な高級猫ばかりで。
これはいい!
ナイスだ、俺!
彼女もきっと喜ぶに違いない!
『にゃ~………うにゃ~!』
そうそう、そんな感じで猫たちが「にゃ~うにゃ~」って……ん? おかしいな、なんか今、猫の声がしたようにゃ、いや、したような。
『にゃーにゃーにゃーにゃーにゃー!』
こりゃいったいなんだ? 幻聴か? 思えばなんかここ獣臭いな。どうやらこの声は……冷蔵庫から?
──ナニユエレイゾウコノナカカラネコノコエガ?
私は恐る恐る、やはりまだ電気の通っていない小さな作業台コールドテーブルの冷蔵庫を開けた。すると……。
『ふにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーっ!』
「ふぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーっ!」
一匹の猫が私の顔にしがみついてきた。
そして物凄い勢いで店の外へと走り去って行く。
…………なぜ、俺の行く先々にオマエラはいる?
私は眼鏡を押し上げた。
まだまだ、あいつらには苦労をかけられそうだ。
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