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第2部 ヴァン=ブランの帰還
第21話 ZANPANO【ザンパノ】
しおりを挟む──世の中は不公平だ
雷光がザンパノの影をいつもより大きく照らし出した。
そこはイシャータたちのいる『N区』のすぐ隣にある『S区』、その片隅にある小さな飲み屋の跡地だった。人通りも少なく、すっかり荒れ果てたその空き家を目下ザンパノはねぐらにしていた。
『所詮は美しいものが寵愛を受け、醜いものは徹底的に邪険にされるだけなのだ』
それが生まれついた頃からザンパノを支配する感情である。他の猫たちには『可愛い~♪』と寄ってくる人間たちも、ことザンパノに対してだけは違っていた。
「なにあれ?」
「この猫、憎ったらしい顔してるわね」
「きったな~い」
「オエッ!」
それらの言葉はザンパノにとってもはや常套句と化していた。
言葉だけならまだいい。
人間たちに虐待された数々の傷はザンパノの身体をも深く蝕んでいた。
ある日の夕暮れのことだ。
幼いザンパノは公園で人間の中学生が同級生にいじめられている姿を見かけた。
『あいつはいつも苛められてるな……』
同級生たちは彼をひとしきり殴って気がすんだのか笑いながら去っていく。少年はヨロヨロとベンチに腰掛けるとそのままぐったりと横たわった。
その瞬間。
ザンパノと少年の目が合った。少年は弱々しく笑うとおいでおいでと手招きする。
『ああ……同じなのだ。こいつもおれと同じ〈弱者〉なのだ──』
蝕まれこそすれ、この時のザンパノにはまだ『心』があったのかもしれない。
『こいつならおれの気持ちをちょっとはわかってくれるかもしれない……』
ザンパノは少年が少し可哀想になり招かれるままに近付いていった。
少年はゴソゴソと鞄の中に手を入れる。
『何か食い物でもくれるつもりなのだろうか?』
そして──
その日、ザンパノは片目を失った。
(〈弱者〉では駄目なのだ……! もっと強く、もっとデカく、もっとズルくならなければ……。でなければ、俺は殺されてしまう!! ──)
「ザンパノ──」
まるで少年のような、それでいて落ち着いた声がザンパノを過去の叫びから呼び戻す。ザンパノのことを呼び捨てで呼ぶ猫はもはやこの『S区』にはいない。側近であるこのシースルーだけがザンパノのことをそう呼ぶくらいだ。
「来るよ、もうすぐ」
「来る? 誰が」
「わかってるくせに。ここまで時が近付けばあなただって感じてるはずだよ。『鳥の名を持つものがあなたを押し潰す』、この予言はまだ動いてないからね」
猫の勘は鋭い。こと、このシースルーに関して言えばはそれを遥かに超越した予知能力、もっと大げさに言えば予言めいたことを時々口にする。その的中率は非常に高く、ザンパノがボス猫の座につけたのも、いやこれまで生き残ってこれたのも、このシースルーあってのことだと言えた。
ある時、ザンパノは不思議に思ってシースルーに聞いてみたことがある。
「それだけの力があればおまえ自身がボスになることだってできただろう。なぜ、オレなんだ?」
「わかってないな」シースルーはくっくと笑った。
「僕が『ボスになる未来』はなかったからだよ。未来が見えることと変えることは似てるようだけど実は全然違うものなんだ。たとえばさ、当りくじが入ってもないのにいくらくじを引いたって同じだろ? それと一緒だよ」
「……?」
「わからないかなぁ。前に人間たちが『頭にイメージが浮かぶことだったら大抵のことは実現することが可能だ』って話すのを聞いたことがあるんだけど、それとちょっと似てるんだな。頭に浮かばないことは実現することはないっていうか……」
似てると言われたところでまったくもってザンパノにはチンプンカンプンだった。
「それにね、ザンパノ。もし僕が万が一ボスになったとしたらだよ、今度は誰かに裏切られる心配も出てくる。でもあなたがボスになって僕の力を必要としてくれるならあなたは僕を決して切り捨てやしない。その方が僕には安全だし、その安全を守るためなら僕はあなたを全力でサポートする。この方が合理的だとは思わないかい?」
シースルーはあの時そう言った。
『鳥の名を持つものがあなたを押し潰す』
ザンパノは怖れていた。疎まれ下げずまれ虐待されたあの日々を。もしボスの座を奪われたならば自分はまたあの落ちても落ちても底のないあの奈落へと戻らねばならないことを。
──ならばそれを回避する方法はないのか?
「あるよ」
「なんだ、それは! どうすればその予言を回避できる?!」
シースルーは眠たげな瞼を閉じた。
「さあ……それは僕にはわからない。それを知っているものは他にいるんだ。あなたの失われたその左目……」
「?」
「その失った目を──第三の目をを持っている猫がいる。そいつがその答えを知っている。『鳥の名をもつもの』を倒す方法を知っている」
「誰だ! そいつは。そいつをすぐに……」
「大丈夫。焦らなくてもそれはそのうち向こうからやってくるから。だから待とうよ、そいつが来るのを……」
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