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第2部 ヴァン=ブランの帰還
第23話 Project-S【無謀な計画】
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佐藤は 縁の下に入り込んでぺたりと横になった。冷たい土が心地いいが気分がすぐれるとまでにはいかなかった。
『ヴァンなんて帰ってきぃへんかったらよかったのに』
そんなことを考える自分が疎ましく、またせせこましく思える。佐藤は溜め息をつき、しばしクラゲのようにぐにゃぐにゃしているとイシャータがそろりと顔をのぞかせた。
「いたいた。どうしたの、さっきは? ヴァンにべったりかと思ったら……今度はケンカ?」
「ちゃうちゃう。ちょっとモンでもらっとっただけやねん。心配せえへんでええよ」
「?」
「用がないならほっといてぇや。一匹になりたいんや」
「……あのね、私、食料を探しに行こうと思うんだけど、佐藤も一緒に行かない?」
「食料?」
「うん。もう残りも少ないし、ホラ、私たちっていわば居候みたいなもんじゃない? ちょっとでもみんなの役に立てないかなと思って」
「メタボチックのやつが一匹で食い過ぎなんちゃう? 悪いけどボク、今そんな気分じゃないねん……」
「そう………………じゃ、ギリーと私で行ってくるね」
▼▲▼▲▼▲
「気分じゃなかったんじゃないの?」
「ボクが? そんなこと言うたっけ? ええのええの。メスだけやといろいろ危なっかしいからな。ボディガードっちゅうやつや」
イシャータとギリーは顔を見合わせて笑った。
「そりゃ頼もしいわサトー」
「よろしくね、小さなボディガードさん」
「か、体の大きさは関係あらへんねんで! ここやねん、ここ!」
佐藤は頭をちょいちょいと指した。
三匹は久し振りに吸う表の空気を満喫しつつ歩き始めた。
一方、ヴァンと黒猫のフライは『N区』と『S区』の境にある小高い丘の上に佇んでいた。
「見ろ」
ヴァンは眼下に広がる公園の方を顎で示した。
公園はN区とS区のちょうど中間地点にあるように見えるのだが実は地理的には微妙なところで『S区』の方に属している。
「公園がどうした?」
「あの公園は広さに比べて猫どもが少ないし人間たちも休日くらいしか訪れない。あそこなら三十匹くらいなんなく暮らせると思わんか?」
フライは目を細めて公園を見下ろした。
「俺はともかく皆は外での暮らしに慣れてない。ボスのいる縄張りの下では必ず食いっぱぐれるやつが出てくる。力で押さえ込まれたり苛められる子猫たちだって出てくるはずだ」
フライは笑った。
「ちょ、ちょっと待てよ。あの公園だってS区だぜ。S区のボス猫の縄張りなんだぜ?」
「独立国家だよ」
「どく……り……。なんだ、そりゃ?」
「つまりあの公園をN区でもS区でもない場所にするのさ。つまり俺たちの俺たちによる俺たちだけのコミュニティをつくるってわけだ」
フライは口をあんぐりと開けた。
「ずいぶん簡単に言ってくれるが……そんなことが可能なのか?」
「さあな。ただ、S区はもともと土地が広い割には猫の数が少ない。交渉次第ではあの公園くらい手に入れることは不可能ではないかもしれん」
「『交渉』って、誰に? おいおい、まさか……」
「もちろんS区のボス、ザンパノにさ。他に誰がいる?」
「ザンパノ?! 犬よりデカくて仔猫を喰らうっていう、あのザンパノか?」
今度はヴァンが苦笑した。
「そんなものはただの噂だろ? 虚仮にすぎん。犬よりデカい? バカいえ、そんな猫がいてたまるか。くだらん」
「だ、だとしても、ザンパノが応じなかったらどうする?」
「そうだなぁ……そんときゃヤツと闘って」
ヴァンの目が光る。
「めんどくせえから、公園だけなんてケチくさいこと言わずにS区を丸ごと全部頂いちまうとするか」
フライはごくりと唾を飲み込んだ。
「本気……か……?」
「俺は冗談はメスにしか言わん」
ヴァンはあっはっはと笑うと空を見上げクンクンと匂いを嗅いだ。
「おっと、こりゃ夕立ちになりそうだな……」
▼▲▼▲▼▲
「案外探してみると食べ物ってないものなのね……」
ギリーがぽつりと言ったその台詞はイシャータが野良猫になってからこちら痛いほど染み付いている感想だった。
今でこそわずかな食料を分配して食いつないでいるものの、飼い慣らされた三十匹が急にエサを調達していくなんて土台無理な話ではなかろうか?
まさにヴァンが心配している事態をそんな風にぼんやり考えている時だった。イシャータは鼻の頭に冷たいものが落ちてくるのを感じた。
「ギリー、佐藤。降り始めてきちゃったわ。そろそろ屋敷に戻りましょ」
「待って。これ、まだ食べられるんじゃないかしら?」
ギリーが見つけたのは家庭から出されたゴミ棄て場のポリ袋だった。エコだなんだと騒ぐこのご時世だが、こうやって分別をしないで生ゴミを捨ててくれるのは猫にとっては正直ありがたいのだ。
「コロッケやメンチカツもあるで!」
ギリーと佐藤が協力してポリ袋を破ろうとした時だった。
ヴォルルルルル……ゥオルルルルル──
「なんや、雷かいな?」
そう思って振り向いた三匹の後ろに現れたのは自分たちの体ほどもある巨大な顔だった。犬である──
マズい。
そう、実際のところこれはヒジョーにマズかった。
『ヴァンなんて帰ってきぃへんかったらよかったのに』
そんなことを考える自分が疎ましく、またせせこましく思える。佐藤は溜め息をつき、しばしクラゲのようにぐにゃぐにゃしているとイシャータがそろりと顔をのぞかせた。
「いたいた。どうしたの、さっきは? ヴァンにべったりかと思ったら……今度はケンカ?」
「ちゃうちゃう。ちょっとモンでもらっとっただけやねん。心配せえへんでええよ」
「?」
「用がないならほっといてぇや。一匹になりたいんや」
「……あのね、私、食料を探しに行こうと思うんだけど、佐藤も一緒に行かない?」
「食料?」
「うん。もう残りも少ないし、ホラ、私たちっていわば居候みたいなもんじゃない? ちょっとでもみんなの役に立てないかなと思って」
「メタボチックのやつが一匹で食い過ぎなんちゃう? 悪いけどボク、今そんな気分じゃないねん……」
「そう………………じゃ、ギリーと私で行ってくるね」
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「気分じゃなかったんじゃないの?」
「ボクが? そんなこと言うたっけ? ええのええの。メスだけやといろいろ危なっかしいからな。ボディガードっちゅうやつや」
イシャータとギリーは顔を見合わせて笑った。
「そりゃ頼もしいわサトー」
「よろしくね、小さなボディガードさん」
「か、体の大きさは関係あらへんねんで! ここやねん、ここ!」
佐藤は頭をちょいちょいと指した。
三匹は久し振りに吸う表の空気を満喫しつつ歩き始めた。
一方、ヴァンと黒猫のフライは『N区』と『S区』の境にある小高い丘の上に佇んでいた。
「見ろ」
ヴァンは眼下に広がる公園の方を顎で示した。
公園はN区とS区のちょうど中間地点にあるように見えるのだが実は地理的には微妙なところで『S区』の方に属している。
「公園がどうした?」
「あの公園は広さに比べて猫どもが少ないし人間たちも休日くらいしか訪れない。あそこなら三十匹くらいなんなく暮らせると思わんか?」
フライは目を細めて公園を見下ろした。
「俺はともかく皆は外での暮らしに慣れてない。ボスのいる縄張りの下では必ず食いっぱぐれるやつが出てくる。力で押さえ込まれたり苛められる子猫たちだって出てくるはずだ」
フライは笑った。
「ちょ、ちょっと待てよ。あの公園だってS区だぜ。S区のボス猫の縄張りなんだぜ?」
「独立国家だよ」
「どく……り……。なんだ、そりゃ?」
「つまりあの公園をN区でもS区でもない場所にするのさ。つまり俺たちの俺たちによる俺たちだけのコミュニティをつくるってわけだ」
フライは口をあんぐりと開けた。
「ずいぶん簡単に言ってくれるが……そんなことが可能なのか?」
「さあな。ただ、S区はもともと土地が広い割には猫の数が少ない。交渉次第ではあの公園くらい手に入れることは不可能ではないかもしれん」
「『交渉』って、誰に? おいおい、まさか……」
「もちろんS区のボス、ザンパノにさ。他に誰がいる?」
「ザンパノ?! 犬よりデカくて仔猫を喰らうっていう、あのザンパノか?」
今度はヴァンが苦笑した。
「そんなものはただの噂だろ? 虚仮にすぎん。犬よりデカい? バカいえ、そんな猫がいてたまるか。くだらん」
「だ、だとしても、ザンパノが応じなかったらどうする?」
「そうだなぁ……そんときゃヤツと闘って」
ヴァンの目が光る。
「めんどくせえから、公園だけなんてケチくさいこと言わずにS区を丸ごと全部頂いちまうとするか」
フライはごくりと唾を飲み込んだ。
「本気……か……?」
「俺は冗談はメスにしか言わん」
ヴァンはあっはっはと笑うと空を見上げクンクンと匂いを嗅いだ。
「おっと、こりゃ夕立ちになりそうだな……」
▼▲▼▲▼▲
「案外探してみると食べ物ってないものなのね……」
ギリーがぽつりと言ったその台詞はイシャータが野良猫になってからこちら痛いほど染み付いている感想だった。
今でこそわずかな食料を分配して食いつないでいるものの、飼い慣らされた三十匹が急にエサを調達していくなんて土台無理な話ではなかろうか?
まさにヴァンが心配している事態をそんな風にぼんやり考えている時だった。イシャータは鼻の頭に冷たいものが落ちてくるのを感じた。
「ギリー、佐藤。降り始めてきちゃったわ。そろそろ屋敷に戻りましょ」
「待って。これ、まだ食べられるんじゃないかしら?」
ギリーが見つけたのは家庭から出されたゴミ棄て場のポリ袋だった。エコだなんだと騒ぐこのご時世だが、こうやって分別をしないで生ゴミを捨ててくれるのは猫にとっては正直ありがたいのだ。
「コロッケやメンチカツもあるで!」
ギリーと佐藤が協力してポリ袋を破ろうとした時だった。
ヴォルルルルル……ゥオルルルルル──
「なんや、雷かいな?」
そう思って振り向いた三匹の後ろに現れたのは自分たちの体ほどもある巨大な顔だった。犬である──
マズい。
そう、実際のところこれはヒジョーにマズかった。
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