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~雪の姉弟編 第9章~

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[不意]

 「おいおいマジかよ・・・ヨーゼフの奴まで来やがった・・・」

 ケストレルが近くに落ちていたボロボロの剣を足で蹴り上げ、手に持つ。ロメリア達はケストレルがやけに焦っていることに尋常でない不安を覚える。

 一方ヨーゼフは地面に仰向けで倒れているユリシーゼに話しかける。先程まで意識を失っていたユリシーゼは僅かに瞼を開ける。ヨーゼフの声が聞こえたせいなのか、気配を感じたせいなのかは分からないが・・・

 ヨーゼフは朦朧とする意識の中、目を覚ましたユリシーゼが漏らす呼吸音に気付いて傍に近づく。右手に銃を出現させ、ロメリアの方に銃口を向けながらユリシーゼに話しかける。

 「お姉ちゃん、僕だよ!ヨーゼフだよ、分かる⁉」

 「ヨーゼ・・・フ・・・そこに・・・いる・・・の・・・?」

 ユリシーゼがゆっくりと右腕を震わせながら上げる。彼女の右腕は己の魔力で焦げて爛れて裂けていた。ヨーゼフは右手に持っているマスケット銃を放り投げて姉の手を取る。

 「うん!ここに居るよ、お姉ちゃん!ほら!今手握ったの僕だよ!」

 「あ・・・あぁ・・・わ・・・分か・・・る・・・よ・・・」

 ユリシーゼは瞳を左右に動かす。どうやらもう目が見えていないらしい。

 「ごめ・・・ん・・・お姉ちゃ・・・ん・・・負けちゃっ・・・た・・・」

 ユリシーゼの言葉にヨーゼフは咄嗟に反論する。

 「お姉ちゃん!そんな・・・そんなこと言わないで!まだ負けてないから!お姉ちゃんはまだ負けてないよ!僕が今から・・・今からあいつら皆殺しにするから!お姉ちゃんは僕が必ず助けるから!」

 ヨーゼフは姉の手をより強く握りしめる。ユリシーゼは弱弱しく握り返すと、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は悪意の無い純粋なもので、年相応の女性が見せる素敵な笑顔だった。

 「強く・・・なった・・・ねぇ・・・ヨー・・・ゼ・・・フ・・・嬉し・・・い・・・なぁ・・・そんな事・・・言って・・・くれ・・・るなんて・・・」

 「お姉ちゃん?」

 「・・・」

 ユリシーゼの手がヨーゼフから離れ、彼女の腹部に落ちる。ユリシーゼは満足そうに笑みを浮かべながら目を瞑っており、そのまま動かなくなった。

 「お姉ちゃん?ちょっとお姉ちゃんてば何で何も言わないの?ねぇ?何でよ?」

 「・・・」

 「冗談だよね?お姉ちゃん今死んだふりしてるんだよね?・・・あははははは!お姉ちゃんったらこんな時に何してるのさぁ?」

 ヨーゼフが眼をわなわなと震わせながら焦りの混じった声でユリシーゼの体を揺さぶる。しかしユリシーゼは目を開けることはなく、反応することも無くただ笑みを浮かべたまま人形のように固まっていた。肌の色の徐々に白くなってきて、固く冷たくなってきていた。

 ヨーゼフの顔から笑みが消え、ただ淡々と体を揺さぶり続ける。その光景を見ていたケストレル達は後に起こるであろう悲惨な事態を予感した。

 「・・・嘘だ。」

 ヨーゼフの体から黒みを帯びた赤紫色のオーラが現れる。オーラは渦を巻き、ヨーゼフの体をまるで蜘蛛の糸のように纏わりついている。

 「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ・・・」

 『やべぇ・・・来るッ!』

 ケストレルがシャーロットの前に行って彼女の盾になるように立つ。すると次の瞬間、ヨーゼフの全身から夥しい魔力が放出される。ヨーゼフの魔力は空間を激しく揺さぶり、歪ませるほどだった。

 「ぐっ!な・・・何て魔力だッ!こいつぁやべぇぞッ!」

 「う・・・うぅ!」

 「大丈夫か、シャーロット⁉」

 「は・・・い・・・何とか・・・でも息が・・・出来ない・・・ですッ・・・」

 シャーロットの足が激しく震える。ケストレルはシャーロットを優しく引き寄せると、彼女の体を支える。シャーロットはケストレルに支えられた状態で魔術書を開いて魔力を練り始める。

 ロメリアやガーヴェラ達もヨーゼフの恐ろしい魔力に当てられて、身動きが取れない状態だった。何とか武器を構えて、戦闘態勢を取る。

 ヨーゼフは全身から溢れ出る魔力を一切抑える事無く立ち上がり、周囲をゆっくり見渡す。ヨーゼフの体には魔力で生成された赤紫色の炎が纏わりついていた。

 「よくも・・・よくもやってくれたねぇ、お前達?誰?誰なの?お姉ちゃんを殺したのは?」

 ヨーゼフがロメリアを捉える。ロメリアが咄嗟に棍を前に構えると、ヨーゼフは不敵に微笑んだ。

 「お前だね。お姉ちゃんを殺したのは。」

 「・・・」

 「黙ってても分かるよ?お前しか、お姉ちゃんにこんな傷を負わせられない・・・ケストレルやそこにいるヴァンパイアの女の子・・・後後ろにいるお姉さん達じゃあこんな《何かに強く殴られたような跡》は作れないだろうし。」

 ヨーゼフは周囲に展開したマスケット銃の銃口を全てロメリアに向ける。完全に狙いをロメリアに定めたと感じたシャーロットはヨーゼフの周囲上空に魔術陣を展開し、大人の頭程度の大きさがある火の玉を降らせる。ガーヴェラも銃を構えて、銃弾を放ち、キャレットも糸をヨーゼフに這わす。

 ヨーゼフは小さく舌を打ち、忌々しそうにシャーロットを睨みつける。

 「邪魔だよ。虫けらの分際でしゃしゃりでて来ないでくれる?」

 ヨーゼフが放出している魔力を一瞬集約し、一気に放出した。空間が裂ける程の波動が周囲に広がり、シャーロットの魔術、ガーヴェラの銃弾は消失し、キャレットの糸は細かく千切れ飛んだ。

 更に波動はシャーロット達にも到達した。ロメリア達は全身に襲い掛かる痛みに悲鳴を上げて、大きく吹き飛ばされる。

 ヨーゼフは地面に倒れ込むロメリア達を見渡すと、呟いた。

 「痛い?痛いかい?でもお姉ちゃんはもっと痛かったんだよ?」

 「くっ・・・」

 「だからさぁ、そんな痛そうな顔しないでくれるかな?腹立つんだけど?何苦しそうな顔してるの?お姉ちゃんをあんな目に合わせた癖に・・・」

 ヨーゼフはロメリアの方へ歩き始める。誰も起き上がれない中、シャーロットがゆっくり立ち上がり、ヨーゼフに向かって蒼紫色の雷を伸ばした手の先に構築した魔術陣から放った。

 ヨーゼフはシャーロットの放った雷を右手に出現させたマスケット銃で相殺すると、展開しているマスケット銃の幾つかをシャーロットに向けて発砲する。咄嗟に防御陣を展開するが、放たれた魔弾はシャーロットの防御陣を突破し、体を貫く。シャーロットは後ろに倒れ込み、体に開いた穴から血が流れ出る。

 「きゃあッ!」

 「シャーロットッ!よくも妹をッ!」

 「待て、キャレット!」

 ガーヴェラが止めようとしたが、キャレットはシャーロットの方へと走り出した。キャレットが糸を周りに出現させた瞬間、ヨーゼフが指を鳴らす。

 次の瞬間、地面を割って無数の魔弾が現れた。キャレットは咄嗟にバク転し、回避する。

 「くっ!」

 「キャレット!」

 「めんどくさいなぁ・・・雑魚はとっとと死んでてよ、邪魔だからさ。」

 ヨーゼフがシャーロットとキャレットの上空にマスケット銃を出現させて、一斉に魔弾を放つ。キャレットはすぐさま後ろへ下がって回避し、ケストレルはシャーロットを抱えてその場から退避する。

 「皆ッ!」

 ロメリアが叫んだその時、ロメリアの方に向けられていたマスケット銃が一斉に火を噴いた。ロメリアは咄嗟に横へ避ける。そして滑り込むようにケストレルの下へ退避する。ロメリアの体には淡い金色のオーラが纏わりついている。

 『何て速さ・・・リミテッド・バーストを使って無かったら避けきれなかった・・・』

 「大丈夫か!ロメリア!」

 「うん、何とか!それよりもシャーロットは⁉大丈夫なの⁉」

 「は・・・はい・・・大丈夫・・・うぐぅッ!」

 「喋るな、シャーロット!傷口が広がるぞ!」

 シャーロットはケストレルに抱えられたまま傷口に手を当てて、顔を歪ませる。ケストレルの服にシャーロットの血が付いている。キャレットはガーヴェラの元へ戻っており、表情から見てシャーロットの傍に近づけないことへ憤りを感じているようだった。

 ロメリアはさっと立ち上がって、ヨーゼフと対峙する。ヨーゼフはゆっくりとロメリア達の方へ近づく。

 「大丈夫?その子。綺麗に首を撃ち抜けなかったから苦しませちゃったよね?さっさと楽にしてあげるから差し出してよ。」

 ヨーゼフはそう言って、マスケット銃を左手に出現させ、シャーロットの首目掛けて発砲した。ロメリアは放たれた魔弾を棍で弾く。魔弾はヨーゼフの左頬を掠め、城壁を抉る。

 「ふざけないで!そんな事出来る訳ないでしょ⁉」

 ロメリアは棍を回し、構え直す。ヨーゼフは立ち止まって左頬に出来た銃創に触れると、ロメリアを睨みつける。

 「じゃあまずお前から殺してやるよ。その女の子とは違って人間だから殺すのは楽だろうし・・・それに何よりウルフェンの情報によれば一番相手にならない女・・・雑魚だからそんなに時間かからないだろうね。」

 「・・・」

 ロメリアが両手に力を込める。ヨーゼフは首を傾げ、目を細める。その表情は憎らしいモノを見るかのように歪んでいた。

 「でも不快だね、その目・・・その真っ直ぐでこっちが恥ずかしくなるような眼差しはフォルトの目とそっくりだ。」

 ロメリアはフォルトの名前を聞いた瞬間、少し目を大きく開く。ケストレルとシャーロットも、よりヨーゼフへ意識を向ける。

 「フォルトはウルフェンに比べたら戦闘スキルは高くなかったけど、それなりに楽しめた。・・・また戦えるかは知らないけど。」

 「また戦えるかって・・・それどういうこと⁉」

 「一々喚かないでよ・・・生きてるか分からないってこと。なんか僕が知らない術使って勝手に自滅したの。その前に僕の術を食らって死にかけてたけど。・・・そこの女の子みたいにね。」

 ヨーゼフの言葉の後、シャーロットが苦しそうに呻きだした。ケストレルとロメリアが視線を向けると、シャーロットの傷口から黄色い粘性の強い液体が零れだし、腐敗し始めた。ケストレルはシャーロットから放たれる強烈な悪臭に思わず顔を歪ませる。

 「シャーロットッ!一体何がッ・・・」

 「状態異常能力だ。・・・確か《腐敗》だったよな、お前の能力。」

 「そうだよ。覚えててくれたんだね、ケストレル。誉めてあげるよ。」

 ヨーゼフがケストレルに微笑む。ロメリアは黄金の葡萄が入った袋を素早く取り出して、ケストレルに渡す。ケストレルは何も言わずに受け取ると、シャーロットの口に黄金の葡萄を含ませる。

 シャーロットの体が明るい金色のオーラに包まれると、ヨーゼフは小さく鼻を鳴らす。

 「ふ~ん、黄金の葡萄か。・・・まだ残ってる?」

 「・・・残ってるけど、君にあげる分は無いよ。」

 「馬鹿正直に教えてくれてありがとう。お前の了承何か必要ない。お前達全員殺してそれを奪えばいいだけの話なんだから。」

 ヨーゼフはそう言うと、城壁の如くマスケット銃をロメリア達の前に展開した。視界に映る限り広がる絶望的な光景に体が震える。

 「怖い?怖いよね?でも安心して、痛いのは一瞬だけだから。塵も残さず消してあげる。」

 ヨーゼフは右腕を大きく振り上げる。この腕が振り下ろされれば間違いなく死ぬ・・・仮にシャーロットが負傷してなくて動けたとしても一面に広がるマスケット銃の壁からは逃げれない・・・

 「くっ・・・こ・・・のッ・・・」

 シャーロットが無理やり体を起こそうとするが、まだ傷が癒えておらず、痛みでケストレルの腕の中に戻る。

 「何やってんだ、シャーロット⁉動くなっつてんだろ⁉」

 「でも・・・止めないとッ・・・それに・・・あいつ・・・フォルトに酷いことを・・・早く助けに行かないと・・・あいつを・・・倒して・・・つッ!」

 「馬鹿か!そんな体でフォルトに会いに行ったら余計アイツが心配するだろうが!あいつのこと思ってんならもう勝手に動くな!そして喋るな!治る傷も治んねぇぞ!」

 ケストレルはそう言って、地面に置いていた剣を手に取ってヨーゼフ目掛けて投擲する。しかし、ヨーゼフの傍に展開していたマスケット銃の1つが易々と剣を撃ち落とす。魔弾が当たった剣は大きく吹き飛び、粉々に砕ける。

 「やぁぁぁぁぁぁッ!」

 ロメリアは地面を蹴ってヨーゼフへ近づく。もうそれが無駄な事は分かってた。でも何もせず、ただ蜂の巣になるのだけは勘弁してほしかった。ヨーゼフは禍々しく頬を吊り上げ、大声で叫ぶ。

 「見苦しいよ!無駄なんだよ、何もかもッ!」

 ヨーゼフが腕を振り下ろそうと、力を込める。ロメリアは直ぐに来る盛大な銃声と星屑の如く現れる魔弾に構えた。

 ___しかしその時は来なかった。

 「『神縛なる清浄の鎖、醜くき愚者の匂いを嗅ぎ取り、咎を縛れ。』」

 突如空間が裂け、白銀に煌めく鎖がヨーゼフの体を拘束する。ヨーゼフの腕も強く鎖で拘束され、振り下ろせなくなっていた。
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