最強暗殺者の末裔と王族の勘当娘 ~偶々出会った2人は新たな家族として世界を放浪します~

黄昏詩人

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~星と彼女編 第6章~

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[幻影]

 「陛下!」

 古都の上層部に設けられた救護地のある建物の中にルーストを呼ぶ兵士が入ってきた。ルーストは多くの部下と共に取り囲んでいる円卓の傍に立っており、彼の声に反応して顔を上げた。先程から石造りの建物が大きく揺れ、細かな埃が上から落ちて来る。

 「今度は何だ!第二城壁が突破されたか⁉」

 「い・・・いいえ・・・そうではありませんが・・・」

 「なら何だ?早く状況を報告しろ!」

 「古都の上層に巨大な竜巻が発生し、第二階層以下と連絡が取れません!風の壁が邪魔をして人員も物資も供給することが出来なくなっている状況です!」

 「無線は⁉」

 「通じません!前線の状況が竜巻発生以降不明です!」

 ルーストは円卓を叩いた。

 「クソ、次から次へと問題が発生するモノだ・・・先程魔力をごっそり抜かれたと思えば、平野が焼け野原と化し、第二階層付近で膨大な魔力の放出が確認された。・・・そして次は竜巻で連絡途絶・・・くそ、状況がどんどん悪化している・・・」

 ルーストは深い溜息をついた。

 「・・・ヴァスティーソ大隊長との連絡は⁉今取れるか⁉」

 「取れません!直接状況を確認しようとしましたが古都の上層に近づく度風が強くなり、氷と水滴の弾丸が渦巻いてまともに接近することが出来ません!」

 「・・・ッ!他の・・・他の大隊長との連絡は⁉」

 「誰とも通じません!恐らく第二階層以下にいる為だと思われます・・・」

 ルーストは唇を強く噛みしめる。幹部全員どころかフォルト達とも連絡が取れなくなってしまい、本部としての機能を全く果たせなくなってしまったからだ。異常事態に適切な指揮が取れなければつい先程自身が指揮に戻ったことにより再び盛り上がった士気が下がってしまう・・・

 「通信回復の目途は立ちそうか⁉」

 「それが全然立っておらず・・・現在回復を試みてはおりますが何時になるかは・・・」

 兵士の報告を聞いたルーストは全体に指示を出す。

 「一刻も早く通信を回復させるよう伝えろ!他の者は現在の情報整理を行え!通信が回復した際に対応できるようにな!・・・治療隊!今どうなっている⁉」

 「現在重症者から手当てをしていますが人手が全然足りません!」

 「重傷者から手当てをしていたのか?今すぐ軽傷者から手当てをするよう変更だ!重傷者は止血等の手当てでかける時間は最小限に・・・軽傷者を前線に戻すことだけを考えろ!重傷者は例え治療を終えてもこの戦にはもう復帰は出来んからな。」

 「りょ・・・了解です!」

 兵士達がそれぞれの作業に取り掛かり始める。ルーストも現在の状況を部下達と共に意見を交えながら整理している。

 混迷を極めている中、負傷者が収容されている建物の中にいたナターシャは怪我人の治療を行っていた。治癒術の心得はあった為、手が回っていない負傷者に寄り添っていた。

 「うぅ・・・」

 「大丈夫ですわよ・・・直ぐに痛みは無くなりますわ・・・」

 ミイラのように血塗れの包帯に包まれた兵士の治療を終えると、その横にいる兵士に続けて治癒術をかけ始める。

 「さぁ、しっかりなさって?直ぐに治りますから・・・」

 「ナターシャ様・・・申し訳・・・ありま・・・」

 「どうして謝るのです?貴方は古都の民の為に戦っていたのですよ?私の方こそ、貴方に感謝を述べますわ。」

 ナターシャはその兵士の傷を癒すと、兵士の手をそっと握った。

 「もうこれで大丈夫ですわよ。後は私達に任せて、今はお眠りなさい・・・」

 「・・・ありがたきお言葉・・・感謝・・・致します・・・」

 兵士は安堵の表情を浮かべて、目を瞑る。落ち着いた呼吸をしているのを確認したナターシャはその場から立ち上がって周りを見つめる。周囲に響いている呻き声に彼女は胸が苦しくなった。

 『早くこの戦を終わらせなければ皆の体力が持ちませんわ・・・私にもっと・・・叔父様のような力があれば・・・彼らを犠牲にする必要など無かったのに・・・』

 ナターシャは己の無力さを嘆いた。中途半端な力のせいで叔父の加勢にも行けない・・・父の足手纏いになるだけだという言葉が深く胸に突き刺さる。

 ナターシャは後ろ向きな考えに至っている自分を戒める為に首を振った。

 『何を考えていますの私は・・・しっかりなさい、私!皆を指揮する者が狼狽えてどうするつもりですの・・・』
 
 ナターシャはまっすぐ前を向いた。視線の先には建物の出入り口があり、負傷者が次々と建物の中に担ぎ込まれる。
 
 『助けを必要としている者達は沢山いますわ!・・・私が動かないとッ・・・』

 ナターシャは両頬を叩いて自分に喝を入れ、怪我人の傷を癒す体勢を整えた・・・

 その時だった。

 『・・・聞こえますか・・・私の声が・・・』

 「ん?今誰か・・・」

 ナターシャは周囲を見渡すが、聞こえてきた女性の声を発している者は確認できなかった。周りにいるものは全員男性・・・女性の声が出せる者など誰一人としている訳は無かった。

 『聞こえますか・・・私の声が・・・』

 しかし声は彼女の頭の中に響き続ける。ナターシャは正体不明の声に少し狼狽えながらも周囲をゆっくりと見渡す。

 辺りを一通り見渡し、彼女の視線が建物の入り口に向いた・・・その時、彼女は入口に立っている幽霊のようにぼんやりとした煙のように朧な女性を見つけた。明らかに周囲にいる人達とは違う雰囲気を醸し出している長い金髪で毛先が柔らかく膨らんでいるヘッドドレスを身に付けた女性にナターシャは釘付けになった。白く薄いドレスに身を包んだその女性の顔を見たナターシャは思わず母親だと思ってしまった。

 「お母・・・様?」

 ナターシャの母は彼女を産んで直ぐに亡くなった為、直接顔を見たことは無かった。あくまで写真越しに見ただけ・・・幻影は小さく微笑んだ。

 ナターシャはゆっくりと入口へ歩き始める。

 「何で・・・何でお母様がここに・・・」

 ナターシャが入口に近づき、彼女の母親と思しき幻影に手が届きそうになった瞬間、その女性は背中を見せて外へ歩いて行った。

 「お母様⁉何処に行かれるのです⁉」

 ナターシャは急いで彼女の後を追う。後を追って外に出ると外はこの世の終わりのような光景に包まれていた。空は曇天に包まれ、ハリケーンの如く激しい竜巻が古都を覆い、氷や雨の粒が弾丸のように駆け巡り、雷があちこちに落ちていた。そして城がある最上層からは押しつぶされそうな程重々しい魔力の波動が感じられ、体が震えだしていた。

 「何て禍々しい魔力ですの・・・震えが止まりませんわ・・・」

 ナターシャは風によって激しく乱れる髪を抑える。彼女のパーマのかかったボブヘアは激しい寝癖のような髪になっていた。

 災害級の風が吹き荒れる中、先程の幻影は古都の上層に向かう大階段をゆっくり上っていた。ナターシャが大階段の下にまで駆け寄ると、その幻影はゆっくりと振り返り、話しかけてきた。

 『お願い・・・彼を・・・止めて・・・これ以上・・・彼が堕ちていくのを・・・どうか・・・どうか・・・止めて・・・』

 「彼?彼って・・・」

 ナターシャが呟くと、その幻影は千切れ雲のように消えていく。

 『お願い・・・貴女なら・・・きっと・・・私の・・・私『達』の血を引く貴女なら・・・きっと彼を・・・』

 「えっ・・・私達の血ってどういう・・・」

 フゥゥゥゥゥゥ・・・

 「待って!まだ聞きたいことがッ・・・!」

 ナターシャは階段を上り、その幻影に手を伸ばしたが、触れた途端に消えてしまった。ナターシャは階段の上に視線を向ける。

 『《私達》と先程の幻影はおっしゃった・・・まさか私とあの八重紅狼の男には何かの縁があると・・・そう言いたかったつもりですの?』

 ナターシャは上を見上げる。上層の城門付近から背骨を引き抜かれそうな程悍ましい魔力を感じる。

 近づけば間違いなく只では済まない・・・現に叔父であるヴァスティーソの魔力は極端に弱まっているのを感じていた。このままでは叔父は死んでしまう・・・だがかといって今まで戦というものを経験したことの無い自分が出張って行けばきっと足手纏いになってしまうだろう。

 しかしだからといって・・・彼女は諦めたくはなかった。両手をぎゅっと握りしめ、唇を噛む。

 『きっと叔父様とお父様は・・・怒るでしょうね・・・』

 ナターシャは覚悟を決めると階段を一気に駆け上がっていく。階段の下にいた兵士達がナターシャに向かって叫ぶ。

 「姫様!一体何処へ向かわれるのですか⁉」

 ナターシャは兵士に返事をする事無く進む。兵士達がナターシャを引き戻そうと階段を上りだしたその時、突如鋭い荒風が階段を塞ぐ。

 「ぐっ!こ・・・これでは先に進めない!」

 「まずいぞ!姫様が!」

 「至急、ルースト様に報告だ!姫様の身に何かあれば・・・」

 数人の兵士がルーストにナターシャの事を伝える為に走り去る。兵士達がナターシャを連れ戻す為に階段下に集まるが、風は一向に止む気配が無い。

 畏怖を放つ魔力は徐々に膨れ上がり、古都の上層部を深く覆い尽くしていた。
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