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~古都防衛編 第8章~
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「キャレット!」
エリーシャが太腿から両足を切断されたキャレットに叫ぶ。キャレットは投げ出されるように地面に倒れ込む。切断された両足はキャレットから離れた場所に吹き飛んだ。
「あぐッ!」
キャレットが地面に倒れた瞬間、ゴルドが素早く手を動かしピアノ線を編みだした。ネットのように細かく編んだピアノ線をキャレットの周囲に展開すると、ロストルが一瞬で網の中に入りキャレットを網の外へと連れてその場を離脱する。
「逃がさん。」
ゴルドがすぐさま網を解き、壁のように編み直すと後ろへと下がったロストル達目掛けてピアノ線を走らせた。薄らと見える金網のように細かく編まれたピアノ線がロストル達に襲い掛かる。
「ッ!」
そんな中、エリーシャがロストル達の前に飛び出すと非常に濃い魔力を混ぜ込んだ血の糸を細かく編んでゴルドのピアノ線にぶつける。両者共その場から一歩も引かず、睨み合う。
2人が膠着状態になっている間にガーヴェラはキャレットの両足を拾い、切断面に合わせてくっつける。キャレットは頬を痙攣させしかめるとロストルが声をかける。
「大丈夫かい、キャレットさん?その足、本当にくっつくのかい?ヴァンパイアの再生力は凄まじいと聞いたけど・・・」
「ッ・・・問題ないわ。私達ヴァンパイアの・・・治癒力を甘く見ないで・・・」
キャレットはそう告げて唇を強く噛んで痛みに耐える。足をくっつけた切断面からは血が気泡を含んで地面へと滲み出ていた。大丈夫、直ぐにくっつき歩けるようになる・・・キャレットもロストルもガーヴェラも・・・その場にいる人は信じて疑わなかった。
だが・・・
「何で・・・何でよッ!何で傷が治らないのよ!」
キャレットは自分の足から出る血が止まらず、痛みが少しも和らがないことに思わず叫んだ。その声を聞いたエリーシャが後ろを振り向き、自身の娘を不安そうな目で見つめる。ロストルが咄嗟に回復術をかけ始めるが、全く意味をなさず困惑が深まっていく。
「貴方・・・私の娘に何をしたのッ!」
エリーシャが鬼気迫る声でゴルドに怒鳴ると、ゴルドは達観したかのような顔で返事をする。
「お前の娘は私の糸を受け、能力の影響を受けているだけだ。」
ゴルドの手に自然と力が籠る。
「私の状態異常能力は『不治』・・・この糸で斬られた者の傷は癒えなくなる。治癒術も治癒能力も全て無効化する。・・・ヴァンパイアの治癒能力も勿論、私の能力の前では全て無意味だ。」
ゴルドが話し終えた瞬間、両腕を一気に交差させて自身の糸に絡まっていたエリーシャの血の糸をバラバラに切断する。エリーシャは能力を発動し、糸を破壊しようと試みる。
・・・しかし何故がゴルドの糸は爆ぜなかった。
『な・・・何でなの⁉』
エリーシャが困惑する中、ゴルドの糸がエリーシャに襲い掛かる。エリーシャは回避行動をとるが、判断が遅れてしまいピアノ線が左腕に絡みつく。
ズシャァァァァァァァァッ!
「ッ!」
エリーシャの左腕に絡まった糸は豆腐を切る包丁のようにするりと彼女の腕を微塵切りにする。血が割れた水風船のように吹き出て指や肉片、骨といった先程まで左腕だったものが宙に舞う。そしてゴルドはすぐさまピアノ線をエリーシャの首と胴に巻き付ける。首にピアノ線が食い込み、血が滲み出る。
「くぅっ!」
「まずは1人、その首貰うぞ。」
息が出来ず苦しむエリーシャを見ながら、一気に腕を引き、糸を締める。ところがその瞬間、ロストルがエリーシャに巻き付いていたピアノ線を瞬時に切断する。ロストルのレイピアは先程より煌々と青く輝いていた。
そして同時にガーヴェラが装填されている弾丸を全弾発砲する。蒼く輝く魔弾がゴルド目掛けて接近し、ゴルドは全弾細断する。魔弾はすぐさま再生し、再びゴルドに襲い掛かる。その度にゴルドはまるで生き物のように不規則で動く魔弾を切り刻む。ガーヴェラは直ぐ排莢し、再装填する。
「ロストルさん・・・申し訳ありません・・・」
千切れ飛んだ左腕を庇いながらエリーシャがロストルに言葉をかけると、彼はエリーシャの方を振り向かずに返事をする。
「エリーシャさん・・・直ぐに後ろへ下がり、キャレットさんを連れてこの場から離れて下さい。・・・後は我々で何とかします。」
「・・・分かりました。・・・ごめんなさいね、足手纏いになってしまって・・・」
エリーシャはそう言うと、両足を持ったまま地面に腰を下ろしているキャレットの下へと近づく。
「キャレット・・・この場から離れるわよ。」
「母さん・・・私・・・私まだ戦えるわ・・・」
「無理よ。両足が切断されているのにどうやって戦うつもりなの?今の貴女と私は彼らの邪魔にしかならないわ。・・・悔しいけれど、ここは引いた方が彼ら為よ。」
エリーシャはそう言うと、キャレットを肩に担いだ。担がれたキャレットは悔しそうに唇を噛んで黙っていた。彼女の唇から血の雫が零れ落ちる。
エリーシャがキャレットを担いで離れる中、ロストルとガーヴェラはゴルドと激しい戦闘を繰り広げていた。ゴルドがピアノ線を周囲に展開し高密度の飽和攻撃を仕掛けてくる中、ロストルが攻撃を受けるスレスレで回避して接近戦を繰り出しており、ガーヴェラが少しでもロストルに意識が向かないよう魔弾を撃ち続けていた。
ロストルの非常に魔力が凝縮された刃はゴルドの強化されたピアノ線を切断してはいたが、直ぐに魔力によって糸は元に修復されていた。だがそれでも斬り続けているロストルにゴルドは嬉しそうに微笑む。
「いい動きだ、ロストル。大隊長と名乗るのには相応しい実力だな・・・嬉しいぞ、私は。あの時ただ逃げることしか出来なかったお前がこの私と殴り合える所まで成長したことに。」
「その言葉・・・八重紅狼じゃない貴方の口から聞きたかった・・・」
ロストルは悲しみに包まれた声で返事をするとゴルドの首元に剣を振る。ゴルドは首を後ろに下げて回避する。前後左右から飛んでくる魔弾を切断しながら・・・
「だが・・・それも後僅かだ。直に逃げ回ることになる・・・あの時のようにな。」
「何?」
ロストルが目を細めると、ゴルドの視線がエリーシャ達の方に向く。
「そして例え逃げ回ろうとも・・・私からは決して逃げられない。今まで誰一人として私の『網』から逃れられた者はいない。」
ゴルドはそう呟くと、右腕を高らかに振り上げた。その瞬間、ゴルドを中心として網目状に編まれたピアノ線が地面を突き破って現れ、ロストル達の退路を断った。エリーシャ達の目の前に聳えるピアノ線のフェンスが高らかに天へと伸びる。
「な・・・何だこれはッ!何時の間に地中でこんなものを編んだんだ⁉」
ガーヴェラが驚愕し思わず叫ぶ中、ゴルドは静かに呟く。
「『天蓋螺旋』・・・私はこの技をこう言っている。獲物を逃がさない為に編み出した技だ。」
ゴルドはそう言って左手を横に払う。するとエリーシャ達から少し離れた地面が割れて、エリーシャ達の方へと細かく編まれたピアノ線が襲いかかった。
「2人共!危ないッ!」
ロストルが大声で叫ぶが、もうロストルもガーヴェラも彼女達の下へと駆け付けることが出来ない・・・かなりの距離があったからだ。エリーシャは迫りくるピアノ線を見て、舌を打つ。
『このままじゃこの子まで巻き込まれる・・・何とか・・・何とかして逃がさないとッ!』
エリーシャはピアノ線の範囲を確認すると、担いでいるキャレットを範囲外まで全力で放り投げた。エリーシャは自分と同じぐらいの大きさがある娘を7m近く放り投げられたことに我ながら驚いていた。だが死が目前に迫る刹那、子を守りたいという母親の想いがその力を引き起こしたのだ。
『ごめんね、シャーロット・・・お母さん、ここまでみたい・・・』
「母さん!」
キャレットは大声で叫ぶと地面に叩きつけられた。直ぐにエリーシャの方へと体を起こして顔を向ける。死を纏ったピアノ線が直ぐ真横にまで迫る中、エリーシャはキャレットに優しく微笑んだ。キャレットの目から『じわぁ・・・』と涙が滲み出る。
『キャレット・・・シャーロットを任せたわよ・・・シャーロット・・・お姉ちゃんと仲良く元気でね・・・』
エリーシャが2人の幸せを心から願った次の瞬間、金網のように編まれたピアノ線がエリーシャを通過した。
・・・ボト・・・ボト・・・ボトボト・・・グシャァ・・・
エリーシャは笑顔を顔に貼り付けたままバラバラの肉片と化して地面へと崩れ落ちた。もうその残骸からはそれが元々エリーシャだったとは分からないだろう。
「母さんッ!いやぁ・・・嫌ァァァァァァァァァァァァッ!」
キャレットは止まらない涙を流しながら喉が潰れそうなほど叫び、エリーシャだったものに近づく。四つん這いになりながらも必死に腕を使って彼女の下へと近づき、キャレットはエリーシャの肉片を拾うとその場で叫びながら項垂れた。
ゴルドはそんなキャレットの様子を見て、ただ無機物的に呟く。
「ふむ・・・ヴァンパイアも流石に細かく切断すれば再生はしないか・・・」
「貴様ッ!」
「・・・くそッ!」
ガーヴェラとロストルがすぐさまゴルドに向かって攻撃を仕掛けようとしたが、何故か体が動かなくなっていた。2人がそれぞれ自分の体を見ると、何時の間にかピアノ線が幾つも巻き付いていた。
「戦闘中に余所見するからそうなる・・・彼女達の心配をする前に自分の心配をするべきだったな。・・・さらばだ、直ぐにお前達も後を追わせてやろう。」
「!」
ロストルとガーヴェラの脳裏にサイコロ状の肉片と化したエリーシャが浮かび、思わず息を呑んだ。自分も間もなく死ぬ・・・死の恐怖が2人の心を覆った・・・
その時だった。
ズガァァァァァァァァァンッ!
「⁉」
突然真上から黒い影がガーヴェラの下に降ってきて、彼女に絡まっていたピアノ線を全て切断する。さらに、その影が持っていた大剣が地面にめり込むと、衝撃波がゴルドとロストルの間を走り、ロストルに絡まっていたピアノ線も全て切断した。
ゴルド達の視線がその影に向けられると、影はガーヴェラに向かって声をかける。
「悪ぃ、少し遅れてしまったな。」
「ガーヴェラさん!大丈夫ですか⁉」
ケストレルと彼の背中に抱きついているシャーロットがガーヴェラに話しかけると周囲を見渡した。そしてケストレル達の上空を南西から飛んできた無数のワイバーン編隊が通過していった。
「キャレット!」
エリーシャが太腿から両足を切断されたキャレットに叫ぶ。キャレットは投げ出されるように地面に倒れ込む。切断された両足はキャレットから離れた場所に吹き飛んだ。
「あぐッ!」
キャレットが地面に倒れた瞬間、ゴルドが素早く手を動かしピアノ線を編みだした。ネットのように細かく編んだピアノ線をキャレットの周囲に展開すると、ロストルが一瞬で網の中に入りキャレットを網の外へと連れてその場を離脱する。
「逃がさん。」
ゴルドがすぐさま網を解き、壁のように編み直すと後ろへと下がったロストル達目掛けてピアノ線を走らせた。薄らと見える金網のように細かく編まれたピアノ線がロストル達に襲い掛かる。
「ッ!」
そんな中、エリーシャがロストル達の前に飛び出すと非常に濃い魔力を混ぜ込んだ血の糸を細かく編んでゴルドのピアノ線にぶつける。両者共その場から一歩も引かず、睨み合う。
2人が膠着状態になっている間にガーヴェラはキャレットの両足を拾い、切断面に合わせてくっつける。キャレットは頬を痙攣させしかめるとロストルが声をかける。
「大丈夫かい、キャレットさん?その足、本当にくっつくのかい?ヴァンパイアの再生力は凄まじいと聞いたけど・・・」
「ッ・・・問題ないわ。私達ヴァンパイアの・・・治癒力を甘く見ないで・・・」
キャレットはそう告げて唇を強く噛んで痛みに耐える。足をくっつけた切断面からは血が気泡を含んで地面へと滲み出ていた。大丈夫、直ぐにくっつき歩けるようになる・・・キャレットもロストルもガーヴェラも・・・その場にいる人は信じて疑わなかった。
だが・・・
「何で・・・何でよッ!何で傷が治らないのよ!」
キャレットは自分の足から出る血が止まらず、痛みが少しも和らがないことに思わず叫んだ。その声を聞いたエリーシャが後ろを振り向き、自身の娘を不安そうな目で見つめる。ロストルが咄嗟に回復術をかけ始めるが、全く意味をなさず困惑が深まっていく。
「貴方・・・私の娘に何をしたのッ!」
エリーシャが鬼気迫る声でゴルドに怒鳴ると、ゴルドは達観したかのような顔で返事をする。
「お前の娘は私の糸を受け、能力の影響を受けているだけだ。」
ゴルドの手に自然と力が籠る。
「私の状態異常能力は『不治』・・・この糸で斬られた者の傷は癒えなくなる。治癒術も治癒能力も全て無効化する。・・・ヴァンパイアの治癒能力も勿論、私の能力の前では全て無意味だ。」
ゴルドが話し終えた瞬間、両腕を一気に交差させて自身の糸に絡まっていたエリーシャの血の糸をバラバラに切断する。エリーシャは能力を発動し、糸を破壊しようと試みる。
・・・しかし何故がゴルドの糸は爆ぜなかった。
『な・・・何でなの⁉』
エリーシャが困惑する中、ゴルドの糸がエリーシャに襲い掛かる。エリーシャは回避行動をとるが、判断が遅れてしまいピアノ線が左腕に絡みつく。
ズシャァァァァァァァァッ!
「ッ!」
エリーシャの左腕に絡まった糸は豆腐を切る包丁のようにするりと彼女の腕を微塵切りにする。血が割れた水風船のように吹き出て指や肉片、骨といった先程まで左腕だったものが宙に舞う。そしてゴルドはすぐさまピアノ線をエリーシャの首と胴に巻き付ける。首にピアノ線が食い込み、血が滲み出る。
「くぅっ!」
「まずは1人、その首貰うぞ。」
息が出来ず苦しむエリーシャを見ながら、一気に腕を引き、糸を締める。ところがその瞬間、ロストルがエリーシャに巻き付いていたピアノ線を瞬時に切断する。ロストルのレイピアは先程より煌々と青く輝いていた。
そして同時にガーヴェラが装填されている弾丸を全弾発砲する。蒼く輝く魔弾がゴルド目掛けて接近し、ゴルドは全弾細断する。魔弾はすぐさま再生し、再びゴルドに襲い掛かる。その度にゴルドはまるで生き物のように不規則で動く魔弾を切り刻む。ガーヴェラは直ぐ排莢し、再装填する。
「ロストルさん・・・申し訳ありません・・・」
千切れ飛んだ左腕を庇いながらエリーシャがロストルに言葉をかけると、彼はエリーシャの方を振り向かずに返事をする。
「エリーシャさん・・・直ぐに後ろへ下がり、キャレットさんを連れてこの場から離れて下さい。・・・後は我々で何とかします。」
「・・・分かりました。・・・ごめんなさいね、足手纏いになってしまって・・・」
エリーシャはそう言うと、両足を持ったまま地面に腰を下ろしているキャレットの下へと近づく。
「キャレット・・・この場から離れるわよ。」
「母さん・・・私・・・私まだ戦えるわ・・・」
「無理よ。両足が切断されているのにどうやって戦うつもりなの?今の貴女と私は彼らの邪魔にしかならないわ。・・・悔しいけれど、ここは引いた方が彼ら為よ。」
エリーシャはそう言うと、キャレットを肩に担いだ。担がれたキャレットは悔しそうに唇を噛んで黙っていた。彼女の唇から血の雫が零れ落ちる。
エリーシャがキャレットを担いで離れる中、ロストルとガーヴェラはゴルドと激しい戦闘を繰り広げていた。ゴルドがピアノ線を周囲に展開し高密度の飽和攻撃を仕掛けてくる中、ロストルが攻撃を受けるスレスレで回避して接近戦を繰り出しており、ガーヴェラが少しでもロストルに意識が向かないよう魔弾を撃ち続けていた。
ロストルの非常に魔力が凝縮された刃はゴルドの強化されたピアノ線を切断してはいたが、直ぐに魔力によって糸は元に修復されていた。だがそれでも斬り続けているロストルにゴルドは嬉しそうに微笑む。
「いい動きだ、ロストル。大隊長と名乗るのには相応しい実力だな・・・嬉しいぞ、私は。あの時ただ逃げることしか出来なかったお前がこの私と殴り合える所まで成長したことに。」
「その言葉・・・八重紅狼じゃない貴方の口から聞きたかった・・・」
ロストルは悲しみに包まれた声で返事をするとゴルドの首元に剣を振る。ゴルドは首を後ろに下げて回避する。前後左右から飛んでくる魔弾を切断しながら・・・
「だが・・・それも後僅かだ。直に逃げ回ることになる・・・あの時のようにな。」
「何?」
ロストルが目を細めると、ゴルドの視線がエリーシャ達の方に向く。
「そして例え逃げ回ろうとも・・・私からは決して逃げられない。今まで誰一人として私の『網』から逃れられた者はいない。」
ゴルドはそう呟くと、右腕を高らかに振り上げた。その瞬間、ゴルドを中心として網目状に編まれたピアノ線が地面を突き破って現れ、ロストル達の退路を断った。エリーシャ達の目の前に聳えるピアノ線のフェンスが高らかに天へと伸びる。
「な・・・何だこれはッ!何時の間に地中でこんなものを編んだんだ⁉」
ガーヴェラが驚愕し思わず叫ぶ中、ゴルドは静かに呟く。
「『天蓋螺旋』・・・私はこの技をこう言っている。獲物を逃がさない為に編み出した技だ。」
ゴルドはそう言って左手を横に払う。するとエリーシャ達から少し離れた地面が割れて、エリーシャ達の方へと細かく編まれたピアノ線が襲いかかった。
「2人共!危ないッ!」
ロストルが大声で叫ぶが、もうロストルもガーヴェラも彼女達の下へと駆け付けることが出来ない・・・かなりの距離があったからだ。エリーシャは迫りくるピアノ線を見て、舌を打つ。
『このままじゃこの子まで巻き込まれる・・・何とか・・・何とかして逃がさないとッ!』
エリーシャはピアノ線の範囲を確認すると、担いでいるキャレットを範囲外まで全力で放り投げた。エリーシャは自分と同じぐらいの大きさがある娘を7m近く放り投げられたことに我ながら驚いていた。だが死が目前に迫る刹那、子を守りたいという母親の想いがその力を引き起こしたのだ。
『ごめんね、シャーロット・・・お母さん、ここまでみたい・・・』
「母さん!」
キャレットは大声で叫ぶと地面に叩きつけられた。直ぐにエリーシャの方へと体を起こして顔を向ける。死を纏ったピアノ線が直ぐ真横にまで迫る中、エリーシャはキャレットに優しく微笑んだ。キャレットの目から『じわぁ・・・』と涙が滲み出る。
『キャレット・・・シャーロットを任せたわよ・・・シャーロット・・・お姉ちゃんと仲良く元気でね・・・』
エリーシャが2人の幸せを心から願った次の瞬間、金網のように編まれたピアノ線がエリーシャを通過した。
・・・ボト・・・ボト・・・ボトボト・・・グシャァ・・・
エリーシャは笑顔を顔に貼り付けたままバラバラの肉片と化して地面へと崩れ落ちた。もうその残骸からはそれが元々エリーシャだったとは分からないだろう。
「母さんッ!いやぁ・・・嫌ァァァァァァァァァァァァッ!」
キャレットは止まらない涙を流しながら喉が潰れそうなほど叫び、エリーシャだったものに近づく。四つん這いになりながらも必死に腕を使って彼女の下へと近づき、キャレットはエリーシャの肉片を拾うとその場で叫びながら項垂れた。
ゴルドはそんなキャレットの様子を見て、ただ無機物的に呟く。
「ふむ・・・ヴァンパイアも流石に細かく切断すれば再生はしないか・・・」
「貴様ッ!」
「・・・くそッ!」
ガーヴェラとロストルがすぐさまゴルドに向かって攻撃を仕掛けようとしたが、何故か体が動かなくなっていた。2人がそれぞれ自分の体を見ると、何時の間にかピアノ線が幾つも巻き付いていた。
「戦闘中に余所見するからそうなる・・・彼女達の心配をする前に自分の心配をするべきだったな。・・・さらばだ、直ぐにお前達も後を追わせてやろう。」
「!」
ロストルとガーヴェラの脳裏にサイコロ状の肉片と化したエリーシャが浮かび、思わず息を呑んだ。自分も間もなく死ぬ・・・死の恐怖が2人の心を覆った・・・
その時だった。
ズガァァァァァァァァァンッ!
「⁉」
突然真上から黒い影がガーヴェラの下に降ってきて、彼女に絡まっていたピアノ線を全て切断する。さらに、その影が持っていた大剣が地面にめり込むと、衝撃波がゴルドとロストルの間を走り、ロストルに絡まっていたピアノ線も全て切断した。
ゴルド達の視線がその影に向けられると、影はガーヴェラに向かって声をかける。
「悪ぃ、少し遅れてしまったな。」
「ガーヴェラさん!大丈夫ですか⁉」
ケストレルと彼の背中に抱きついているシャーロットがガーヴェラに話しかけると周囲を見渡した。そしてケストレル達の上空を南西から飛んできた無数のワイバーン編隊が通過していった。
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