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~戦乱の序曲編 第13章~

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[空虚]

 私の一番古い記憶はとある町の路地裏で汚れた兄の顔を見つめている光景だ。その時は夜で、とても寒かったことを覚えている。そんな中、兄は妹である私を抱きしめて温めてくれていた・・・その時の温もりとゴミのような鼻を塞ぎたくなる匂いもしっかりと記憶に残っている。

 物心ついた時には既に両親はおらず、兄ただ1人しかいなかった。身寄りもなく、私達は店から物を盗んだり、民家に入っては物色したりして飢えを凌いでいた。そんな生活を繰り返していくと何度も一般の人々や街を警護する軍人・・・又はマフィアやギャングといった裏組織の面々に殺されそうになった。

 そんな時はいつも、兄が私を守ってくれた。私に手をかけようとした者は例外なく、皆殺しにした。私達が最初に悪事を働いたから悪いのは私達の方なのだと幼いながらも理解はしていた。

 でも私はそんな彼らの事より、ずっと守ってくれている兄の方が大切だった。兄が戦いで傷つく方が心配だったし、兄が怪我を負えば、相手にどんな義があろうとも容赦なく首元をかき切った。・・・当時の私と兄は人から幸福を奪ってしか生きることが出来なかった、情けなくてとんでもなく外道な兄妹だった。きっと周りの人達は私達のことをそう思っていたに違いない。

 だが私達にとってそのような評価はどうでもよかった。私は兄さえいてくれればそれでよかったし、兄も妹である私がいてくれればそれでよかったそうだ。相思相愛の関係だった。

 しかしそんな最低な私達を拾ってくれた男がいた。勿忘草色の髪をもっている彼は路地裏でひっそりと座り込んでいた私達を見ると、『私の家に来ないか?お腹減っているだろう?』と気持ち悪い程優しく語り掛けてきたのだ。当時の私達の悪名は街全体に知れ渡っており、この男も知らない訳は無かった。でもこの男はそんな私達に手を差し伸べてきたのだ。

 今までこのような事は何度もあり、その度に危ない目にあってきた。特に私は何度も身売りされそうになったりもした。だから今回も私達を嵌める為に近づいてきたに違いないと思った。

 ところが兄は私を連れて彼に付いて行くことにした。兄の思惑では、本当にご飯を食べさせてくれるのなら遠慮なく頂く、もし違うのならこの男を殺し、家にある金目の物を奪って逃げるというものだった。そして最後に兄は何があっても私を守ると約束してくれた。私はその言葉を受けると初々しい恋人のように兄に寄り添った。

 男の家に行った私達はその男の娘と共に食事をとった。その時に見せられたのは笑顔が絶えないただ幸せな食卓・・・飢えも貧しさも感じさせないその光景を見るのは私にとって苦痛でしかなかった。

 でも兄はそう思わなかったようで、彼らに施しを受けると無邪気な子供の様に喜び、彼らの誘いを受け入れた。私はその時から暫くの間、兄のことが嫌いになった・・・私が好きだったのは猛獣のようにあらゆる「敵」を倒す強い兄で牙の抜けた飼い犬と成り下がった兄には興味は無かったからだ。度々見せる兄の笑顔に私は薄ら寒い悪寒すら覚えた。

 それから私達は養子としてその家に迎えられ、新たなスタートを切った。いつ死ぬか分からない過酷な状況から一転して「死」という概念が存在しない状況へと叩き落とされたのだ。今までのルールが通用しない世界で1人苦悩する私を他所に兄は男と彼の娘と仲良く付き合っていた。安息の空間を得られたはずなのに私には居場所が無かった。・・・唯一の居場所と言えば兄との戦闘訓練だったか、その時だけかつての兄と触れ合うことが出来て以前の雰囲気の中に入り込めるからだ。

 しかし喜ばしいことにその平穏は永遠には続かなかった。兄が17歳、私が14歳の時、反抗期に入っていた兄は私を連れてその家から出ていった。兄が出ていくと決断した理由は単純で男の存在に苛立っていたからだ。当時の兄は非常に荒んでおり、傲慢で、普通の人は絶対に近づきたくないような風貌と態度だった。今の兄からすればこの時は人生の中でも暗黒期に入るのだろうが、私にとっては黄金期に入ったようなものだった。あの息苦しく、退屈で、平凡な空間から離れられるのだから。私はその時に再び兄のことを好きになった。

 その後男から学んだスキルを用いて悪事を働き、悪名を積み重ねて行っていると血のような赤いジャケットに深緑のシャツ、赤のネクタイをしたピエロのような気味の悪いフェイスペイントをした男が接近してきた。男は私達を見込んでコーラス・ブリッツに勧誘してきたようで、私達は何度も頷いて組織に入った。特に男は兄の生まれ持った特殊な能力に目をつけていたようだ。

 そして兄は組織に入ってから僅か2年で幹部である「八重紅狼」に入った。元々随分昔に古都を襲撃した際に半数の八重紅狼がたった一人の男に殺されたため、席が空いており、その席に座らせてもらったそうだ。ピエロの男曰くその事件以降強い者が現れなかったので、漸く兄のように八重紅狼の実力に見合う仲間が現れて少し嬉しそうな顔をしていたのを覚えている。私も兄が世界に名を轟かせるテロリスト集団の幹部になったことは誇らしかった。昔の兄に戻ってくれたと思った・・・6年前のあの日までは。

 兄は八重紅狼になった2年後に組織を裏切ったのだ。以前私達がお世話になっていた奴らを消せとの任務を受けた兄がそれを拒絶、兄では任務達成は不可能と判断した主席が他の八重紅狼3人にその任務を告げた所、奴らの下へと兄が向かったいうものだった。

 私はそのことが信じられず、彼らに続いて奴らの家へと向かった。兄が組織を裏切る訳は無い・・・きっと何かの間違いだと信じて・・・

 でもそれは哀しくも真実だった。私が兄を見つけた時は周囲に同胞達の死体を撒き散らし、大剣から血を滴らせる兄の姿と、息絶えた男の死体、3人の八重紅狼の姿が見えていた。

 兄は私を見つけると助けを求めた。・・・いや、目を覚ませと言ってきたのだったかな?・・・私はその言葉を聞いた時、それはこっちの台詞だと言ってやりたかった。

 私は兄に手を貸すふりをして傍へと接近し・・・『主席』より渡された状態異常能力を奪う刻印が刻まれた指輪を兄の胸に突きつけた。その瞬間、暗闇を裂く閃光が周囲を照らし、兄が苦悶の表情を浮かべる。そしてすかさず兄を青龍刀で斬り裂くと、傍にあった谷底へと叩き落とした。

 周りの幹部は『首を刎ねてから谷に叩き落とせよ。』と苦情を言ってきたが、私は無視した。・・・兄の変わり果てた姿など一瞬でも見たくなかったからだ。兄が腑抜けているところなど・・・何よりも見たくなかったから。

 それから私は兄の席に座った。兄の影響もあってか私は組織の中でも厳しい目で見られ、無理難題な任務を何度も何度も突きつけられた。・・・兄のようにはなりたくない・・・兄のように腑抜けだと思われたくなかったから・・・私はただ機械的に・・・無心で依頼をこなし続けていた。

 だが私はその時気が付いた・・・兄がいなければ・・・自分という存在が何と・・・空虚なのだろう、と・・・
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