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~戦乱の序曲編 第5章~
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[混迷の序曲]
「なぁ・・・適当に塔の中を歩き回ってんのは別にいいけどよぉ・・・ここ何処なんだよ・・・」
フォルト達が両側に透明な硝子の壁が並んでいる通路を延々と歩いているとケストレルが溜息交じりに呟いた。オルターとの会話の後、彼の放つ哀しい空気に耐えきれずにその場を後にしたのは良いものの、気がつけば何処を歩いているのか分からなくなっていた。只塔の中にいるということだけは分かっている。
周囲の硝子の先には幾つもの部屋と人々が何やら怪しい実験をしていた。時折ガラスの前に部屋の名前とその部屋に所属している人の名前が載っている。そしてどういう仕組みなのか、魔術師がガラスの前に立つと、手を触れていないのに勝手に透明な扉が開くのだった。フォルト達が前を通り過ぎても開かないのに。
「ここってさ・・・私達勝手に入ってきていいのかなぁ?・・・駄目な気がしない?」
「僕も同じこと思ってたよ・・・」
フォルト達が不審に周囲を見渡している中、シャーロットだけは冷静に周囲を見渡していた。
「『錬金室』・・・『薬草解析室』・・・『魔術研究室』・・・『解剖室』・・・『結界研究室』・・・色んなこと研究してるんですね・・・」
「どれも怪しそうな名前の部屋だな。胡散臭さマックスだぜ。」
「で・・・でもウィンデルバーグの魔術力は世界一なんですよ?それに、ウィンデルバーグ産の薬は良く効きますし、皆さん一生懸命研究しています・・・胡散臭くなんかないですよ・・・」
「どうだかな?裏では何やってるのか分かったもんじゃねぇぞ?恐ろしい兵器や魔術を開発していたりしてな?」
「もう・・・どうしてケストレルは一々皆を疑うんですか?」
「そういう癖がついちまってるんだよ。それに、もう俺はシャーロットみたいに『お子様』じゃ無いんでね?」
「・・・子供扱いしないで下さい・・・怒りますよ?」
シャーロットは頬を膨らましてケストレルを睨みつけた。ケストレルは薄っすらと笑みを浮かべて『おお、怖い怖い。』と全然怖くなさそうに呟いた。
シャーロットとケストレルが会話をしている中、フォルトとロメリアはある部屋の名簿に視線が映った。その扉に貼られている名前欄の一番上には『オルター・ドーヴァルト』の名前があり、役職に『室長』と書かれていた。
「ここがオルターさんの研究室・・・『秘薬研究室』って言うのか・・・」
「研究内容の概要は・・・えぇっと・・・様々な秘薬を解析・分析する研究室で、今取り組んでいるのは・・・『黄金の葡萄に関する調査』・・・だって。」
「『黄金の葡萄』ってあらゆる怪我や病を治したりといった、『奇跡』を引き寄せる果実ですよね?グリュンバルド大陸にある何処かの農村で手に入ると言われていますけど・・・余りに希少な果実で滅多に市場に出回らないそうですね。・・・どんな葡萄なんでしょう?」
シャーロットがフォルト達の方を見ると、3人は互いに顔を見合わせた。その様子を見たシャーロットが不思議そうに首を傾げる。
「皆・・・どうしたんですか、そんなに顔を見合わせて・・・」
「あ・・・えっと、実はね・・・僕達、黄金の葡萄持ってるんだ。」
「えぇ⁉」
驚きの余り目を大きく見開き、変に甲高い声を出したシャーロットの前にフォルトが懐から小袋を取り出して中に入っている黄金の葡萄を見せる。シャーロットが中を覗くと黄金色に輝く葡萄の実が5つ、袋の中で輝いていた。
「うわぁ・・・これ・・・本当に黄金の葡萄なんですね・・・これ何時採ったんですか?」
「今から・・・2,3か月前かなぁ・・・少し昔のことだね。ロメリアとケストレルの3人で採ったんだ。」
「・・・腐らないんですか?」
「農家の人の話だと、黄金の葡萄は決して腐ることは無いって言ってたよ。」
「・・・不思議な果実ですね・・・ケストレルも持ってるんですよね?」
「ああ、3つだけな。あの日から変わらず袋の中に入ってるぜ。」
ケストレルはそう言ってコートの上から自分の右胸を軽く叩いた。フォルトが袋の口を閉じて懐へと仕舞うとシャーロットがちょっと羨ましそうに話しかけてきた。
「いいなぁ・・・3人で葡萄狩りなんて楽しそうです・・・もし良かったら、今度私も一緒に黄金の葡萄狩りへと連れて行ってくれませんか?」
「えっ・・・いや・・・それは・・・」
「・・・嫌、ですか?」
「ううん!そういうんじゃなくって、そのぉ・・・黄金の葡萄はとっても強い魔物の体に生えてるからとっても危険なんだよ・・・僕達3人がかりでようやく一匹倒せたぐらいなんだから・・・」
フォルトがシャーロットに葡萄狩りの危険さを伝えていると、ロメリアが話に入ってきた。
「でも今の私達なら余裕じゃない?あの時は、リミテッド・バーストすらまともに使えなかったんだから。」
「いや・・・まぁそうかもしれないけど・・・」
「それに今度葡萄狩りに行く時はシャーロットも連れて行くんでしょ?だったら大丈夫だよ!私とフォルトとシャーロットとケストレルがいたら何匹来たって怖くないって!」
「俺も参加するっていう設定になってんのか・・・」
ケストレルが右手を頭の上に置いて溜息をつく。ロメリアはシャーロットに対して笑顔を向けた。
「シャーロット!来年の葡萄狩り、一緒に行こうね!」
「はい、ロメリア!行く時はちゃんと呼んで下さいよ?」
ロメリアとシャーロットは来年の葡萄狩りに関する話で盛り上がりつつあった。フォルトとケストレルは来年もあの化け物と戦うのかと内心少し億劫になってしまっていた。
男達と女達の温度差が激しくなる中、突然後ろから落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「あら、皆さん。こんな所にいたのですね?」
フォルト達が声のする方へと振り返ると、そこにはブロンズの美しい髪を持った女性が立っていた。
「えっと貴女は・・・」
「リーチェです。この統括局の副局長を担当しております。挨拶をするのが遅れてしまいましたが・・・」
リーチェはそう言うと、フォルト達にゆっくりとお辞儀をする。フォルト達も彼女に倣ってお辞儀をした。
リーチェとフォルト達が顔を上げると彼女がフォルト達に話しかける。
「ではここで立ってお話するのもなんですし、少し歩きながらお話しましょうか?」
リーチェはそう言うと、フォルト達を連れてひたすらに長い廊下を歩いていく。フォルト達は彼女の背中を追うようにゆっくりと付いて行く。フォルトはその最中、彼女から少し変わった気配を感じ取っており、少し心が騒めいていた。
『何かこの人・・・変わった気配がする・・・上手く言えないけど・・・何か落ち着くような・・・不思議な感じ・・・』
フォルトは何処か得体の知れない心地よさを覚えながらリーチェの背中をじっと見つめていた。暫く言葉を交わすことなく歩いているとロメリアがリーチェに話しかける。
「リーチェさん・・・1つ質問してもいいですか?」
「いいですよ?」
「リーチェさんが背中にかけているその綺麗な装飾がなされた碧色と白色の弓・・・確か『霊導弓』って言うんでしたよね?」
「ええ、そうですよ。」
「霊導弓って只の弓とはどう違うんですか?私霊導弓って初めて聞いたので・・・」
ロメリアの言葉を受けると、リーチェは背中にかけている弓を手に取ってロメリア達に手渡した。ロメリアはリーチェの霊導弓を手に取るとまじまじと嘗め回すように見る。
「霊導弓って言うのは己の魔力で矢を生成し、それを放つことが出来る弓のことを言うの。その弓には魔力の波動に耐えられるよう特別な細工がされてあって、通常の弓よりも頑丈なのよ。」
「普通の弓だと自分の魔力で生成した矢は放てないの?」
「数発は撃てるけど、直ぐに壊れてしまうの。生成した矢の魔力に弓が耐えきれないから。」
リーチェの解説を聞きながらフォルト達がロメリアの手に握られている霊導弓に視線を移していると古代文字が彫られているのが視認できた。シャーロットがその文字を解読する。
「・・・『我は穿つ、数多の災厄を滅する為に・・・我は護る、数多の微笑みを見る為に・・・』。」
「シャーロットさんは古代ラステバルト語が読めるんですね?」
「はい・・・この言葉は・・・何かの一説から抜き出されたものなのでしょうか?」
「さぁ・・・私も調べてみたけれど結局分からなかったんですよね。この言葉が書かれた文献が既に消失しているか・・・又は誰かがぱっと思いついた言葉か・・・この言葉が刻まれた経緯は未だ不明なんです。」
「でもこの一説・・・とても素敵です。大切な人を守りたいから戦うという意志がひしひしと伝わってきて・・・」
「ええ、私もこの言葉は座右の銘にするほど気に入っていますよ。」
リーチェはそう呟くと、愛おしそうにその弓を見つめる。ロメリアはリーチェに弓を返すと、彼女に質問する。
「ところでリーチェさんは何で霊導弓術部隊に?」
「私は元々からこの街で生まれたの。私の一族は代々魔術師達を守る使命を持っていて、私もその一族の風習に従って彼らを守る部隊に入ったって訳。・・・元から弓を扱うのは好きだったし、この街が好きだったから別に嫌な気持ちは無いわ。」
「・・・退屈じゃねぇのか?他の町に行って見たいとかは思わねぇのかよ?」
「私はあまり騒がしい所が好きじゃないの・・・だからこの街を離れ住むって考えは持っていないの。」
リーチェは小さく微笑むと、弓を背中に掛け直す。ケストレルが『ふ~ん』と小さく鼻で返事をする。
リーチェがフォルトとロメリアを交互に見つめる。
「お2人はもう長らく旅をしているんですか?」
「うん。もう3か月になるかな?・・・そっか、ロメリアと出会ってもうそんなに経つんだね。」
フォルトとロメリアは互いに見つめ合う。
「大変じゃないですか?」
「まぁ大変な事もあるけど・・・色んな人と出会えたり、美味しいご飯が食べられたり、綺麗な風景や建物、街を見れたりとか・・・何事にも変えられない思い出が出来るよ。・・・それにロメリアや他の皆と一緒ならどんな困難も乗り越えられるから今まで旅を辞めたいとか思ったことは無いなぁ。」
フォルトがそう言うと、ロメリア達も少し嬉しそうに微笑む。ケストレルは少し恥ずかしそうに顔を背けると咳をする。
リーチェはそんなフォルトの言葉を受けて、少し羨ましそうに彼を見つめる。
「・・・いいですね、フォルト君には大切な人が沢山いて。・・・もう私には誰もいないから羨ましいです・・・」
「リーチェさん?」
フォルトがリーチェの呟きに反応した・・・その時だった。
ドォォォォォンッ!
突然塔全体が揺れて、フォルト達は体勢を崩す。フォルトが体勢を崩すと、ロメリアがフォルトを抱きしめて体勢を立て直させる。ケストレルもシャーロットの手を掴んで彼女が倒れないように咄嗟に引き寄せる。
揺れが収まると塔内に警報とアナウンスが響いた。
「緊急事態発生!地下最深部、秘匿保護区域にて大規模な爆発が発生した模様!施設職員は直ちに避難場所へと避難し、戦闘部隊は直ちに戦闘態勢を整え各自の持ち場へと移動せよ!これは訓練ではない!繰り返す、これは訓練ではない!」
アナウンスが塔内に響くと、全ての研究室から魔術師達が一斉に避難を始める。先程までガラガラだった廊下が人で埋め尽くされる。
リーチェはそんな中、フォルト達に一言も告げる事無く人混みを分けながら廊下を進んでいく。
「リーチェさん!」
「フォルト!私達も行こう!」
「うん!ケストレルとシャーロットも離れないように付いて来てね!」
「はい!」
「ああ!」
フォルト達は人の波に押されながらも抗いながらリーチェの後を追っていく。塔内にはサイレンがけたたましく鳴っていた。
「なぁ・・・適当に塔の中を歩き回ってんのは別にいいけどよぉ・・・ここ何処なんだよ・・・」
フォルト達が両側に透明な硝子の壁が並んでいる通路を延々と歩いているとケストレルが溜息交じりに呟いた。オルターとの会話の後、彼の放つ哀しい空気に耐えきれずにその場を後にしたのは良いものの、気がつけば何処を歩いているのか分からなくなっていた。只塔の中にいるということだけは分かっている。
周囲の硝子の先には幾つもの部屋と人々が何やら怪しい実験をしていた。時折ガラスの前に部屋の名前とその部屋に所属している人の名前が載っている。そしてどういう仕組みなのか、魔術師がガラスの前に立つと、手を触れていないのに勝手に透明な扉が開くのだった。フォルト達が前を通り過ぎても開かないのに。
「ここってさ・・・私達勝手に入ってきていいのかなぁ?・・・駄目な気がしない?」
「僕も同じこと思ってたよ・・・」
フォルト達が不審に周囲を見渡している中、シャーロットだけは冷静に周囲を見渡していた。
「『錬金室』・・・『薬草解析室』・・・『魔術研究室』・・・『解剖室』・・・『結界研究室』・・・色んなこと研究してるんですね・・・」
「どれも怪しそうな名前の部屋だな。胡散臭さマックスだぜ。」
「で・・・でもウィンデルバーグの魔術力は世界一なんですよ?それに、ウィンデルバーグ産の薬は良く効きますし、皆さん一生懸命研究しています・・・胡散臭くなんかないですよ・・・」
「どうだかな?裏では何やってるのか分かったもんじゃねぇぞ?恐ろしい兵器や魔術を開発していたりしてな?」
「もう・・・どうしてケストレルは一々皆を疑うんですか?」
「そういう癖がついちまってるんだよ。それに、もう俺はシャーロットみたいに『お子様』じゃ無いんでね?」
「・・・子供扱いしないで下さい・・・怒りますよ?」
シャーロットは頬を膨らましてケストレルを睨みつけた。ケストレルは薄っすらと笑みを浮かべて『おお、怖い怖い。』と全然怖くなさそうに呟いた。
シャーロットとケストレルが会話をしている中、フォルトとロメリアはある部屋の名簿に視線が映った。その扉に貼られている名前欄の一番上には『オルター・ドーヴァルト』の名前があり、役職に『室長』と書かれていた。
「ここがオルターさんの研究室・・・『秘薬研究室』って言うのか・・・」
「研究内容の概要は・・・えぇっと・・・様々な秘薬を解析・分析する研究室で、今取り組んでいるのは・・・『黄金の葡萄に関する調査』・・・だって。」
「『黄金の葡萄』ってあらゆる怪我や病を治したりといった、『奇跡』を引き寄せる果実ですよね?グリュンバルド大陸にある何処かの農村で手に入ると言われていますけど・・・余りに希少な果実で滅多に市場に出回らないそうですね。・・・どんな葡萄なんでしょう?」
シャーロットがフォルト達の方を見ると、3人は互いに顔を見合わせた。その様子を見たシャーロットが不思議そうに首を傾げる。
「皆・・・どうしたんですか、そんなに顔を見合わせて・・・」
「あ・・・えっと、実はね・・・僕達、黄金の葡萄持ってるんだ。」
「えぇ⁉」
驚きの余り目を大きく見開き、変に甲高い声を出したシャーロットの前にフォルトが懐から小袋を取り出して中に入っている黄金の葡萄を見せる。シャーロットが中を覗くと黄金色に輝く葡萄の実が5つ、袋の中で輝いていた。
「うわぁ・・・これ・・・本当に黄金の葡萄なんですね・・・これ何時採ったんですか?」
「今から・・・2,3か月前かなぁ・・・少し昔のことだね。ロメリアとケストレルの3人で採ったんだ。」
「・・・腐らないんですか?」
「農家の人の話だと、黄金の葡萄は決して腐ることは無いって言ってたよ。」
「・・・不思議な果実ですね・・・ケストレルも持ってるんですよね?」
「ああ、3つだけな。あの日から変わらず袋の中に入ってるぜ。」
ケストレルはそう言ってコートの上から自分の右胸を軽く叩いた。フォルトが袋の口を閉じて懐へと仕舞うとシャーロットがちょっと羨ましそうに話しかけてきた。
「いいなぁ・・・3人で葡萄狩りなんて楽しそうです・・・もし良かったら、今度私も一緒に黄金の葡萄狩りへと連れて行ってくれませんか?」
「えっ・・・いや・・・それは・・・」
「・・・嫌、ですか?」
「ううん!そういうんじゃなくって、そのぉ・・・黄金の葡萄はとっても強い魔物の体に生えてるからとっても危険なんだよ・・・僕達3人がかりでようやく一匹倒せたぐらいなんだから・・・」
フォルトがシャーロットに葡萄狩りの危険さを伝えていると、ロメリアが話に入ってきた。
「でも今の私達なら余裕じゃない?あの時は、リミテッド・バーストすらまともに使えなかったんだから。」
「いや・・・まぁそうかもしれないけど・・・」
「それに今度葡萄狩りに行く時はシャーロットも連れて行くんでしょ?だったら大丈夫だよ!私とフォルトとシャーロットとケストレルがいたら何匹来たって怖くないって!」
「俺も参加するっていう設定になってんのか・・・」
ケストレルが右手を頭の上に置いて溜息をつく。ロメリアはシャーロットに対して笑顔を向けた。
「シャーロット!来年の葡萄狩り、一緒に行こうね!」
「はい、ロメリア!行く時はちゃんと呼んで下さいよ?」
ロメリアとシャーロットは来年の葡萄狩りに関する話で盛り上がりつつあった。フォルトとケストレルは来年もあの化け物と戦うのかと内心少し億劫になってしまっていた。
男達と女達の温度差が激しくなる中、突然後ろから落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「あら、皆さん。こんな所にいたのですね?」
フォルト達が声のする方へと振り返ると、そこにはブロンズの美しい髪を持った女性が立っていた。
「えっと貴女は・・・」
「リーチェです。この統括局の副局長を担当しております。挨拶をするのが遅れてしまいましたが・・・」
リーチェはそう言うと、フォルト達にゆっくりとお辞儀をする。フォルト達も彼女に倣ってお辞儀をした。
リーチェとフォルト達が顔を上げると彼女がフォルト達に話しかける。
「ではここで立ってお話するのもなんですし、少し歩きながらお話しましょうか?」
リーチェはそう言うと、フォルト達を連れてひたすらに長い廊下を歩いていく。フォルト達は彼女の背中を追うようにゆっくりと付いて行く。フォルトはその最中、彼女から少し変わった気配を感じ取っており、少し心が騒めいていた。
『何かこの人・・・変わった気配がする・・・上手く言えないけど・・・何か落ち着くような・・・不思議な感じ・・・』
フォルトは何処か得体の知れない心地よさを覚えながらリーチェの背中をじっと見つめていた。暫く言葉を交わすことなく歩いているとロメリアがリーチェに話しかける。
「リーチェさん・・・1つ質問してもいいですか?」
「いいですよ?」
「リーチェさんが背中にかけているその綺麗な装飾がなされた碧色と白色の弓・・・確か『霊導弓』って言うんでしたよね?」
「ええ、そうですよ。」
「霊導弓って只の弓とはどう違うんですか?私霊導弓って初めて聞いたので・・・」
ロメリアの言葉を受けると、リーチェは背中にかけている弓を手に取ってロメリア達に手渡した。ロメリアはリーチェの霊導弓を手に取るとまじまじと嘗め回すように見る。
「霊導弓って言うのは己の魔力で矢を生成し、それを放つことが出来る弓のことを言うの。その弓には魔力の波動に耐えられるよう特別な細工がされてあって、通常の弓よりも頑丈なのよ。」
「普通の弓だと自分の魔力で生成した矢は放てないの?」
「数発は撃てるけど、直ぐに壊れてしまうの。生成した矢の魔力に弓が耐えきれないから。」
リーチェの解説を聞きながらフォルト達がロメリアの手に握られている霊導弓に視線を移していると古代文字が彫られているのが視認できた。シャーロットがその文字を解読する。
「・・・『我は穿つ、数多の災厄を滅する為に・・・我は護る、数多の微笑みを見る為に・・・』。」
「シャーロットさんは古代ラステバルト語が読めるんですね?」
「はい・・・この言葉は・・・何かの一説から抜き出されたものなのでしょうか?」
「さぁ・・・私も調べてみたけれど結局分からなかったんですよね。この言葉が書かれた文献が既に消失しているか・・・又は誰かがぱっと思いついた言葉か・・・この言葉が刻まれた経緯は未だ不明なんです。」
「でもこの一説・・・とても素敵です。大切な人を守りたいから戦うという意志がひしひしと伝わってきて・・・」
「ええ、私もこの言葉は座右の銘にするほど気に入っていますよ。」
リーチェはそう呟くと、愛おしそうにその弓を見つめる。ロメリアはリーチェに弓を返すと、彼女に質問する。
「ところでリーチェさんは何で霊導弓術部隊に?」
「私は元々からこの街で生まれたの。私の一族は代々魔術師達を守る使命を持っていて、私もその一族の風習に従って彼らを守る部隊に入ったって訳。・・・元から弓を扱うのは好きだったし、この街が好きだったから別に嫌な気持ちは無いわ。」
「・・・退屈じゃねぇのか?他の町に行って見たいとかは思わねぇのかよ?」
「私はあまり騒がしい所が好きじゃないの・・・だからこの街を離れ住むって考えは持っていないの。」
リーチェは小さく微笑むと、弓を背中に掛け直す。ケストレルが『ふ~ん』と小さく鼻で返事をする。
リーチェがフォルトとロメリアを交互に見つめる。
「お2人はもう長らく旅をしているんですか?」
「うん。もう3か月になるかな?・・・そっか、ロメリアと出会ってもうそんなに経つんだね。」
フォルトとロメリアは互いに見つめ合う。
「大変じゃないですか?」
「まぁ大変な事もあるけど・・・色んな人と出会えたり、美味しいご飯が食べられたり、綺麗な風景や建物、街を見れたりとか・・・何事にも変えられない思い出が出来るよ。・・・それにロメリアや他の皆と一緒ならどんな困難も乗り越えられるから今まで旅を辞めたいとか思ったことは無いなぁ。」
フォルトがそう言うと、ロメリア達も少し嬉しそうに微笑む。ケストレルは少し恥ずかしそうに顔を背けると咳をする。
リーチェはそんなフォルトの言葉を受けて、少し羨ましそうに彼を見つめる。
「・・・いいですね、フォルト君には大切な人が沢山いて。・・・もう私には誰もいないから羨ましいです・・・」
「リーチェさん?」
フォルトがリーチェの呟きに反応した・・・その時だった。
ドォォォォォンッ!
突然塔全体が揺れて、フォルト達は体勢を崩す。フォルトが体勢を崩すと、ロメリアがフォルトを抱きしめて体勢を立て直させる。ケストレルもシャーロットの手を掴んで彼女が倒れないように咄嗟に引き寄せる。
揺れが収まると塔内に警報とアナウンスが響いた。
「緊急事態発生!地下最深部、秘匿保護区域にて大規模な爆発が発生した模様!施設職員は直ちに避難場所へと避難し、戦闘部隊は直ちに戦闘態勢を整え各自の持ち場へと移動せよ!これは訓練ではない!繰り返す、これは訓練ではない!」
アナウンスが塔内に響くと、全ての研究室から魔術師達が一斉に避難を始める。先程までガラガラだった廊下が人で埋め尽くされる。
リーチェはそんな中、フォルト達に一言も告げる事無く人混みを分けながら廊下を進んでいく。
「リーチェさん!」
「フォルト!私達も行こう!」
「うん!ケストレルとシャーロットも離れないように付いて来てね!」
「はい!」
「ああ!」
フォルト達は人の波に押されながらも抗いながらリーチェの後を追っていく。塔内にはサイレンがけたたましく鳴っていた。
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