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~戦乱の序曲編 第2章~
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[統括局にて]
「どうしたの、フォルト?さっきから何度も振り返ったりして・・・」
ロメリアが何度も後ろを振り向いているフォルトに声をかけると、フォルトは手を彼女の手から離して体ごと後ろへ向けた。ロメリアを始めケストレル達も足を止めてフォルトの方へと体を向ける。
「・・・誰か付けて来てんのか?」
「多分・・・数は・・・結構多い。10人以上はいると思う。」
「何で分かる?」
「・・・勘だよ。何となく、背後から誰かにずっと見られてるような視線を感じていたから。」
「へぇ~勘ねぇ?・・・本当に付いて来てるのかなぁ~?勘違いとかじゃないの~?」
「ヴァスティーソは知らないかもしれないけど、フォルトの勘は凄く当たるんだよ?今までの旅の中でも接近されるまで誰にも感づかせなかった気配を感じ取ったりしていたんだから。」
ロメリアがフォルトの勘に疑問を持っているヴァスティーソに素早く意見を述べる。ヴァスティーソは『へぇ~。』と軽く返事をするとフォルトが見つめている方を眺める。
「シャーロット。何か感じたりはしないか?ヴァンパイアのお前なら気配を感じ取ることが出来るはずだ。」
「・・・」
「シャーロット?」
ガーヴェラは眉を顰めて目を細めているシャーロットに声をかけると、彼女は首を傾げながらどこか申し訳なさそうに小さな声で呟きだした。
「ごめんなさい・・・感じないです。匂いも・・・気配も・・・何もかも・・・『皆さんの匂い』も・・・」
「何?俺達の匂いもだと?目の前にいるのに匂わないのか?俺の焼いた肉の油みたいな体臭も匂わないのか?」
「はい・・・全く・・・」
「風邪でも引いたんじゃないの~?」
「いいえ・・・咳も鼻づまりも起こしていません。・・・でもこの街に入ってから・・・何処か違和感があって・・・最初は気のせいかと思っていたんですけど・・・」
「この街には外敵の侵入を防ぐ為に街全体を包み込むように結界が張られているが・・・」
「感覚を封じるみたいな能力を持つ結界も街全体に張られているってことか?でも俺は特に何も感じねぇぞ?」
「私も・・・もしかしたらヴァンパイアの感覚だけを封じるものなのかも・・・だから私達人間には何も影響はない・・・とか。」
「そんな都合のいいものがあるのかな~?というか、何でヴァンパイアの感覚を封じる必要があるんだい?ヴァンパイアは存在を世間では認知されていない・・・知っているのは俺達と、ガーヴェラちゃんの報告を受けた古都軍の幹部連中・・・あっ!」
ヴァスティーソが突然何かを思いついたかのように声を上げた。
「イルスト・・・あの野郎もシャーロットちゃんの存在を知らされていた・・・ヴァンパイアの存在を知ったあいつがもしかしたら情報をウィンデルバーグに流した可能性がある・・・ヴァンパイアに関する情報なら奴らも知っているだろうしな。俺らですら知っていたほどだし。」
「てことはシャーロットの索敵能力を封じる為ってこと?」
「恐らくね~。・・・でも向こうにとっても想定外のことが起きちゃったけど。」
ヴァスティーソはフォルトに視線を向ける。シャーロットの能力は封じられてしまっているが、代わりにフォルトの直感が彼女をカバーしているからだ。
「・・・で、どうするんだ?追ってきている奴を引きずり出すか?」
「いや、このまま放置しておこう。・・・危害を加えて来るつもりは無いと思う。こっちが変な動きを見せなければ・・・」
フォルトはそう言って体を塔の方へと向ける。街の中央に聳える塔はもう目の前にあり、巨大な入口も見えていた。再びガーヴェラ達は塔の方へと歩きだす。
塔の入口へと到着すると、その入り口にこの街で何度も見かけている黒のローブを身に纏った女性が立っていた。彼女は街で会った人達とは違ってフードを被っておらず、流れるような長い黒髪をしていた。
「ようこそ、ウィンデルバーグへ。お待ちしておりましたよ、ガーヴェラ大隊長。」
女性はそう言うと、深々とゆっくりお辞儀をする。ガーヴェラ達もお辞儀をすると、ガーヴェラは彼女の返事をする。
「わざわざお迎えに来て下さり、感謝します。今回は私達古都とウィンデルバーグの間に生じた誤解を解くべく、特使として親書を持って参上致しました。」
「分かりました。では只今より案内いたします。・・・と、その前に・・・」
女性はそう言ってゆっくりと手を上げると、誰かを招く様に一度掌を曲げた。すると、フォルト達の周囲を黒のローブを着た人達が取り囲む。その数15人・・・フォルトの予想通り、10人以上に監視されていたようだ。
ヴァスティーソは周囲を見渡すと、口笛を鳴らした。
「少年の言う通りだったな。本当に見られていたとはね~・・・」
「おや・・・貴方達は私達が監視していると分かっていたのですか?」
「まぁね~。」
女性の視線がフォルトへと向けられる。
「それは・・・そこのジャッカルの末裔である少年が感づいたからなのでしょうか?」
女性の問いかけにフォルトが返事をする。
「・・・僕がジャッカルの子孫だって知ってるの?」
フォルトが問いかけると、女性は背中を向けた。
「・・・歩きながらお話するとしましょう。付いて来てください。」
女性はフォルトの質問に答える事無く、塔の中へと入って行った。フォルト達は警戒心を高めながら彼女の後を追って塔の中へと入って行く。後ろに立っているフードの集団もフォルトの後ろに続いていく。
塔の中は屋外とはうって変わって非常に明るく、全体的に厳かな造りとなっていた。内部は明るい蜜柑色の光に包まれており、上を見上げても頂上が見えなかった。
床は綺麗に磨かれており、まるで鏡のようにフォルト達の姿を反射する。埃一つ落ちておらず、足音が心地よく周囲に響く。
「何だよ、この建物・・・デカい割に建物の中はごちゃごちゃとしてねぇ・・・バカ広いロビーに中央には何か巨大な円状の結界みたいなのがあるだけ・・・まるで小人にでもなったかのような感じだぜ・・・」
「それに・・・さっきまであまり明るく無い屋外にいたので・・・ちょっと目が痛いです・・・」
シャーロットが掌で目を優しく覆う。
フォルト達はロビーの中央に描かれている紋章の上に乗ると、その紋章が突然激しく光り輝きだした。紋章に乗っているのは女性とフォルト達6人だけ。他の人達は結界の前でフォルト達を見送る様に立っていた。
やがてフォルト達の周囲を紋章から発せられる金色のオーラが包みこむと、一瞬体が浮き、内臓が持ち上がる感覚に襲われる。シャーロットが思わず口元を両手で覆った。
だがその体験も一瞬で、直ぐに周囲を覆っていたオーラは消えた。するとフォルト達の目の前には先程とは違って非常に多くの人達が何やら分厚い本を持って円状の部屋中を行き来していた。どうやらここは各部屋へと移動する中継地点であり、フォルト達を取り囲むように大きな扉が展開されていた。
「・・・会議室はこちらです。」
女性はまっすぐ歩き始める。フォルト達も彼女からはぐれないように付いて行くと、そのまま真っ直ぐ行った扉に入って行った。扉をくぐると、真っ直ぐで幅の広い廊下が遥か奥にまで続いている。遠近感がおかしくなりそうな光景に頭が痛くなってきた。
左右には等間隔に部屋があり、それぞれに名前が付けられていた。『魔術開発室』『秘薬調合室』『錬金室』・・・どれも怪しそうな名前の部屋ばかりだ。
終わりが見えない廊下を歩いていると、女性がフォルト達の方に背中を向けたまま話し始めた。
「フォルト君、先程のお話ですが・・・貴方がジャッカルの子孫であるということは承知しておりましたよ。髪の毛は勿論ですが・・・貴方の顔はあのジャッカルの顔にそっくりですから。」
「僕とジャッカルがそっくり?・・・子孫なら皆顔が似てるんじゃないの?」
「いいえ、確かに血を引いているのならば祖先の面影があるということは多々ありますが、本人そっくりと思うほど似ているのは大変珍しい。まるで生まれ変わりのように・・・貴方の顔は似ているのです。」
女性はそう言うと右側にある扉を開ける。扉には『待合室』と書かれてある。室内にはソファが幾つもあり、部屋の壁にはまるで室内を監視するように絵画が立てかけられていた。
「こちらの部屋でしばらくお待ちください。およそ10分程で再びお迎えに参ります。」
女性はそう言うと、部屋を出て扉を閉めた。扉が閉まると、『カチャッ』と鍵がかかったような音が室内に響く。ケストレルが扉を開けようとするが開かなかったので、どうやら鍵をかけられたことで間違いは無いらしい。
「・・・鍵がかけられてんな。・・・毒ガスとか噴射されねえよな?」
「ちょっと・・・怖いこと言わないでよ・・・」
「もしくは壁にかけられている絵から突然槍が飛び出してきて・・・グサグサグサッって刺さったりして?」
「ひっ・・・」
シャーロットがヴァスティーソの発言を受けて、ガーヴェラの後ろに隠れた。ヴァスティーソは怯えてしまっているシャーロットに優しく声をかけた。
「ああごめんよ~シャーロットちゃん。別に怖がらせるつもりはなかったんだ~。」
「・・・」
シャーロットはヴァスティーソを睨みつけると、ガーヴェラの背中に再び隠れた。ガーヴェラが短く溜息をつくと、ヴァスティーソは少し肩を落とした。
フォルトとロメリアはそんな中、周囲の絵を鑑賞していた。どれも精巧に描かれており、今にも飛び出してきそうな程だった。
「ここの絵たち・・・何か飛び出てきそうで怖いね?」
「ね~。何かこう・・・絵を見つめていたら突然喋ってきそうな感じがしてくるような感じが・・・」
ロメリアがとあるドレスを着た婦人の絵をじっと見つめながら話をしていた、その時だった。
・・・ズッ・・・
急に絵に描かれている婦人の目が動き、ロメリアを見つめた。
「きゃああああ!」
「うわっ!絵が・・・」
フォルトとロメリアが思わずその絵から後ろへと下がると、婦人の絵から声が聞こえてきた。
『驚かせてしまって申し訳ありません、お2人方。』
「しゃ・・・喋った・・・絵が喋った・・・」
ロメリアが呆然としながら絵を見つめている中、フォルトが尋ねる。
「貴女は・・・何者なんですか?」
『私は『予言の乙女』・・・今から200年ほど前に『シュトラウス・ファシール』という画家に描かれた作品で御座います。』
女性の声は何処か機械的で、人間らしい温かさを感じることは出来なかった。
「聞いたことあるね~その画家。魔術にも精通していると言われた天才だったけど晩年は頭がおかしくなって自殺したって聞いたが・・・」
『はい。『父』は私に恋をしてしまい、私に会うべく自ら命を絶ちました。・・・ですが、私はそれ以降父の姿を見たことはありません。』
「自分の絵に恋をするとは・・・やっぱ天才は考えることがぶっ飛んでるな。」
「『予言の乙女』・・・なんでそんな名前が付けられたの?」
『私は未来を見ることが出来る能力を持っています。何でも見れるという訳ではありませんが・・・』
「未来を・・・見れる・・・」
「じゃあその人が将来どんな人になるのか、分かるの?」
『はい。勿論です。』
女性は無機質かつ乾いた声で淡々と述べた。フォルトとロメリアがいまいち状況が読み込めない中、ヴァスティーソが絵に向かって話しかけた。
「は~い!じゃあ質問しま~す!ロメリアちゃんのおっぱいは大きくなりますかっ!あと、体も!」
「ぶっ!」
「ちょっと!いきなり何言うの⁉」
「・・・こうも堂々とセクハラ出来る精神は尊敬するぜ、オッサン。男としては最低だけどな。」
「失礼極まりない発言だな。」
「最低・・・です・・・」
ロメリアが赤面しながらヴァスティーソに怒鳴ると、絵はロメリア達に告げた。
『なりません。彼女の胸は現在のギリギリCカップのまま、不変です。また、彼女の太すぎず、細すぎない非常に引き締まった美しい肉体は今のまま健康に気を付けていれば死ぬまで維持されます。』
「ギリギリCカップとか胸の大きさは言わなくていいからぁ!・・・でも体形がこのままなのはちょっと嬉しいかも・・・えへへ・・・」
「そ・・・そう・・・良かったね、ロメリア・・・」
「ロメリアちゃん、胸ないって言いつつも普通にあるじゃん!オジサン、Cカップ位のおっぱいの方が綺麗で好きだなぁ!」
「こんな奴が親衛部隊の大隊長って大丈夫か、お前んところの国?」
「・・・」
ガーヴェラが言葉を失ってヴァスティーソを軽蔑する目で見つめていると、ヴァスティーソはさらに自分の評価を下げる質問を投げかけた。
「はいはい、続けて質問しま~す!シャーロットちゃんのおっぱいの大きさはどうなりますか!」
「あわわわ・・・やめてください、ヴァスティーソ・・・恥ずかしいです・・・」
『Dカップです。』
「はぇっ⁉私シャーロットに負けちゃうの⁉」
「そこにも反応するんだ、ロメリア・・・」
「うひょ~!オジサン将来が楽しみになって来たぁぁぁぁぁッ!こりゃあ死ぬに死ねないね~!シャーロットちゃんが大きくなるまでは!」
「あのオッサンの中には恥という概念は存在しねぇのかよ・・・」
「同じ人間として恥ずかしくなってくるな・・・」
ガーヴェラとケストレルはシャーロットを連れてヴァスティーソから少し距離を取った。シャーロットもケストレルとガーヴェラの背中に隠れる。ヴァスティーソは1人興奮してハッスルしており、ロメリアは1人酷く落ち込んでソファに座ってフォルトから慰められていた。
その時、扉の鍵が開く音がして再びあの女性が室内に入ってきた。
「皆様、大変お待たせいたしました。只今準備が終わりましたのでお迎えに・・・」
「うおあああああああああああ!見たいなぁ!早く見たいなぁ!大きくなったシャーロットちゃんのおっぱい!」
「・・・」
「あ・・・」
女性が部屋の中で騒いでいたヴァスティーソに『何だこの男・・・』と言わんばかりの凍った湖のような冷たい眼差しを向けると、ヴァスティーソは怒られて委縮してしまった子供の様に項垂れた。
「・・・案内しても宜しいでしょうか?」
「は、はい・・・宜しくお願いします・・・」
ヴァスティーソが呟くと、女性は部屋から出ていった。ガーヴェラ・ケストレル・シャーロット・フォルト・ロメリアがヴァスティーソを不潔な視線で見つめながら出ていくと、ヴァスティーソはすっかりテンションを落としてとぼとぼと5人の後を追っていく。
部屋には誰もいなくなり、静寂が訪れると『予言の乙女』はフォルト達が出ていった扉に視線を移して呟いた。
『フォルト・サーフェリート・・・ロメリア・サーフェリート・・・貴方達2人は世界を照らす存在・・・貴方達がいれば・・・きっともう間もなく世界を覆う災厄を退けることができる・・・』
『予言の乙女』はそう語ると、元の位置に視線を戻した。
「どうしたの、フォルト?さっきから何度も振り返ったりして・・・」
ロメリアが何度も後ろを振り向いているフォルトに声をかけると、フォルトは手を彼女の手から離して体ごと後ろへ向けた。ロメリアを始めケストレル達も足を止めてフォルトの方へと体を向ける。
「・・・誰か付けて来てんのか?」
「多分・・・数は・・・結構多い。10人以上はいると思う。」
「何で分かる?」
「・・・勘だよ。何となく、背後から誰かにずっと見られてるような視線を感じていたから。」
「へぇ~勘ねぇ?・・・本当に付いて来てるのかなぁ~?勘違いとかじゃないの~?」
「ヴァスティーソは知らないかもしれないけど、フォルトの勘は凄く当たるんだよ?今までの旅の中でも接近されるまで誰にも感づかせなかった気配を感じ取ったりしていたんだから。」
ロメリアがフォルトの勘に疑問を持っているヴァスティーソに素早く意見を述べる。ヴァスティーソは『へぇ~。』と軽く返事をするとフォルトが見つめている方を眺める。
「シャーロット。何か感じたりはしないか?ヴァンパイアのお前なら気配を感じ取ることが出来るはずだ。」
「・・・」
「シャーロット?」
ガーヴェラは眉を顰めて目を細めているシャーロットに声をかけると、彼女は首を傾げながらどこか申し訳なさそうに小さな声で呟きだした。
「ごめんなさい・・・感じないです。匂いも・・・気配も・・・何もかも・・・『皆さんの匂い』も・・・」
「何?俺達の匂いもだと?目の前にいるのに匂わないのか?俺の焼いた肉の油みたいな体臭も匂わないのか?」
「はい・・・全く・・・」
「風邪でも引いたんじゃないの~?」
「いいえ・・・咳も鼻づまりも起こしていません。・・・でもこの街に入ってから・・・何処か違和感があって・・・最初は気のせいかと思っていたんですけど・・・」
「この街には外敵の侵入を防ぐ為に街全体を包み込むように結界が張られているが・・・」
「感覚を封じるみたいな能力を持つ結界も街全体に張られているってことか?でも俺は特に何も感じねぇぞ?」
「私も・・・もしかしたらヴァンパイアの感覚だけを封じるものなのかも・・・だから私達人間には何も影響はない・・・とか。」
「そんな都合のいいものがあるのかな~?というか、何でヴァンパイアの感覚を封じる必要があるんだい?ヴァンパイアは存在を世間では認知されていない・・・知っているのは俺達と、ガーヴェラちゃんの報告を受けた古都軍の幹部連中・・・あっ!」
ヴァスティーソが突然何かを思いついたかのように声を上げた。
「イルスト・・・あの野郎もシャーロットちゃんの存在を知らされていた・・・ヴァンパイアの存在を知ったあいつがもしかしたら情報をウィンデルバーグに流した可能性がある・・・ヴァンパイアに関する情報なら奴らも知っているだろうしな。俺らですら知っていたほどだし。」
「てことはシャーロットの索敵能力を封じる為ってこと?」
「恐らくね~。・・・でも向こうにとっても想定外のことが起きちゃったけど。」
ヴァスティーソはフォルトに視線を向ける。シャーロットの能力は封じられてしまっているが、代わりにフォルトの直感が彼女をカバーしているからだ。
「・・・で、どうするんだ?追ってきている奴を引きずり出すか?」
「いや、このまま放置しておこう。・・・危害を加えて来るつもりは無いと思う。こっちが変な動きを見せなければ・・・」
フォルトはそう言って体を塔の方へと向ける。街の中央に聳える塔はもう目の前にあり、巨大な入口も見えていた。再びガーヴェラ達は塔の方へと歩きだす。
塔の入口へと到着すると、その入り口にこの街で何度も見かけている黒のローブを身に纏った女性が立っていた。彼女は街で会った人達とは違ってフードを被っておらず、流れるような長い黒髪をしていた。
「ようこそ、ウィンデルバーグへ。お待ちしておりましたよ、ガーヴェラ大隊長。」
女性はそう言うと、深々とゆっくりお辞儀をする。ガーヴェラ達もお辞儀をすると、ガーヴェラは彼女の返事をする。
「わざわざお迎えに来て下さり、感謝します。今回は私達古都とウィンデルバーグの間に生じた誤解を解くべく、特使として親書を持って参上致しました。」
「分かりました。では只今より案内いたします。・・・と、その前に・・・」
女性はそう言ってゆっくりと手を上げると、誰かを招く様に一度掌を曲げた。すると、フォルト達の周囲を黒のローブを着た人達が取り囲む。その数15人・・・フォルトの予想通り、10人以上に監視されていたようだ。
ヴァスティーソは周囲を見渡すと、口笛を鳴らした。
「少年の言う通りだったな。本当に見られていたとはね~・・・」
「おや・・・貴方達は私達が監視していると分かっていたのですか?」
「まぁね~。」
女性の視線がフォルトへと向けられる。
「それは・・・そこのジャッカルの末裔である少年が感づいたからなのでしょうか?」
女性の問いかけにフォルトが返事をする。
「・・・僕がジャッカルの子孫だって知ってるの?」
フォルトが問いかけると、女性は背中を向けた。
「・・・歩きながらお話するとしましょう。付いて来てください。」
女性はフォルトの質問に答える事無く、塔の中へと入って行った。フォルト達は警戒心を高めながら彼女の後を追って塔の中へと入って行く。後ろに立っているフードの集団もフォルトの後ろに続いていく。
塔の中は屋外とはうって変わって非常に明るく、全体的に厳かな造りとなっていた。内部は明るい蜜柑色の光に包まれており、上を見上げても頂上が見えなかった。
床は綺麗に磨かれており、まるで鏡のようにフォルト達の姿を反射する。埃一つ落ちておらず、足音が心地よく周囲に響く。
「何だよ、この建物・・・デカい割に建物の中はごちゃごちゃとしてねぇ・・・バカ広いロビーに中央には何か巨大な円状の結界みたいなのがあるだけ・・・まるで小人にでもなったかのような感じだぜ・・・」
「それに・・・さっきまであまり明るく無い屋外にいたので・・・ちょっと目が痛いです・・・」
シャーロットが掌で目を優しく覆う。
フォルト達はロビーの中央に描かれている紋章の上に乗ると、その紋章が突然激しく光り輝きだした。紋章に乗っているのは女性とフォルト達6人だけ。他の人達は結界の前でフォルト達を見送る様に立っていた。
やがてフォルト達の周囲を紋章から発せられる金色のオーラが包みこむと、一瞬体が浮き、内臓が持ち上がる感覚に襲われる。シャーロットが思わず口元を両手で覆った。
だがその体験も一瞬で、直ぐに周囲を覆っていたオーラは消えた。するとフォルト達の目の前には先程とは違って非常に多くの人達が何やら分厚い本を持って円状の部屋中を行き来していた。どうやらここは各部屋へと移動する中継地点であり、フォルト達を取り囲むように大きな扉が展開されていた。
「・・・会議室はこちらです。」
女性はまっすぐ歩き始める。フォルト達も彼女からはぐれないように付いて行くと、そのまま真っ直ぐ行った扉に入って行った。扉をくぐると、真っ直ぐで幅の広い廊下が遥か奥にまで続いている。遠近感がおかしくなりそうな光景に頭が痛くなってきた。
左右には等間隔に部屋があり、それぞれに名前が付けられていた。『魔術開発室』『秘薬調合室』『錬金室』・・・どれも怪しそうな名前の部屋ばかりだ。
終わりが見えない廊下を歩いていると、女性がフォルト達の方に背中を向けたまま話し始めた。
「フォルト君、先程のお話ですが・・・貴方がジャッカルの子孫であるということは承知しておりましたよ。髪の毛は勿論ですが・・・貴方の顔はあのジャッカルの顔にそっくりですから。」
「僕とジャッカルがそっくり?・・・子孫なら皆顔が似てるんじゃないの?」
「いいえ、確かに血を引いているのならば祖先の面影があるということは多々ありますが、本人そっくりと思うほど似ているのは大変珍しい。まるで生まれ変わりのように・・・貴方の顔は似ているのです。」
女性はそう言うと右側にある扉を開ける。扉には『待合室』と書かれてある。室内にはソファが幾つもあり、部屋の壁にはまるで室内を監視するように絵画が立てかけられていた。
「こちらの部屋でしばらくお待ちください。およそ10分程で再びお迎えに参ります。」
女性はそう言うと、部屋を出て扉を閉めた。扉が閉まると、『カチャッ』と鍵がかかったような音が室内に響く。ケストレルが扉を開けようとするが開かなかったので、どうやら鍵をかけられたことで間違いは無いらしい。
「・・・鍵がかけられてんな。・・・毒ガスとか噴射されねえよな?」
「ちょっと・・・怖いこと言わないでよ・・・」
「もしくは壁にかけられている絵から突然槍が飛び出してきて・・・グサグサグサッって刺さったりして?」
「ひっ・・・」
シャーロットがヴァスティーソの発言を受けて、ガーヴェラの後ろに隠れた。ヴァスティーソは怯えてしまっているシャーロットに優しく声をかけた。
「ああごめんよ~シャーロットちゃん。別に怖がらせるつもりはなかったんだ~。」
「・・・」
シャーロットはヴァスティーソを睨みつけると、ガーヴェラの背中に再び隠れた。ガーヴェラが短く溜息をつくと、ヴァスティーソは少し肩を落とした。
フォルトとロメリアはそんな中、周囲の絵を鑑賞していた。どれも精巧に描かれており、今にも飛び出してきそうな程だった。
「ここの絵たち・・・何か飛び出てきそうで怖いね?」
「ね~。何かこう・・・絵を見つめていたら突然喋ってきそうな感じがしてくるような感じが・・・」
ロメリアがとあるドレスを着た婦人の絵をじっと見つめながら話をしていた、その時だった。
・・・ズッ・・・
急に絵に描かれている婦人の目が動き、ロメリアを見つめた。
「きゃああああ!」
「うわっ!絵が・・・」
フォルトとロメリアが思わずその絵から後ろへと下がると、婦人の絵から声が聞こえてきた。
『驚かせてしまって申し訳ありません、お2人方。』
「しゃ・・・喋った・・・絵が喋った・・・」
ロメリアが呆然としながら絵を見つめている中、フォルトが尋ねる。
「貴女は・・・何者なんですか?」
『私は『予言の乙女』・・・今から200年ほど前に『シュトラウス・ファシール』という画家に描かれた作品で御座います。』
女性の声は何処か機械的で、人間らしい温かさを感じることは出来なかった。
「聞いたことあるね~その画家。魔術にも精通していると言われた天才だったけど晩年は頭がおかしくなって自殺したって聞いたが・・・」
『はい。『父』は私に恋をしてしまい、私に会うべく自ら命を絶ちました。・・・ですが、私はそれ以降父の姿を見たことはありません。』
「自分の絵に恋をするとは・・・やっぱ天才は考えることがぶっ飛んでるな。」
「『予言の乙女』・・・なんでそんな名前が付けられたの?」
『私は未来を見ることが出来る能力を持っています。何でも見れるという訳ではありませんが・・・』
「未来を・・・見れる・・・」
「じゃあその人が将来どんな人になるのか、分かるの?」
『はい。勿論です。』
女性は無機質かつ乾いた声で淡々と述べた。フォルトとロメリアがいまいち状況が読み込めない中、ヴァスティーソが絵に向かって話しかけた。
「は~い!じゃあ質問しま~す!ロメリアちゃんのおっぱいは大きくなりますかっ!あと、体も!」
「ぶっ!」
「ちょっと!いきなり何言うの⁉」
「・・・こうも堂々とセクハラ出来る精神は尊敬するぜ、オッサン。男としては最低だけどな。」
「失礼極まりない発言だな。」
「最低・・・です・・・」
ロメリアが赤面しながらヴァスティーソに怒鳴ると、絵はロメリア達に告げた。
『なりません。彼女の胸は現在のギリギリCカップのまま、不変です。また、彼女の太すぎず、細すぎない非常に引き締まった美しい肉体は今のまま健康に気を付けていれば死ぬまで維持されます。』
「ギリギリCカップとか胸の大きさは言わなくていいからぁ!・・・でも体形がこのままなのはちょっと嬉しいかも・・・えへへ・・・」
「そ・・・そう・・・良かったね、ロメリア・・・」
「ロメリアちゃん、胸ないって言いつつも普通にあるじゃん!オジサン、Cカップ位のおっぱいの方が綺麗で好きだなぁ!」
「こんな奴が親衛部隊の大隊長って大丈夫か、お前んところの国?」
「・・・」
ガーヴェラが言葉を失ってヴァスティーソを軽蔑する目で見つめていると、ヴァスティーソはさらに自分の評価を下げる質問を投げかけた。
「はいはい、続けて質問しま~す!シャーロットちゃんのおっぱいの大きさはどうなりますか!」
「あわわわ・・・やめてください、ヴァスティーソ・・・恥ずかしいです・・・」
『Dカップです。』
「はぇっ⁉私シャーロットに負けちゃうの⁉」
「そこにも反応するんだ、ロメリア・・・」
「うひょ~!オジサン将来が楽しみになって来たぁぁぁぁぁッ!こりゃあ死ぬに死ねないね~!シャーロットちゃんが大きくなるまでは!」
「あのオッサンの中には恥という概念は存在しねぇのかよ・・・」
「同じ人間として恥ずかしくなってくるな・・・」
ガーヴェラとケストレルはシャーロットを連れてヴァスティーソから少し距離を取った。シャーロットもケストレルとガーヴェラの背中に隠れる。ヴァスティーソは1人興奮してハッスルしており、ロメリアは1人酷く落ち込んでソファに座ってフォルトから慰められていた。
その時、扉の鍵が開く音がして再びあの女性が室内に入ってきた。
「皆様、大変お待たせいたしました。只今準備が終わりましたのでお迎えに・・・」
「うおあああああああああああ!見たいなぁ!早く見たいなぁ!大きくなったシャーロットちゃんのおっぱい!」
「・・・」
「あ・・・」
女性が部屋の中で騒いでいたヴァスティーソに『何だこの男・・・』と言わんばかりの凍った湖のような冷たい眼差しを向けると、ヴァスティーソは怒られて委縮してしまった子供の様に項垂れた。
「・・・案内しても宜しいでしょうか?」
「は、はい・・・宜しくお願いします・・・」
ヴァスティーソが呟くと、女性は部屋から出ていった。ガーヴェラ・ケストレル・シャーロット・フォルト・ロメリアがヴァスティーソを不潔な視線で見つめながら出ていくと、ヴァスティーソはすっかりテンションを落としてとぼとぼと5人の後を追っていく。
部屋には誰もいなくなり、静寂が訪れると『予言の乙女』はフォルト達が出ていった扉に視線を移して呟いた。
『フォルト・サーフェリート・・・ロメリア・サーフェリート・・・貴方達2人は世界を照らす存在・・・貴方達がいれば・・・きっともう間もなく世界を覆う災厄を退けることができる・・・』
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最後に訪れた再会は、奇跡のように涙を降らせる。
第四部「さよならを告げる風の彼方に」編
ヴィルヘルムと魔法使い、そしてかつての英雄『ギルベルト』に捧ぐ物語。
※他サイトにも同時投稿しています。
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だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
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