最強暗殺者の末裔と王族の勘当娘 ~偶々出会った2人は新たな家族として世界を放浪します~

黄昏詩人

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~ワイバーンレース編 第5章~

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 [変わり者のワイバーン]

 「すみませ~ん!レイアです!ワイバーンレースの代理を務めて下さる方を連れてきました~!」

 レイアは街の外にぽつんと一軒だけある民家のドアを軽く叩きながら中にいるであろう人に語り掛けていた。周囲には枯れた木が生い茂っており、林全体が死んでいるように静まり返っていることで寂寥たる景色が周囲に広がっていた。

 レイアが暫く声をかけていると、木製の古びたドアがギィィ・・・と軋みながらゆっくりと開き、中から茶色の短髪でまだ20代半ばと思われる細顔の男性が現れた。服装は皴がたくさん入ったズボンとシャツを着ていて、少しだらしの無い雰囲気を漂わせている。

 フォルトとロメリアが顔を近づけて小声で話す。

 「あの人が例のワイバーンを飼っている人?街にいた調教師の人達みたいに、ゴリラみたいな筋肉質の人を想像したんだけど・・・全然違ったね。」

 「なんか・・・ちょっと頼りない感じ・・・見た目で判断しちゃいけないって分かってるけどさ・・・」

 ロメリアとフォルトが呟いている中、レイアがその男性に笑顔で声をかける。

 「グースさん!いるなら早く出てきてくださいよ!てっきり病院にでも行っているのかと思っちゃいました!」

 「いや~ごめんね、レイアさん。腰の調子がまだ少し悪くってね、余り動けないんだよ。」

 グースと呼ばれる男性が人を落ち着かせるような優しい声でレイアに微笑みながら話しかけると、レイアの後ろにいるフォルト達に視線を移した。

 「そちらの男の子と女の子が僕の代わりかい?」

 「ええ、そうですよ。」

 「・・・他にもワイバーン乗りは沢山いると思うけど、わざわざワイバーンどころか馬でさえ扱ったことがあるか怪しいこの子達を連れてきたのには・・・何か理由があるのかい?」

 グースの質問にレイアは真っ直ぐに目を見つめながら返答をする。

 「はい。確かに彼らはワイバーンに乗ったことも無ければ、触れ合ったこともありませんが・・・彼らの潜在能力は凄まじいものですよ。実際に、先程リールギャラレーの街で暴れた猪型の魔物『ボアディッカー』を難なく生け捕りにするほどですから。」

 「あの『ボアディッカー』をかい⁉それは凄いな・・・」

 グースが驚きと畏怖を含んだ目でフォルトとロメリアを見つめると、何故かロメリアが照れ臭そうに頬を桃色に染めてグースから視線を逸らした。

 フォルトは『ロメリアはその時いなかったでしょ』と心の中で呟きながら、小さく溜息をついて胸を下ろした。

 「それに彼らならきっと・・・ニファル君の心を開かせることもできるでしょう。この2人がとても優しい心の持ち主であることは私が保証します。」

 レイアの言葉を受けてグースは顔を少し下げた。どうやらニファルというのがそのちょっと変わったワイバーンの名前らしい。

 「レイアさんがそこまで言うのなら・・・分かりました。彼らを私の代理として認めましょう。」

 グースはフォルト達を認めると、フォルト達はグースの傍に行き握手を交わした。

 「フォルト・サーフェリートです。宜しくお願いします。」

 「こちらこそ宜しくね、フォルト君。それで貴女は・・・」

 「ロメリアです!ロメリア・サーフェリート。」

 「よろしくロメリアさん。・・・お2人共同じ姓なんですね?」

 「はい、私が姉で、この子は私の弟なんです!今は2人で世界中を旅して回っている所なんですよ。」

 「ほう、それは凄いな!たった2人で・・・怖くは無いのかい?」

 「いいえ!頼りになる弟が傍にいるので、全然怖くないんです!」

 ロメリアは笑顔でそう言うと、フォルトを引き寄せて体にくっつける。ロメリアの体から乾いた汗の臭いが漂ってきて、ちょっと顔を背ける。

 「そうですか・・・それにしてもこんな美人なお姉さんがいるなんて、フォルト君は幸せ者だね。」

 「いや・・・そうでも、っんぐ⁉」

 フォルトが謙遜した瞬間、後頭部に激しい痛みが走った。どうやらロメリアがフォルトの後頭部を平手で叩いたようで、頬を膨らませておりご立腹のようだ。

 「フォルト!そこは『そりゃあそうですよ!だって自慢の姉ですからっ!』っていう所でしょ⁉」

 頭を叩かれたフォルトは片目をつぶって後頭部を優しく撫でる。

 「それ自分で言っちゃうの?・・・グースさん、見てのとおりです。そうでもないでしょ?」

 「むき~!フォルトの癖に生意気~!生意気なフォルトにはこうしてやるっ!」

 「痛い痛いっ!そんなに強く頬を引っ張らないでよっ!」

 ロメリアが両手でフォルトの両頬を強く引っ張り顔を引き延ばすと、フォルトは顔を左右に振りながら声にならない叫び声をあげる。そんな光景を見て微笑ましかったのか、グースは大声で笑った。
 
 「あっはっは!仲の良い姉弟でとっても微笑ましいですね。・・・やっぱり、家族は仲良くないといけませんね。」

 グースは何処か寂しそうな感じで静かに声を上げると、家の裏へと回り込むように杖を突きながら歩いていく。

 「それでは皆さん、付いて来てください。今から『彼』の下へと案内しますので。」

 グースの言葉を受けて、レイアがグースの傍へと素早く駆け寄ってふらふらと不安定に歩くグースを支える。ロメリアはフォルトの頬から手を離して、フォルトをじと~と睨みつけるとグースの傍へと走っていき、フォルトが痛む頬を優しく撫でながら溜息をついてロメリア達の後を追った。

 ワイバーンに向かう道中には様々な魔物が生息していて、フォルトとロメリアは最初強く警戒していたが、彼らがグースに甘えるように近づいて来たり、フォルト達の下に来ては餌を頂戴と言わんばかりに透き通った目を向けてきたので、直ぐに警戒を解いた。

 途中、フォルトがグースに魔物達について尋ねた時、彼は魔物達についてこう言った。

 「彼らは『魔物』なんかじゃないですよ、フォルト君。さっきの『彼ら』を見たでしょう?フォルト君には『彼ら』が人を襲うような『生き物』に見えますか?」

 「・・・いいえ。皆、とても綺麗な目をしていて・・・人を襲うような感じは全くしませんでした・・・彼らは本当に魔物なんですか?」

 「ええ、彼らはしっかりと何処かの誰かが作った魔物図鑑に載っていますよ。・・・どれも凶暴な魔物として・・・ね。」

 「・・・」

 「でも君達も彼らを見て分かったはずだ。・・・彼らは魔物なんかじゃない。皆それぞれ個性があって・・・それぞれ感情を持っている生き物なんです。凶暴でもない・・・みんな本当はとっても大人しい子なんだ・・・」

 グースは少し陽が暮れて、赤く染まった空を見上げた。

 「私はね、この世界に『魔物』という生き物が存在するならば、それは彼らなんかじゃなくて、無関係な人を自分の欲求の為に泣かせたり、傷つけたりする人達のことだと思うんだ。・・・君は魔物が人を襲っている所を見たことはあるかい?」

 フォルトはその質問を受けて、エルステッドでの葡萄狩りの時をもい出した。

 「はい・・・昔、エルステッドという街で葡萄狩りをしていた時に・・・」

 「彼らは・・・何で襲ってきたんだい?」

 フォルトは彼の問いを聞いた時に、頭の中に小さな電流が流れてはっと気が付いた。

 「・・・あの魔物が襲ってきたのは・・・魔物の体に生えていた実を採ろうとして狩りに行っていた人達が刺激したから?」

 「・・・僕はその祭の事は知らないからはっきりとは言えないけど、きっと彼らはいつもなら襲ってはこないよね?」

 「はい、祭りの時だけ襲い掛かるって・・・」

 フォルトが小さく呟くと、グースはゆっくりとフォルトの方を見た。

 「・・・今ので君も分かっただろう?彼らは自分の身を守っていただけなんだよ。毎年ある時期になると大勢の人が自分を殺しに来る・・・考えてごらん?もし君だったら、相当怖いよね?毎年毎年・・・そんな大勢の殺意を向けられながら生きていたら、凶暴になるのも無理は無いんだよ。」

 「・・・」

 「だから僕は彼らには一切暴力は振るわない・・・常に対等に接するんだ。そうすれば、彼らも心を開いてくれるんだから。」

 フォルトとロメリアはグースの話を聞いて過去を思い出していた。

 確かに葡萄畑にいたあの魔物よりもフェリルの街で出会った商業組合の会長の息子達やビーチで出会ったヤンキー共の方がずっと印象が悪い。魔物なら殺しても特に問題ないが、人間だと例えどんな悪人でも殺してしまえば罪となる。・・・殺したらこちらに害が帰ってくる点で言えば魔物よりずっと質が悪い。

 『人に害を与えるものが魔物ならば、人間も魔物なのではないか・・・か。確かに、そうだな。魔物よりもずっと質の悪い奴らは貧民街にいるときに嫌というほど見てきたからな・・・』

 フォルト達が物思いに耽っていると、ある広い洞窟の前に到着した。グースがフォルト達の前に1人で出ると、洞窟の中に大声で呼びかける。

 「ニファル~!グースだよ~!出ておいで~!」

 グースの声の後に洞窟の中から恐ろしい咆哮が洞窟の中を反響しながら聞こえてきた。体の骨が抜かれるような感覚に襲われたロメリアが体を縮こませる。
 
 「ギャオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 
 「ひぃっ!び、びっくりしたぁ~・・・」

 「凄い咆哮だね・・・声だけで圧倒されちゃうや。」

 フォルト達が洞窟の中を覗き込んでいると、奥から鋭い2つの心の奥を見透かすような黄色い目がフォルト達を見つめる。ズン・・・ズン・・・と地面を鈍く震わせながら奥から1匹のワイバーンが深緑色の鱗に夕日を反射させながらその姿を見せつける。

 フォルトとロメリアは口を大きく開けて、そのワイバーンを見つめる。

 「凄いや・・・実際に近くで見ると・・・オーラが・・・」

 「うん・・・でもカッコイイね・・・」

 フォルト達がワイバーンに圧倒されている中、グースがワイバーンにゆっくりと近づいていくと、グースに向かって首を下げて頭を近づけていく。グースはワイバーンの頭を優しく抱き抱えると、ゆっくりと撫で始めた。

 「キュウゥゥゥ・・・」
 
 「相変わらず甘えん坊だなぁ、ニファルは。よしよし・・・」

 グースがニファルの頭を優しく撫でると、ニファルは気持ちよさそうに目を閉じて静かに図体に似合わない可愛らしい鼻息を鳴らしている。その姿からは先程から漂わせていた威圧感は一切感じられなかった。

 グースはニファルの方を優しく撫でると、フォルト達の方へとニファルの顔を向けさせる。ニファルはフォルトとロメリアをじっ・・・と見つめた。

 「ニファル、この2人が今度私の代わりにお前と一緒にレースに出るフォルト君とロメリアさん・・・」

 グースがニファルに話しかけたその時、フォルト達は驚きの光景を目の当たりにした。

 「ギャアッ⁉」

 フォルト達を見たニファルが急に叫び声をあげると、地面を物凄いスピードで這いずりながら近くの木の後ろへと隠れてしまったのだ。図体がデカすぎてニファルの姿は全然隠れていなかったが、本人は隠れているつもりで顔を木の影からこちらに覗かせている。

 フォルト達はそんなニファルの姿を見て、小さく『えっ・・・』と言って固まってしまった。あの魔物において頂点に近い位置に君臨するワイバーンがたった人間2人、そのうち1人は子供であるのに、怖気ついてしまっているのだ。

 傍で見ていたレイアがグースに話しかける。

 「・・・フォルト君達でも駄目みたいですね。」

 「そうですね・・・全く、ニファルの臆病ぶりには困ったものですね・・・」
 
 グースが溜息をついて木の影でガクガクと震えるニファルを見つめる。フォルトがグースの下へと近づいて声をかける。
 
 「グースさん・・・僕依頼を聞いた時にグースさんのワイバーンは少し変わっているって聞いたんですが・・・まさか・・・」
 
 「ええ、もうフォルト君は分かったと思いますが・・・あの子、とっても臆病なんです。基本的に私以外とは会いたがらないんです。他の人がやってきたら直ぐに物陰に隠れちゃうんですよ・・・」
 
 「・・・グースさん、レースっていつからでしたっけ?」
 
 「今日を除いて、10日後だね。・・・まず、彼と心を通わすところから始まるけど・・・」
 
 「間に合う・・・んですかね?」
 
 フォルトは物陰に隠れているワイバーンに不安を抱かずにはいられなかった。フォルトの脳裏には僅かにこの依頼を断ろうかという選択肢が現れ始めていた。
 
 太陽は半分ほど沈んでしまっており、空は青黒い黄昏色に染まり始めていた。
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