最強暗殺者の末裔と王族の勘当娘 ~偶々出会った2人は新たな家族として世界を放浪します~

黄昏詩人

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~ワイバーンレース編 第2章~

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[ワイバーン]

 「うわ~!すっごく速いよこの乗り物っ!馬車なんかとは比べ物にならないよっ!」

 「これが『蒸気車』って言うのか・・・こんなにスピードが出ているのに全然酔わないし、車の中はとても涼しい・・・この送風口から冷やされた風が送られて来てるのかな?」

 ロメリアとフォルトは『シートベルト』と言われるいざという事故から身を護る座席に付けられているベルトを体に巻き付けると、外の景色を眺めたり車の中を見渡したりした。

 フォルトとロメリアがエメラリア港で初めて蒸気車を見た時は興奮のあまり全然車に乗ってくれなくてケストレルは少し呆れてしまった。黒の塗装がされたボディに、車の高さはロメリアの身長程度しかなく、前と後ろにそれぞれ車輪が4つついていた。その車輪もこれまでフォルト達が乗ってきた木製ではなく、金属を加工して作られていて、その周りに『ゴム』と言われる植物から採れる非常に弾性力の高い軟質の物質を加工して作られたものが嵌められていて金属が直接地面につくのを防いでいた。

 車の中は非常にスマートな造りとなっていて、座席には貴重な鰐の皮を用いているシートが皴一つなく丁寧に張られていて高級感が溢れていた。座り心地はまるで体全体を優しく包み込んでくれるような抱擁感が強く、全然疲れなかった。

 ケストレルが首を後ろの方へと向けて、フォルトとロメリアを見つめる。

 「2人共、乗り心地はどうだ?気分が悪くなったりはしてないか?」

 「全然!酔うどころか興奮しちゃって気分上がりまくりだよっ!」

 ロメリアは前の助手席にいるケストレルに元気よく返答する。テンションが上がりまくったロメリアの言葉を聞いたケストレルの友人は小さく微笑んだ。

 「如何やら蒸気車を気に入ってもらえたようだな。そんなに喜んでくれるなんて、『こいつ』も嬉しいだろうよ。」

 男はハンドルの持ち手を軽く叩いた。どうやら『こいつ』というのはこの蒸気車の事らしい。

 「ありがとな、今回車で迎えに来てくれて。」

 「別にいいってことよ。俺も昨日はこっちの方で仕事があって今日の朝帰るつもりだったからそのついでにってことだから。・・・それにしてもお前がこの大陸に帰ってくるのは何年ぶりだ?」

 「・・・7年ぶり、だったかな?もう覚えてねえや。」

 「もうそれぐらいになるよなぁ?全く・・・一切音沙汰の無かったお前が急に伝書鳩飛ばしてきて『迎えに来てくれ』・・・なぁんて言ってきた時は驚いたぜ。それに・・・可愛らしい女と男のガキ連れて来るなんてな。てっきり手前の嫁と子供かと思ったぜ?」

 「俺が昔言った事忘れたのか?俺の好みは年下の女じゃなくって年上のお姉さんなんだよ。10歳以上年下の女と子供作る訳ねぇだろ。」

 ケストレルはそう言うと、後頭部を座席にくっつけて窓の外を見る。窓の外には何もないただの乾いた大地が果てしなく広がっており、自分達が乗っている車の前にも後ろにも他の車は見られなかったのでまるで世界に自分達だけが取り残されたかのような寂しさがこみあげてくる。

 車は土煙を巻き上げながらエメラリア港とリールギャラレーの間にあるオルタール街道をただひたすら突き進んでいく。太陽は既に真上へと上っており、蜃気楼が街道の道を揺らめかせる。

 フォルトとロメリアは暫く車の内装や外の景色に夢中になっていたが、疲れたのかいつの間にか2人共目を閉じて昼寝を始めてしまっていた。車の心地よい振動が2人の眠気を助長したのだ。フォルトが再び目を覚ました時刻は午後2時過ぎだった。

 『もうこんな時間・・・3時間ぐらい寝ちゃってたのかな・・・』

 フォルトが首にぶら下げている懐中時計を開けて時刻を確認した・・・その時だった。

 「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 空を斬り裂くような咆哮が幾重にも重なり合う様に轟き、窓を閉めている車内にもはっきりとその声が聞こえてきた。虚ろな意識をフォルトと昼寝の最中だったロメリアは体をビクッと痙攣させて意識を明瞭にすると、咄嗟に窓の外を眺める。

 「何、今の声っ⁉すっごいびっくりしたんだけどっ⁉」

 「ロメリア、落ち着けよ。・・・空を見てみな。」

 「空?」

 ロメリアがケストレルから言われた通りに空を見上げると、7体の背中から大きな黒翼を一対生やした『巨大な蜥蜴』がV字に隊列を組んで優雅に飛んでいた。正確な全長は分からないが多分5,6mぐらいあるだろうか・・・まるで空は自分達の物だと言わんばかりに周囲を圧倒しながら飛ぶその姿にロメリアは口を大きく開けて呆然とした。

 「あれ・・・魔物?まるでお伽話に出てくるドラゴンみたい・・・」

 「・・・奴らの名前は『ワイバーン』・・・翼竜の一種でこの大陸の空を支配する奴らだ。」

 「ドラゴンって言わないの?」

 「普通にドラゴンって言う時もあるぜ。というか、呼び方に関しては特に決まってないから自分が呼びたいように呼んだらいいと思うぜ。・・・ただ。」

 「ただ?」

 「ワイバーンって言う魔物は非常に頭が良くてな、人の言葉を完全に理解することが出来るんだ。それに、元々から気性も荒いし自分達の存在に誇りを持っている・・・名前を呼ぶ時は気を付けるんだぞ?・・・間違っても『蜥蜴』なんて言おうものなら、一瞬で『人間』から『肉の塊』に変わるからな。」

 「ひぇ・・・」
 
 ロメリアが小さく声を上げて体を縮こませると、ケストレルと彼の友人がロメリアの反応を見て小さく笑い合った。フォルトがケストレル達に話しかける。
 
 「ねぇ、ケストレル?今僕達の上に飛んでいるワイバーン達って何処に向かっているの?この近くに住処とかあるのかなぁ?」

 「ああ、勿論あるぜ。・・・『目の前』にな。」

 ケストレルの言葉を受けてフォルトとロメリアが運転席と助手席の間から顔を覗かせて前方を見ると、そこには巨大な渓谷が広がっていて、その隙間に何やら人が住んでいそうな建物らしきモノが見えた。

 「ケストレル・・・あそこって・・・」

 「リールギャラレー・・・上に飛んでいるワイバーン達の住処だ。」

 「えぇ⁉魔物が街に住んでるの⁉それもワイバーンみたいな強い魔物が⁉大丈夫なの、街の人達は⁉」

 ロメリアが驚きを隠せない声でケストレルに話しかけると、ケストレルは呆れた顔でロメリアの方を振り返った。

 「・・・お前らは俺が渡したガイドブックをしっかりと読んでねぇのか?デカデカと書いてあるだろ?」

 ケストレルに促されて今朝船の上で渡されたガイドブックを開くと、リールギャラレーの紹介文には『魔物と共生する街』と大きく強調するように書かれていた。

 「へぇ・・・ワイバーン以外にも色んな魔物を街で飼育してるんだって。・・・変わった街だよね?」

 「うん。魔物は人間の天敵っていうイメージがあったから一緒に過ごすなんて考えたことが無かったね。」

 フォルト達がガイドブックをまじまじと見つめていると、ケストレルが解説を付け加える。

 「あの街には昔から魔物使いが沢山いてな、魔物は体が大きくて力も強い・・・物を運搬したり、人を運ぶ際には重宝したんだよ。それに、魔物と一緒にいれば、夜になっても野生の魔物に襲われる確率が一気に下がる。特にワイバーン見たいな上位クラスの魔物を引き連れていたら確実に襲われることは無かったからな。」

 「魔物には『自分より上位種には戦いを挑まない』という性質があるから?」

 「正解だ、フォルト。そうしてリールギャラレーに住んでいる人々はこの性質を活かして魔物から身を守りながらこの地に経済圏を作り出したんだ。」

 「魔物から身を護る為に、魔物と共に暮らす・・・相手を拒絶するんじゃなくって仲良くなる道を選んだんだね・・・」

 ロメリアが落ち着いた声で静かに呟くと、ガイドブックから手を離してそっと座席に背中をつける。フォルトは座席に背中をつけるとガイドブックに目を通し続けた。

 車内が再び静まり返ると、ケストレルの友人が声を出す。

 「さぁ、遂に到着だ。・・・ようこそリールギャラレーへ。」

 フォルト達を乗せた車は巨大な渓谷の中へと入って行き、渓谷の入口に聳え立つ周りの大地を削って作られた巨大な凱旋門をくぐって街の中へと入って行く。

 真上を飛んでいたドラゴン達は高度を上げて渓谷の上へと昇っていくと、その姿を消した。
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