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~葡萄狩り編 第2章~
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「ねぇ、フォルト・・・ここで合っているんだよね?」
ロメリアは自信なさそうに小さな声でフォルトに囁いた。
「うん・・・チラシの地図だとここが受付会場って書いてあるから間違いないと思う・・・」
フォルトは地図に目を移した後に顔を上げてその会場を見る。フォルト達の目の前にはこの街の農業を管轄している農業組合の事務所があった。見た目は小さな神殿のように正面に太い白い柱が何本も立っており、床も真っ白な大理石でできている。その奥には開きっぱなしになっている扉があって、中から何やら様々な声が聞こえてくる。
正直もう少し見栄えの余り宜しくない建物を想像していたフォルトとロメリアだったが、予想以上に綺麗で場所を間違えてしまったのではないかと勘違いしてしまっていた。
「取り合えず中に入ってみようよ。中に入ったら葡萄狩りのエントリー所もきっとあると思うから。」
ロメリアはそう言って農業組合の事務所に入って行く。フォルトもはぐれないように建物の中に入って行くと、中には室内を埋め尽くさんばかりの人で溢れ返っており、夏場の屋外よりも蒸し暑かった。只突っ立っていると、鼻が曲がりそうな程の汗の臭いが匂ってくるので、フォルトは咄嗟にロメリアに体をくっつけてロメリアの心地よい香りを一気に吸い込む。一方のロメリアは顔をしかめて度々鼻に手を当てていた。
ロメリアが葡萄狩りのエントリー所を確認すると既に受付の前には長蛇の列が出来ており、ロメリア達はその一番後ろに並んだ。ロメリア達が並ぶと直ぐに後ろに人が並び始め、あっという間に後ろに50人以上の列が出来ている。
前にも同じぐらいの人数が並んでおり、ロメリアは背伸びをして体を左右に傾けながらフォルトに話しかける。
「凄い人だね、フォルト~。流石この街の名産品である葡萄をいくらでも取れるとあってやっぱり人気なんだね~?」
「・・・」
「フォルト、どうしたの?具合でも悪いの?」
「ううん・・・そうじゃないんだけどさ・・・」
フォルトは視線だけを左右に忙しく動かす。
「ロメリア・・・今僕達が並んでいるこの列ってさ・・・ちゃんと葡萄狩りの受付に繋がっているんだよね?」
「うん。ちゃんと繋がっているよ?」
フォルトが余りにもソワソワと落ち着かない様子だったのでロメリアが心配して声をかける。
「フォルト、一体どうしたの?何か気になる事でもあるの?」
「気になるというか・・・ロメリアはおかしいと思わないの?」
「おかしい?・・・何が?」
ロメリアが首を傾げると、フォルトがロメリアの顔を不安そうに見つめた。
「これってさ、葡萄狩りだよね?木に生えている葡萄を取っていくんだよね?」
「うん。」
「こういう企画ってさ、小さな子供を連れている親子連れとかが沢山参加するっていうイメージ無い?あるよね?」
「まぁ・・・普通ならそうだね・・・」
「だよね?・・・じゃあさ・・・」
フォルトが前に並んでいる人達をそっと指差した。
「何で甲冑を着た騎士みたいな人達や剣や槍、弓、銃を持った傭兵達がこんなに並んでいるのさ?子供連れの親子何て数グループしか見当たらないんだけど?」
フォルトの言葉を受けてロメリアが周りを見渡す。確かに、ここは農業組合の建物なのに何故か武装した人達で溢れ返っていた。列にもそのような人達が大勢並んでおり僅かに並んでいる子供達が皆体を震わせて父親や母親に身を寄せている。・・・そりゃそうだ。
フォルトの背中に森の中で感じ取ったあの背中を刺されるような感覚が走った。
「ねぇ・・・このイベントさ・・・ヤバそうじゃない?何か物凄く嫌な予感がするんだけど・・・」
「・・・皆葡萄が好きなんじゃない?」
「いや・・・どう見ても葡萄狩りを楽しむような人達じゃないでしょ・・・こんな厳ついむさい顔したオッサン共が葡萄好きなんて言ったらイメージ壊れるんですけど。」
「ん~・・・だったら聞いてみようか?」
ロメリアはそう言うと、前に並んでいる屈強な男に声をかけた。男が振り向くと、ロメリアを思いっきり睨みつける。額には深い傷跡が左目に入っており、その左目には眼帯をしていた・・・話しかけたくねぇ・・・よく話しかけれるなぁ・・・
「あのぅ!何でそんなに武器を持っているんですか?」
「何でって嬢ちゃんそりゃあ・・・『黄金の葡萄』を狩る為よ。」
「『黄金の葡萄』?何ですかそれ?」
「『黄金の葡萄』って言うのはな、この街にある果樹園の奥にある洞窟の中で採れるんだ。」
「洞窟の中で採れるんですか?」
「ああ。正確に言えば、洞窟の中にはとても強えぇ魔物がいてな、その魔物の体にくっついてんだとよ。」
『うわぁ・・・やべぇ・・・嫌な予感がプンプンしてきた・・・』
フォルトは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
「魔物の体に・・・生えているんですか、その『黄金の葡萄』は?・・・それって本当に葡萄なんですか?」
「そうらしいな。どうやら変わった葡萄の種類らしくてな、魔物の体に寄生して成長するようなんだ。」
『食べたくない。普通の葡萄で僕は結構でございます。』
「へぇ!不思議⁉ねぇ、フォルト!魔物に寄生する葡萄だって!凄くないっ⁉」
『何で興奮しちゃうのかなぁロメリアは・・・』
フォルトは興奮して目を輝かせているロメリアとは裏腹に乾いた笑みを顔に貼り付ける。ロメリアが前にいる男の人にさらに質問をする。
「その葡萄って何を養分としているんですか?」
「魔物の体液や血液・・・後その魔物が捕食した人間達の血液とかかな?そこんところは良く分かんねえな。」
「そうですか・・・」
「取り合えず、その『黄金の葡萄』って言うのは凄い美味しいっていうのははっきりと分かっているらしいんだ。それに、『黄金の葡萄』は万能薬にもなるらしくてな、どんな不治の病でもあっという間に治してしまうそうなんだ。」
「凄いですね、その『黄金の葡萄』というのは・・・売ったら勿論・・・」
「スゲエ金になるだろうな。今のレートだと、1房、5000万カーツぐらいだったかな?」
「ご・・・5000万カーツ⁉2房で1億カーツ・・・」
ロメリアの顔がフォルトに向けられる。あ・・・変なこと言ってくるぞ。
「フォルト!私達も黄金の葡萄取りに行こうよ!」
・・・ほぅら、変なこと言い始めた。
「やだ。行きたいなら1人で勝手に行けば?」
「ちょっと!せっかく誘ったのに何その言い草ぁ!行こうよ~ねぇ行こうよ~。」
「嫌だって言ってるでしょ?・・・大体さ、1房5000万カーツもするんでしょ?そんなに価値があるってことはその分魔物が洒落にならない程に強いって事だよね、おじさん。」
フォルトの問いかけに男が深く頷く。
「その通りだ、坊主。その黄金の葡萄を纏っている魔物はべらぼうに強くてな、最後にその魔物を討伐したのは40年前らしい。」
「そんなに昔なんですか⁉・・・因みに誰が倒したかっていうのは・・・」
「確か森を抜けた先に会った宿場村・・・丁度それと同じ時期に盗賊共に襲われて無くなっちまったんだが、その村出身の両手に鎖鎌を持っていたと言われる若い男がたった1人で1匹倒したそうだ。」
フォルトとロメリアは思わず顔を見合わせた。
「フォルト・・・その人ってまさか・・・」
「・・・森の中で会った・・・幽霊だね・・・」
フォルトとロメリアは森の中で会ったあの幽霊の事を思い出していた。彼は生前森の近くにあった宿場村に住んでおり、僅かな生存者をこのエルステッドの街に逃がす為にたった1人で殿を務めた・・・そして実際に怨霊と化した彼と戦った2人からすればその黄金の葡萄を纏っている魔物を倒したのは彼で間違いないだろう。
ロメリアは彼のことを思い出しながら男に再び話しかける。
「でもその男の人以降は誰も倒していないって言う事なんですよね?」
「ああ、毎年1000人近くの奴らが狩りに行くが、誰も倒せねえんだ。戦いに行って生きて帰って来ただけで相当運がいいと言われる程らしい。」
・・・はい。僕絶対行きません。
ロメリアは苦笑いを浮かべながらフォルトを見る。
「フォルト・・・やっぱり、大人しく葡萄狩りしよっか?」
「うん。僕は最初からそのつもりだけどね。」
「それが良いと思うぜ。奥地まで行かなきゃ、魔物は襲ってこないらしいからな。」
男はそう言うと、前へと進んでエントリーシートに記入し始めた。男と会話をしている間にいつの間にか前へと進んでいたらしい。
直ぐ後にロメリア達の番が回ってきて、受付の前へと2人は立った。受付に行くと、机の向こうに座っている男性の受付員がロメリア達に話しかけてきた。
「こんにちは。お2人様ですか?」
「はい、この子は私の弟です。」
「家族での参加ですね?ではこちらの用紙に必要事項を記入してください。」
受付の男性はロメリア達の前に1枚の記入用紙と羽ペンを差し出すと、ロメリアがその用紙に記入していく。どうやら別々に必要事項を記入する必要は無いらしい。
ロメリアが筆を走らせているのを横からフォルトが覗き込んでみる。ロメリアは覗き込んできたフォルトに少し微笑むとそのままペンを走らせ続ける。
『記入事項は名前に性別、年齢、職業・・・後なんだ?最後の方に何か注意書きがある・・・』
フォルトは用紙の下に小さく書かれた注意書きに目を通した。
『・・・なお当企画内において、何らかの不慮の事故が発生した際には当企画立案組織であるエルステッド農業組合は一切の保証を致しません。事前に何らかの保険に入っておくことを強く推奨いたします。また、『ごく稀に』魔物が安全採取場にまで出現することもございますが、その際に負傷、もしくは死亡した際の保証も一切致しませんのでご了承ください。・・・『安全』じゃないじゃん・・・』
フォルトは思わず心の中で突っ込んでいると、ロメリアが全ての記入事項を書き終えて羽ペンと用紙を受付の男性へと手渡した。男性はそれらを受け取ると、ロメリアに1枚の羊皮紙と2つの掌に収まる位の大きさの木の板を手渡した。木の板には赤い文字で『754』と『755』と数字だけが描かれていて、僅かに葡萄の甘い香りが漂ってくる。
「こちらには明日の葡萄狩りの開催時刻と集合地点、そして持参していいモノやその他注意事項が全て書かれておりますので必ず一読しておいてください。」
「分かりました。」
「それでは、これにて申し込みは終了です。明日、集合地点に入る現地スタッフに名前を告げて先程お渡しした木の板を渡して頂ければ葡萄畑へと入ることが出来ますので絶対に無くさないで下さいね。」
ロメリアとフォルトは受付員の人に軽くお辞儀をすると、事務所の出口へと向かった。外へ出ても夏の熱気がフォルト達に襲い掛かっては来たが、中のムシムシとした湿気を含んだ暑さと比べれば大分マシだった。からりと乾いた風が涼しく感じる。
「・・・さてと!これで申し込みも終わったし、これからどうしよっか!街を見て回る?それともご飯にする?」
「う~ん・・・さっきは街を見て回りたかったけど・・・お腹空いて来ちゃったな。」
「じゃあフルーツミックスパイ食べに行こうよっ!あ、見てっ!あそこに喫茶店があるよっ!」
「本当だ。それに、店の看板メニューとしてフルーツミックスパイがあるみたいだね。入口にデカデカと描かれてあるよ?」
「よしっ!フォルト、早く行こうよ!私お腹空いちゃったよ~!」
ロメリアとフォルトはお互いに笑顔を浮かべると、事務所の近くにある喫茶店へと向かって行った。ロメリア達はその喫茶店の入口の前に来ると、迷うことなく店の中へと入って行く。
フォルトとロメリアが幸せを胸の中に詰め込んでいる中、そんな2人を事務所の入り口の柱にもたれ掛かりながら見つめる1人の男がいた。
『・・・あれが帝都の王家、フォルエンシュテュール家から勘当された王女ロメリアか・・・そしてその傍にいるのが・・・フォルトだな。・・・まるで姉弟だな。まぁ戸籍上も血は繋がってはいないが、姓が同じだからな・・・仲が良くて羨ましい限りだ。』
男は懐からワニの鱗から作られた黒いブックカバーをつけている手帳を取り出して、あるページを開いた。そこにはフォルトとロメリアの絵が張り付けられており、男はフォルトの絵に視線を映した。
『フォルト・サーフェリート・・・お前が本当に『ジャッカル』の血を引いているのか・・・確かめさせてもらうぜ。』
男はその手帳を閉じると、懐へと直した。
空には入道雲が高く天に伸びていっていた。
「ねぇ、フォルト・・・ここで合っているんだよね?」
ロメリアは自信なさそうに小さな声でフォルトに囁いた。
「うん・・・チラシの地図だとここが受付会場って書いてあるから間違いないと思う・・・」
フォルトは地図に目を移した後に顔を上げてその会場を見る。フォルト達の目の前にはこの街の農業を管轄している農業組合の事務所があった。見た目は小さな神殿のように正面に太い白い柱が何本も立っており、床も真っ白な大理石でできている。その奥には開きっぱなしになっている扉があって、中から何やら様々な声が聞こえてくる。
正直もう少し見栄えの余り宜しくない建物を想像していたフォルトとロメリアだったが、予想以上に綺麗で場所を間違えてしまったのではないかと勘違いしてしまっていた。
「取り合えず中に入ってみようよ。中に入ったら葡萄狩りのエントリー所もきっとあると思うから。」
ロメリアはそう言って農業組合の事務所に入って行く。フォルトもはぐれないように建物の中に入って行くと、中には室内を埋め尽くさんばかりの人で溢れ返っており、夏場の屋外よりも蒸し暑かった。只突っ立っていると、鼻が曲がりそうな程の汗の臭いが匂ってくるので、フォルトは咄嗟にロメリアに体をくっつけてロメリアの心地よい香りを一気に吸い込む。一方のロメリアは顔をしかめて度々鼻に手を当てていた。
ロメリアが葡萄狩りのエントリー所を確認すると既に受付の前には長蛇の列が出来ており、ロメリア達はその一番後ろに並んだ。ロメリア達が並ぶと直ぐに後ろに人が並び始め、あっという間に後ろに50人以上の列が出来ている。
前にも同じぐらいの人数が並んでおり、ロメリアは背伸びをして体を左右に傾けながらフォルトに話しかける。
「凄い人だね、フォルト~。流石この街の名産品である葡萄をいくらでも取れるとあってやっぱり人気なんだね~?」
「・・・」
「フォルト、どうしたの?具合でも悪いの?」
「ううん・・・そうじゃないんだけどさ・・・」
フォルトは視線だけを左右に忙しく動かす。
「ロメリア・・・今僕達が並んでいるこの列ってさ・・・ちゃんと葡萄狩りの受付に繋がっているんだよね?」
「うん。ちゃんと繋がっているよ?」
フォルトが余りにもソワソワと落ち着かない様子だったのでロメリアが心配して声をかける。
「フォルト、一体どうしたの?何か気になる事でもあるの?」
「気になるというか・・・ロメリアはおかしいと思わないの?」
「おかしい?・・・何が?」
ロメリアが首を傾げると、フォルトがロメリアの顔を不安そうに見つめた。
「これってさ、葡萄狩りだよね?木に生えている葡萄を取っていくんだよね?」
「うん。」
「こういう企画ってさ、小さな子供を連れている親子連れとかが沢山参加するっていうイメージ無い?あるよね?」
「まぁ・・・普通ならそうだね・・・」
「だよね?・・・じゃあさ・・・」
フォルトが前に並んでいる人達をそっと指差した。
「何で甲冑を着た騎士みたいな人達や剣や槍、弓、銃を持った傭兵達がこんなに並んでいるのさ?子供連れの親子何て数グループしか見当たらないんだけど?」
フォルトの言葉を受けてロメリアが周りを見渡す。確かに、ここは農業組合の建物なのに何故か武装した人達で溢れ返っていた。列にもそのような人達が大勢並んでおり僅かに並んでいる子供達が皆体を震わせて父親や母親に身を寄せている。・・・そりゃそうだ。
フォルトの背中に森の中で感じ取ったあの背中を刺されるような感覚が走った。
「ねぇ・・・このイベントさ・・・ヤバそうじゃない?何か物凄く嫌な予感がするんだけど・・・」
「・・・皆葡萄が好きなんじゃない?」
「いや・・・どう見ても葡萄狩りを楽しむような人達じゃないでしょ・・・こんな厳ついむさい顔したオッサン共が葡萄好きなんて言ったらイメージ壊れるんですけど。」
「ん~・・・だったら聞いてみようか?」
ロメリアはそう言うと、前に並んでいる屈強な男に声をかけた。男が振り向くと、ロメリアを思いっきり睨みつける。額には深い傷跡が左目に入っており、その左目には眼帯をしていた・・・話しかけたくねぇ・・・よく話しかけれるなぁ・・・
「あのぅ!何でそんなに武器を持っているんですか?」
「何でって嬢ちゃんそりゃあ・・・『黄金の葡萄』を狩る為よ。」
「『黄金の葡萄』?何ですかそれ?」
「『黄金の葡萄』って言うのはな、この街にある果樹園の奥にある洞窟の中で採れるんだ。」
「洞窟の中で採れるんですか?」
「ああ。正確に言えば、洞窟の中にはとても強えぇ魔物がいてな、その魔物の体にくっついてんだとよ。」
『うわぁ・・・やべぇ・・・嫌な予感がプンプンしてきた・・・』
フォルトは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
「魔物の体に・・・生えているんですか、その『黄金の葡萄』は?・・・それって本当に葡萄なんですか?」
「そうらしいな。どうやら変わった葡萄の種類らしくてな、魔物の体に寄生して成長するようなんだ。」
『食べたくない。普通の葡萄で僕は結構でございます。』
「へぇ!不思議⁉ねぇ、フォルト!魔物に寄生する葡萄だって!凄くないっ⁉」
『何で興奮しちゃうのかなぁロメリアは・・・』
フォルトは興奮して目を輝かせているロメリアとは裏腹に乾いた笑みを顔に貼り付ける。ロメリアが前にいる男の人にさらに質問をする。
「その葡萄って何を養分としているんですか?」
「魔物の体液や血液・・・後その魔物が捕食した人間達の血液とかかな?そこんところは良く分かんねえな。」
「そうですか・・・」
「取り合えず、その『黄金の葡萄』って言うのは凄い美味しいっていうのははっきりと分かっているらしいんだ。それに、『黄金の葡萄』は万能薬にもなるらしくてな、どんな不治の病でもあっという間に治してしまうそうなんだ。」
「凄いですね、その『黄金の葡萄』というのは・・・売ったら勿論・・・」
「スゲエ金になるだろうな。今のレートだと、1房、5000万カーツぐらいだったかな?」
「ご・・・5000万カーツ⁉2房で1億カーツ・・・」
ロメリアの顔がフォルトに向けられる。あ・・・変なこと言ってくるぞ。
「フォルト!私達も黄金の葡萄取りに行こうよ!」
・・・ほぅら、変なこと言い始めた。
「やだ。行きたいなら1人で勝手に行けば?」
「ちょっと!せっかく誘ったのに何その言い草ぁ!行こうよ~ねぇ行こうよ~。」
「嫌だって言ってるでしょ?・・・大体さ、1房5000万カーツもするんでしょ?そんなに価値があるってことはその分魔物が洒落にならない程に強いって事だよね、おじさん。」
フォルトの問いかけに男が深く頷く。
「その通りだ、坊主。その黄金の葡萄を纏っている魔物はべらぼうに強くてな、最後にその魔物を討伐したのは40年前らしい。」
「そんなに昔なんですか⁉・・・因みに誰が倒したかっていうのは・・・」
「確か森を抜けた先に会った宿場村・・・丁度それと同じ時期に盗賊共に襲われて無くなっちまったんだが、その村出身の両手に鎖鎌を持っていたと言われる若い男がたった1人で1匹倒したそうだ。」
フォルトとロメリアは思わず顔を見合わせた。
「フォルト・・・その人ってまさか・・・」
「・・・森の中で会った・・・幽霊だね・・・」
フォルトとロメリアは森の中で会ったあの幽霊の事を思い出していた。彼は生前森の近くにあった宿場村に住んでおり、僅かな生存者をこのエルステッドの街に逃がす為にたった1人で殿を務めた・・・そして実際に怨霊と化した彼と戦った2人からすればその黄金の葡萄を纏っている魔物を倒したのは彼で間違いないだろう。
ロメリアは彼のことを思い出しながら男に再び話しかける。
「でもその男の人以降は誰も倒していないって言う事なんですよね?」
「ああ、毎年1000人近くの奴らが狩りに行くが、誰も倒せねえんだ。戦いに行って生きて帰って来ただけで相当運がいいと言われる程らしい。」
・・・はい。僕絶対行きません。
ロメリアは苦笑いを浮かべながらフォルトを見る。
「フォルト・・・やっぱり、大人しく葡萄狩りしよっか?」
「うん。僕は最初からそのつもりだけどね。」
「それが良いと思うぜ。奥地まで行かなきゃ、魔物は襲ってこないらしいからな。」
男はそう言うと、前へと進んでエントリーシートに記入し始めた。男と会話をしている間にいつの間にか前へと進んでいたらしい。
直ぐ後にロメリア達の番が回ってきて、受付の前へと2人は立った。受付に行くと、机の向こうに座っている男性の受付員がロメリア達に話しかけてきた。
「こんにちは。お2人様ですか?」
「はい、この子は私の弟です。」
「家族での参加ですね?ではこちらの用紙に必要事項を記入してください。」
受付の男性はロメリア達の前に1枚の記入用紙と羽ペンを差し出すと、ロメリアがその用紙に記入していく。どうやら別々に必要事項を記入する必要は無いらしい。
ロメリアが筆を走らせているのを横からフォルトが覗き込んでみる。ロメリアは覗き込んできたフォルトに少し微笑むとそのままペンを走らせ続ける。
『記入事項は名前に性別、年齢、職業・・・後なんだ?最後の方に何か注意書きがある・・・』
フォルトは用紙の下に小さく書かれた注意書きに目を通した。
『・・・なお当企画内において、何らかの不慮の事故が発生した際には当企画立案組織であるエルステッド農業組合は一切の保証を致しません。事前に何らかの保険に入っておくことを強く推奨いたします。また、『ごく稀に』魔物が安全採取場にまで出現することもございますが、その際に負傷、もしくは死亡した際の保証も一切致しませんのでご了承ください。・・・『安全』じゃないじゃん・・・』
フォルトは思わず心の中で突っ込んでいると、ロメリアが全ての記入事項を書き終えて羽ペンと用紙を受付の男性へと手渡した。男性はそれらを受け取ると、ロメリアに1枚の羊皮紙と2つの掌に収まる位の大きさの木の板を手渡した。木の板には赤い文字で『754』と『755』と数字だけが描かれていて、僅かに葡萄の甘い香りが漂ってくる。
「こちらには明日の葡萄狩りの開催時刻と集合地点、そして持参していいモノやその他注意事項が全て書かれておりますので必ず一読しておいてください。」
「分かりました。」
「それでは、これにて申し込みは終了です。明日、集合地点に入る現地スタッフに名前を告げて先程お渡しした木の板を渡して頂ければ葡萄畑へと入ることが出来ますので絶対に無くさないで下さいね。」
ロメリアとフォルトは受付員の人に軽くお辞儀をすると、事務所の出口へと向かった。外へ出ても夏の熱気がフォルト達に襲い掛かっては来たが、中のムシムシとした湿気を含んだ暑さと比べれば大分マシだった。からりと乾いた風が涼しく感じる。
「・・・さてと!これで申し込みも終わったし、これからどうしよっか!街を見て回る?それともご飯にする?」
「う~ん・・・さっきは街を見て回りたかったけど・・・お腹空いて来ちゃったな。」
「じゃあフルーツミックスパイ食べに行こうよっ!あ、見てっ!あそこに喫茶店があるよっ!」
「本当だ。それに、店の看板メニューとしてフルーツミックスパイがあるみたいだね。入口にデカデカと描かれてあるよ?」
「よしっ!フォルト、早く行こうよ!私お腹空いちゃったよ~!」
ロメリアとフォルトはお互いに笑顔を浮かべると、事務所の近くにある喫茶店へと向かって行った。ロメリア達はその喫茶店の入口の前に来ると、迷うことなく店の中へと入って行く。
フォルトとロメリアが幸せを胸の中に詰め込んでいる中、そんな2人を事務所の入り口の柱にもたれ掛かりながら見つめる1人の男がいた。
『・・・あれが帝都の王家、フォルエンシュテュール家から勘当された王女ロメリアか・・・そしてその傍にいるのが・・・フォルトだな。・・・まるで姉弟だな。まぁ戸籍上も血は繋がってはいないが、姓が同じだからな・・・仲が良くて羨ましい限りだ。』
男は懐からワニの鱗から作られた黒いブックカバーをつけている手帳を取り出して、あるページを開いた。そこにはフォルトとロメリアの絵が張り付けられており、男はフォルトの絵に視線を映した。
『フォルト・サーフェリート・・・お前が本当に『ジャッカル』の血を引いているのか・・・確かめさせてもらうぜ。』
男はその手帳を閉じると、懐へと直した。
空には入道雲が高く天に伸びていっていた。
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