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~霧の森編 第2章~
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[廃村]
「おい、見えてきたぞ・・・『ミスティーヌの森』が。」
荷馬車を引いているグリルが荷台の中でくつろいでいたフォルト達に呼びかける。フォルトとロメリアは荷台から顔を出して進行方向に視線を向けると、目の前には鬱蒼と茂った木がまるで壁のように乱立していた。
街道として整備された道が昼間なのに薄暗い森の中へと続いている。
「あの森・・・『ミスティーヌの森』って呼ばれているんですか?」
ロメリアの質問にアルトが答える。
「そうだよ。今僕達がいるこの大陸・・・『グリュンバルド大陸』の中で最大の森林地帯と言われているのがこの『ミスティーヌの森』だ。多くの動植物が生息しており、生態系も非常に豊か・・・狩りや茸・薬草などの採取をするにも最適な場所となっているんだよ。」
「でも多くの凶暴な魔物も沢山生息していてね、この森を通過する時は馬に乗って一気に駆け抜けていくのが基本なの。歩きだと到底森から抜け出せないし、森の中も地面が平らじゃないから体力も多く消費してしまう・・・野宿なんてしようものなら魔物にさぁ、食べてくださいって言っているようなものだから誰も徒歩でこの森を抜けようとする者はいないわ。」
「・・・私達、そんなことも知らずに森を抜けようとしていたんだね。」
「というか、街道の先に森がある事すら知らなかったからね・・・グリルさん達と会わなかったらどうなっていたことやら・・・」
フォルトとロメリアは荷台の外に出していた体を元に戻すと、周りの景色を見渡しながら黙り込んだ。荷台の心地よい振動と昼下がりの温かな風がフォルト達の眠気を刺激する。
ロメリアは口元を手で隠して大きな欠伸をすると、目を閉じてフォルトの肩に頭をのっけた。フォルトはロメリアに自分の肩を貸したまま、周囲の風景を見続ける。
『フワァァァ・・・僕も眠くなってきちゃった・・・』
フォルトも大きな欠伸をして瞼をゆっくりと下げ始めた・・・その時、フォルトは街道の周辺に炭になった大きな木が幾つも地面に突き刺さっているのを目にした。
その木は一目で自然界に生えているようなものではなく、伐採された後に綺麗に加工されたものであると分かり、元々この森の近くには小さな集落があったのではないかとフォルトは思った。
「アルトさん・・・この周辺に・・・かつて集落か何かあったんですか?」
フォルトの質問を受けてアルトはフォルトが眺めている方を見ながら返事をする。
「うん。今から・・・何年前だったかな?僕が生まれた時にはもうこの有様だったからね・・・父さん、この辺りの集落っていつまであったの?」
「・・・40年前までだ。その当時はこの村も結構大きくてな・・・沢山の宿が密集している宿の村として多くの旅人達が利用していた。・・・だから今とは違って徒歩でこの森を抜ける奴も沢山いたよ。」
グリルの声は昔の懐かしい記憶をしみじみと思い出している様な少し寂しそうな声をしていた。
「グリルさんは・・・その時おいくつだったんですか?」
「俺は当時7歳だった・・・今のアルトのように俺も親父の仕事を手伝っていてね。その途中で何度もこの村に立ち寄ったさ・・・」
荷台を引く車輪の音がカラカラカラ・・・と静かに荷台の中に聞こえてくる。
「何で・・・この村は無くなっちゃったんですか?宿場村として栄えたのなら無くなるどころか大きくなってもおかしくないのに・・・」
フォルトの言葉にグリルは少し言葉を詰まらせたが、ゆっくりと村が無くなった経緯を話し始めた。
「・・・襲われたんだよ、盗賊集団に。・・・たった一晩で村の建物は全て焼かれ、住民や宿の利用客がほぼ全員殺された・・・全く、酷い話だよ。」
グリルが不快な思いを込めながら話を続ける。
「それに・・・村が盗賊に襲われたのは夜中でな・・・村にいた人達は寝間着姿のまま慌てて森の中へ逃げ込んだんだ・・・身を隠すにはそこしかないからな・・・」
「でも・・・森の中って・・・」
フォルトの言葉に荷台の中に重苦しい空気が漂う。
「そう・・・森の中には凶暴な魔物がいる・・・だから森の中に逃げ込んだ人達はほぼ全員喰われたらしい。」
「・・・」
「俺は小さかったが村の皆がとても優しかったというのは今でもはっきりと覚えている。・・・宿代も食事代も安く、その割には質のいい部屋や美味しい食べ物を沢山提供してくれた・・・それに皆・・・優しい人達ばかりだったんだ。・・・盗賊に家を燃やされたり、殺されたり、犯されたり、森の中で魔物に踊り喰われるような・・・そんな惨い死に方する様な人達じゃ断じて無い・・・」
グリルの言葉が重苦しい雰囲気を更に暗くする。フォルトはそんな空気の中、1つ気になることが浮かび、そのことを質問する。
「グリルさん・・・さっき森の中に逃げ込んだ人は『ほぼ』全員食べられたといっていましたけど・・・食べられなかった人達もいたんですか?」
「ああ・・・数人はこの森を一晩かけて走り抜け、その先にあるエルステッドの街にまで避難できたそうだ。」
「よく道中に盗賊にも魔物にも襲われずに避難できましたね、その人達・・・運が良かったんでしょうか?」
「いや・・・逃げ切った人達によると、後ろから盗賊と魔物・・・両方に襲われたそうなんだが、村に住んでいた1人の青年が殿として皆を逃す為にその場に残ったらしいんだ。」
「・・・殿を務めた人は・・・」
「亡くなったらしい・・・エルステッドから救援として傭兵隊が出撃した際に森の中を通ったらしいんだが、丁度殿を務めていた所から少し離れた場所に血だらけで息絶えていて、その先には無数の魔物と盗賊達の屍が山の方に積み上げられていたそうだ・・・」
「1人で・・・守り切ったんですね・・・」
「しかも傭兵隊が彼の死体を確認した時はまだ温かったそうだ。・・・あと少し・・・早く駆けつけていたら手当が出来たかもしれなかったって・・・彼らも嘆いたらしい。」
「・・・」
フォルトは何も言う事が出来ず、焼け残った炭化した木を見つめる。その光景を見ながらフォルトは胸の中で自分自身に語り掛けた。
『そこまで・・・自分の命をかけてまで殿を務めたのは・・・何でだろう?・・・ただ単なる正義感?それとも・・・』
フォルトは視線を自分の肩に頭をのっけて昼寝をしているロメリアに視線を移す。ロメリアは無垢な子供の様に静かに寝息をかきながら胸を静かに動かす。
「・・・命をかけるに値する程の・・・大切な人がいたのかな?」
フォルトは視線を森の方へと向けた。フォルト達を乗せた荷馬車は陽の光が薄く差し込むだけの薄暗い森の中へと入って行った。
その瞬間、フォルトの背中に鋭い身を裂くような悪寒が走る。フォルトの薄っすらと眠気に支配されつつたった意識が一気に覚醒する。
『何だ、今の感じ・・・この森に入った瞬間・・・背筋に刃を通されたかのような・・・鋭い感覚が・・・』
フォルトはどんどん離れていく、明るい森の入口を見つめる。
森の中のひんやりとした空気がフォルト達の肺にすぅ・・・と静かに忍び込む。
「おい、見えてきたぞ・・・『ミスティーヌの森』が。」
荷馬車を引いているグリルが荷台の中でくつろいでいたフォルト達に呼びかける。フォルトとロメリアは荷台から顔を出して進行方向に視線を向けると、目の前には鬱蒼と茂った木がまるで壁のように乱立していた。
街道として整備された道が昼間なのに薄暗い森の中へと続いている。
「あの森・・・『ミスティーヌの森』って呼ばれているんですか?」
ロメリアの質問にアルトが答える。
「そうだよ。今僕達がいるこの大陸・・・『グリュンバルド大陸』の中で最大の森林地帯と言われているのがこの『ミスティーヌの森』だ。多くの動植物が生息しており、生態系も非常に豊か・・・狩りや茸・薬草などの採取をするにも最適な場所となっているんだよ。」
「でも多くの凶暴な魔物も沢山生息していてね、この森を通過する時は馬に乗って一気に駆け抜けていくのが基本なの。歩きだと到底森から抜け出せないし、森の中も地面が平らじゃないから体力も多く消費してしまう・・・野宿なんてしようものなら魔物にさぁ、食べてくださいって言っているようなものだから誰も徒歩でこの森を抜けようとする者はいないわ。」
「・・・私達、そんなことも知らずに森を抜けようとしていたんだね。」
「というか、街道の先に森がある事すら知らなかったからね・・・グリルさん達と会わなかったらどうなっていたことやら・・・」
フォルトとロメリアは荷台の外に出していた体を元に戻すと、周りの景色を見渡しながら黙り込んだ。荷台の心地よい振動と昼下がりの温かな風がフォルト達の眠気を刺激する。
ロメリアは口元を手で隠して大きな欠伸をすると、目を閉じてフォルトの肩に頭をのっけた。フォルトはロメリアに自分の肩を貸したまま、周囲の風景を見続ける。
『フワァァァ・・・僕も眠くなってきちゃった・・・』
フォルトも大きな欠伸をして瞼をゆっくりと下げ始めた・・・その時、フォルトは街道の周辺に炭になった大きな木が幾つも地面に突き刺さっているのを目にした。
その木は一目で自然界に生えているようなものではなく、伐採された後に綺麗に加工されたものであると分かり、元々この森の近くには小さな集落があったのではないかとフォルトは思った。
「アルトさん・・・この周辺に・・・かつて集落か何かあったんですか?」
フォルトの質問を受けてアルトはフォルトが眺めている方を見ながら返事をする。
「うん。今から・・・何年前だったかな?僕が生まれた時にはもうこの有様だったからね・・・父さん、この辺りの集落っていつまであったの?」
「・・・40年前までだ。その当時はこの村も結構大きくてな・・・沢山の宿が密集している宿の村として多くの旅人達が利用していた。・・・だから今とは違って徒歩でこの森を抜ける奴も沢山いたよ。」
グリルの声は昔の懐かしい記憶をしみじみと思い出している様な少し寂しそうな声をしていた。
「グリルさんは・・・その時おいくつだったんですか?」
「俺は当時7歳だった・・・今のアルトのように俺も親父の仕事を手伝っていてね。その途中で何度もこの村に立ち寄ったさ・・・」
荷台を引く車輪の音がカラカラカラ・・・と静かに荷台の中に聞こえてくる。
「何で・・・この村は無くなっちゃったんですか?宿場村として栄えたのなら無くなるどころか大きくなってもおかしくないのに・・・」
フォルトの言葉にグリルは少し言葉を詰まらせたが、ゆっくりと村が無くなった経緯を話し始めた。
「・・・襲われたんだよ、盗賊集団に。・・・たった一晩で村の建物は全て焼かれ、住民や宿の利用客がほぼ全員殺された・・・全く、酷い話だよ。」
グリルが不快な思いを込めながら話を続ける。
「それに・・・村が盗賊に襲われたのは夜中でな・・・村にいた人達は寝間着姿のまま慌てて森の中へ逃げ込んだんだ・・・身を隠すにはそこしかないからな・・・」
「でも・・・森の中って・・・」
フォルトの言葉に荷台の中に重苦しい空気が漂う。
「そう・・・森の中には凶暴な魔物がいる・・・だから森の中に逃げ込んだ人達はほぼ全員喰われたらしい。」
「・・・」
「俺は小さかったが村の皆がとても優しかったというのは今でもはっきりと覚えている。・・・宿代も食事代も安く、その割には質のいい部屋や美味しい食べ物を沢山提供してくれた・・・それに皆・・・優しい人達ばかりだったんだ。・・・盗賊に家を燃やされたり、殺されたり、犯されたり、森の中で魔物に踊り喰われるような・・・そんな惨い死に方する様な人達じゃ断じて無い・・・」
グリルの言葉が重苦しい雰囲気を更に暗くする。フォルトはそんな空気の中、1つ気になることが浮かび、そのことを質問する。
「グリルさん・・・さっき森の中に逃げ込んだ人は『ほぼ』全員食べられたといっていましたけど・・・食べられなかった人達もいたんですか?」
「ああ・・・数人はこの森を一晩かけて走り抜け、その先にあるエルステッドの街にまで避難できたそうだ。」
「よく道中に盗賊にも魔物にも襲われずに避難できましたね、その人達・・・運が良かったんでしょうか?」
「いや・・・逃げ切った人達によると、後ろから盗賊と魔物・・・両方に襲われたそうなんだが、村に住んでいた1人の青年が殿として皆を逃す為にその場に残ったらしいんだ。」
「・・・殿を務めた人は・・・」
「亡くなったらしい・・・エルステッドから救援として傭兵隊が出撃した際に森の中を通ったらしいんだが、丁度殿を務めていた所から少し離れた場所に血だらけで息絶えていて、その先には無数の魔物と盗賊達の屍が山の方に積み上げられていたそうだ・・・」
「1人で・・・守り切ったんですね・・・」
「しかも傭兵隊が彼の死体を確認した時はまだ温かったそうだ。・・・あと少し・・・早く駆けつけていたら手当が出来たかもしれなかったって・・・彼らも嘆いたらしい。」
「・・・」
フォルトは何も言う事が出来ず、焼け残った炭化した木を見つめる。その光景を見ながらフォルトは胸の中で自分自身に語り掛けた。
『そこまで・・・自分の命をかけてまで殿を務めたのは・・・何でだろう?・・・ただ単なる正義感?それとも・・・』
フォルトは視線を自分の肩に頭をのっけて昼寝をしているロメリアに視線を移す。ロメリアは無垢な子供の様に静かに寝息をかきながら胸を静かに動かす。
「・・・命をかけるに値する程の・・・大切な人がいたのかな?」
フォルトは視線を森の方へと向けた。フォルト達を乗せた荷馬車は陽の光が薄く差し込むだけの薄暗い森の中へと入って行った。
その瞬間、フォルトの背中に鋭い身を裂くような悪寒が走る。フォルトの薄っすらと眠気に支配されつつたった意識が一気に覚醒する。
『何だ、今の感じ・・・この森に入った瞬間・・・背筋に刃を通されたかのような・・・鋭い感覚が・・・』
フォルトはどんどん離れていく、明るい森の入口を見つめる。
森の中のひんやりとした空気がフォルト達の肺にすぅ・・・と静かに忍び込む。
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