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~看板娘とウェイター編 第2章~
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[途方]
「1泊2人で4000カーツっ⁉帝都の庶民街でも同じ条件で1000カーツだったのに⁉」
ロメリアが宿の受付に両手を叩きつけ、受付の女性に迫った。女性は体を縮こませてロメリアに少し怯える。
「はい・・・そうなりま・・・す。」
「一番安い部屋で、朝食・夕食の2食抜きでその値段っ⁉嘘だよねっ⁉」
「嘘では・・・ございません・・・当宿では・・・祭りの期間中は・・・このような価格としております・・・」
ロメリアは両手をゆっくりと受付から離すと、財布を取り出して中にある残高を確認する。財布の残高を確認した時、ロメリアはその場に立ち尽くした。
「ロメリア・・・今、いくら持っているの?」
フォルトがロメリアの両手に包まれるように握られている財布を覗くと、札入れには一枚も入っておらず、小銭入れには僅かに銀貨が入っているだけだった。
「・・・550カーツ・・・」
ロメリアは初め90000カーツも持っていたが、フォルトに服や下着、財布、靴を買ったり、食事代や宿代を全部出してくれていた為、一瞬で溶けてしまったのだ。特にその中でもロメリアの下着が予想以上に高額であり、それだけで10000カーツも吹き飛んでしまっていた。
フォルトは自分の財布を覗いてみると、2000カーツしか入っていなかった。旅の途中でフォルトがロメリアに食べ物を奢ったりしたことにより、僅かな所持金も減ってしまっていた。
『合わせて2550カーツ・・・全然足りないよ・・・』
フォルトがロメリアの顔を見ると、ロメリアは小さく溜息をついて受付の人に声をかけた。
「・・・この辺りに、まだ他の宿はありますか?」
「この街にはまだ2つ宿がございますが・・・恐らく何処の宿も値を上げていると思われます。それに人数の関係もありますので空いている部屋があるのかどうか・・・」
受付の人がロメリアに恐る恐る話しかける。ロメリアは静かに財布をバッグの中に直すと受付の人を見た。
「分かりました・・・お騒がせしてごめんなさい・・・フォルト、行こ?」
ロメリアは軽く顔を下げると、フォルトに一声かけて落ち込んだ足取りで宿の外へと出ていった。フォルトは受付の人に急いでお辞儀をすると、ロメリアの後を追って外に出る。
外に出た瞬間、今のロメリアの心とは真逆の元気のよい喧騒が周囲を飛び回っていた。
ロメリアがゆっくりと周囲を見渡すと奥に別の宿屋を見つけた。
「フォルト・・・他の宿・・・見つけたよ・・・行こ?」
「う、うん・・・」
まるで消えてしまいそうな程微かな声でフォルトに声をかけたので、フォルトはどういう反応したらいいのか分からず、小さく頷くだけだった。ロメリアがやや虚ろな目でその宿の方へと歩いていくのでフォルトはしっかりと手を握って離れないようにする。
人混みをかき分けて宿の中に入ると、受付の前には少し行列が出来ていた。
フォルトが受付の上に大きく書かれてある宿泊料金を見ると、ロメリアに声をかけた。
「ロメリア、見て!2人1泊、一番安い部屋かつ、サービス抜きで2000カーツ!僕の所持金で泊まれるよ!」
ロメリアの目に少し光が灯った。その目でフォルトを見る。
「フォルト・・・いいの?」
「勿論。ロメリアは僕の為に服とか沢山買ってくれたんだから、このぐらいしないと・・・というかこのぐらいしかできないから・・・」
「フォルトォ・・・大好きだよぉ・・・」
ロメリアは涙声でそう言うとフォルトを抱きしめる。周囲の視線がフォルト達の方を向いているのを察知したフォルトは慌ててロメリアから離れようとする。
「ロメリアっ、こんな所で抱き着かないでよっ!恥ずかしいよ!」
「いいじゃん・・・姉弟だからいいじゃん・・・」
「良くないって!ほらっ、前に進んだよっ!」
フォルトは何とかロメリアを引き離して前に進む。並んでいる人達が次々にチェックインしていく中、ついに目の前の人がチェックインを始めた。
フォルトとロメリアは少し胸を撫で下ろす。
「良かったね、ロメリア。何とか宿が取れそうで。」
「全くだよ!本当、フォルトには今回お世話になるね!今度からお金の管理はしっかりするよ!」
フォルトとロメリアは互いに微笑みあいながら談笑する。そうしている間に目の前の男性がチェックインを済ませて、その場から去った。
「じゃあ、フォルト。チェックインしてくるね!」
「うん!」
ロメリアが笑顔で受付へと向かった・・・その時だった。
急に受付に座っている女性が立ち上がってロメリア達含む、並んでいる人達に大声で呼びかけた。
「大変申し訳ありませんが当宿の部屋は只今をもって満室となりました!恐縮ではございますが他の宿を当たって頂きますようお願いします。」
「「なっ!」」
フォルトとロメリアが小さく声を上げて口を開けたままその場に立ち尽くした。
『嘘だろ・・・そんな事ってある?・・・無いよそんなの・・・』
フォルトがロメリアの方に視線を移すと、体を固まらせて受付の人の方を向いていた。受付の女性はロメリアの顔を見て少し引いていた。今のロメリアの表情はここからでは見えないが、彼女の様子からして中々な顔をしているに違いない。
「お客様・・・あの・・・大丈夫でしょうか・・・」
受付の人が声をかけると、ロメリアはゆっくりと振り返った。その顔を見たフォルトと後ろに並んでいた客が思わずひっと声を上げた。
ロメリアの顔はまるで犯された後の様に呆然としていて目には光が灯っておらず、口は小さく開いたままだった。フォルトはゆっくりと幽霊のようにふらふらとおぼつかない足取りをしているロメリアに声をかける。
「ロ、ロメリア?・・・大丈夫?」
「・・・」
ロメリアは一切の反応を示さない。完全に意識が吹き飛んでしまっている。
「じゃないよね・・・」
フォルトが溜息をついて項垂れていると、ロメリアはフォルトを無視して店の外へと出ていく。ロメリアの前にいた客達はそっとその場から離れて道を作った。
「ちょ、ちょっとロメリア!ふらふらと何処に行く気なのさぁ⁉」
フォルトがロメリアの後を追って宿を飛び出す。ロメリアは宿を出た先で呆然と空を見上げており、道行く人々が心配そうな目で見ていた。
フォルトはロメリアの手を握って声をかける。
「ロメリア!勝手にどっかに行かないでよ!」
「・・・ごめんね・・・」
ロメリアの感情の籠っていない声がフォルトの耳に入ってくる。
『残る宿は確かあと1つだったよな・・・何処だ・・・』
フォルトが周囲を見渡していると、ロメリアがある建物を指さしてフォルトに囁く。
「フォルト・・・へへへ・・・見つけたよ・・・宿ォ・・・運良いなぁ、私・・・ふふふ・・・」
「・・・」
フォルトが目の前で満室となりそのショックで精神に異常をきたしたロメリアを絶句しながら見ていると、ゆっくりと振り向いてフォルトの手を握る。ロメリアの手の握り方が少しぬるっとしていて気味が悪いと思った。
「・・・行こ・・・フォルト?」
「う・・・うん・・・」
ロメリアはゆっくりとフォルトの手を引いて残った宿へと向かう。
ロメリア達が宿の前に着いた時、宿の中から大勢の人達が荷物を持って出てきた。するとロメリアは変にテンションの上がった声でフォルトに話しかける。
「あはっ、見てフォルト?皆あんな大きな荷物をもって宿から出て来るよ?きっと、私達の為に部屋を開けてくれたんだよ・・・嬉しいなぁ・・・」
ロメリアは相変わらずの生気を失った顔に乾いた笑みを貼り付けて喜んでいるが、どう見てもそんな訳は無いとフォルトは内心思っていた。
『・・・満室になったっぽいね・・・』
フォルトの考え通り、中から女の人が出てきて満室という札を扉の前にかけた。
『・・・だよね。』
フォルトがロメリアの顔を見ると、無表情のままその札を見つめていた。
暫く黙って立っていた後に、ロメリアがフォルトに静かに話しかけた。
「あれ・・・満室?・・・ねぇ、フォルト?ドアにかけられてる札にさ・・・なんて書いてある?」
「・・・『満室』って赤文字で書いてあるよ。何度見ても変わらないと思う・・・」
フォルトがロメリアを横目で見ると、ロメリアは体を小刻みにプルプルと震わせていた。
「ふふふふ・・・」
「ロメリア?」
ロメリアは小さく笑い声をあげた後、両手で頭を抱え、叫んだ。周りを行き交う人達が驚いてロメリアを見る。
「あああああああああ!何処の宿にも泊まれなかったああああああ!どうしよう、フォルト!私達、今日泊まる所無いよっ⁉」
「どうしようって言われても・・・この宿と前の宿はもう満室で入れないし、最初の宿はお金が足りないし・・・」
「お金が・・・足りない・・・」
ロメリアは右手の人差し指を顎の下につけて考えると、はっと目を見開いた。
「そうだ!要らない物を売ればいいんだよ!」
「要らない物って・・・今の僕達必要なモノしか持ってないけど・・・」
フォルトの言葉を無視して、ロメリアが自分のバッグの中を漁る。
「えっと・・・何か・・・何か・・・あっ、私のパンツはどうかな?」
思わず口から吹き出してしまった。
「売れる訳ないよねっ⁉しかもそれ履いた事のあるやつでしょ⁉」
「でももしかしたら誰かが高額で買ってくれるかも・・・」
「ロメリアのパンツを高額で買うのは変態だけだって!却下!パンツ売るのは却下!というか、ロメリアそんなに下着とが服とか持ってないでしょ⁉」
「うう・・・でも早くお金を作らないと・・・宿に・・・」
ロメリアが小声で呟いていると、2人の横を2人の商人が通り過ぎていく。
「いやぁ、ついさっきこの街の手前にある宿も満室になっちまってなぁ・・・何処の宿ももう泊まれなくなっちまったんだよ・・・どうしようかな・・・」
「誰か知り合いとかいねえのか?」
「う~ん・・・いないことは無いが・・・取り合えず交渉してみるよ・・・はぁ・・・」
フォルトは歩き去っていく商人達の会話を盗み聞いた。
『どうやら最初に入った宿も満室になってるっぽいな。・・・もうこの街の宿には泊まれなくなったぞ・・・』
フォルトがロメリアの方に視線を移すと、ロメリアは深い溜息をついて虚ろな目で地面を見つめていた。
「フォルト・・・さっきの人達の会話聞いた?」
「うん・・・最初の宿ももう満室になってるっぽいね・・・」
「・・・」
「一番最初に2番目の宿を選んでおけばよかった・・・ごめんね、ロメリア。」
「ううん、仕方が無いよ・・・街に入って最初に目に付くのはあの宿だったんだもん・・・フォルトは悪くないよ。」
ロメリアは周囲を見渡し、フォルトの方を見て微笑んだ。
「・・・取り合えず、街の中を歩いてみようよ。もしかしたら旅人用の臨時宿があるかもしれないよ?」
「・・・そうだね。」
ロメリアとフォルトは人混みに呑まれながら街の中を歩き回った。ところが暫く歩き回っても臨時宿と思われる場所は見当たらず、ただ心身共に疲労が溜まっていくだけだった。
2人は歩き疲れ、道の端っこに捨てられている樽の上に座った。フォルトは頭を手の上に置いて考えこみ、ロメリアは空を仰ぎ見ていた。
『見つからなかった・・・こうなったら昨日泊まった宿にまで戻るか?でもここから1時間はかかる・・・』
フォルトはふと自分の財布を取り出して所持金を再確認する。この金があれば今日の食事には困らないし、昨日泊まった宿にも泊まれる・・・が、この瞬間フォルトはもう1つ別の問題が浮かんできた。
『寝る所もだけど・・・お金も無いよな?・・・例え泊まる所を見つけても明日以降はどうする・・・何処かでお金を稼ぐにしてもそんな都合よく雇ってくれる所なんてあるか?ん~・・・』
フォルトが頭を抱えていると、ロメリアがフォルトの肩を2回叩いた。フォルトは頭を抱えたまま振り向かないでロメリアに返事をする。
「どうしたの?」
「フォルト・・・あそこの家に貼られている貼り紙ちょっと見てよ・・・」
「貼り紙?」
フォルトはロメリアが指さしている方に視線を移すと、その先には最近貼られた形跡がある紙があった。
『緊急募集・・・本日限りで構いませんので配膳業の手伝いを募集しております。スキル等は問いません。手を貸して頂ける方はこちらのドアから中にお入りください。お手伝いして下さった方には金一封とその他サービスを提供いたします。』
フォルトはその貼り紙を眺め見ると、樽から飛び降りた。
『金一封とその他サービス・・・もしかしたら寝る所を提供してくれるかもしれない!』
ロメリアも樽から降りると、フォルトに話しかける。
「フォルト!あそこのお店の手伝いしないっ⁉お金も貰えるし、もしかしたら泊まる所も確保できるかもだよ⁉」
「だね!僕もそう思ってた。」
フォルトとロメリアはその貼り紙が貼られているドアの前に立った。目の前にある家はあまり大きくは無かったが、大通りに面しているので飲食店としての立地はとても良く、何より建物全体が少しお洒落で昔からここで店を構えていそうな雰囲気を醸していた。
ロメリアがドアノブに手をかけてゆっくりとドアを開ける。カランカラン・・・とベルが鳴る音が店内に寂しく響き渡る。
「すみません~!どなたかいらっしゃいませんか~?」
ロメリアは店の中に声を響かせるが何も返事は帰ってこない。ロメリアとフォルトはそのまま店の中に入り、辺りを見渡す。
店の中は思った以上に広く、外見と同じくお洒落な造りとなっている。4人席が10、2人席が10、カウンターに12人座れる。店の中にはラベンダーの香りが心地よく漂っており、床も埃が全く見当たらず端までしっかりと清掃されていることが伺える。
「ロメリア・・・このお店、凄い綺麗だね。」
「うん。性別問わず、色んな人が来てくれそうだよね。」
2人が店内を見回していると、奥の方から1人の中年男性が現れた。
「・・・何か用でしょうか?」
少し覇気のない声を出す中年の男性にロメリアが返事をする。
「あの・・・私達この店の前に貼られてあった貼り紙を見た者でして・・・配膳のお手伝いをさせていただけないかと・・・」
「貴女方2人が?・・・おおっ、それは助かる!実は誰も来ないから今日はもう営業するのはやめようかなと思っていた所なんです!いやぁ~本当に助かりました!さぁさぁ、こちらにお座りください!」
その中年男性はロメリア達を手招きしてある4人席の椅子を2つ下げた。ロメリアとフォルトがその椅子に座ると、その中年男性が2人と向かい合うように席に座った。
中年男性が自己紹介を始める。
「申し遅れました。私、この店『ローゼンフレッシュ』のオーナー兼料理長を務めております『ジョージ・カトラス』と申します。この度はどうかよろしくお願いします。」
ジョージはロメリア達に深々と頭を下げる。ロメリア達も併せてお辞儀をする。
カーテンの隙間から陽光が薄暗い店の中に温かく入り込んできていた。
「1泊2人で4000カーツっ⁉帝都の庶民街でも同じ条件で1000カーツだったのに⁉」
ロメリアが宿の受付に両手を叩きつけ、受付の女性に迫った。女性は体を縮こませてロメリアに少し怯える。
「はい・・・そうなりま・・・す。」
「一番安い部屋で、朝食・夕食の2食抜きでその値段っ⁉嘘だよねっ⁉」
「嘘では・・・ございません・・・当宿では・・・祭りの期間中は・・・このような価格としております・・・」
ロメリアは両手をゆっくりと受付から離すと、財布を取り出して中にある残高を確認する。財布の残高を確認した時、ロメリアはその場に立ち尽くした。
「ロメリア・・・今、いくら持っているの?」
フォルトがロメリアの両手に包まれるように握られている財布を覗くと、札入れには一枚も入っておらず、小銭入れには僅かに銀貨が入っているだけだった。
「・・・550カーツ・・・」
ロメリアは初め90000カーツも持っていたが、フォルトに服や下着、財布、靴を買ったり、食事代や宿代を全部出してくれていた為、一瞬で溶けてしまったのだ。特にその中でもロメリアの下着が予想以上に高額であり、それだけで10000カーツも吹き飛んでしまっていた。
フォルトは自分の財布を覗いてみると、2000カーツしか入っていなかった。旅の途中でフォルトがロメリアに食べ物を奢ったりしたことにより、僅かな所持金も減ってしまっていた。
『合わせて2550カーツ・・・全然足りないよ・・・』
フォルトがロメリアの顔を見ると、ロメリアは小さく溜息をついて受付の人に声をかけた。
「・・・この辺りに、まだ他の宿はありますか?」
「この街にはまだ2つ宿がございますが・・・恐らく何処の宿も値を上げていると思われます。それに人数の関係もありますので空いている部屋があるのかどうか・・・」
受付の人がロメリアに恐る恐る話しかける。ロメリアは静かに財布をバッグの中に直すと受付の人を見た。
「分かりました・・・お騒がせしてごめんなさい・・・フォルト、行こ?」
ロメリアは軽く顔を下げると、フォルトに一声かけて落ち込んだ足取りで宿の外へと出ていった。フォルトは受付の人に急いでお辞儀をすると、ロメリアの後を追って外に出る。
外に出た瞬間、今のロメリアの心とは真逆の元気のよい喧騒が周囲を飛び回っていた。
ロメリアがゆっくりと周囲を見渡すと奥に別の宿屋を見つけた。
「フォルト・・・他の宿・・・見つけたよ・・・行こ?」
「う、うん・・・」
まるで消えてしまいそうな程微かな声でフォルトに声をかけたので、フォルトはどういう反応したらいいのか分からず、小さく頷くだけだった。ロメリアがやや虚ろな目でその宿の方へと歩いていくのでフォルトはしっかりと手を握って離れないようにする。
人混みをかき分けて宿の中に入ると、受付の前には少し行列が出来ていた。
フォルトが受付の上に大きく書かれてある宿泊料金を見ると、ロメリアに声をかけた。
「ロメリア、見て!2人1泊、一番安い部屋かつ、サービス抜きで2000カーツ!僕の所持金で泊まれるよ!」
ロメリアの目に少し光が灯った。その目でフォルトを見る。
「フォルト・・・いいの?」
「勿論。ロメリアは僕の為に服とか沢山買ってくれたんだから、このぐらいしないと・・・というかこのぐらいしかできないから・・・」
「フォルトォ・・・大好きだよぉ・・・」
ロメリアは涙声でそう言うとフォルトを抱きしめる。周囲の視線がフォルト達の方を向いているのを察知したフォルトは慌ててロメリアから離れようとする。
「ロメリアっ、こんな所で抱き着かないでよっ!恥ずかしいよ!」
「いいじゃん・・・姉弟だからいいじゃん・・・」
「良くないって!ほらっ、前に進んだよっ!」
フォルトは何とかロメリアを引き離して前に進む。並んでいる人達が次々にチェックインしていく中、ついに目の前の人がチェックインを始めた。
フォルトとロメリアは少し胸を撫で下ろす。
「良かったね、ロメリア。何とか宿が取れそうで。」
「全くだよ!本当、フォルトには今回お世話になるね!今度からお金の管理はしっかりするよ!」
フォルトとロメリアは互いに微笑みあいながら談笑する。そうしている間に目の前の男性がチェックインを済ませて、その場から去った。
「じゃあ、フォルト。チェックインしてくるね!」
「うん!」
ロメリアが笑顔で受付へと向かった・・・その時だった。
急に受付に座っている女性が立ち上がってロメリア達含む、並んでいる人達に大声で呼びかけた。
「大変申し訳ありませんが当宿の部屋は只今をもって満室となりました!恐縮ではございますが他の宿を当たって頂きますようお願いします。」
「「なっ!」」
フォルトとロメリアが小さく声を上げて口を開けたままその場に立ち尽くした。
『嘘だろ・・・そんな事ってある?・・・無いよそんなの・・・』
フォルトがロメリアの方に視線を移すと、体を固まらせて受付の人の方を向いていた。受付の女性はロメリアの顔を見て少し引いていた。今のロメリアの表情はここからでは見えないが、彼女の様子からして中々な顔をしているに違いない。
「お客様・・・あの・・・大丈夫でしょうか・・・」
受付の人が声をかけると、ロメリアはゆっくりと振り返った。その顔を見たフォルトと後ろに並んでいた客が思わずひっと声を上げた。
ロメリアの顔はまるで犯された後の様に呆然としていて目には光が灯っておらず、口は小さく開いたままだった。フォルトはゆっくりと幽霊のようにふらふらとおぼつかない足取りをしているロメリアに声をかける。
「ロ、ロメリア?・・・大丈夫?」
「・・・」
ロメリアは一切の反応を示さない。完全に意識が吹き飛んでしまっている。
「じゃないよね・・・」
フォルトが溜息をついて項垂れていると、ロメリアはフォルトを無視して店の外へと出ていく。ロメリアの前にいた客達はそっとその場から離れて道を作った。
「ちょ、ちょっとロメリア!ふらふらと何処に行く気なのさぁ⁉」
フォルトがロメリアの後を追って宿を飛び出す。ロメリアは宿を出た先で呆然と空を見上げており、道行く人々が心配そうな目で見ていた。
フォルトはロメリアの手を握って声をかける。
「ロメリア!勝手にどっかに行かないでよ!」
「・・・ごめんね・・・」
ロメリアの感情の籠っていない声がフォルトの耳に入ってくる。
『残る宿は確かあと1つだったよな・・・何処だ・・・』
フォルトが周囲を見渡していると、ロメリアがある建物を指さしてフォルトに囁く。
「フォルト・・・へへへ・・・見つけたよ・・・宿ォ・・・運良いなぁ、私・・・ふふふ・・・」
「・・・」
フォルトが目の前で満室となりそのショックで精神に異常をきたしたロメリアを絶句しながら見ていると、ゆっくりと振り向いてフォルトの手を握る。ロメリアの手の握り方が少しぬるっとしていて気味が悪いと思った。
「・・・行こ・・・フォルト?」
「う・・・うん・・・」
ロメリアはゆっくりとフォルトの手を引いて残った宿へと向かう。
ロメリア達が宿の前に着いた時、宿の中から大勢の人達が荷物を持って出てきた。するとロメリアは変にテンションの上がった声でフォルトに話しかける。
「あはっ、見てフォルト?皆あんな大きな荷物をもって宿から出て来るよ?きっと、私達の為に部屋を開けてくれたんだよ・・・嬉しいなぁ・・・」
ロメリアは相変わらずの生気を失った顔に乾いた笑みを貼り付けて喜んでいるが、どう見てもそんな訳は無いとフォルトは内心思っていた。
『・・・満室になったっぽいね・・・』
フォルトの考え通り、中から女の人が出てきて満室という札を扉の前にかけた。
『・・・だよね。』
フォルトがロメリアの顔を見ると、無表情のままその札を見つめていた。
暫く黙って立っていた後に、ロメリアがフォルトに静かに話しかけた。
「あれ・・・満室?・・・ねぇ、フォルト?ドアにかけられてる札にさ・・・なんて書いてある?」
「・・・『満室』って赤文字で書いてあるよ。何度見ても変わらないと思う・・・」
フォルトがロメリアを横目で見ると、ロメリアは体を小刻みにプルプルと震わせていた。
「ふふふふ・・・」
「ロメリア?」
ロメリアは小さく笑い声をあげた後、両手で頭を抱え、叫んだ。周りを行き交う人達が驚いてロメリアを見る。
「あああああああああ!何処の宿にも泊まれなかったああああああ!どうしよう、フォルト!私達、今日泊まる所無いよっ⁉」
「どうしようって言われても・・・この宿と前の宿はもう満室で入れないし、最初の宿はお金が足りないし・・・」
「お金が・・・足りない・・・」
ロメリアは右手の人差し指を顎の下につけて考えると、はっと目を見開いた。
「そうだ!要らない物を売ればいいんだよ!」
「要らない物って・・・今の僕達必要なモノしか持ってないけど・・・」
フォルトの言葉を無視して、ロメリアが自分のバッグの中を漁る。
「えっと・・・何か・・・何か・・・あっ、私のパンツはどうかな?」
思わず口から吹き出してしまった。
「売れる訳ないよねっ⁉しかもそれ履いた事のあるやつでしょ⁉」
「でももしかしたら誰かが高額で買ってくれるかも・・・」
「ロメリアのパンツを高額で買うのは変態だけだって!却下!パンツ売るのは却下!というか、ロメリアそんなに下着とが服とか持ってないでしょ⁉」
「うう・・・でも早くお金を作らないと・・・宿に・・・」
ロメリアが小声で呟いていると、2人の横を2人の商人が通り過ぎていく。
「いやぁ、ついさっきこの街の手前にある宿も満室になっちまってなぁ・・・何処の宿ももう泊まれなくなっちまったんだよ・・・どうしようかな・・・」
「誰か知り合いとかいねえのか?」
「う~ん・・・いないことは無いが・・・取り合えず交渉してみるよ・・・はぁ・・・」
フォルトは歩き去っていく商人達の会話を盗み聞いた。
『どうやら最初に入った宿も満室になってるっぽいな。・・・もうこの街の宿には泊まれなくなったぞ・・・』
フォルトがロメリアの方に視線を移すと、ロメリアは深い溜息をついて虚ろな目で地面を見つめていた。
「フォルト・・・さっきの人達の会話聞いた?」
「うん・・・最初の宿ももう満室になってるっぽいね・・・」
「・・・」
「一番最初に2番目の宿を選んでおけばよかった・・・ごめんね、ロメリア。」
「ううん、仕方が無いよ・・・街に入って最初に目に付くのはあの宿だったんだもん・・・フォルトは悪くないよ。」
ロメリアは周囲を見渡し、フォルトの方を見て微笑んだ。
「・・・取り合えず、街の中を歩いてみようよ。もしかしたら旅人用の臨時宿があるかもしれないよ?」
「・・・そうだね。」
ロメリアとフォルトは人混みに呑まれながら街の中を歩き回った。ところが暫く歩き回っても臨時宿と思われる場所は見当たらず、ただ心身共に疲労が溜まっていくだけだった。
2人は歩き疲れ、道の端っこに捨てられている樽の上に座った。フォルトは頭を手の上に置いて考えこみ、ロメリアは空を仰ぎ見ていた。
『見つからなかった・・・こうなったら昨日泊まった宿にまで戻るか?でもここから1時間はかかる・・・』
フォルトはふと自分の財布を取り出して所持金を再確認する。この金があれば今日の食事には困らないし、昨日泊まった宿にも泊まれる・・・が、この瞬間フォルトはもう1つ別の問題が浮かんできた。
『寝る所もだけど・・・お金も無いよな?・・・例え泊まる所を見つけても明日以降はどうする・・・何処かでお金を稼ぐにしてもそんな都合よく雇ってくれる所なんてあるか?ん~・・・』
フォルトが頭を抱えていると、ロメリアがフォルトの肩を2回叩いた。フォルトは頭を抱えたまま振り向かないでロメリアに返事をする。
「どうしたの?」
「フォルト・・・あそこの家に貼られている貼り紙ちょっと見てよ・・・」
「貼り紙?」
フォルトはロメリアが指さしている方に視線を移すと、その先には最近貼られた形跡がある紙があった。
『緊急募集・・・本日限りで構いませんので配膳業の手伝いを募集しております。スキル等は問いません。手を貸して頂ける方はこちらのドアから中にお入りください。お手伝いして下さった方には金一封とその他サービスを提供いたします。』
フォルトはその貼り紙を眺め見ると、樽から飛び降りた。
『金一封とその他サービス・・・もしかしたら寝る所を提供してくれるかもしれない!』
ロメリアも樽から降りると、フォルトに話しかける。
「フォルト!あそこのお店の手伝いしないっ⁉お金も貰えるし、もしかしたら泊まる所も確保できるかもだよ⁉」
「だね!僕もそう思ってた。」
フォルトとロメリアはその貼り紙が貼られているドアの前に立った。目の前にある家はあまり大きくは無かったが、大通りに面しているので飲食店としての立地はとても良く、何より建物全体が少しお洒落で昔からここで店を構えていそうな雰囲気を醸していた。
ロメリアがドアノブに手をかけてゆっくりとドアを開ける。カランカラン・・・とベルが鳴る音が店内に寂しく響き渡る。
「すみません~!どなたかいらっしゃいませんか~?」
ロメリアは店の中に声を響かせるが何も返事は帰ってこない。ロメリアとフォルトはそのまま店の中に入り、辺りを見渡す。
店の中は思った以上に広く、外見と同じくお洒落な造りとなっている。4人席が10、2人席が10、カウンターに12人座れる。店の中にはラベンダーの香りが心地よく漂っており、床も埃が全く見当たらず端までしっかりと清掃されていることが伺える。
「ロメリア・・・このお店、凄い綺麗だね。」
「うん。性別問わず、色んな人が来てくれそうだよね。」
2人が店内を見回していると、奥の方から1人の中年男性が現れた。
「・・・何か用でしょうか?」
少し覇気のない声を出す中年の男性にロメリアが返事をする。
「あの・・・私達この店の前に貼られてあった貼り紙を見た者でして・・・配膳のお手伝いをさせていただけないかと・・・」
「貴女方2人が?・・・おおっ、それは助かる!実は誰も来ないから今日はもう営業するのはやめようかなと思っていた所なんです!いやぁ~本当に助かりました!さぁさぁ、こちらにお座りください!」
その中年男性はロメリア達を手招きしてある4人席の椅子を2つ下げた。ロメリアとフォルトがその椅子に座ると、その中年男性が2人と向かい合うように席に座った。
中年男性が自己紹介を始める。
「申し遅れました。私、この店『ローゼンフレッシュ』のオーナー兼料理長を務めております『ジョージ・カトラス』と申します。この度はどうかよろしくお願いします。」
ジョージはロメリア達に深々と頭を下げる。ロメリア達も併せてお辞儀をする。
カーテンの隙間から陽光が薄暗い店の中に温かく入り込んできていた。
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[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
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