最強暗殺者の末裔と王族の勘当娘 ~偶々出会った2人は新たな家族として世界を放浪します~

黄昏詩人

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~帝国編 第2章~

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[~末裔~]

 「お主・・・変わった『気配』を纏っておるな?」

 少し前・・・スラム街を放浪していると薄汚れた白髪の老婆が話しかけてきたことがあった。老婆はどうやらそこで胡散臭い占い業を営んでいるようで、老婆の目の前にある机にはこの穢れたスラム街に似合わない程透明に輝いている水晶玉があった。

 フォルトが立ち止まって老婆の方を見ると、水晶に手をかざしてヒッヒッヒ・・・と黒く汚れた隙間だらけの歯を見せつけてきた。

 「・・・俺のことですか?」

 「勿論じゃ。お主以外にこの辺りには人はおるまい?」

 確かに、俺が老婆の方に振り返ったのも自身の周囲には人は見当たらず、気配すら感じ取れなかったからだ。老婆は俺を手招く。

 「おい、坊主・・・少し確かめてはみんか?・・・お主の体に流れておる『血』を?」

 ・・・くだらない。俺は占いや呪いに関しては全く信用していないんだけど?

 フォルトは木箱に座り込んでいる老婆を見下ろすように溜息をつくと誘いを断った。

 「・・・すいませんがその手の話に俺興味ないんで・・・失礼させて頂きます。」

 老婆が少し不服そうにフォルトを睨みつける。・・・こういう占いや宗教の勧誘は中々引いてくれないから困ったものだ。

 フォルトは老婆に質問を投げかけた。それはこれまでこのような『ウザったらしい勧誘』を断るのに使っていた手段だった。

 「お婆さん・・・占い師なんですよね?」

 「そうじゃよ・・・ここでひっそりと他人の人生を覗いておる・・・」

 「過去や未来を見ることは?占い師ならその程度は出来ると聞いていますが・・・」

 「・・・残念ながら、儂は余り未来を見るのが得意では無くてな・・・過去しかみれんのじゃ・・・」

 ほぅら、一気に胡散臭くなった。

 「でも過去は見れるんですよね?」

 「うむ。お主が過去に何をやってきたかははっきりと分かるぞ・・・」
 
 フォルトはその言葉を聞いて頬を薄っすらと釣り上げた。

 「じゃあ、お婆さん。僕の『3か月と17日前』の昼の12時から14時までの行動を説明して見て下さい。過去が見れるのならその時俺が何をしたのか・・・言えますよね?」

 俺の言葉に老婆は黙って水晶に手をかざし、じっと水晶を眺め始める。先程とはまるで別人のように鋭い目をしていた。

 「もし当てられたら貴女に確かめさせて上げますよ?俺の血についてね。」

 フォルトの言葉を無視するように老婆の目は水晶に夢中だった。フォルトは心の中でどうせこの仕草も占っているフリなんだろうと思っていた。

 フォルトは記憶力が非常に良かった。身の回りで起こった出来事は大抵把握しているし、3年前の出来事の細部まで昨日の様に正確に思い出せた。彼の周りには記憶を記録するためのペンや紙などの媒体があまりなかったので、あらゆる情報を保存する為のスキルとして独自に習得したものだった。

 そして嫌な記憶も直ぐに忘れ去ることが出来た・・・自分の好きな記憶、情報だけを大切に保管することが出来たのだ。人間の脳の容量には限界があるから・・・嫌な記憶があることで自分の心が傷ついていくから・・・自己防衛の手段としても大変重要なものだった。

 少ししてから老婆は水晶から手を離し、フォルトに再び汚らしい歯を見せつけてニィ・・・と微笑む。・・・さて、どんな妄言が出るのかな?

 「・・・12時頃から偶々自分の近くにいた女の子が大切に持っていた人形を縫っておったな?」

 「⁉」

 「しかもそれより1時間前に自分が大切に貯めていた金を崩してまで裁縫道具を買っておったな?その女の子の人形を直す為に・・・」

 『・・・うっ⁉』

 「そして13時頃に人形を綺麗に縫い終えると、その子に裁縫を14時まで教えておったな?その後は裁縫道具一式を全てその子に渡し、その場から立ち去った・・・因みに、お主が裁縫の知識を覚えたのは今日から2年と4日前じゃな?」

 『・・・何でっ⁉何で分かるんだ⁉』

 フォルトは思わず身構えて老婆を見つめる。フォルトの頬から冷や汗がツゥゥゥ・・・と流れ落ちる。

 老婆は声をあげて笑いながらさらに言葉を続けた。

 「もっと見えるぞ?そもそもなぜその女の子の人形が破れたのか・・・それは人身売買の業者がその子を連れ去ろうとしておったからじゃな?」

 「・・・」

 「そしてお主は連れて行かれそうになった彼女を助けた。その時の理由は・・・目の前で助けを求められたから、じゃな?お主の過去を見ていたら例え赤の他人であっても助けを求められたら断れん性格のようじゃのう?・・・じゃがそんな親切なお前さんでも『殺人』、『放火』、『薬物の取引又は使用』といった裏事には今まで一切手を出していないそうじゃな?お前さんが受けるのは家の修理や迷子探し、家事手伝いといった事か・・・随分と真面目なんじゃな?・・・偶に盗みを働くことがあるそうじゃが・・・まあ、それも全て食料品・・・それ以外は今まで盗んでおらんな。」

 フォルトは手を強く握りしめる。まるで法廷で裁判官に罪状を告白されている様な感じだ。

 「話を少し変えるぞ・・・女の子から助けを求められたお主は連れて行こうとしたマフィアの男・・・それも大人4人を素手で制圧した。・・・僅か10秒足らずで。」

 「・・・」

 「2人は奴らが捉えきれぬほどの速さで速攻後ろに回り込み項に手刀を当てて卒倒させ、1人には顎を思いっきり蹴り上げ気絶させた・・・最後に残った男には太腿で男の頭を挟み込んで自身の体重と体を回転させた勢いで相手の重心を崩し転倒させた後に、眉間に一切の躊躇をすることなく全力で肘を落として気絶させたな?・・・まだ12歳なのに強いのう、お主?」

 「・・・」

 老婆の表情から笑顔が消え、フォルトを見つめる。まるで心の中を見透かされるような感じを覚えたフォルトは少し体が震え、心が乱れ始めた。

 「どうじゃ?これでも不満か?」

 「・・・」

 「もし不満ならばもっとお前さんの過去を言ってあげようか?」

 「・・・いや、もういいです。」

 フォルトは老婆をやや細めで見つめる。

 「貴女・・・俺をつけてました?」

 「いいや・・・お主を見たのは今日が初めてじゃ。・・・お主は儂が子供をずっと追いかけるような婆に見えるのかのう?」

 フォルトは口を閉じる。この年寄りの言う通り、老婆と会ったのは今日が初めてだ・・・この老婆の気配は今まで感じ取ったことが無かったから。

 フォルトは老婆に近づく。

 「分かりました。・・・如何やらお婆さんは本当に過去が見えるようですね?」

 「ヒッヒッヒ・・・ようやく信じて貰えたわい。」

 老婆は嬉しそうに微笑む。

 「では約束通り、お主の血を見せておくれ?・・・この水晶に手をかざすが良い。」

 フォルトは老婆の言われた通りに透明に透き通った水晶に手をかざす。水晶から仄かにひんやりとした冷たい感覚が触れてもいないのに伝わってきた。

 老婆が目を輝かせながら水晶を覗き込んでいる間、フォルトはその間日が暮れて薄暗くなった空を仰ぎ見る。薄らと星々の瞬きが見えるようになってきていた。

 フォルトは溜息をつく。

 「・・・まさか、本当に過去を言い当てられるなんて・・・このお婆さん・・・一体何者なんだ?」

 フォルトが乱れた心を落ち着かせようとゆっくりと瞳を閉じた。

 その時だった。

 ガタッ!

 急な物音にフォルトは目を開いて老婆の方を見ると、老婆が驚きの形相で目を見開いたまま椅子を後ろに下げて壁に背をつけていた。老婆の呼吸が乱れる。

 「あの・・・大丈夫ですか?」

 フォルトが水晶から手を離し、老婆に声をかけると老婆は震えた声で返事をした。

 「まさか・・・変わった気配をしているとは思ってはいたが・・・これほどとは・・・」

 「あの・・・何が分かったんですか?」

 動揺を隠せないでいる老婆に話しかけると、老婆はフォルトを大きな目で見つめてきた。フォルトは少しあの老婆の気迫に思わず身を引いた。

 「お主・・・お主の体には・・・400年前に世界中に名を轟かせた最強の暗殺者・・・『ジャッカル』の血が流れておる・・・お主は・・・伝説的アサシンの『ジャッカル』の子孫なんじゃよ!」

 老婆は一気に立ち上がると机から身を乗り出してフォルトの右手を両手で握りしめた。

 「おお・・・まさかあのお方の子孫が生きておられたとは・・・」

 老婆の態度に困惑し、フォルトは顔を引きつった。

 『このお婆さん・・・何て言った?・・・俺が・・・『ジャッカル』の子孫?・・・あの暗殺者の?』

 フォルトはその老婆が言った『ジャッカル』という暗殺者についての知っている事を頭の中で思い出した。

 『ジャッカル』・・・今から400年前に世界中で活躍した超凄腕の暗殺者で、何処の組織にも属することなく、フリーで活動していたそうだ。一応暗殺者登録名簿にはしっかりと名前が記されていたことから、アサシンとしての登録はしていたようだ。

 彼は世界中を転々としていた為に住所が無く、何処に住んでいるのかも分かっていない。彼の足跡を追っても誰も彼の下へと到達することは出来なかったそうだ。

 さらに彼は決まって『何か』に苦しめられている人々の元に急に表れては僅かな金額を受け取ると、その者を苦しめていたモノを取り除いていたそうだ。友人・権力者・体制・・・ありとあらゆるモノは彼の手にかかれば一夜にして砂の様に滅びていったそうだ。中には一夜にして国を滅ぼしたという逸話もある・・・それも幾つも。フォルトがいるこの帝都も一度襲撃され、一夜にして以前この帝都を支配していた一族は皆殺された。その後、帝都は別の貴族が引き継いだという事になっている。

 彼は『英雄』と『偽善者気取り』の2つの名を呼ばれていた。『英雄』と言っているのは身分が低い者達、『偽善者気取り』と言っているのは高貴な身分の者達である。まあ、彼らの境遇を見てみればそう言われてしまうのも仕方のない事だとは思う。

 しかし彼はある日を境に忽然と姿を消した・・・誰にも告げる事無く。以降の消息は一切不明・・・子孫がいるのかもどうか分かっていない。そして400年たった今ではそもそもそんな人がいたのかという存在自体に疑問を抱く者まで出てきている始末である。

 そして今、目の前にいる老婆は自分がその『ジャッカル』の末裔だと言っているのだ。

 ・・・そんなこと言って、本当に信じると思ってんのか?

 「・・・ふふっ・・・はははは・・・」

 フォルトが体を少し震わせながら薄っすらと笑うと、老婆も頬を上げて微笑みながら話しかけてきた。

 「どうしたんじゃ?自分の血に最強の暗殺者の血が流れておって嬉しいのか?」

 「いや・・・違うんです・・・これは・・・」

 フォルトはそう言うと顔から笑みを消して真顔になると、老婆を睨みつけた。

 「お婆さんがとんでもないペテン師だってことが分かって呆れていたんです。」

 老婆がフォルトの予想外の反応に狼狽え始める。

 「な、何を言い出すんじゃ・・・お主は本当に・・・」

 「『ジャッカル』の子孫だって?冗談を言わないで下さいよ。俺はこの貧困街に住んでいる餓鬼で父親は大した価値のないモノを盗んで殺され、母親は売春婦で俺が3歳の時に病気にかかって死にました。そんな2人の間から生まれたんですよ?その僕が?あの伝説のアサシンの子孫?・・・絶対に嘘だ。」
 
 フォルトは老婆の手を無理やり振りほどく。

 「俺の過去の話を知っているのも情報屋から買ったんでしょ?彼ら、どうでもいい情報まで持っていますからね。それで俺をひっかけて占い料を俺から取ろうとしていたんでしょう?」

 「ち、違・・・」

 「もういいです。ペテン師の戯言に時間と金をこれ以上掛けられたくは無いので、失礼します。」

 フォルトはそう言って、老婆から立ち去って行った。薄暗い路地に残された老婆は少し暗い顔をして木箱に座り込む。

 「坊主・・・お主は本当に・・・『ジャッカル』の子孫なんじゃよ・・・」

 老婆はフォルトが自分の言葉を信じてくれなかったことに落ち込んでいると、水晶が白く輝きだした。

 「な・・・何じゃ?」

 老婆が水晶に顔を近づけると、そこにはフォルトと『ある女性』が映っていた。その女性を見た老婆は驚きで目を大きく見開いた。

 「この人は・・・帝王の娘の・・・ロメリア様⁉何故彼女の傍にさっきの子がおるんじゃ⁉」

 水晶に映し出される映像はどんどん変わっていき、老婆はその映像に釘付けになる。水晶が再び透明になった時、老婆はフォルトが去っていった方を見つめた。

 「坊主・・・お主は彼女と・・・」

 老婆は独り言を呟いた。

 陽は既に沈み暗闇に身を潜ませた路地裏には、薄暗い蝋燭の火が一本灯っているのが確認できるだけだった。
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