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~魔皇会議編 第4話~
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[訓練開始]
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・六月___ゲオルグラディア大陸北部・魔王城・訓練場
「ん・・・」
グラズウィンは目が覚めると、体をゆっくりと起こした。辺りを見渡すと、自分が魔王城のすぐ横にある訓練場のど真ん中にいることに気が付いた。デュンケルハイトに殴られたことを思い出して腹部を確認するが、痣一つ残っていない。勿論痛みも全く感じない。
「目が覚めたようですね、グラズウィン様。腹部の傷は綺麗に治しておきましたよ。」
グラズウィンが顔を上げると、そこにはデュンケルハイトの姿があった。グラズウィンは後ろへ下がりながら、ゆっくり立ち上がった。
「よくも・・・僕の腹を殴ってくれたな・・・」
「そのことは大変失礼なことをしたと思っております。申し訳ありませんでした。」
デュンケルハイトは頭を下げる。グラズウィンは恨めしそうな目で彼を睨み続ける。
「僕は許さないからな。父上が許した所で、お前は絶対に許さない。覚えておくんだな、僕が魔王になった暁にはお前とお前の一族は全員処刑してやるからな。女子供も全員、一人も残すものか。」
「・・・覚えておきます。」
「覚えておきますじゃねぇよ!覚えとくんだよ、馬鹿が!お前ヴェアウルフ族だろ?犬程度の知性しかない分際で偉そうな口をほざくな!」
グラズウィンが罵詈雑言を浴びせる。しかしデュンケルハイトは一切怖気づくことなく、顔を上げて彼を真っ直ぐ見つめる。何と言われようが一切表情を変えない彼にグラズウィンは恐怖を覚えた。
「言いたいことはそれだけですか?」
「・・・」
「それ以上無いようですので、早速訓練の方に入らせて頂きます。準備は宜しいですか?」
「・・・はっ、やる訳ねえだろ、馬鹿が。」
グラズウィンが転送魔術でその場から離脱しようとするが、足元に展開した魔術陣が一瞬で消えた。困惑する彼にデュンケルハイトが話しかける。
「無駄ですよ。貴方が逃走しないようこの訓練場を中心に半径二㎞の転送魔術を打ち消す防御魔術を展開させて頂いております。勿論、物理的に逃走できないよう結界も張らせて頂いております。」
「お前の許可無しには外へ出られないってか?・・・上等だ。いいよ、お前の訓練に参加してやってあげようじゃねえか。・・・何すんだよ、早く言えよ。」
グラズウィンがやたら高圧的に訓練について尋ねると、彼は少し離れた所にいたヴィオラを呼んだ。ヴィオラはおどおどしながらデュンケルハイトの傍にやって来た。グラズウィンが目を細めていかにも弱そうな彼女を見ていると、彼が返事をする。
「まず貴方の正確な実力を図るために私ではなく、妹と戦って頂きます。」
「はぁ?お前・・・マジでコケにするのも大概にしろよ?こんなメスガキを相手にさせるってのか?」
「はい、そうです。あと私の妹は『メスガキ』という名前ではありません。ヴィオラというちゃんとした名前があるので、そちらで呼んで下さい。」
「知らねえよ。メスガキで十分だろうが。」
グラズウィンは変わらないふてぶてしい態度でヴィオラを見ながら吐き捨てる。ヴィオラが悪口を言われて涙目になっていると、デュンケルハイトが優しく背中を摩る。
「ではもし妹と戦い、貴方が勝てば妹の事をメスガキと言っても構いません。しかし負ければ、金輪際ちゃんとした名前で言うようにお願いしますね。いいですか?」
「・・・」
「まさか・・・ビビってますか?前私にその条件で負けた事、思い出してしまいましたか?」
「ッ___なめんじゃねぇよ!いいよ、分かったよ!やってやるよ、その条件で!」
「ありがとうございます。では早速やってもらいましょうか。」
デュンケルハイトはグラズウィンに不気味に朗らかな笑顔を向けた。一方ヴィオラは不安でいっぱいな顔をデュンケルハイトに向ける。
「お兄ちゃん・・・怖いよ・・・」
体を震わせながら恐々とするヴィオラにデュンケルハイトは耳元で囁いた。何を呟いたのか、グラズウィンには聞こえなかったがヴィオラはその言葉を聞いて、小さく頷いた。デュンケルハイトがヴィオラに向けって小さく頷いて肩を優しく叩くと、二人から距離を取った。
「では始め。お互い好きなタイミングで始めて貰って結構だ。」
デュンケルハイトがそう言うと、ヴィオラとグラズウィンは互いに見つめ合う。ヴィオラはガチガチと体を震わせながらお辞儀をした。
「よ・・・宜しくお願いします・・・」
「・・・ああ・・・」
『マジで何なんだこの雌狼・・・こんな状態で戦えんのか?』
あまりに狼狽しているヴィオラにグラズウィンでさえも困惑してしまっていた。そんな中、ヴィオラはゆっくりと正拳突きの構えを取る。腰を落とし、地にしっかりと脚をつけた構えだ。
「い・・・行きます・・・痛かったら・・・ごめんなさい・・・」
ヴィオラはそう言って静かに息を吸い込んだ。グラズウィンが彼女の攻撃に備え、魔術陣を展開し始めた___
その瞬間。
ドゴォンッ!
ヴィオラが勢いよく地面を蹴り、大地が抉れた。それと同時にヴィオラはグラズウィンの腹部___へその下ぐらいに腰の入った正拳突きを食らわせた。瞬きしてもいないのに気がつけば彼女は目の前にいた。見た目とは想像つかない程の速さだ。その速度で繰り出された正拳突きは例え木の枝のような細く白い綺麗な腕の少女でも相当な威力となった。内臓がかき回され、背骨を伝わり全身の骨が大きく軋むのを感じる。
「がはッ⁉」
グラズウィンは大きく吹き飛ばされ、木を五本薙ぎ倒した後に六本目の木にぶつかって止まった。内臓が悲鳴を上げているが、運が良かったのか潰れてはいない。その様子を見たヴィオラはやり過ぎてしまったと慌てふためいた。
「あわわわわ・・・ご・・・ごめんなさい・・・やりすぎちゃった・・・」
ヴィオラは慌てながらグラズウィンの方へ駆けよる。デュンケルハイトもグラズウィンの元へ駆け寄ると、声をかけた。
「大丈夫ですか?少し体を拝見しますね・・・」
デュンケルハイトがグラズウィンの腹部を摩ろうとした時、彼はその手を払いのけた。
「余計なお世話だ!あんなガキの正拳突きなんざ効かなッ・・・」
グラズウィンは立とうとしたが、猛烈な痛みが腹部と背中に走り、立ち上がることが出来なかった。歯を食いしばり、痛みに耐えている彼の元へヴィオラがやって来る。
「あの・・・少し・・・力み過ぎちゃいました・・・ご、ごめんなさい!」
「・・・」
「怒って・・・ますよね?」
「・・・別に怒ってねえからとっとと俺の目の前から消えろ。いいな?」
「・・・はい。」
ヴィオラは悲し気な表情になり、兄の後ろに隠れる。デュンケルハイトはその場から立ち上がり、彼を見下ろす。
「勝負はつきましたね。・・・先程交わした約束は覚えておりますよね?」
「ちっ、分かったよ。もうあんたの妹の事はメスガキって言わねえ。・・・これで良いんだろ。」
「はい。結構でございます。」
デュンケルハイトはそう答えると、じっとグラズウィンを見つめ続ける。グラズウィンはまだ痛む腹を抑えながら、顔を上げた。
「何だよ・・・まだ何か言いたいことでもあんのかよ?」
「・・・どうですか?そのざまでもまだ『天才』だと自称しますか?」
「・・・」
「確かに貴方には素晴らしい能力がある。現に貴方は三歳の頃に初めて魔術を用いることが出来、その僅か一年後には一部の魔族しか使えない上級魔術も使えるようになった。更にその一年後の五歳になる頃には地水火風の四大属性全てを操れるようになっていた。・・・誰もが貴方を『天才』だと言った。私もその話を聞いた時、そう思いました。」
デュンケルハイトはそう言って地面に膝をつけてしゃがみこむ。二人の視線の高さが同じになる。
「ですが貴方は『驕った』。自分だけが選ばれた者だと勘違いした貴方は『成長』を止めた。その間に、貴方以外の者が___才無き者達が懸命に努力を行っていたのにも関わらず。貴方は傲慢に身を任せ、堕落の道へ落ちていった。そしてその結果、今こうして惨めに地に座しているのです。」
「・・・」
「貴方の最も悪い所は他者を根拠無く見下ろすところです。妹と戦う時、『こいつ弱そうだな。何もしてないのにビビってるし、気も弱そうだし・・・』と思っていたことでしょう。その先入観のせいで、貴方は妹の攻撃に対処できず、敗北した。私の妹は気が弱くおどおどしがちですが、決して弱い訳ではありませんからね。」
彼がヴィオラの方に顔を向けて、彼女に微笑む。ヴィオラは兄に褒められて嬉しそうに静かに微笑み返した。グラズウィンは荒い鼻息を零しながら、彼に尋ねる。
「そう言えば戦う前、何か小声で言ってたな。・・・あれ、何て言ってたんだ。」
「ご心配なく、大したことではありませんから。___『初撃で決めろ。それで簡単に堕ちる。』・・・これだけです。」
「ははっ・・・確かに、その通りに終わっちまったな・・・」
グラズウィンが乾いた笑い声を発する。そして彼の目から『ぽつ・・・ぽつ・・・』と小さな涙が零れる。拳を強く握りしめ自身の太腿を叩く。
「畜生・・・畜生がッ・・・」
「グラズウィン様・・・」
デュンケルハイトは彼に何と言葉を駆ければいいかわからず、彼を見守るしかなかった。暫く静かに泣いた後、グラズウィンは目の周りを赤くしたまま、デュンケルハイトに話しかける。
「・・・あんた、僕を強く出来るか?」
「それはグラズウィン様の覚悟の強さによります。本気で強くなりたいと望み、あらゆる困難を乗り越える覚悟を持てば必ず貴方様を今よりも遥かに強くさせてみせましょう。」
デュンケルハイトははっきりと彼の目を見て答えた。この時、グラズウィンの目はさっきまでの無気力な目とは違い、凛とした意志というか覇気を宿しているのをひしひしと感じた。グラズウィンがゆっくりと立ち上がると、デュンケルハイトも立ち上がる。
「・・・頼む。僕を大会で優勝させろ。それまではあんたの与える訓練は何でもやってやる。」
「分かりました。覚悟が出来ているようで安心しました。」
デュンケルハイトはじっと睨みつける様に見つめてくるグラズウィンに微笑んだ。___それからグラズウィンの訓練が始まった。
グレゴルド王朝・第九紀・四十五年・六月___ゲオルグラディア大陸北部・魔王城・訓練場
「ん・・・」
グラズウィンは目が覚めると、体をゆっくりと起こした。辺りを見渡すと、自分が魔王城のすぐ横にある訓練場のど真ん中にいることに気が付いた。デュンケルハイトに殴られたことを思い出して腹部を確認するが、痣一つ残っていない。勿論痛みも全く感じない。
「目が覚めたようですね、グラズウィン様。腹部の傷は綺麗に治しておきましたよ。」
グラズウィンが顔を上げると、そこにはデュンケルハイトの姿があった。グラズウィンは後ろへ下がりながら、ゆっくり立ち上がった。
「よくも・・・僕の腹を殴ってくれたな・・・」
「そのことは大変失礼なことをしたと思っております。申し訳ありませんでした。」
デュンケルハイトは頭を下げる。グラズウィンは恨めしそうな目で彼を睨み続ける。
「僕は許さないからな。父上が許した所で、お前は絶対に許さない。覚えておくんだな、僕が魔王になった暁にはお前とお前の一族は全員処刑してやるからな。女子供も全員、一人も残すものか。」
「・・・覚えておきます。」
「覚えておきますじゃねぇよ!覚えとくんだよ、馬鹿が!お前ヴェアウルフ族だろ?犬程度の知性しかない分際で偉そうな口をほざくな!」
グラズウィンが罵詈雑言を浴びせる。しかしデュンケルハイトは一切怖気づくことなく、顔を上げて彼を真っ直ぐ見つめる。何と言われようが一切表情を変えない彼にグラズウィンは恐怖を覚えた。
「言いたいことはそれだけですか?」
「・・・」
「それ以上無いようですので、早速訓練の方に入らせて頂きます。準備は宜しいですか?」
「・・・はっ、やる訳ねえだろ、馬鹿が。」
グラズウィンが転送魔術でその場から離脱しようとするが、足元に展開した魔術陣が一瞬で消えた。困惑する彼にデュンケルハイトが話しかける。
「無駄ですよ。貴方が逃走しないようこの訓練場を中心に半径二㎞の転送魔術を打ち消す防御魔術を展開させて頂いております。勿論、物理的に逃走できないよう結界も張らせて頂いております。」
「お前の許可無しには外へ出られないってか?・・・上等だ。いいよ、お前の訓練に参加してやってあげようじゃねえか。・・・何すんだよ、早く言えよ。」
グラズウィンがやたら高圧的に訓練について尋ねると、彼は少し離れた所にいたヴィオラを呼んだ。ヴィオラはおどおどしながらデュンケルハイトの傍にやって来た。グラズウィンが目を細めていかにも弱そうな彼女を見ていると、彼が返事をする。
「まず貴方の正確な実力を図るために私ではなく、妹と戦って頂きます。」
「はぁ?お前・・・マジでコケにするのも大概にしろよ?こんなメスガキを相手にさせるってのか?」
「はい、そうです。あと私の妹は『メスガキ』という名前ではありません。ヴィオラというちゃんとした名前があるので、そちらで呼んで下さい。」
「知らねえよ。メスガキで十分だろうが。」
グラズウィンは変わらないふてぶてしい態度でヴィオラを見ながら吐き捨てる。ヴィオラが悪口を言われて涙目になっていると、デュンケルハイトが優しく背中を摩る。
「ではもし妹と戦い、貴方が勝てば妹の事をメスガキと言っても構いません。しかし負ければ、金輪際ちゃんとした名前で言うようにお願いしますね。いいですか?」
「・・・」
「まさか・・・ビビってますか?前私にその条件で負けた事、思い出してしまいましたか?」
「ッ___なめんじゃねぇよ!いいよ、分かったよ!やってやるよ、その条件で!」
「ありがとうございます。では早速やってもらいましょうか。」
デュンケルハイトはグラズウィンに不気味に朗らかな笑顔を向けた。一方ヴィオラは不安でいっぱいな顔をデュンケルハイトに向ける。
「お兄ちゃん・・・怖いよ・・・」
体を震わせながら恐々とするヴィオラにデュンケルハイトは耳元で囁いた。何を呟いたのか、グラズウィンには聞こえなかったがヴィオラはその言葉を聞いて、小さく頷いた。デュンケルハイトがヴィオラに向けって小さく頷いて肩を優しく叩くと、二人から距離を取った。
「では始め。お互い好きなタイミングで始めて貰って結構だ。」
デュンケルハイトがそう言うと、ヴィオラとグラズウィンは互いに見つめ合う。ヴィオラはガチガチと体を震わせながらお辞儀をした。
「よ・・・宜しくお願いします・・・」
「・・・ああ・・・」
『マジで何なんだこの雌狼・・・こんな状態で戦えんのか?』
あまりに狼狽しているヴィオラにグラズウィンでさえも困惑してしまっていた。そんな中、ヴィオラはゆっくりと正拳突きの構えを取る。腰を落とし、地にしっかりと脚をつけた構えだ。
「い・・・行きます・・・痛かったら・・・ごめんなさい・・・」
ヴィオラはそう言って静かに息を吸い込んだ。グラズウィンが彼女の攻撃に備え、魔術陣を展開し始めた___
その瞬間。
ドゴォンッ!
ヴィオラが勢いよく地面を蹴り、大地が抉れた。それと同時にヴィオラはグラズウィンの腹部___へその下ぐらいに腰の入った正拳突きを食らわせた。瞬きしてもいないのに気がつけば彼女は目の前にいた。見た目とは想像つかない程の速さだ。その速度で繰り出された正拳突きは例え木の枝のような細く白い綺麗な腕の少女でも相当な威力となった。内臓がかき回され、背骨を伝わり全身の骨が大きく軋むのを感じる。
「がはッ⁉」
グラズウィンは大きく吹き飛ばされ、木を五本薙ぎ倒した後に六本目の木にぶつかって止まった。内臓が悲鳴を上げているが、運が良かったのか潰れてはいない。その様子を見たヴィオラはやり過ぎてしまったと慌てふためいた。
「あわわわわ・・・ご・・・ごめんなさい・・・やりすぎちゃった・・・」
ヴィオラは慌てながらグラズウィンの方へ駆けよる。デュンケルハイトもグラズウィンの元へ駆け寄ると、声をかけた。
「大丈夫ですか?少し体を拝見しますね・・・」
デュンケルハイトがグラズウィンの腹部を摩ろうとした時、彼はその手を払いのけた。
「余計なお世話だ!あんなガキの正拳突きなんざ効かなッ・・・」
グラズウィンは立とうとしたが、猛烈な痛みが腹部と背中に走り、立ち上がることが出来なかった。歯を食いしばり、痛みに耐えている彼の元へヴィオラがやって来る。
「あの・・・少し・・・力み過ぎちゃいました・・・ご、ごめんなさい!」
「・・・」
「怒って・・・ますよね?」
「・・・別に怒ってねえからとっとと俺の目の前から消えろ。いいな?」
「・・・はい。」
ヴィオラは悲し気な表情になり、兄の後ろに隠れる。デュンケルハイトはその場から立ち上がり、彼を見下ろす。
「勝負はつきましたね。・・・先程交わした約束は覚えておりますよね?」
「ちっ、分かったよ。もうあんたの妹の事はメスガキって言わねえ。・・・これで良いんだろ。」
「はい。結構でございます。」
デュンケルハイトはそう答えると、じっとグラズウィンを見つめ続ける。グラズウィンはまだ痛む腹を抑えながら、顔を上げた。
「何だよ・・・まだ何か言いたいことでもあんのかよ?」
「・・・どうですか?そのざまでもまだ『天才』だと自称しますか?」
「・・・」
「確かに貴方には素晴らしい能力がある。現に貴方は三歳の頃に初めて魔術を用いることが出来、その僅か一年後には一部の魔族しか使えない上級魔術も使えるようになった。更にその一年後の五歳になる頃には地水火風の四大属性全てを操れるようになっていた。・・・誰もが貴方を『天才』だと言った。私もその話を聞いた時、そう思いました。」
デュンケルハイトはそう言って地面に膝をつけてしゃがみこむ。二人の視線の高さが同じになる。
「ですが貴方は『驕った』。自分だけが選ばれた者だと勘違いした貴方は『成長』を止めた。その間に、貴方以外の者が___才無き者達が懸命に努力を行っていたのにも関わらず。貴方は傲慢に身を任せ、堕落の道へ落ちていった。そしてその結果、今こうして惨めに地に座しているのです。」
「・・・」
「貴方の最も悪い所は他者を根拠無く見下ろすところです。妹と戦う時、『こいつ弱そうだな。何もしてないのにビビってるし、気も弱そうだし・・・』と思っていたことでしょう。その先入観のせいで、貴方は妹の攻撃に対処できず、敗北した。私の妹は気が弱くおどおどしがちですが、決して弱い訳ではありませんからね。」
彼がヴィオラの方に顔を向けて、彼女に微笑む。ヴィオラは兄に褒められて嬉しそうに静かに微笑み返した。グラズウィンは荒い鼻息を零しながら、彼に尋ねる。
「そう言えば戦う前、何か小声で言ってたな。・・・あれ、何て言ってたんだ。」
「ご心配なく、大したことではありませんから。___『初撃で決めろ。それで簡単に堕ちる。』・・・これだけです。」
「ははっ・・・確かに、その通りに終わっちまったな・・・」
グラズウィンが乾いた笑い声を発する。そして彼の目から『ぽつ・・・ぽつ・・・』と小さな涙が零れる。拳を強く握りしめ自身の太腿を叩く。
「畜生・・・畜生がッ・・・」
「グラズウィン様・・・」
デュンケルハイトは彼に何と言葉を駆ければいいかわからず、彼を見守るしかなかった。暫く静かに泣いた後、グラズウィンは目の周りを赤くしたまま、デュンケルハイトに話しかける。
「・・・あんた、僕を強く出来るか?」
「それはグラズウィン様の覚悟の強さによります。本気で強くなりたいと望み、あらゆる困難を乗り越える覚悟を持てば必ず貴方様を今よりも遥かに強くさせてみせましょう。」
デュンケルハイトははっきりと彼の目を見て答えた。この時、グラズウィンの目はさっきまでの無気力な目とは違い、凛とした意志というか覇気を宿しているのをひしひしと感じた。グラズウィンがゆっくりと立ち上がると、デュンケルハイトも立ち上がる。
「・・・頼む。僕を大会で優勝させろ。それまではあんたの与える訓練は何でもやってやる。」
「分かりました。覚悟が出来ているようで安心しました。」
デュンケルハイトはじっと睨みつける様に見つめてくるグラズウィンに微笑んだ。___それからグラズウィンの訓練が始まった。
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